第三五話 重さは今日も奮然だ!④
レオン視点から
「――シデン殿を抑えろ! 何としても、この人達を死なせるな!」
「「「おおおおおおおおッ!!」」」
……ある一人のエルフが、群衆にそう呼び掛けている。
その呼び掛けに応えるように周囲から声が上がり、一つの大きな大音声となる。
先程まで争っていた国民も第七部隊も、今では一人の幼き少女への償いの為に声を上げている。
「ハァ……本当に、本っ当に面倒な事になった……」
空気が震え誰もが奮然とする中で唯一、億劫そうにため息を吐き頭を掻きむしる男が一人。
「なあ、考えを改めんか? お主達も、アカツキ様の言っている事を何一つ理解出来ないとは言えんだろう?」
「確かにそうだ! でも、それよりも優先しなくちゃいけないことがあるって、気付かされたんだ!」
シデンは内心無駄だろうと思っているのか、顔を顰めながらも説得を試みる。
だが、エルフ達の応えは決まっていた。
「仕方あるまい……例え同族とは言え、拙者達の目的の障害となるのなら――斬るか」
もう一度、億劫そうにため息を溢したシデンは一転、とてつもない気迫を放ってきた。
今までシデンの前に立ち塞がっていたエルフ達も、身が竦んでいる。
これは殺意だ。邪魔になるなら容赦なく殺すという、殺意だ。
圧倒的な強者であるシデンの殺意に充てられては、流石にこうもなる。
「おい女、お主も手伝え。このエルフ達への攻撃を許可する」
「…………」
シデンの背後で待機していた例の女は、その命令に対し無言で前に出ると、あの特殊な武器を構えた。
そしてシデン自身も、何処からか拝借した剣を突き出した。
「……多少、斬られたって動じるなよ」
「当たり前だ、腕斬り落とされたって噛みついてやる……!」
「そんなんで逃げてちゃ、姫様に顔向けできねえよ!」
だが、今まで生唾を飲み込んでいたエルフ達は、再び戦意を取り戻す。
その決意という名の大きな火は、例え強風が吹いたとしても決して消えることはないようだ。
これには、シデンも思わず舌打ちをする。
「……何故ロクに知りもしない、元々は敵であった筈のあの男の呼び掛けに、こうも動かされてしまうのか……」
「――当たり前だ」
「……!」
そんなシデンの苛立ちの混じった疑問に対し、エルフ達の後ろから、我は立ち上がって言い放った。
一張羅も身体もボロボロだが、我はエルフ達を掻き分け前に出る。
「貴様の主には、必死さが何一つ無い……リョータの言葉を借りるなら、何も背負っていない……そんな者の言葉より、必死に大見得を切って、心の底から全力で怒鳴り散らした彼奴の言葉の方が、重みも覚悟も伝わる……」
そしてシデンは、我の姿を視認して少しだけ目を丸くした。
「ほう、生きてたか」
「……何とか、直撃は免れた……まあ、ご覧の通りダメージはデカいがな……ゲホッ」
あの瞬間は、流石に死を覚悟した。
例の女が放った、迫り来る謎の飛行物体。
あんなの喰らってしまっては、流石に肉片も残らないと、そう思った。
だが直前で、ハイデルがヘルファイアで障壁を生み出し、あの謎の飛行物体を誘爆させた。
そしてほぼ同時に、我はハイデルと我自身の影からシャドウ・バインドを伸ばし、盾代わりとして衝撃波を防いだ。
彼奴とは意思疎通も何もしていないが、奇跡的に行われたその連携により、最悪の結末は免れた。
だが……ハイデルは最後の最後まで我を庇い、結果そこに転がって蹲ったままだ。
まったく、無茶をする……。
「だとしても、何故そこまで魔王を支持する? 今まで倒れていたお主でも、何となくは今の魔王の状態が分かるだろう? 全身殿から受けた傷と呪いで、いつ死んでもおかしくない。今から戦局を覆せるような力も体力も無いだろうし、先程聞こえたあのふざけた言葉も、所詮見栄張りでしかない」
エルフ達の先頭まで移動し、再び此奴らと向かい合ったとき、シデンは剣を構えたままそう訊ねた。
「ハッ、確かにそうかもしれんな……客観的に見ても、リョータが勝つ確率などほぼゼロに近いであろう……だが、奴はその絶望的な状況を、ボロボロになりながらも幾度となく覆してきた……だから今回も、そうだろうと思っているだけだ……」
「くだらん信頼だな」
「言っていろ、今に後悔するぞ……?」
肩を竦めて呆れるような素振りを見せるシデンに、我は敢えて、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。
するとシデンの肩眉がピクリと動いた。
いくら面倒臭がりで気力が無くとも、苛立つときは苛立つようだ。
……さて、こうも大口を叩いたものの、実際はかなりマズい。
先程の爆発で喰らったダメージは、予想以上に大きい。
立っているだけで精一杯だが、これからこの男と戦わなければならない。
しかも、結局此奴の手に剣を渡らしてしまった。
敵うはずがない、絶対に負ける、殺される。
そんな事は、頭では理解している。
だが、我の中にはそのような敗北や死の恐怖は微塵も無かった。
その変わりに、心の中を支配している感情……。
「……我らも同じだ」
「何がだ?」
「……この我を散々バカにして、袋叩きにして、終いには財布の中身も持って行く……そんなクソガキ共にも、大切な家族が居た……そして我らは成り行きで四天王になったとは言え、その者達を守れなかった……その屈辱、やるせなさはリーンだけのものではない……」
……意識が朦朧としている中、唐突に聞こえたアカツキとあの小僧の会話。
それからエルフ達の何人かが所持していた例のガラス板の魔道具から送られてくる、ミドリの呪い、アカツキの目的……そして、嘗て殺されたバルファストの国民の死因という、最悪な事実の数々。
そんなものを聞かされて、黙って倒れてなどいられなかった。
我をこの場に立たせる気力となるのは、たった一つの純粋な感情。
リョータとも、リーンとも、小僧……カインとも同じであろう、その想い。
……怒りだ。
「ならば今度こそ……バルファスト魔王国、魔王軍四天王として、我らの責務を真っ当しよう……ッ!」
「そうか……ならば――」
何か言い終わる前に、シデンが駆け出した。
シデンの動きは速い。
此奴の隙を突いて、影に入る事はほぼ不可能であろう。
そして、一旦後方に下がりエルフ達の誰かの影に入るというのも無しだ。
恐らく、此奴はその場のエルフ達を全員斬り伏せていき、虱潰しに我を追い詰めるだろう。
いくら元敵とは言え、今は志を共にする同士。肉盾にしようなど思わん。
本当に、大見得を切った側から絶体絶命だ。
だというのに我は自分でも驚くほどに焦りが無く、そしてその変わりに、何か奇怪な感覚に見舞われていた。
「…………」
……何だろうか、この妙な感覚は。
まるで、我の怒りの感情が、そのまま物理的に何かの力に変換されていくように。
魔力とは別の、何かになっていく。
よく分からない……だが、確かにこの感覚には身覚えがある。
そう……そうだ。きっとコレは……!
「『シャドウ』ッ!」
我の間合いにシデンが入ったと同時に、我は掌を前に掲げ叫んだ。
そして、シデンの腕がブレた瞬間。
――ガキィンッ!
「……ッ!」
我のすぐ耳元で、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響く。
シデンの剣は、確かに我の首目掛けて振られていた。
だが我に刃が触れるその寸前。
「影の帯……?」
我のシャドウが、盾となってソレを防いでいた。
「い、今のは危なかった……なッ!」
「ッ!」
我が操作する影の帯は、シデンの刀を払い、そのまま追撃を加える。
しかしシデンは素早く身を翻し躱す。
だが、それだけでは終わらない。
「貴様ら、無闇に動くなよ!!」
「えっ、何でだってうわっ!?」
「お、俺の影が勝手に動いて、ええ、えええ!?」
近くの建物の影、後方に佇むエルフ達の影。
この場に存在するありとあらゆる影が具現化し、まるで大蛇の大群のように我の元へ集まっていく。
その光景に、流石のシデンも顔に確かな驚愕が浮かんでいた。
「拙者の斬撃を受け止めるとは……しかも、何だソレは? 手持ちの情報に、そんな力は無かった筈だが……さては隠していたか?」
「隠すも何も、我でさえよく分からない力だ……だがまあ、我のユニークスキルが覚醒した状態、とでも応えておこう」
エクストラスキル……この状態になるのは、アダマス教団のルチアとの戦い以来だな。
あの時は何が何だか分からない状態で戦っていた為、結局謎のままだったが……。
今はしっかりと感じる。我のシャドウの力、その隅から隅まで。
「……クッ」
だからこそ、十分理解出来てしまう。
……時間帯が時間帯の為、前回使った時よりも大幅に力が弱くなっているという事に。
何故、何故今は昼の真っ只中なのだ!
折角我の力が再び目覚めたというのに、ヴァンパイア族の特性のせいでエクストラスキルも弱体化している!
それに具現化させている影も、あの時より若干ヘナヘナになっている気もする。
前回はあんなにも、手足のように自由自在に影を操れたと言うのに、今はこの複数の影を具現化させているだけでも難しい。
クッ、我は誇り高きヴァンパイア族……だがこのヴァンパイア族故の縛りに、ここまで腹だったのは初めてだ……!
「チッ、面倒だ……オイ、やれ」
「ファイア」
などと顔を顰めている我をよそに、シデンの命令に反応し、上空から女が例の飛行物体を放ってきた。
しかも我一点を狙った攻撃では無く、周囲一帯を消し飛ばすつもりらしい。
だが、今の我ならば、何とか……!
「行け、シャドウッ!」
我は比較的大きな、両端の家屋の影を操作し上空まで伸ばすと、そのままこの付近全体を覆い被せるように押し広げた。
その影が障壁となり、その攻撃は影の向こう側で弾けた。
先程のシデンの斬撃といい今といい、どうやらこの状態ならば、影の耐久度も上がっているらしい。
「ス、スゲえ……この辺り一帯が、闇夜になったみたいだ……!」
影に覆われた上空を見上げた一人のエルフのその呟きに、我は内心ハッとする。
まるで闇夜のよう……よし、この技を《ダーク・ナイト》と名付けしよう!
……しかし、エクストラスキルが発動したら、多分出来るだろうなと想定し編み出した技だが、存外何とかなるものだ。
この状態の我のシャドウは、下手をすればリョータの黒雷やハイデルのヘルファイアよりも自由度が高いかもしれん……勿論、夜に限った話だろうが。
それでも、コレでやっと、此奴らと同じ土俵で戦える。
「リョータの口からエクストラスキルという概念を知り、我も使いこなせるよう励もうとした……が、発動条件が分からず終いだった為、良い感じに格好いい技を考えるだけに留まっていた……しかし今なら、色々試せそうだな」
「……舐められたものだな」
「舐めてなどいないさ……貴様は性格はともかくとして、依然強敵である事には変わりない。それに、こういう状況で調子に乗ると痛い目に遭うと決まっているからな……」
それに、一対二とコチラが不利な状況だ。
そしてこの状態も、いつまで続くか分からん。
だからこそ、全力で!
「『シャドウ・バインド』ッ!」
我が操作する影達は、空高くまで伸びていき、女に襲い掛かる。
しかし女は、その重装甲の何処から生まれるんだと言いたくなるほどの凄まじいスピードで飛翔し逃げる。
やはり上に逃げられると厄介だ……影にも伸ばせる限界がある。
だが同時に、ここまで高く飛んでしまっては、向こうも攻撃は出来ぬだろう。
「さて、コレで暫くは一対一だな……」
「まったく、そこまで使えたものでもないな、あの女も」
だいぶ手持ちの影を此奴に充ててしまったが、仕方ない。
勿論シデンを甘く見ている訳ではないが、此奴を残りの数少ない影で倒す。
「『シャドウ・スピア』ッ!」
複数の影を一つに集め、先端を鋭利に形成した影を、シデンに向けて放つ。
だがシデンは腰を低く落とし、剣の柄に手を添えて。
「――ッ」
み、見えなかった……!
此奴が影を剣で弾く瞬間、剣の残像も手のブレも、全く何も見えなかった。
コレは、魔神眼を持っているリョータじゃなければ確実に死んでいるな……。
一極集中では埒が明かない、ならば全方位から……!
「『ブラック・ラッシュ』ッ!」
シデンの周囲全方向から、同時に影達を放つ。
いくら剣速が早くとも、この数は捌けまい!
「……ッ!」
だが、シデンはあろうことかこの影の刺突の雨の中、真っ直ぐコチラに向かって来た。
しかも、そのまま剣で影を弾き続けている。
この男、つくづくバケモノだな……!?
クッ、攻撃は擦ってはいるが、足止めにもならん……!
先程斬られ掛けた時は何とかなったが、今度こそこの男に間合いを詰められたら死ぬ!
「ッ! 影に潜ったか……」
シデンが間合いに入る直前、我は足下の影の中に潜った。
我のシャドウのタネを知っているシデンは瞬時に理解したようで、すぐにその影から離れた。
そして再び腰を落とし、剣の柄に手を添える。
「さて、いつまでも引き籠もっていては埒が明かんぞ? まあ、出てきた瞬間斬るがな」
『ああ、そうだな……影の中に潜った状態で影を具現化し操作するのは中々難しい』
影の中からそう応え、我は内心苦笑する。
此奴の言う通り、外に出なければロクな攻撃も出来ん。
ならば望み通り、出て来てやろうではないか……貴様の背後からな!
「ッ!?」
突然背後から現れた我に、シデンは目を見開く。
驚く程の事ではない、ただ具現化した影を伝って背後に回っただけだ。
そして具現化と操作が難しいと言っただけで、出来ないとは言っていない!
勝手に勘違いしたのは貴様だ、シデン!
「――ッ」
だが、流石の反射神経と言ったところか、振り向きざまに鞘に収めた剣を振るう。
……今までの攻撃パターンを見て気付いたのは、此奴はこの攻撃方法を用いるとき必ず首を狙う。
だから予め、その対策をしておいた。
「ゴエッ……!」
「ッ! 確かに首を斬ったのに、拙者の刀が弾かれ……ッ!?」
「捕まえ、たぞ……! しかし痛いな……!?」
攻撃を弾かれ反動で腕がガラ空きになった隙を突き、我はその腕にしがみついた。
我は影から出る直前、自身の服の下から影を忍ばせ、予め首筋に巻き付けておいたのだ。
斬られはしなかったが、まるでリーンの手刀でも喰らったような衝撃に、一瞬意識が飛び掛けた。
「離さんかッ」
「ゴエホッ……は、離すか、絶対に……!」
何度も顔面を殴られようとも、我は腕の力を緩めない。
ユニークスキルがあるとも、素の我の力では奴には到底敵わん。
だが、全力で此奴の右腕にしがみついていれば、何とか動きを封じられる。
コレなら、我の奥義を躱される事はないだろう。
さあ、終わりだ……ッ!?
「ゴホッ!?」
「……? 何だ、急に吐血などしよって……」
「クッ……! 時間切れか……!」
この、発動した後から来る胸の動悸も全身の痛みも、そのままか……!
この前は、ルチアを倒した直後にこうなったから良かったが、今はないだろう、今は……!
「よく分からんが、コチラとしては好都合……」
「ぬうぅ……!」
「今度こそ、さらばだ」
力が緩んだ隙に、剣をもう片方の手に持ち替えたシデンは、大きく振りかぶる。
このままでは……!
…………。
いや、まだだ……!
「……!」
「我は……我を誰と心得る……魔王軍四天王にして夜の王、レオン・ヴァルヴァイアだ……! 貴様のような気概も無い者などに、負けてなるものかああああああああああッ!」
「何だ、急に気迫が……ッ」
「『ブラック・ワールド』ッ!」
足下に張り巡らされていた影達が我らを包み込み、巨大な繭のようになる。
内側はまるで、光という概念が存在しないかのように、暗黒に包まれていた。
夜目の利く我であっても、一切何も見えない。
その球体は、我らを包み込んだまま小さく狭くなっていく。
「刀がへし折られた……お主、自分諸共押し拙者を潰す気か……?」
影に押し潰されながらシデンは呻く。
だが、我はニヤリと笑い。
「そんな気はサラサラ無い……!」
そう、我らを包み込むコレは、我が具現化した影。
ならば我は、その影の中に潜り込むことが出来る。
「精々一人で苦しめ……ッ!」
「……ハハッ、まったく。コレだから面倒事は嫌なのだ――」
最後、諦めたように呟いたシデンの言葉を尻目に、我は影の中に潜り込み、そのまま外へ脱出した。
そして最後の力を振り絞り、影の繭を更に小さくして締め上げた。
「……ハァ……ハァ……ゲホッ……!」
凄まじい動悸と頭痛に襲われながら、我は片膝をつく。
すると、今まで我の手足となっていた影達が、元の場所、元の姿へと戻って行く。
今度こそ、効果切れのようだ……。
そして消失した影の繭の中から、白目を剥いて気絶をしているシデンの姿が露わになった。
「悪いが、利き腕と左足を折らせて貰った……コレでロクには動けまい……ぺっ! まったく、自分の血はマズくてしょうがない……」
我は口の中に溜まった血を吐き出すと、そのまま上空を見上げる。
「……固体名、クロクモ・シデンの意識消失、及び他の臨時マスターの所在の不明を確認。コレより、オリジナルマスターの命令に移行し、周囲1キロメートル以内の人の排除を行います」
ソコには、依然としてあの女が、上空から武器を構えて居た。
しかも何だか、とんでもない事を言っている。
周囲のどれぐらいかは知らんが、少なくとも此奴は、この国に存在している人を全て殺すつもりらしい。
正直シデンよりも、こっちの方が厄介だった。
「しかし……我はもう戦えん……」
もう、シャドウを操る気力も体力も魔力も残っていない。
……だが、我の役割は終わった。
しっかりと、敵を一人片付けた。
「だからあの女は任せるぞ――ハイデル」
「ええ、お任せ下さい……ッ!」
我の後ろには、燃え盛る黒炎を掌に宿し、上空を睨んでいるハイデルの姿があった。




