第三五話 重さは今日も奮然だ!⑦
カイン視点から
……正直、次元が違うと思った。
何もかもが常軌を逸していて、目の前で行われている戦いが、別世界の光景のように感じる。
「だらああああああッ!」
「アッハッハッハッ!」
にーちゃんとアカツキ、その二人の覇気に当てられて、身体全体が硬直して動けなかった。
剣と剣がぶつかる度に凄まじい衝撃波が生まれ渦を巻き、まるでこの場所が竜巻の中心のようだ。
足が竦んで、呼吸が上手く出来なくて、苦しい。
でも、思わず呆けてしまいそうな程のレベルの違いに、自分の身体の心配なんて、どっかに飛んでいってしまった。
「なんて攻防だ……我々が知っているアカツキ将軍の力は、ほんの一端でしかなかったのか……そしてそんな将軍に食らいついている魔王殿も、一体……」
隣で、未だに気絶して白目を剥いているミロクの首根っこを掴んだまま、第七部隊の隊長が呟く。
その顔は蒼白としていて、冷や汗に塗れていた。
だがそれは、俺も同じなんだ。
「『黒雷』ッ! 『黒雷』ッ! 『黒雷』いぃッ!」
「っとと! 何だぁ、さっきみたいな小細工は無しか!? そんな単純な攻撃、当たるわけねえだろ!」
「単純でも普通は当たる攻撃なんだよ畜生……ッ!」
にーちゃんは掌から何発も黒雷を放っているが、アカツキはそれらを全て避けるか斬るかして、一つもダメージになっていない。
寧ろ、にーちゃんの方が明らかに体力を消耗している。
アカツキが言っていたようににーちゃんが小細工をしなくなったのは、呪いのせいで体力が蝕まれ、魔法を上手く形成、発動できなくなってきているからだろう。
依然として、破れたにーちゃんの服の間から、あの刺青が見える。
「俺のトレードマーク切り裂くどころか血まみれにしやがって……! これ何処にも売ってないから買い換え出来ねえんだぞ……ッ!?」
「いいじゃねえか。衣服ってのは血に染まってボロボロな程良い品になる」
「んな奇抜ファッション趣味じゃねえよ――ゴボッ……!?」
「にーちゃんッ!!」
突如として、アカツキと怒鳴り合ってたにーちゃんが大量の鮮血を吐いた。
喉を押さえ咳き込む度に、藁で出来た床が赤く染まっていく。
「この羅魂の呪いは、時間が経つ程に、呪いの刺青の範囲が広がる度に強力になっていく。早く俺を殺さなければ、近いうちに死ぬぜ」
「ペッ……じゃあサッサとぶっ倒されろや……」
「嫌だね。お前の命が尽きるまで、俺はお前と死合っていたい。少しでも長く、この最高の時間を続けていたい」
「そこは、消耗戦になれば……自分に有利になるからみたいな、真面目な理由言えよ……」
……黒雷や魔神眼、そして謎の力の全てを駆使して戦うにーちゃん。
妖刀という特殊な剣を持っていながらも、ほぼ自分の戦闘能力だけで戦っているアカツキ。
前者の方が有利にも聞こえるが、それらの力をアカツキは自分の戦闘能力だけでねじ伏せている。
素の能力が、圧倒的に違うんだ。
ミドリの呪いは消えて、敵もほぼ居なくなって。
せっかく、せっかく勝てる兆しが見えたってのに……!
最後の壁が、あまりにも強大過ぎる……!
「…………ッ」
ああ、畜生。
にーちゃんが文字通り命を削って戦ってるってのに、俺は何も出来ない、何もしてやれない。
寧ろ、部屋の隅に居るだけでも足手纏いになっている。
戦わなくてもいい! せめて何か、俺に出来る事は……!
ミドリの呪いを解いたように、何か……。
……そうだ、呪いだ!
俺がにーちゃんに触れて、掛けられた呪いを消せば、少しはこの現状を打開出来るかも……!
……いや、駄目だ。そんな隙もねえだろ。
仮に触れられたとして、再びアカツキに呪いを掛けられたら本末転倒だ。
それどころか、戦いの邪魔だって俺を殺すかも知れない。
「…………」
にーちゃんの呪いを消し、尚かつこれ以上呪いを掛けられないようにする方法。
……一つだけ、存在する。
でも、下手すれば俺は死ぬ。
俺が死んじまったら、にーちゃんの迷惑になるだけだ。
「う、ぐうぅ……がああああああああッ!!」
「いい気迫だ、もっと燃えろ、もっとだ!」
賭けるしかない、信じるしかない。
それでしか、俺はにーちゃんの助けになれない。
「ミドリ……ちょっと手ぇ離すぞ」
「え……?」
「オイアンタ、ちょっとミドリを見ててくれ」
「何? 君、一体何をする……あっ、止まれ!」
「カイン……!?」
ミドリに、死んで欲しくないって言われたばっかだけど。
俺だって、にーちゃんには死んで欲しくないからさ。
「あああああああああああッ!!」
「――ッ!?」
「あっ、ヤベ――」
両者の間に飛び込んだ俺は、真っ直ぐアカツキを、そして迫り来る刃を睨みつける。
……アカツキは言っていた、コイツの剣は殺した相手の魂を吸収している。
そしてその吸収した魂が増えれば増えるほど、剣の強靱さや呪いの力が強くなる。
ならば、そうならば。
「うがああッ!?」
「カイ……ッ!?」
俺がこの剣に触れた瞬間、それらの力が全てが消えて無くなるのなら。
実質的に、アカツキの武器の性能を落とせるんじゃないか?
……左肩から右横腹に掛けて、アカツキの剣の刃が俺の身体を斬り裂く。
切り裂かれた服と皮膚の間から、血が噴き出る。
痛い、痛い……死ぬほど痛い……!
けど、死んじゃいねえ!
あのバカみたいな切れ味だったあの斬撃を喰らっても、まだ意識はハッキリしている。
ということは、俺の狙い通り……!
「う、うおおおおおおお……ッ!?」
俺が尻餅を付くと同時に、アカツキが声を上げて刀を見つめる。
その声に弾かれたように顔を上げると、信じられない光景を見た。
「羅魂に封じ込められていた魂達が……!」
アカツキの刀が光り輝くと同時に、一斉に白い光が迸った。
まるで火花のように、四方八方に飛んでいく光。
噴水のように溢れだして止まらない。
まさかコレが、嘗てコイツに殺され、今までこの剣の中に閉じ込められていた奴らの、魂……!?
「うおっ……!?」
その魂達は、何度も俺やにーちゃんの周りをグルグルと回った。
まるで、感謝を伝えているように。
魂という、一見オカルトじみた存在が目の前にあるというのに、何も恐怖を感じなかった。
寧ろその魂達の光は温かく、優しかった。
「あ、あぁ……」
背後から、にーちゃんの声が聞こえた。
だけど何故かその声はくぐもっていて、泣き出しそうだった。
俺にはただの光にしか見えないけれど、魔神眼を持つにーちゃんには、別の形で見えているのかもしれない。
魂達はその後、展望台から飛び出し、空へと消えていく。
中には、下の方へ向かって行く光もあったが。
でも、これだけは確実に言える。
妖刀・羅魂という呪縛に捕らわれ、今まであの世へ行くことも出来なかった、何百何千という魂達は、たった今解放されたんだ。
そんな嬉しさや喜びに、思わず笑みが溢れそうになったけど、胸部の傷がそれを許してくれなかった。
「ぐッ……いって……ッ!」
「あっ、いけね!」
「うおッ!?」
その痛みに呻き声を上げると、我に返ったにーちゃんが瞬時に俺を持ち上げ、後方へと退いた。
「カイン……!」
「君、大丈夫か!? 酷い傷だ……!」
直後、ミドリと隊長が慌てて駆け寄って来る。
だがその前ににーちゃんが、戸惑いながらも声を荒げて。
「お前さあ、ほんっとお前さあ……ッ!!」
「これぐらい、大した事はねえよ……! それに、ホラ……にーちゃんの呪いも、アイツの武器の力も、同時に消えて、一石二鳥じゃんか……うぐッ……!」
傷口を押さえていた手に、血がベッタリと付いている。
感覚的に、内臓や骨までには達していないのは分かるが、それでも痛い。
顔を顰める俺に、にーちゃんは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「無茶してんじゃねえ! お前みたいな貧弱な奴が、命削ってまで戦おうとすんなよッ!?」
「……ソレ、リョータも同じだよ」
「寧ろ魔王殿が一番命を削ってるじゃないか」
「貧弱ってにーちゃんにだけは言われたくねえ……」
「…………」
だがすぐに黙り込んでしまう。
それでも、何か言いたいことがあってそれが渋滞しているのか、口だけ動かしながら唸っていたにーちゃんだが、一つため息を吐いて背を向けた。
「……まったくもう、後でリーンのゲンコツ喰らうの俺なんだからな……?」
「そんときゃ一緒に喰らってやるよ……」
「せめてそうならないように説得してくれよ、ったく……ありがとな、カイン。お前の覚悟もその傷も、無意味にはしねえ」
「……頼んだぜ」
脂汗が止まらない、正直今すぐ横になりたい。
それでも、しっかりと最後まで見ていたい。
この戦いの全てを。
「あーあ……長年俺と戦ってきた愛刀なのによぉ……」
全ての魂を出し尽くしたのか、どことなく刀身が色褪せた剣を見つめて、アカツキがぼやく。
ミドリの呪いを解いたせいで作戦が台無しになった時は笑っていたが、流石に今回は落ち込んでいるように見える。
「まったく、何の力も持っていないと思っていたガキ一人に、まさかここまで掻き回されるなんてよ。やはり戦いは、何が起こるか分からない……だからこそ面白え!」
が、すぐに顔を愉悦に歪ませ、剣を構えた。
例え呪いの力を解いたって、武器の性能を落としたって。
結局、アカツキ本人の常軌を逸した力は依然変わらない。
何て厄介な敵なんだろう。
だけど、にーちゃんは再びアカツキの前に立つ。
その背中は、怯えも迷いも一切無い、大きな背中だった。
「どうだよ、俺の弟分は……最高に格好いいだろ……?」
「へっ。格好いいかどうかはさておき、今まで俺が戦ってきた奴らの中で、お前の次に面白い奴だとは思うぜ」
そんな会話をした後、にーちゃんは再びあの時の覇気を放った。
同時に、にーちゃんの身体から黒い電流が漏れ出し迸る。
「アッハッハッハッ! やっぱり最高だぜ、お前!」
いつまでも失うことが無いその気力に、アカツキは更に愉悦に顔を歪ませる。
そんなアカツキを見据えて、にーちゃんは言った。
「……コレで終わりにしようぜ、アカツキ」




