第三四話 呪いは今日も残酷だ!③
カイン視点から
「ハァ……ハァ……!」
ねーちゃんを置いて、恐らくアカツキが向かったと思われる城を目指してただひたすらに走る。
エルフ達を避けて人気の無い横道を走っている為か、幸いにも出くわしてない。
そして皮肉にも、ここに来てから何もしていないからずっと走れるだけの体力は残っていた。
出来るだけ全力で、出来るだけ必死に、何も考えないように。
じゃないと、立ち止まって泣き出してしまいそうだから。
「……ッ」
あのアカツキという男が、俺の両親の仇だった。
俺の両親を、殺した張本人だった。
その事実が発覚した途端、かつての家族の思い出が蘇ってきてしまう。
それを振り払うように、俺は更に走るスピードを上げていく。
……最初の頃は、一番先代魔王を恨んでいたけど、同時に人間も恨んでいた。
でもねーちゃんと過ごして、仲間と暮らして、にーちゃんに出会って、少しずつ俺の中から憎悪や恨みの感情は薄れていった。
あの時は戦争だったから、仕方なかったんだと割り切って。
でも、実際は全然違くて、もっと酷くて理不尽で。
それで恨むなと言う方が無理な話だ。
「……?」
しばらく走っていると、何やら遠くから騒がしい声が聞こえて来た。
その声は、城に近づく次第に大きくなっていく。
それも、一人や二人の声じゃない。
まるで何十人もが乱戦しているような……。
俺はその声がする大通りの横道から、そっと身を乗り出してみる。
「な、何だ……!?」
俺は視界に入った光景に目を疑った。
「こ、こんの野郎!」
「うがっ……お、お前ら、自分らが何してるのか分かってんのか!?」
先程、俺達に大勢で襲い掛かってきたエルフ達だ。
そのエルフ達が、城の前の大広間の前で戦っているのだ。
しかも、その相手はまさかの。
「壁になれ! 誰一人として彼らの邪魔をさせるな!」
「すまない、今は許してくれ!」
同じ、エルフ達だった。
一瞬、何故同族が戦っているのか理解が追いつかず混乱したが、片方の陣営のエルフ達の恰好を見て気付いた。
コイツら、あの時森の中に居た兵士達か……!
だとしても、何でコイツらこんな所で同族と……!?
と、益々俺が頭を抱えていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「す、助太刀は感謝致しますが、あまり無理をなされないように……! 同族同士で戦うなど、いい気分では無いでしょう……!?」
「だが、助かったのも事実だ! 急に彼奴らが後ろから迫って来たときは、流石にダメだと思ったが……!」
そう、あの四天王の悪魔と厨二の声だ。
今の会話の内容で、大体の流れは察せた。
どうやらあの二人は先程みたくこの国の住民達に襲われそうになった所で、さっき森で会ったエルフの兵士達に助けられたんだろう。
もしかしたらコイツら、にーちゃんのあの言葉を信じてくれたのかもしれない。
「にーちゃんは……居ねえみたいだな」
少し観察してみたが、ここにはにーちゃんの姿はなかった。
恐らく既にあの城の中に居るのだろう。
それとあの部隊の隊長の姿も見当たらない。
兵士達がここに居るのに隊長がいないって事は、にーちゃんと一緒に行動してんのか?
恐らくミドリもにーちゃんと一緒に居る筈だ。
そんで……アカツキの野郎もいねえな。
その換わりあの空飛ぶ女と、確かシデンとか言ったアカツキの仲間が、四天王の二人と戦っていた。
「…………」
いつまでもここで見てる訳にもいかねえ……。
かといって遠回りも出来そうにないし、素通り出来る程の隙間はない。
俺は意を決すると、その乱闘の中に飛び込んでいった。
身を低くして、エルフ達の足下を縫うように駆けていく。
俺のすぐ真上から、怒声や叫び声、固い物同士がぶつかり合う音が響く。
互いに殺すつもりはないのだろう、まあ同族同士なら当たり前か。
だが大勢の人が群れて戦うこの空間に、この上ない居心地に悪さを感じる。
まるで本物の戦場にいる気がして、本物の戦争をしている気がして。
だから俺は、無我夢中でこの人集りから抜け出そうと進み続けた。
やがて人集りから抜けると、シデンと対峙している厨二とバッチリ目が合った。
「なっ、貴様は……!? 何故ここに居る、リーンはどうした!?」
「……アカツキに斬られた」
「なん……ッ!?」
厨二は俺の言葉に、言葉を詰まらせあり得ないとばかりに首を横に振った。
そして横から、あの女に黒炎を放っていた悪魔が、顔を真っ青にさせて。
「リーン様が、死んだのですか……!?」
「死んではいねえ! でも、背中を斬られて、もう動けそうにねえんだ……! アカツキの剣呪われてて、その呪いが傷口を焼いてて……!」
「成程、通りであの剣を見た時から我の武器コレクターの血が騒ぐと思っていたが……いやそれにしても、リーンが負けたのか……? 俄に信じられんが、あの男の強さを知ってしまっては、否定は出来んな……おわっ!?」
顔を顰めていた厨二に、突然無言でシデンが距離を詰める。
そして鋭い掌底を放ったが、厨二は日光で自分の足下まで伸びていた俺の影に潜り込んだ。
「うおっ!? オイ厨二、人の影に勝手に入ってんじゃねー! そんでいきなり足下から飛び出てくるんじゃねーよ!」
「そんな事気にしてる場合ではないだろうが小僧! それに貴様の影に入ったところで、何かあるわけではないだろうが!」
思わず条件反射でそんな事を言ってしまったが、お互いこんな状況でもあんま変わりはない。
と、拳を突き出したままのシデンがゆっくり姿勢を正しながら。
「殿はあの女にトドメを刺さなかったのか……いや、あの方の事だ、どうせまた後で戦おうなどと考えているんだろうな」
「つくづく悪趣味な男だな、あの者は……いや待て? ならばアカツキは何処へ行った? 確か貴様、不快にも我と戦いながら通信魔法らしき術を使って話していただろう?」
「…………」
その問いに、シデンは何も応えずただ不敵な笑みを浮かべていた。
「いや、確かにーちゃんを殺すとか言って城に向かったぞ! お前ら見なかったのか!? この乱闘もついさっき始まったばっかりじゃなさそうだし、絶対にここを通らなきゃ入れない筈だろ!?」
「ロックオン、ファイア」
「『ヘルファイア』……! さ、先程から誰も特に変わった様子はないです! 自分達の将軍がここを通ったなら、誰かしら反応する筈ですが……!」
悪魔が女の攻撃を炎の壁を作って防御しながら、そう返してくる。
「もしや転移系の魔法を使ったか……? だとしたらマズいぞ、いくら悪知恵としぶとさに定評があるリョータとは言え、リーンを負かすような怪物に敵うはずがない!」
恐らく褒めてはいるのだろうが、厨二はそう言って冷や汗を垂らしていた。
そんな様子を見て、シデンは口角を歪ませる。
「きっと殿の事だ、時間が許す限り何度も魔王をいたぶるだろうな。そして恐らくそこには悪意が無い。殿の残酷な所だ。だが――」
「うごっ!?」
「厨二!?」
まるで瞬間移動したかのように、厨二の懐に潜り込んだシデンが、回し蹴りを放つ。
それをモロに横っ腹に貰った厨二は、真横に吹き飛ばされ地面を転がった。
「お主らの足止めをするのが拙者の役目。悪いがここは通さぬぞ?」
「ゲホッ……剣が無ければ何も出来ないなどと言っていたクセに……!」
「ただお主が弱すぎるだけだ。ヴァンパイア族の性質らしいが……それでも弱いな、本当に」
「なんだとぉ!? 今の時間帯が夜ならば、貴様など一瞬で葬り去ってくれるわ!」
「もう昼のお前が弱いのは分かりきってるんだから、いい加減受け入れろよ厨二……」
「うるさい! あと貴様もいい加減厨二と呼ぶなガキのクセに!」
顔を顰めて咳き込んではいたが、ここまで虚勢を張れるならまだ大丈夫なのだろう。
「……リーンの状態を知らせてくれた事は感謝する。貴様は戻って、リーンの側に居ろ。我らではここで手一杯だ」
「……悪い」
「何? あっ、待て貴様、何処へ行く!? まさかとは思うが、城に入るつもりなのか!? 止めろバカ者、オイッ!」
俺は厨二の言葉を無視して、城へと走り出す。
何故か城の門には巨大な穴が空いており、焦げた臭いが漂ってきていた。
「止めておけ小僧。先程は運が良かったようだが、今度こそ殿はお主を殺すだろう」
俺がその穴を潜ろうとした時、後ろからシデンが声を掛けた。
敵のクセに情を掛けられた気がして、益々腹が立ってきた。
「……うるせーよ」
「ふむ……見たところ魔王と姫様を助けたい、というような感情で動いてはいないようだな。顔に憎悪が見て取れる。魔王の娘の仇討ちか? それとも……」
「……ッ。テメエも、知ってんのかよ」
無視していこうと思っていたが、含みのある言い方に思わず反応してしまった。
「まぁ、長年仕えてきているからな」
「……テメエも後で覚えとけよ」
それだけ告げると、振り返らずに俺は城へ入っていった。
……冷静に自分を見れば、俺の行動はイカレているも当然だろう。
それでも俺は止まれない。止まることなんて出来ない。
『だから、お願い……あの人達の想いを、無駄にしないで……! アンタ達が一人でも死んだら、その人達が死んでしまった意味が無くなってしまう……!』
なのにねーちゃんのあの言葉が、何度も頭を過ぎる。
俺は別に死にに行く訳じゃない。
そして……アカツキを殺しに行く訳でもない。
勿論殺したいほど憎んでいるが、現実的じゃない事は怒りに沸いた頭の中でも分かっている。
なら、何故俺はアカツキの元へ向かうのか。
『この刀は、斬り殺した相手の魂を吸い取り、強化していく特性があるんだ』
奴の言う通りなら、あの刀には今までアカツキが殺してきた人達の魂が縛り付けられている。
つまりその中に、俺の父さんと母さんもいるという事だ。
救える手立てがあるか分からない。仮にあったとしても、出来るかどうか分からない。
それでも、俺の親の魂が今尚天国へも行けず、あの刀の力の一部となってしまっているのなら。
絶対に。
「絶対に、助けるからな! 父さん、母さんッ!」




