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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第八章 知りたい姫と麦畑の王子
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第三四話 呪いは今日も残酷だ!⑤

前半 リョータ視点

後半 リム視点

(時系列的に、カインが城に入ってきたばかりの頃から始まります)

上層階の一番端。

あまり頻繁には行き来されていないのだろうか、少しだけ埃っぽいこの廊下の突き当たりに、目的の場所はあった。

この城の扉と呼べる物は今の所全て襖と障子しかなかったが、目の前に立ち塞がるのは頑丈そうな木製の扉。

何と言うか、異質感を覚える。


「何か一層薄暗くて怖いなぁ」

「……リョータ、怖いの苦手なの?」


俺のそんな呟きに、背中から降りたミドリが反応する。

しかしどうも声が固い感じがする……いや、普段から抑揚無い声だから気のせいかもしれないが。

もしかして、俺の緊張が伝わってしまったのかも。


「……実は未だに夜中、トイレ行くの怖いんだよ。ホラ、住み慣れてても魔王城って不気味だしさ」

「…………」

「オイ、せめて笑うか引くか反応してくれよ……無視しないでよ……」


緊張を和らげようと冗談を言ってみたつもりだが……ううん、やはり通じなかったか。


「まあ今はお化けよりも、国民が皆殺しにされる方が怖いけどな。さーてと、そうならないように意を決して入りますか」


それでも俺は、いつものような口調で話しながら、目の前の扉を開けようと取っ手を掴み。


「まあ、鍵掛かってるわな」

「……どうするの?」

「そりゃ勿論、コレよ」


そう言って俺は、ミドリにピッキング用の針金を見せつける。

久々の、解錠スキルの出番だ。


「……リョータ、そんな事も出来たんだ」

「まあな。正直俺、魔神眼や黒雷使うよりも、こういった地味なスキルの方が得意なんだよ」


俺は鍵穴に針金を入れていじくりまわしながら、自嘲気味に笑う。

だが、何も強い能力が必ずしも万能という訳でもない。

今のように鍵開けなんて、魔神眼や黒雷の力じゃどうにも出来ないだろう。

今までずっとこの二つの特訓ばかりしてきたけど、こういったスキルももっと使えるようになりたいものだ。


「はい開いたっと」


ものの十秒で鍵を開けて見せた俺は、そのままドヤ顔を決める。

が、いまいちミドリの反応はよくなかった。

ううん、難しい。

俺は苦笑しながらも、改めて取っ手に手を掛けて。


「……? ミドリ?」


その手を、ミドリが掴んできた。

ひんやりとした小さな手が微かに震えている。

……もしかして、アカツキの秘密を知るのが怖いのだろうか。

その秘密の中に、記憶喪失である自分の正体がある筈だから。


「……大丈夫。何度も言ってるけど俺がついてる。どんな事があっても、俺はお前の味方だ」

「…………うん」


俺はそう言ってミドリの手を握ったまま、改めて扉を開けた。

重く軋む音を立てながら、ゆっくりと開いていく扉の向こう側。

微かに、青白い光が漏れ出ている。

生唾を飲み込んだ後、俺は思いっ切りその扉を開け放った。


「…………なんじゃ、こりゃ」


そして、戦慄した。

目の前に広がる光景に、もうこんな感想しか出なかった。


「SF基地の司令室かよ……!?」


よくSFものやヒーローもののアニメで目にするような、SFチックな部屋がそこにあった。

いや、何もまんま全てがそうだという訳ではない。

床は板張りだし、壁は土で出来ている。造りは他の部屋と同じだ。

ただ、この部屋にある物の類いが、この世界とは相容れない物だった。

ゲームチェアのような椅子、明らかに一般的な金属が材料ではないメタリックな机、その上に並べられたいくつものモニター。

この部屋を照らしているのは、それらのモニターの光だったのだ。


「……」


連絡板、テレポーター、SF娘、そしてこの部屋。

最早、認めるしか無いだろう。

俺の中にくすぶっていた予想は、確証へと変わっていった。

だが、そんな事は後回しだ。

今は、この部屋の中にあるであろう、アカツキの秘密を暴かねば。


「トラップがあるかもだから、離れんなよ」

「…………」


恐らく俺と同じように呆気に取られているであろうミドリに、振り向かずにそう告げると、俺は一つ一つ、モニターを眺めていく。


あるモニターには、まるでゲームのマップ画面のような、この大陸の地図が映し出されている。

そしてバルファスト付近の森に、赤い点が何個も付いている。

恐らくこの赤い点は、進軍してきているアカツキ軍の各部隊の現在地だ。

もうすぐそこまで迫って来ている。

焦る気持ちに急かされ、俺は次々にモニターを見ていく。


コレは、監視カメラの映像のように、ある部屋の光景が映し出されている。

そこには年寄りや若い女性、子供などが寿司詰め状態で座っており、何やら不安そうな面持ちをしている。恐らく避難場所だろう。

畜生、こっちだってこういった避難場所設けてえよ。ていうか進軍してるお前らが避難してんじゃねえよ。

と、少々イラッとしながらも別のモニターも確認。

だが、俺の望む情報は今の所見つからない。

そして最後、この部屋の中心に張られた一番巨大なモニターの前に立った。

何故かこのモニターだけ画面が暗い。

辺りを探ってみるも電源らしきものも見当たらない。

だが、怪しい。怪しすぎる。


「なあミドリ、その辺にボタンっぽいの見当たらないか?」


そう言って振り返ると、何故かギュッと目を瞑っているミドリが立っていた。


「……どした?」

「…………ッ」

「この世界の人達にはブルーライトキツいのかなぁ……? 眼、痛いか?」


そう言って俺はミドリに歩み寄り、優しく目元をグリグリしてやる。

微かに涙が滲んでいて、指先が濡れた。


「ゴメンな、すぐに証拠見つけて出て行こうな」

「…………」


そう言って屈んだ時、ミドリはゆっくりと瞼を開いた。

綺麗な緋色の瞳に、苦笑する俺が映っている。

そして同時に、俺の背後のモニターがついたのが見えた。


「!?」


タイミングといい、てっきりアカツキの顔でも映し出されるのかと思い、俺はすぐさま振り返った。

だが、そこに映し出されたのはアカツキではなかった。

そこに映っていたのは――俺の、後ろ姿だった。


「……………………」


写真でもない、録画でもない。

この部屋でこの画面を見つめている、リアルタイムの自分が映し出されていた。

恐らくこの映像を送っているであろう、少し俺を見上げるようなカメラアングル。

その位置に存在するものと言えば、たった一つだけ。


察した、気付いてしまった。

敵が何故俺達しか知らないような情報を、行動を、能力を、知り尽くしていたのかを。

ずっとこの画面は、バルファスト魔王国を、俺達を映し出していたんだ。

だって、だって。

この映像を送っている、映像媒体とも呼べるべき存在と。

数ヶ月、ずっと一緒に居たんだから。


「ミド――」


俺が、その名前を呼ぼうと振り返った瞬間。

身体に、軽い衝撃が走った。


「…………」


ミドリが、無言で俺の腹部へ突進してきたのだ。

その突進の衝撃自体、何の影響も無い。

いつも子供達が俺にタックルしてくるものより、遙かに弱かった。

だが俺の全身から、フッと力が抜けた気がした。


「ぁ……」


身体中が痺れているような感覚、指先の末端が冷えていく感覚……それとは逆に、腹部が焼けるように熱くなっていく感覚……。

無意識に、その熱くなった箇所へと手を添える。

濡れていた。水よりもベッタリとしていて、ほのかに暖かい。

その、濡れた掌を見てみる。

そこには、鮮やかな鮮血が掌に満遍なく付着していた。


「ぁ、ぐ……ゲホッ……」


喉の奥から込み上げて来た、鉄臭い唾液を咳と共に吐き出す。

いや、唾液じゃない。純粋な血だ。


……ジワジワと広がっていく痛みに、徐々に無くなっていく全身の力。

その中でも、俺の頭は思考を止めていなかった。

そしてそんな思考を、俺は何度も拒んでいた。

認めたくない、信じたくない、分かりたくない。

それでも俺の視界には、その思考の答えが映り込んでいた。

その小さな手に握られている血に塗れた短刀が。俺の返り血を浴びた若草色の着物が。

静かに俺を見つめる、透き通った緋色の瞳が。


……あぁ。

ミドリ……君は……君は……。


「……ゴメンね、リョータ」


俺が地面に倒れると同時に、いつものようなミドリの、抑揚の無い声が聞こえた。





「――ミドリは記憶喪失ではない」

「「……え?」」


開口一番に言い放たれたその言葉に、私とローズさんは固まった。

ミドリちゃんが……でも、えっ……?


「リグル殿からこれまでの経緯は聞いた。それにアカツキの手の者からも、大まかな話は聞いている。それを踏まえて話すと、ミドリが記憶喪失だと言うのは嘘だ」

「ど、どど、どういう事よ!?」


身を乗り出して食い気味に訊ねるローズさんに、アオキ様は険しい顔をしながら言った。


「まず、カムクラがクーデターに合い、ミドリが戦争を引き起こすための駒として君達の国へ飛ばされたという推測は正しい。だが、それだけではない。ミドリはそれとは別に、君達の国へ諜報員として向かわされた」

「諜報員……? じゃあ……ミドリちゃんは、敵のスパイだったってこと、ですか……!?」

「…………」


アオキ様はその言葉に対し、何も応えないで俯いた。

その反応が、既に答えを出しているようなものだ。


信じたくない、信じられない。

でも、そう考えると色々と辻褄が合う。

ミドリちゃんはよく、探検と言ってバルファストを散策するのが好きだった。

それに私達の魔法や、リョータさん達のユニークスキルなどの話を興味深そうに聞いていたし、何だったらレオンさんの武器コレクションも見たいと言っていたらしい。

その行動は全部、バルファストや私達の情報を得るために……?


……私の脳裏に、この数ヶ月の間の思い出が蘇る。

最初は、遠く離れた土地から記憶喪失でここまで来てしまったミドリちゃんに同情して、出来るだけ助けになろうと思っていた。

彼女が孤児院で生活するようになって、少しずつだけど皆に心を開いていって。

私とも、一緒にお話ししたり街を散歩したりしてくれるようになっていって。

いつしか、彼女は保護の対象から、私の大切な友達の一人になっていった。

そんな彼女は、本当は記憶があって、私達をずっと騙していて……。


「も、勿論……アカツキさん達に、脅されたからですよ、ね……?」

「ええ……追々詳しく説明しますが、あの子は私達を、この国のエルフ達をアカツキ将軍から助けるために、仕方なく彼らに従っているのです」


ワカナ様のその言葉に、少しだけ胸がホッとした。

だけど、そんな事を気にしている暇なんてなかった。


「どうやらミドリはこの国に来る前、ある魔法を掛けられていたらしい。その魔法は、自身が見た光景を、そのまま接続した魔道具に映し出すというもの。そこでミドリは、国の構造、住民の数、魔王や先代魔王の娘、四天王を初めとする危険人物の特定、その能力などを自らの視界を通して敵に送っていた」

「そ、そうだったの……!? でもじゃあ、何でわざわざ記憶喪失なんて嘘を……?」

「ミドリちゃんが記憶喪失を演じれば、ローズさん、貴方を騙すことが出来るからだよ」

「わ、私……?」


突然名指しされて戸惑うローズさんに、パパが横から話に加わった。


「魔王軍四天王、ローズ・リアトリスは精神魔法の使い手。その情報は外でも出回っている。そんなローズさんの元へ、素性を隠しただけの諜報員を送ったら、すぐに記憶を読み取られてしまうのは分かりきっていたんだ。だから敵は精神魔法の性質の穴を突いた。確か子供に対しての精神魔法は、脳に負荷を与えるらしいね? 恐らく敵はその情報を持っていた。だから彼女は記憶喪失を演じ、自然な形で記憶を読み取らせないようにしたんだよ」

「そんな……」

「私も最初は耳を疑ったさ。でも、どうやら本当のようだ」

「それに、娘は昔からあまり表情を出さない子なんです。だから逆に、演技だとバレる可能性も少ない……」


確かに、ミドリちゃんは全然表情を変えない子だった。

だから、それがこの子の特徴なんだとしか思わなかったけど……。


「でも、ミドリちゃんはリョータちゃんが森の奥深くで見つけたって言っていたのよ!? 普通に潜入するなら、そんな事をわざわざ……」

「する必要があったんだよ、転移事故と思わせる為にね。どうやら彼女はミロクという男に連れられ、あの付近に来ていたらしい。そして彼女を気絶させて、ミロクはそのまま立ち去る。そうすれば自ずと誰かが見つけて拾ってくれる。本来は街の近くの平原でする手筈だったが、偶然にも道中近くに居たんだよ、私と魔王様がね。だからミロクはあの森の中で彼女を気絶させて、我々の側に置いて転移した。どうやら当時、その人が魔王様本人である事と、レッドグリズリーの穴持たずが近くに居る事は知らなかったようだけれどね」

「酷い……子供相手に酷すぎるわよ!」

「ああ、同感だよ。だが徹底的だ。だから我々は何の疑問も持たずに、まんまと敵の策に嵌められてしまったんだ」


感情的になるローズさんとは対照的に、パパは静かに対応する。

だけどそれは事前にその話を聞いたからであって、きっと当時はローズさんと同じ反応をしていたんだろう。

そんな私達よりも、もっと辛いのは……。


「本当に、娘が……可哀想で……!」


ワカナ様は、口元を抑えて小さく啜り泣いていた。

アオキ様はその震える肩を、優しく抱きかかえた。

そうだよね、だって今の話は全部、自分の娘の話だもん。

そして、それよりももっと、誰よりも辛いのは……ミドリちゃん本人だ。


「他にもミドリをバルファスト魔王国に送った……恐らく最大の理由がある」

「ま、まだあるの……!? ちょっと待って、頭が追いつかない……!」


ローズさんがこめかみを抑えて深呼吸をする中、アオキ様は淡々と、だけど眉間にしわを寄せたまま。


「ミドリには生まれつき、呪いが掛かっている。その呪いは下手をすれば国一つ、いや二つ以上も陥落出来る程に強力であり、理不尽であり……何よりも残酷だ。他人にとっても、本人にとっても」


そう言って歯を食いしばった。

の、呪い……?


「嘗て、ミドリと同じ呪いを持って生まれた王族が居た。呪いの、初めての発現者だ。その王族の呪いの影響で、一時期このカムクラは混乱の渦に飲み込まれた」

「な、何でですか……?」

「家臣が全員、死んだのだ」

「ッ……!」


人が、死んだ……?

しかも、家臣の人が全員……?


「そのせいで、上位層が酷く荒れてしまったようだ。それを諫めるのに、三代も費やしたと聞かされている」

「ま、待って下さい! 呪いと言うのは本来、私のようなダークウィザードが、相手の能力やステータス値を一定時間下げる、その能力全般を差すんです! 人を、ましてや同時に複数人殺せる呪いなんて、聞いたことが……!」

「いや、どうやら我々の知っている呪いの事じゃないらしい」

「え?」


食い気味にそう言った私に、横からパパが冷静な声で。


「同じ言葉でも、国や地域が違えば意味が違ってくる。先に私はその話を聞いていたんだが、ミドリちゃんに掛けられている呪い……それを我々の言葉で表すなら、ユニークスキルだろうね」

「ユニークスキル……!? じゃあ、ミドリちゃんってユニークスキル持ちだったの!?」


で、でもミドリちゃんが何か、特別な力を持っている様子なんて、なかった筈なのに……。

戸惑う私達に、アオキ様は握った拳を小さく振るわせながら。


「すまない……こんな事を告げるのは、あまりに酷な事だが……ワシを除いたこの場の全員、既にその呪いに掛かってしまっている」

「えっ!? 私達、呪いを掛けられてたの!?」

「私達だけじゃない。魔王様達も……そして、バルファスト魔王国の国民の大半に、もうその呪いが掛かっている」


その言葉に、空気が凍り付いた。

今まで慌ただしかったローズさんも、呼吸を忘れたように固まっている。


「アカツキはワシらを解放する条件として、ミドリにバルファスト魔王国に潜入させた。そして情報を得て準備が整った際、カムクラへリグル殿が訪れるのを利用し、ミドリは自らを宣戦布告の材料に充てた。そして……少しずつ、住民達に呪いを掛けたのだ」

「でも、どうやって……呪いを、掛けたんですか……?」


過呼吸になりかけるも、何とか言葉を紡いだ私に、パパは静かにこう訊ねた。


「ミドリちゃんは確かに少し変わっているが、それでも常識的ではあった。だが普段、少しだけ不自然な行動を取っていなかったかい?」

「不自然な、行動……?」


そんなの、本当にあるの……?

ミドリちゃんが変な事してる時なんて無かった。

精々、通りすがりの人達と、よく握手を交わして挨拶してた事ぐらいで……。


「……握、手?」

「そうか……やはり、そうだったのか……」


その単語を聞いた瞬間、アオキ様は絶望したように項垂れた。

まるで、もう手遅れだと言わんばかりに……。


「あの……ミドリちゃんの呪いって、一体……」


声が震える、怖くて堪らない。

それでも、私はその問いを口に出していた。

そして、アオキ様は、その真実を口にした。



「――ミドリが持つ呪いの名は《道連れ》。自殺でも他殺でも病死でも関係無く、自身が死んだその瞬間……今まで自身が素肌で触れた対象全員を、文字通り道連れにしてしまうのだ」


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