第三三話 世界観は今日もゴチャゴチャだ!⑩
カムクラ城の中は、昔家族旅行で訪れたことのある有名な天守閣の内装と殆ど変わりなかった。
薄暗い城内だが、目立った汚れや埃もなく、普段から大切に扱われているのだと分かる。
ウチも人手があったらこうありたいものだ、なんて呑気に思っている場合でも無く、俺は誰も居ない事を確認し、とある八畳間に転がり込むように入った。
「ぜえ……ぜえ……ひ、ひとまず、呼吸は落ち着かせられる、かな……? ミドリ、大丈夫か……?」
「……うん。リョータは大丈夫そう……じゃないね」
「少し休憩すりゃ大丈夫だよ……」
先程から、ヤケにミドリが俺の心配をしてくる。
まあ、眼から流血させたり首チョンパされ掛けたりする場面を見て、心配するなと言う方が無理な話だが。
俺はポシェットに入れていた魔力回復ポーションの蓋を開けると、そのままグビッと飲み干した。
ちなみに、勿論コレは第七部隊から掻っ攫った物で、エンは何とも言えない面持ちでその光景を眺めていた。
「プハァッ……さてと」
飲み終えた瓶を近くに置くと、俺はあぐらを掻いてエンと向き合った。
「エンさん。まずは助けてくれて、俺の言葉を信じてくれて、ありがとうございます」
「か、感謝なんてしないでくれ! 寧ろ、謝るべきは私達なんだ……姫様を助けようとしてくれた君達に、あんなことを……償いをしようとしても、しきれないよ」
「いや、償いは米食わせてくれれば十二分です」
「安すぎないか!? い、いや、その話は後だな」
俺は頭を上げると、チラと廊下の方を見ながら。
「本当はあの場に残らせて、因縁があるシデンを任せたかった所ですけど、こっちは圧倒的に情報が無いんです。だから今、味方になってくれたエンさんから出来るだけ情報を得たい」
「わ、分かった。私に応えられることなら、何でも訊いてくれ」
「ん? 今何でもって……じゃねえよ、また条件反射で模範解答しちった……」
「どうした?」
「いや、何でも」
俺は首を横に振ると、少し身を乗り出して訊く態勢になった。
「まず、一番気になってる事があるんですけど……皆さんが使ってるあの魔道具、アレ何なんですか?」
「魔道具、というと?」
「エンさんがミロクと会話してた、あの透明なガラス板とか」
「み、見ていたのか!?」
「いや、直には見てませんよ。過去の光景を、ちょっと魔神眼の能力使ってね。で、アレは何です?」
「ああ。あの魔道具を、我々は連絡板と呼んでいる。その連絡板から、ミロク殿が我々に情報を供給するんだ。そして恐らくミロク殿が動かずに情報を得ている理由も、あの魔道具によるものだ。我々部隊長が所持している連絡板と、ミロク殿が持つ連絡板は性能が違うようだからな」
それでミロクは、俺達の情報を得ていたのか。
そしてエンの言い方からして、その魔道具でどのように情報を得ているのかは分からないようだ。
いくら連絡板とは言え、流石にそれだけじゃ機能しない筈だ。
それとは別の、ドローンカメラのような別の魔道具を使っているのだろうか。
「その魔道具、やっぱりアカツキが外から持って来たんですかね?」
「あ、ああ……バルファスト魔王国に進軍する際、我々に配給されたんだ」
「成程……他にも、そういった魔道具が?」
「ある。例えば、上に乗るだけで転移の術を使わずに遠くへ瞬間移動する事が出来る、座布団のような物がある。この城の中にもある筈だ」
「ざ、座布団……」
比喩が何とも言えないが、恐らくイメージ的にはSFゲームによくある、踏むだけでテレポート出来るテレポーターみたいな物なのだろう。
そしてそれを使い、エルフ達は家屋の中に転移して俺達の前に立ちはだかった。
家屋の中に居なかったはずのエルフ達が急に現れた謎が解けた。
「その魔道具の元の所在は?」
「詳しくは分からない。ただアカツキ将軍曰く、外の知人から借りたと言っていた」
「借りた……じゃあ、あの空飛んでる女の子は……?」
「すまない。少なくともカムクラのエルフの中で彼女の存在を知っているのは、アカツキ将軍と、その配下であるシデン殿、ミロク殿だけだろう」
「いや、大丈夫です」
ここに来る道中で見掛けた、謎の魔道具。
そのどれもが、この世界の魔道技術を遙かに越えていた。
寧ろ、現代日本の電工学さえ越えていると言ってもいい。
その筆頭が、あのSF娘だ。
彼女と初めて対峙した時、アカツキは言っていた。
コイツはとある知人から借りたと。
魔道具を貸した奴と、SF娘を貸した奴は同一人物と考えるべきだろう。
「じゃあその……」
俺は次の質問に移ろうとして、少し言い淀む。
どうしても知りたい、でも知るのが怖い。
この質問のせいでミドリが傷付くかもしれない。
でも、今しか知る方法は無い。
俺は隣に座っていたミドリの頭に手を置くと、真っ直ぐに。
「皆、何でミドリをアソコまで恐れているんですか……?」
「…………そうか。君が姫様を背負っている時点で察したが、本当に何も知らないんだな」
「……そんな顔になるほど、コイツには何か秘密があるんですね」
「ああ……記憶喪失になってしまわれたとは言え、本来本人の前でコレを言ってしまうと不敬罪に当たってしまうが……」
そう言って申し訳なさそうにミドリを見つめた後、エンは重い口を開けた。
「ミドリ姫様には……別の呼び名があるんだ」
「別の呼び名?」
「ああ……姫様の前では絶対に呼べない、我々国民の間だけで通っている呼び名……カムクラ国第一王女カムクラ・ミドリ……その別名を『呪い姫』」
「呪い姫……?」
「そう、ミドリ姫様は……この世に生まれ落ちた瞬間から、呪われてしまっているのだ……」
「ちょっ……!?」
その言葉に、俺は思わず声が大きくなってしまう。
だが、隣のはミドリが居る。
記憶喪失であるが為に、自分自身が呪われていると初めて知った幼い少女が隣にいる。
怯えているのだろう、その証拠に俺の腕にしがみつくその華奢な身体が酷く震えていた。
だから俺は、俺だけは落ち着いていようと、心を必死に静めた。
「でも、呪われているなんて、何でそんな事……」
「カムクラが築いてからこの数百年、初代国王から血筋は途絶えずに今まで来た。その中で、呪いを持って産まれた王族が、過去数人居る。その数人に共通する特徴があるんだ」
「特徴……まさかッ」
俺は、ミドリの顔を見つめる。
そのミドリの、大きく透き通った緋色の瞳には、俺の驚いた顔が映っていた。
「そう。呪いを持って生まれた王族は皆、瞳が緋色なんだ」
「……ッ」
だから……だからミドリ以外、緋色の瞳をしたエルフを見掛けなかったのか……。
「その……その呪いって、何なんですか……?」
もう、ここまで来たら聞くしかない。
聞かなければ、真実と向き合えない。
ミドリと、向き合うことが出来ない。
「その呪いは……」
そう、エンが口を開いたその瞬間だった。
予め少し開けていた襖の奥に、何かが横切った。
「誰か居るッ!」
「何ッ!?」
「ッ……!」
俺がそう叫びミドリを抱きしめたその時、目の前に何かが飛んで来た。
「うわあぶねッ!?」
紙一重で躱すと、ソレはトンッという音を立てながら木の柱に突き刺さった。
俺は振り向きざまにその突き刺さった物体を確認する。
そして、目を見開いた。
「しゅ、手裏剣……!?」
そう、それは日本人なら誰でも知っているだろうポピュラーな投擲武器、手裏剣であった。
偽物なんかじゃない、本物の手裏剣だ。
それに気付いたと同時に、襖が勢い良く蹴り飛ばされ、天井板が突き破られ、何者かが数人この部屋に入ってきた。
全身が黒ずくめで、テレビや漫画で何度も見たその姿は正しく。
「アイエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
「ほう……他所の国の者がよく知っているな。そう、我々はアカツキ将軍直属の暗殺部隊『帳』。人は我々を忍とも、貴様のように忍者とも呼ぶ」
その忍者達の中でも一際強そうな男が、低い声でそう名乗った。
「ド、ドーモ、ツキシロリョータデス……」
「律儀に挨拶している場合か!? 目の前に居るのはあの暗殺の達人、忍なんだぞ!?」
「だって、挨拶は大事だって古事記にも書かれているんですもん!」
「そうか立派な書物なんだな!」
もうツッコミがヤケクソになったエンはさておき、マズい事になった。
この狭い空間、ミドリを除いて二対十数。
圧倒的に分が悪い。ここは逃げる一択だろう。
「バルファスト魔王国魔王、ツキシロリョータ。七番隊隊長、コゲツ・エン。貴様らの命、頂戴する」
「ったくホント、タイミングが良かったり悪かったり忙しいなもう……!」
「心中お察しするよ……」
俺とエンはそう軽口を叩きながらも、戦闘態勢に入った。
その瞬間、早速俺の顔面目掛けて手裏剣が飛んでくる。
すかさずソレをキャッチすると、俺はソレをポケットにしまった。
「……お土産に貰うね」
「ふ、ふざけるなこのッ!」
ちゃっかりネコババしてしまったのが琴線に触れたのか、他の忍者達が一斉に手裏剣やらクナイやらを投げてきた。
俺達は反対側の襖を蹴破り、そのまま走って逃げていく。
「逃がすな、追え!」
「すまない魔王殿! 何としてもミドリ様を!」
「言われなくともおおおおおおおッ!」
俺は投擲武器が当たらないよう抱きかかえて、そのまま廊下を突き進んでいく。
だが、逃げる背に向けて投擲武器を投げられるのは流石にキツい。
それに……!
「隙あり!」
「うおおおっととッ!?」
天井裏からいきなり長槍で奇襲を仕掛けてくる。
やはり忍者と言うべきか、神出鬼没だ。
「ッ!? 魔王殿、正面の床!」
「うおわあまきびしいいいッ!?」
オマケに俺達の進行方向へ向けてまきびしを撒いてくる。
畜生、一個足の裏に刺さった、痛え!
すぐさままきびしを引っこ抜きチラと後ろを見ると、先頭のリーダー格の忍者が何やら印を結んでいた。
ま、まさか、忍術……!?
「『忍法・水遁の術』ッ!」
「いやそれ魔法じゃねえか!」
襲われている側だが忍術が見れるかもとワクワクしていたが、やはり魔法だった。
ちなみに今コイツが使っているのは中級魔法。鉄砲水のような激流を創り出す魔法だ。
だが、こんなのに飲み込まれたらひとたまりもない。
っていうか、自分達のお城で洪水起こすなよ!
……いや待てよ、これ逆に。
「ミドリ、エンさん、ちょっと離れて!」
「わ、分かった! 姫様、こちらへ!」
「う、うん……!」
俺はミドリを降ろすと同時に踵を返し、目の前に迫る激流と向き合った。
そして拳を握ると、魔力を集中させて。
「『黒雷弓』! イイィィヤッ!」
お決まりの奇声と共に瞬時に創り出した黒雷の矢で、激流を射貫いた。
その瞬間、黒雷の矢が激流の中で弾け、いくつもの電流となって迸る。
「ぅぐ……!?」
「があ……!?」
すると水を通じて感電した忍者数名が、痙攣を起こしてその場に倒れた。
流石に全員とはいかなかったものの、大多数にダメージは与えられた。
「コレが雷遁の術……なんて言えねえか」
「ぐッ……我が水遁の術を利用するとは」
リーダー格の忍者は身体から煙を上げながらも、クナイを構えて躙り寄る。
チッ、このままじゃ埒が明かねえ……。
そんな俺の思いを察したのか、エンが俺の前に割り込んだ。
「魔王殿、ここは先に行ってくれ」
「……いいんですね? 死にませんね? 誓いますね?」
「そ、そんなに頼りないか……? 忍相手だとしても正面からなら、私にも分がある。だから安心してくれ」
エンはそう言って、腰に収めていた刀を抜く。
もうフラグがどうこうなんて言ってられない。
ここはエンに任せて、先に進まなければならない。
いち早くこの事態を終息させる事が、何よりも大事だから。
「分かりました、任せます。償いの銀シャリ、忘れないで下さいよ」
「ああ。食べきれない程用意しておくよ」
最後にそれだけ言い合うと、俺はミドリの手を引いて城内の奥へと進んでいった。




