第三三話 世界観は今日もゴチャゴチャだ!⑦
「――発射」
「うおおおおおおおおわああああああああああッ!?」
リーンにアカツキを任せたはいいものの、その前に俺が絶体絶命のピンチになっていた。
それもそのはず、後方にはマシンガンとレーザー砲を携えて飛翔する、場違い甚だしいSF娘に追いかけられているんだから。
しかも、見た感じ弾切れも魔力切れもしなさそうだ。
更には障害物も何も無い上空から容赦なく弾丸をぶっ放してくる。
クソゥ、圧倒的に分が悪過ぎる!
こちとらミドリ抱えた状態で走ってるんだぞ、思うように動けねえし反撃も無理だ!
かといって、ミドリを少しでも手離したら、その隙にミドリが狙われかねない。
せめて少しでも攪乱になるよう、通りと家屋をあみだくじのように行き来しながら逃げ惑っていたその時だった。
「居たぞ、魔王だーッ!」
「ああもうほんっとにもうッ!」
この通りの真正面、距離にして約百メートル程前に、エルフの群衆が現れた。
畜生、またいきなり出てきやがった!
何でだ、ちょくちょく魔神眼でエルフ達が居ないか確認してるってのに、いつの間にか近くまで迫って来ている。
何かがあることは確かだが、それを確かめている暇は無い。
「どうしようどうしたらどうするべき!?」
やばい、完全に挟まれた!
前門の虎、後門の狼ならぬ、前門のファンタジー、後門のSFってか!?
凄い、空想世界の板挟みだ! なんて現実逃避してる場合じゃねー!
「……リョータ、私が……」
「さっきみたいに盾になるってか? それじゃあお前がまた辛くなるだけだろ!」
そうはさせないとばかりにしっかりと抱きしめながら、俺は思考を巡らせる。
どうする、さっきみたいに屋根に飛び移る……いや、一度ならまだしも二度もこのSF娘が見逃す筈が無い。
ならばエルフを蹴散らし正面突破? 数が多すぎるしミドリ抱えてて両手塞がってんだよ!
考えろ、どうすりゃいい!? どうしたらこの状況から脱出できる!?
と、打開策を考えて見るも、一向にいいアイデアが浮かんでこなかった。
そんな間にも、エルフ達が俺のすぐ側まで迫って来て……!
……え、止まってる?
急に立ち止まったエルフ達の視線の先には、勿論俺……ではなく、後方のSF娘に向けられていた。
「な、何だアイツ!? 女の子が空飛んでるぞ!?」
……!?
「魔王の仲間か!?」
「いや、あんな女情報に無いぞ……ていうか、魔王を攻撃してないか?」
「それじゃあ味方……えっ、だとしても、このままじゃ俺達まで巻き添えに……!」
何だ……コイツら、このSF娘を知らないのか……?
動揺し、顔を見合わせるエルフ達の反応に、俺は内心小首を傾げる。
だがそんなコイツらの事などまったく関係無しに、SF娘は銃弾の雨を降らせ続けている。
もしこのままエルフ達に突っ込めば、間違いなく死屍累々の地獄絵図に……!
「ひ、退け! 退けええええええええッ!」
それを最前列の奴も察したのか、咄嗟にそう叫ぶと踵を返して逃げ出した。
後方の奴らも、その非常事態に困惑しながらも踵を返した。
そして、本当に何でこんなことになったのか、俺はエルフ達と一緒にSF娘から逃げる形になった。
「行け行け、速く走れ!」
「うわああああ!? 何だよ、何が起きてんだよ!?」
それはこっちの台詞だっての!
何が起きてるんだよ、なんでお前らまで逃げ出してるの!?
挟み撃ち作戦じゃなかったのか……?
「オ、オイこの野郎! 何だよあの女、自分を巻き添えにしてまで俺らを皆殺しにするつもりか!?」
と、いつの間にか並走していた一人のエルフのオッサンに、隣から涙目で怒鳴られた。
それに対し、俺も涙目で怒鳴り返す。
「知らねーよぉ! つーかお前らんとこの将軍がコイツに俺を殺せって指示したんだぞ!? 逆に何でお前らコイツの存在知らなかったの!? あんな無駄にエロい格好、一瞬視界に入っただけでも脳裏に焼き付くインパクトだよ!?」
「わ、分からねえよ、こんな女一回も見たことねえ! もし本当にアカツキ様の部下だったとしても、俺らまで殺そうとするか!?」
「少なくともお前らの将軍はそのつもりみてえだけどな!」
「……ターゲット、以前生存。ガトリングモードからロケットランチャーモードに切り替えます」
「ロケットランチャー!?」
SF娘の口から、とんでもないワードが飛び出してきた。
と同時に、ガション、ガチャンなどといった実に機械音らしい音が聞こえる。
チラと後方を見ると、SF娘が背中に装着している箱のような物から両サイドに、ロケットランチャーが飛び出していた。
それぞれ穴が四つ空いており、そこからまごうことなきミサイル弾が顔を除かせていた。
コイツ、マジで周りの奴ら諸共俺を始末するつもりだ……!
ていうか、本当にミドリを生かす気あるのか!?
畜生、このまま俺だけ踵を返したら、少なくともエルフ達は助かるだろうが、それだとただのやられ損だ。
かといってコイツらを盾にしようものなら、ここまで必死に貫き通してきた信念がねじ曲がってしまう。
これでもかと言うほどの最悪な状況に、俺が唇を噛み締めていると。
「あっ、うわあ、ぁ!?」
「名の知れぬエルフのおっさああんッ!」
先程まで並走していたエルフの一人が、盛大に顔面からズッコけた。
そして、それと同時に。
「発射」
SF娘は、何の容赦も無くミサイル弾をぶっ放した。
このミサイル弾が追尾式でないのなら、ハイジャンプで躱せなくもないが、それだと完全にエルフ達にまで被害が及ぶ。
転んだオッサンに至っては、確実に巻き込まれ爆発四散してしまうだろう。
「……ッ!」
そんなことはさせない、させてたまるか!
敵と真正面から戦って死ぬよりも、訳の分からないまま味方に殺される方が救いがなさ過ぎる!
周囲がその攻撃から逃れるように走り出す中、俺だけが踵を返した。
……自分とオッサンに迫り来るミサイル弾、その一つ一つに意識を集中させる。
「お、おおおおおおおおおああああああああああああッ!?」
そして、オッサンの顔面にミサイル弾が直撃する、その寸前。
「あああ、ああ……あぁ……?」
……オッサンも、逃げていた連中も、SF娘も、目の前に起きた事象に固まっていた。
まるで、この空間だけ時間が止まっているように。
空中で完全に動きを停止した、ミサイル弾を見つめて。
「何が起きた……? コレ、止まってんのか……?」
そう言いながらオッサンは腰を抜かしたまま、恐る恐るとミサイル弾の先端に指を近づけ……。
「いや、そんな物騒なITしなくていいから……それより速く離れて欲しいんだけど……ッ!」
「ヒッ……!」
その直前、魔眼の力でミサイル弾を必死に止めていた俺がしゃがれ声で制止した。
恐らく俺の眼が光っていることと、全力の力み顔によって迫力が増した俺にビビったのか、オッサンは腰を抜かしたままその場から離れようとする。
だがその前に、仲間のエルフ達がオッサンを助けに戻ってきた。
「オイ大丈夫か!? 肩貸せ!」
「ホラ、何故だか知らんがあの女と魔王の動きが止まってるウチに!」
「すまねえ……おっかあすまねえ……!」
「何謝ってん……って、お前何で股間ビショビショに濡れてんだよ!?」
「まさか漏らしたのか!? 汚えなぁオイ!?」
「なあ、誰か換えのふんどし持ってねえか……?」
「いや、そんな赤ん坊じゃねえんだし――」
「いや早く離れろよッ!? 漏らした事なんてどーでもいいからさぁ! お願いいいッ!」
一応俺が助けてるのに、何故か俺が離れるよう懇願してる謎の現象。
こちとら一瞬でも気を抜いたら一秒後に死ぬんだよ、ちんたらしてないで早く行ってよ!
何なの、まさかコレがコイツらの作戦なの!?
だがそんな俺の懇願が届いたのか、エルフ達は男を両手だけを掴み、ズルズル引きずりながら離れていった。
いやまあ、股間オシッコ塗れの奴に肩貸したくない気持ちは分かるけどさ、もうちょっと運び方あっただろ……。
「ぐ……ぬぅ……!」
だが、コレでようやく周りに誰も居なくなった。
「ミドリ……衝撃波来るかもだけど……堪えててな……!」
「……うんっ」
「『ハイ……ジャンプ』!」
俺はミドリをしっかりと抱きかかえると、真横に跳躍し障子を突き破って家屋の中に飛び込んだ。
そして、ミサイル弾とSF娘が俺の視界から消えた、その瞬間。
――ドオオオンッ!
「うおっ……!?」
ミサイル弾が地面に着弾し、凄まじい轟音と熱風が辺り一帯に広がった。
家屋諸共吹き飛ばすほどのその衝撃波に、思わず身体が持って行かれそうになるも、側にあったちゃぶ台を咄嗟に盾代わりにした為、何とか堪えることが出来た。
やがて衝撃波が止み、辺り一帯の家屋の屋根や壁が崩れる音のみが聞こえ始める。
な、何とかなったぁ……!
マジで危なかった、ホントに危なかった!
この魔眼の力は、過去俺が暴走した際、無意識に発動していた一つだ。
《制止眼》。視界に入った生物以外の物体を、空中だろうが何だろうがその場に固定してしまうという、中々にチートな能力。
そして俺はその能力を使い、ミサイル弾とSF娘の装備をその場に固定していたのだ。
ここ最近、何も黒雷の特訓ばかりに時間を割いていたわけではない。
昔から続けている魔神眼の特訓も欠かさず行ってきた。
黒雷だって魔神眼だって、俺が使え熟せてないだけであって、本来はどちらもバカげたチート能力なんだ。
だったら少しでも、その本来の力に近づけるようにしたい。
だが、勿論そう簡単な訳もなく……。
「ッ。リョータ、目から血が……」
「え……ありゃりゃ、やっぱまだ早かったかな……」
ボタボタと、俺の眼から鮮血の雫が落ちた。
どうやら魔眼の力に俺自身の力が負けてしまい、
たまに魔眼を使いすぎると、こんな風に身体に異常をきたしてしまう。
「ったく、マシンガンだけじゃなくロケランまで出してくるか……」
俺はマントで目元をゴシゴシと雑に拭うと、そうぼやきながらちゃぶ台の陰から様子を伺う。
「ターゲット、消失。しかし、解析不明のタイムラグが生じた為、ターゲットが何かしらの方法で回避したと想定」
未だ空中に浮いているSF娘は自身が作ったクレーターを見つめながら、そこそこの音量の独り言を言っている。
アイツ……やっぱりそうなのか……?
さっきの制止眼で、アイツの正体が何者なのかは分かったけど、そのせいで更に謎が増した。
だが、今はコイツについてあれやこれやと考えてる場合じゃない。
コイツとまともにやり合っても五体満足で立ってられる自信は無いし、時間も惜しい。
どうやら俺を見失ったみたいだし、今がチャンスだ。
「ミドリ、乗れ」
「……う、ん」
「『隠密』」
ミドリをおぶった俺は念の為スキルで気配を消すと、そのままそっと立ち上がった。
ここも裏口に板が打ち付けられてあったが、先程のミサイル弾のせいで壁に巨大な穴が空き、無意味と化していた。
俺とミドリはその穴からコッソリと抜け出すと、再び天守閣へ向かって駆けていく。
この通りは所謂裏通りのようで、狭い故に人気も無い。
寧ろこの状況においてはありがたい。
それに、目的地まであと少しだ。
「いやぁしっかし、死ぬかと思った。なあミドリ」
その道中、背中のミドリに苦笑しながらそう訊ねた。
するとミドリは、ギュッと俺の背中にしがみつきながら、ポツリと。
「……ゴメン、ね……私のせいで……」
「だーかーら、お前が責任感じる必要ねーって言ってるだろ、もー」
本当にこの子は自分は責任感が強いというか何と言うか。
記憶を無くしても、一国の姫という事なのか。
少なくとも、俺は背中で小さく震えている女の子を責める気持ちは一切無い。
「ホラ、あの変な奴からは逃げ切ったし、早くこの戦いを終わらせる手掛かりを見つけて……」
そう、俺が話題を変えようとそう言い掛けたその時だった。
俺が横を通り過ぎた家屋が、突如吹き飛んだ。
「サーモグラフィーモードでターゲットの体温を探知。発見」
そして背後から聞こえた、無機質な女の声。
俺は胃の痛みと苛立ちが混じった視線を、後方へ向けて。
「何だよぉおもおおおッ! またかよぉおぉぉおおおおッ!!」
「ターゲット、ロックオン」
もう怖えよコイツの追跡能力! しかも今サーモグラフィーって言ったし!
隠密スキルが通じない上に、ずっと戦ってて体温上がってるからすぐに見つかった!
もうこのまま逃げてても埒が明かないし、逃げ場が無いから恰好の的だ。
ならば一か八か、近接戦に持ち込む!
「ミドリ、しっかり捕まってろよ!!」
「う、うん……!」
俺は急ブレーキを掛けるように方向転換すると、そのままSF娘に飛びかかった。
狙うは真正面、カインも言っていた防御力皆無そうなピチピチハイレグスーツの辺り!
手が塞がっている変りに、俺は両の右足に黒雷を溜める。
そしてそのまま、SF娘の腹に向かって。
「男女平等ドロップキイイィクッ!!」
何時ぞやぶりの俺の必殺技、男女平等ドロップキックを放った。
手応え、いや足応えあり……!
俺の足の裏に伝わる固い鉄板のような感触に、俺は確実に入った事を確証し……えっ? 鉄板?
でも、今俺はコイツの腹に蹴りを入れて……ッ!?
「フィールド、展開」
「対策済みだったあああああああッ!!」
俺が蹴りが当たったのはコイツの腹じゃない。
俺とコイツの間に突如として現れた、半透明のバリアだった。
畜生、通りで謎に真正面がハイレグスーツのままなのか……!
SFの一般的な要素を取り込みながらも、弱点をカバーしているこのデザインと機能。
やっぱりコイツは……!
「『フィールド・アタック・モード――』」
と、SF娘の言葉と連動するように、バリアがまるでバネのような形状になり……。
「ヤバ……ッ!?」
「『リバウンド・カウンター』」
「ブァ――ッ!」
まるで巨大なバネに弾かれたように、俺の身体は真横に吹っ飛ばされていた。
その速度と風圧で思うように身動きが取れないが、俺とミドリが吹き飛ばされている先には、天守閣の石垣が!
このままじゃミドリ諸共ペチャンコミートパイだ!
俺は何とか身体を捻り体勢を帰ると、自分が吹き飛ばされている方向の逆に手を翳して。
「相殺『アクア・ブレス』――ッ!!」
全力のアクア・ブレスを放ち、かなり勢いは殺せたものの、最後まで止まらず。
「ぶべエッ!?」
あっ、ヤベ……!
意識、が……!
「リョ、リョータァ!」
「ッ!」
耳元に聞こえた、ミドリらしからぬ悲痛な叫び声に、飛びかけていた意識が舞い戻ってきた。
俺は鼻血を垂らしながらも身体を捻り体勢を変えると、そのまま着地スキルを利用し地面に着地した。
「ハッ……ハッ……!」
し、死んだかと思った……!
嘘だろ……俺まだ、何も出来てないのに、ここまで体力減らされるなんて……!
過呼吸になりかけながらも、必死に心臓を抑えて心を静めようと試みる。
しかし。
「……晴れてるのに雨が降ってきたと思ったら、今度は魔王が降ってきた。珍しい事もあるものだ」
「…………」
その、少し億劫そうな聞き覚えのある声が、俺の背後から聞こえる。
俺はもう散々だと空を仰ぎながら、その声のした方向へ振り返った。
大通りの最終地点、天守閣の入り口と思われる巨大な木の門の前に。
「久しぶり……でもないな。魔王」
地面に直にあぐらを掻いている、シデンの姿があった。




