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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第九章 ワンウィーク・スクールデイズ
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第三六話 宴会は今日も陶酔だ!⑤

皆が完全に寝静まった後、俺は一人ベッドの布団やシーツやらを洗った。

まあ、既にもう皆がやらかしてしまった事を認知しているので、もう開き直っている。

その為、中庭の物干し竿に堂々と干された布団とシーツが、気を失っている間にスッカリ温かくなった春風に揺られていた。

結局リムはジータに取られ妹との添い寝続行が不可能となった今、結局眠れそうにもなかったので、俺は自室でパーカーを縫っていた。

アカツキの奴に散々切り裂かれてしまった為、ダメージジーンズどころかダメージパーカーになってしまっている。

それに、やはり血が滲んでいて変色している。

こう言う場合、食器用洗剤と水を混ぜた物に歯ブラシを付けてゴシゴシすれば、血が落ちやすくなる。

だが、流石にここまで血塗れだとなぁ……あーあ、俺のトレードマークが。


「そろそろ、コイツをクローゼットの奥に封印するのもアリか……?」


……そう独り言を呟いてみるも、やはりそうしようとまで思えなかった。

別に、この世界の服が見窄らしいって訳じゃない。

この世界は綺麗な服も多いし、何だったら俺のお気に入りも数着クローゼットに入ってる。

でも最終的に、俺が転生した際の服装になっている。

コレはやはり、俺がまだ日本を切り離せていないからなのだろう。

父ちゃん、母ちゃん、元気かな……。


なんて故郷の思い出に浸っている間に、パーカーの修繕が終わった。

我ながら、上手く出来たんじゃなかろうか。

後から血は落とすとして、今は久々にコイツでも着ておこう。

パジャマの上からパーカーを着て、俺はチラと時計を見る。

時刻は朝の四時半。まだまだ外は暗いが、ほんのり明るくなってきている気もする。

この時間帯……もしかしたら。

俺の脳裏にある場面が浮かび上がり、俺は椅子から立ち上がった。

そして机の上に『散歩行ってきます』とメモを残し、そのまま部屋を出た。

メモを残したとは言え、流石にこのタイミングで一人外を出歩くのは怒られそうだけど。

でも、今は一秒でも早くアイツに会いたい。

ほんの少しだけ胸をドキドキさせながら、俺は孤児院へと向かった。





――この時間帯にこの道を通るのは、二回目だろうか。

確か前回は、俺がルボルの薬を飲んだせいで女体化した時だったっけか。

懐かしいな。つってもまだ一年も経ってないんだよな。

この一年、まさに波乱の毎日で気が休まる事があまりなかった気がする。

大体三ヶ月に一回死にかけてるもんな、俺……。

俺がトラブル体質なのは認めるが、いい加減まとまった安息期間が欲しいところだ。

もう既に1ヶ月半寝まくった後だが、それは流石にノーカンで。


「何か、体感的に久しぶりな気がするな、風に当たるの」


なんて呟きながら、肌を撫でる風の心地よさに思わず目を細めていると。


「……ん?」


風に乗って、微かに誰かの話し声が聞こえてきた。

この通り、この方角、この時間帯。

とてつもないデジャブを感じる。

孤児院に近付く度に、その声は大きくハッキリ聞こえてくる。


「頼むよ、俺も参加させてくれ!」

「ダーメ。早起きは身体に良いって言うけど、アンタぐらいの歳の子がやるべき事じゃないの」

「んだと!? 俺、この前13になったんだぞ!」

「まだ13じゃない」


……もう、確認するまでもないな。

孤児院に辿り着いた俺は、門の陰に背中を預けてその場にしゃがみ込んだ。

盗み聞きする趣味はないが、内容的にちょっと気になったからだ。

まあ、この流れで大体察しは付くんだけど。


「アンタはよくやったわよ。ミドリに掛かった呪いを解いて、アカツキの刀の性能も無効化して勝利に導いた。これ以上無い程誇れる事よ。だから、もうアンタはこれ以上強くなろうとしなくていいの」


やっぱりか。

どうもカインは俺同様、リーンに修行を付けて欲しいようだ。

しかしリーンは否定的で、中々認めてくれないってのが話しの流れかな?


「一応訊くけど、アンタは冒険者になりたいの?」

「いいや、俺の夢は父さんの後を継いでバルファスト一番の麦農家になる事だ」

「そうね、最近イントさんの残してくれた畑に行ってるもんね。だったら尚更、何で強くなりたいのよ? 理由が鍬を振るう腕力が欲しいとかだったら、まあ考えてあげなくもないけど」

「そんなんじゃねーよ! 純粋に、強くなりたいんだ!」


リーンの言葉に、カインが食って掛かる。

その声音からするに、おふざけなんかじゃなさそうだ。


「この間カムクラに行って分かったんだよ。どんなに大切なもんを守りたいって気概があっても、純粋な強さがなけりゃ全くの無意味なんだって」

「……アンタは今でも十分強いじゃない」

「確かに俺のユニークスキルは一般的に見れば強いんだろうよ。でもそれは魔力関連だけであって、純粋な攻撃には無意味だ。もしまたアダマス教団がこの国を攻めてきたときに、相手が武器で襲い掛かってきたら? 俺はまたこの国に危機が迫ったら、このユニークスキルで皆を守りたい。その為にもせめて、足手纏いにならない強さが欲しい」

「…………」


カインのその言葉を聞いてリーンどころか俺も押し黙ってしまう。

確かに、カインのユニークスキルは、この国を守る事が出来るだろう。

例えば、敵の魔法部隊が一斉攻撃を仕掛けてきても、カインが正面に立ち塞がるだけで無力化出来る。

でも、ソレを13歳の自称大人に強いるのはな。

本人がそうしたいって言ってるけれど、それは……。


「確かにアンタのユニークスキルは、場合によってはこの国を守ることが出来るでしょうね。でも、アンタが率先して剣を握る必要はない。特別な力を持っている人は、その使い方を間違わない限り、誰かを守る責任なんてないのよ」

「べ、別に俺は責任なんて…………いや、ちょっとは感じてたけど……」

「ホラね?」


そうだ、いくら強力な力を持っていたって、戦う責任なんてないんだ。

それが平民で、子供なら尚更だ。


「でも、そうね……自衛の手段としてなら、ちょっとは教えてあげるわ」

「ホ、ホントか!?」

「あくまで自衛よ? だからユニークスキルを使って、自ら進んで戦おうとしないで」

「……分かったよ、そこはしょうがねえ」


どうやら、話しは一段落着いたようだ。

俺はホッと胸を撫で下ろすと同時に、気配を消したまま二人の側まで近寄る。

二人の足下に木刀が落ちている。多分カインはリーンと打ち合おうとしてたのだろう。

そりゃリーン止めるよ、あんなの普通は受けきれないもん。


「と言っても、自衛の手段か……私、剣しか振ってないから関節技とかには疎いのよね。何を教えたら……」

「そんなん簡単だろ? 男相手だったら金玉狙えばいいんだよ。この前教えたろ」

「確かに有効打ではあるけどそれを子供相手に仕込むなって言ってるの! まったくアンタは……アンタ…………え?」

「……え?」


自分でもビックリするぐらい自然に会話に入れた為、リーンとカインが俺の存在に気付くまでに五秒かかった。

目を丸くして身体を硬直させる二人の様子に噴き出しそうになりながらも、俺は気さくに手を上げた。


「やあ」

「に、にーちゃん……?」

「そうだよ。魔王ツキシロリョータ様、完全復活ーってな」


呆けたように俺を呼んだカインに、ニカッと笑ってみせる。

それでもまだ上の空のようで、目がグルグルしていた。

うーん、ビックリさせようとはしたけど、ここまでとは……。

俺は苦笑しながら頭をガシガシ掻き、そのままリーンに向き直った。


「あー、その……ゴメンな? ついさっき目が覚めたばかりで、あんまり自覚は無いんだけど、どーも一ヶ月以上も寝てたみたいで。俺がいない間、色々迷惑掛けたな」

「…………」

「オイオイ、そんなに信じられないかよ? いい加減何か反応しないなら、リーンの書いた置き手紙の消された部分、今読み上げちゃおっかなー?」

「え、ちょっ……!」

「言っとくけど、俺の魔神眼の事を考慮してなかったお前が悪いんだからな」

「…………リョータ、なのね?」

「うん」


段々と目の前に立っている俺の存在を認識していくリーンの表情は、徐々に明るく、そして瞳が潤んできていた。

そうか、俺にこんな顔を見せるぐらい、コイツは……。


「心配掛けてゴメンな、リーン」

「…………本当よ」


思わず貰い泣きしそうになりながら言うと、リーンは小さく笑って頷いた。


「よしじゃあ、再開を祝してハグしようぜ! 俺の胸に飛び込んでこーい!」

「……んな事する訳ないでしょ、恥ずかしい」

「えー」

「まったくもう……変わらないわね」

「そりゃ、俺の体幹時間からしてみりゃ1日寝てただけみたいなもんだし」

「ってか、まさかずっとあの会話聞いてたの?」

「うん。タイミング見計らってたって言うか、驚かせよっかなーって」

「バカ。サッサと顔見せなさいよ」


ああ、やっぱり好きだなぁ、リーンとの会話は。

だが、いつまでも二人の時間に浸っている訳にもいかない。


「カイン、お前大丈夫だったか? アカツキに胸斬られたろ」

「……ああ、大丈夫だ。ちょっとだけ傷跡は残るみたいだけどな」

「俺とお揃いだな」

「キモいこと言うな」

「ハハッ」


目尻に涙を湛えたまま、カインはヘッと鼻で笑ってみせる。

こういう強気なところも、いつも通りそうでよかった。


「なあカイン。俺が言えた事じゃないけど、そこまで自分を追い込むなよ。まだ成長期なんだ、そんな中ストレス抱えるような事したら、背ぇ伸びねえぞ」

「うるっせえ! いずれにーちゃん抜かす予定だから心配すんな!」

「ソイツは上等。そこは今後も頑張ってけよ、英雄」

「ッ!」


俺が英雄と呼ぶとカインは目を見開き、そして少しだけ眉をひそめた。


「英雄、か……」

「ああ。忘れてるかもしれないけど、お前が居なかったらこの国が終わってたって状況、過去二回あるんだぜ? だからお前は、バルファスト魔王国を救った英雄だ……不満か?」

「不満じゃねえけどよ……そう呼ばれたのは二回目だなって」

「二回目?」


そう俺が聞き返すと、カインはちょっとだけ気まずそうな顔をして。


「教皇に殺され掛けた時さ、アカツキに助けられたんだ」

「!」

「アソコから全員外に突き飛ばしてよ。最後、あの野郎は俺を見て言ったんだ。『あばよ、英雄』って。だから、何とも言えない気持ちになっちまって」

「そっか……いや、悪い」

「いやいや、流石に知らなかったにーちゃんには否なんてねえよ。それに、アイツから英雄って呼ばれるなんて思わないだろ普通」


そうカインは謝罪する俺に言う。

だが、アカツキがカインを英雄と呼んだ。逆にそれはちょっとだけ納得したというか、アイツなら言うだろうなと思っていた。

今もアイツは嫌いだが……それでも、考えている事は少しだけ共感出来る。

……こっちもまだ、やることは残ってるな。


「さてと、じゃあ師匠。折角なんで久しぶりにご指導、お願いします!」

「いや流石に駄目でしょ、安静にしてなさい」

「何か身体が鈍ってる感じがして落ち着かないんだよ! ちょっとだけ、軽く打ち合う程度でいいから!」

「ハァ、しょーがないわね……カイン、アンタはどうする?」

「良い機会だしソコで見てるよ」


足下に落ちている木刀を拾い上げて軽く素振りした後、俺達は向き合った。

やっぱり俺達はこうでなくっちゃ。

何だか久しぶりに感じるこの安心感と緊張感が混じった妙な感覚に、俺は口角を上げていた。


「さて、やりますか」

「ええ、無理しない程度に掛かって来なさい」


……そう言えば、まだリーンに言ってなかったな。


「リーン」

「何?」

「ただいま」

「……おかえり」


――結局、手を抜いてくれたとは言え、やはりリーンには敵わずボコボコにされましたとさ。

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