第三六話 宴会は今日も陶酔だ!⑭
「護って、あげられなかった……って?」
そんな唐突なレイナの言葉に、煩悩で支配されそうになった頭が少しばかり冷静さを取り戻し、俺はそう聞き返した。
すると、レイナは更に力強く俺を抱きしめてきた。
「私は、生まれながらの勇者です……子供の頃から周りの人がビックリする程のステータスを持っていて、聖剣にも選ばれて……剣術は、一年も経たずに当時教えてくれた先生を超えました」
突然の自慢……じゃ、ないよな。
酔っているとは言え、あの謙虚なレイナがいきなりそんな自慢するとは思えない。
戸惑いながらも茶化す気にはなれず、俺は黙って聞き続けた。
「私は、他の人より沢山の才能を持って生まれた……その理由は、私が勇者だから……人々を護るために、人々を幸せにするために、神様が授けてくれたからなんだと、自分では思ってます……」
確かに、何度も目の当たりにしたレイナの常軌を逸した力の数々は、それでこそ神様に授けられたような力だ。
俺なんかより、よっぽど異世界ラノベの主人公みたいだ。
「だから私は、それが使命だと思って今まで戦ってきました。モンスターを倒して、悪い人達を捕まえて……リーンちゃんのお父さんを殺して……それでやっと魔族との戦争が終わって、平和が訪れたと思いました……でも、今度は魔族の人達が命の危険にさらされてしまっています」
「……それは、ウチのクソ歴代魔王共のせい。極論だけど、俺らの自業自得だ。レイナが気に病む必要なんて……」
「あります……!」
言い掛けるも、レイナに力強く否定され、言葉を呑み込む。
「私は、バルファスト魔王国の人達が好きです……戦争中は気付かなかったけど、皆優しくって温かくって……だからフォルガント王国の国民と同じように、護りたいんです……国民だけじゃないです。四天王の皆さんもリーンちゃんも……何より、まおうさんを……」
「お、俺……?」
「でも……まおうさん達が傷付いて、死にそうになって、それでも立ち上がって戦っている時、私はいつも側に居ない……」
「……!」
「私の知らない間に、まおうさん達が戦って、その度に身体に消えない傷が増えていって……私は、皆を全然守ってあげられていない……寧ろ、いつも助けて貰ってばかり……今回だってそうです……」
レイナの声が、段々嗚咽交じりになっていく。
俺を抱きしめるその身体が、小さく震えている。
「私が……まおうさん達の換わりに戦わなきゃいけないのに……」
ああ、そうか……。
最近、どうもレイナが元気ないと思っていたが。
こんな想いを、抱えていたからなんだ……。
勇者としての、お姫様としての使命。
そして、レイナの優しすぎる性格。
それらがありながら、今回の騒動で何も出来なかったと自分を卑下し、そこから劣等感や無力感を生み出し、この子の中で渦を巻いていたんだ。
………………。
「レイナ」
「まおうさん……?」
俺はレイナをそっと抱き返すと、そのまま布団から起き上がった。
いきなり起き上がされ呆けたような表情を浮かべるレイナに、俺も胸の内を晒すことにした。
「確かにレイナは、誰よりも強いよ。勇者ってジョブを持っていて、色んな才能を持っていて。それが人を助けるために神様が与えた天命だとしても疑わない。それに、レイナがその力に責任を持っていて、それで皆を助けたい、護りたいっていう気持ちは誰から見ても本物だ。確かに俺は無茶し過ぎて、今みたいにレイナに心配されて、護りたいって思われて……申し訳ないと思うけど、同時に素直に嬉しいよ」
今この瞬間、レイナは酔っ払っているのか、いないのか。
それは定かではないが、どちらにせよ、俺はハッキリ伝えよう。
「でもね。だからって、レイナが誰よりも傷付いていい理由にはならない」
「……!」
「どんな使命を持っていても、どんな天命を与えられてても、君が誰かの換わりに傷付いていい筈が無いんだ」
大きくなったレイナの潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめて、俺はハッキリと告げた。
「……俺だって同じさ。遅咲きだったけど、今ではレイナと同じぐらい沢山の力に恵まれた。だからその力をいち早く自分のものにして、国の皆を護る。それが俺の、魔王としての一番の仕事だと思ってる。それに、俺もフォルガント王国の皆を……レイナを護りたいって思ってるんだぜ? でも、俺にはそこまでの力はまだない」
自嘲気味に笑った後、俺はそのまま視線を落とす。
「きっと戦いはまだまだ終わらない。またレイナ達が知らない間に、俺達が戦って傷付いているかもしれない。その逆に、俺達の知らない間に、レイナ達が傷付いているかもしれない。それでも、そこまで自分を追い詰めないでくれ。消極的な考え方だけど、どんな力を持ってても、人には限界があるんだから」
「でも、私……」
「というか、寧ろ俺の方が誰よりも戦って傷付くべきなんだよ。アダマス教団が存在してしまった最大の理由は、過去の先代共の過ちなんだから。俺がその尻拭いをしなきゃいけない。それが俺の使命なんだよ」
「そ、そんな事……! まおうさんが責任を感じる必要なんて……!」
「な? そうだよな? 今の俺も同じ気持ち」
「あぅ……」
スッカリ丸め込まれてしまったレイナは、少し不服そうに俺を見つめてくる。
どうしよう、可愛い。
「まあ根本的な解決にはなってねえけどな。とにかく、レイナの抱えている使命だとか天命だとか、そういうのに実直なのは凄い事だと思うし尊敬してる。でも責任感が強すぎるんだ。それだといつか、失敗したときに立ち直れなくなる。かといって現状を楽観視しろっていう訳にもいかない。だからせめて、先生や仲間に相談してみるのもいいかもしれない。俺だってちょくちょくリーンに愚痴溢してるんだから」
「……いいんでしょうか?」
「いいに決まってるだろ。寧ろ勇者であってもお姫様であっても、あんだけ国に貢献してるんだ。それで文句垂れないで働けっつう方がおかしい。もしそんな奴が居たら俺が換わりに先生にチクってやるから」
あの人にチクったら、最悪首チョンパとかあり得るかもしれない……かな?
どうだろう、絶妙なラインだ。
「取りあえず今は、何も背負わず心配せず、ゆっくり寝ときな」
俺は再びレイナを布団に寝かせると、そのまま掛け布団を被せる。
すると、安心してくれたのか、レイナはすぐにうつらうつらしてきた。
もう出て行ってもいいかもしれないが、眠りにつくまで側に居よう。
「俺、これ以上レイナが責任感じなくて済むように、今よりもっと強くなるよ……酔った勢いとは言え、俺に相談してくれて、胸の内を晒してくれて……心配してくれてありがとう」
俺はそれだけ言って、そのまま黙り込んだ。
……俺も駄目だなぁ、こんな子に心配させて。
強くなるとは言ってみたが、あの教皇と戦えるだけの力を手に入れなくちゃならないとは、あまりにも難しい話だ。
時間は待ってはくれないが、地道にやっていくしかない。
まずは、アカツキと同等ぐらいまで強くならなきゃな……そっちも十分厳しいが。
これから先の事を考えて、思わずため息が溢れてしまいそうになっていると。
「どうした?」
レイナが布団から手を出して、俺の手を握ってきた。
だがその顔を見るに、寝ぼけているようにもみえる。
俺がその手を出来るだけ優しく握ると、レイナは最後に。
(まおうさんは……リーンちゃんが……好き……なんですか……?)
寝息交じりに小さく呟き、そのまま夢の世界に落ちてしまった。
俺はレイナの手を布団の中に戻して、少し傾いてしまった掛け布団を正す。
最後に小さく布団越しに肩を叩いて、立ち上がった。
「…………ゴメンな」
――部屋を出ると、三人が待ち構えていた。
「お前らさぁ、あの話っての嘘だろ。数分以上過ぎてるんだよふざけんなよ」
「ゴメンですゴメンです、だからそんな目で見るなです」
開口一番に俺が憎たらしさ全開で言うと、フィアが全く反省してなさそうに謝ってきた。
「で? レイナの心境聞いた感想は?」
「大体予想通りだなとは思ったが、やっぱアタシらには話してくれなかったか。レイナのことだし、心配掛けたくねえって思ってたんだろうが」
エルゼの返答に、俺は苦虫を噛み潰したような顔になる。
数分過ぎた辺りから、コイツら絶対外でこのやり取り聞いてるだろ、と思いながらレイナと話していた。
どうせジータの魔法かなんかで盗聴でもしてたのだろう。
分かっていたとは言え、恥ずかしい事を言ってしまった。
「ありがとう魔王君。でも悔しいな、レイナの初めての相談役がボク達じゃなくて魔王君だなんて」
「そこはエルゼの言う通りだろ。お前らを信用してるし信頼してるからこそ、心配掛けたくなかったんだ。その分俺は、レイナに心配掛けさせちまった張本人だったからな、その点比較的に打ち明けやすかったんだろ、知らんけど。てか、お前らもそう判断したから二人っきりにしたんだろうが。ハッキリ言って理性限界だったんだぞ!」
「さあね、何の事やら」
コイツ……。
だけどまあ、コレで少しだけでも、レイナの心の鉛が溶けてくれたのなら御の字だ。
「ハアア、やっと解放されて一気に疲れが来た……もう寝る-」
「あ、悪いですけど魔王、陛下が呼んでるです。大広間の脇の縁側で待ってるって」
「…………」
「そんな顔になるのは分かるけど、心配すんなって。多分お前が思ってる事はしねえよ……多分」
「………………」
せ、先生の呼び出しの筈なのに、全く嬉しくない!
ああ、やっぱり気が変わってしまわれたのか……。
「分かった、行ってくるよ。必ず戻ってくる」
「そんな戦地に赴く兵隊みたいな事言うなですよ」
俺はビシッと敬礼するとそのまま踵を返し、廊下を歩き出して。
「あ、あの!」
「ん?」
突然大きな声でフィアに呼び止められ、俺は振り返る。
フィアは何故だか申し訳ないというか、悲しいというか、そんな何とも言えない顔をしていた。
だが何か意を決したように、その口を開き。
「ま、魔王は、その――」
「止めとけ」
何かを訊ねる前に、エルゼに止められた。
そのまま、フィアはコクリと頷き黙り込んでしまう。
「何だよ?」
「何でもねえよ。ホラ、早く行った行った」
そしてエルゼはシッシと手を払って俺をこの場から追い出そうとしてきた。
俺は小さくため息を吐き、再び踵を返す。
「一体お前らが何考えてるのか、まるで分かんねえなぁ」
「さっきボクらが盗み聞きしてるって気付いてたクセに」
「いいや……童貞の俺には、女の子の気持ちなんて分からねえよ」
それだけ言って、俺はそのまま振り返らずに歩いて行った。




