エピローグ
「……暇だ」
翌日。
俺は魔王城のバルコニーに寝転がりながら、ボーッと空を眺めていた。
遂に正式に魔王になったのだが、ぶっちゃけやることがない。
勿論財政とかの書類仕事があるのだが、初っぱなからそんな仕事をこなせるわけがなく、とりあえず今日は無しということになった。
まあ、前まで魔王の仕事は世界征服だったし、戦争するより今の方がずっといい。
そう思いながら、少し強くなった日光を遮るために、フードを被る。
……今思ったんだが、俺って魔王になったんだよね?
つまり、この国の国王。
そんな国王が、今バルコニーで昼寝してるってすごくね?
しかもデッキチェアとかなくて普通に床に直で。
すげえ、歴史上初めて世界征服しない魔王の他に、歴史上初めて床で昼寝した魔王になった!
などとクッソどうでもいい事で盛り上がっていると、後ろから足音が聞こえた。
俺はフードを上に持ち上げ、視線を上に上げる。
「おっ、リーン」
「はあ……一国の王が何昼寝してるんだか」
リーンは俺を見下ろしながら首を横に振っている。
「ほっとけ。一応言っておくけど俺は庶民だ。今更国王らしくとか言われても困るんだよ」
「でもこのまま何もしないで居ると、あんたただのニートよ」
「ニ、ニートじゃねえし!」
確かにこの一週間ゴブリン討伐以外働いてないし食べ物とか魔王城の食料庫から持ってきてるけど俺はニートじゃ……。
……なんてこったい、完璧にニートじゃねえか。
自分はいつからこんなになってしまったんだと本気で悩んでいると、なぜか俺の隣にリーンが座ってきた。
「……で、どったの?」
「別に」
「いや、別にで何で隣に座ってくる……?」
昨日のリーンのバケモノぶりを見てかなり恐怖を感じてる俺は、いつでも逃げられるように腰を浮かす。
「今日、やっとこっちの仕事が終わったの。だから今までみたいに頻繁に魔王城には来ない。皆のこと頼んだわよ。あとアンタも、変なトラブル起こさないでね?」
「が、頑張ります……」
自信ないなぁ……。
なんて苦笑しながら頬を掻いていると、リーンが真剣な眼で俺を見つめてきた。
「……リョータ、何で魔王になるって決めたの?」
「ええ……さっきから何普通に怖いよ」
「いいから、さっさと答えて」
魔王になった理由ねえ。
リーンの質問に、俺は再び空を見上げながら答えた。
「だって魔王になったら衣食住が提供されるだろ?」
「アンタ……」
俺の答えに、リーンは可哀想な眼で俺を見てくる。
ぶっちゃけ、八割その理由である。
「ほ、他にも理由あるからな……?」
リーンの視線に耐えきれず起き上がると、俺はバルコニーの塀から街を見下ろした。
下には綺麗な石造りの街が広がっており、小さい城のバルコニーからでも街の全体が分かる。
「魔族って、俺みたいな人間と違って容姿とかが怖いのもいるじゃん。だから最初、魔族って悪者なんだって勝手に決め付けてた。まあ、蓋を開けてみりゃハイデルとかローズとかレオンとか、そういった変なのしかいなかったけど……」
「それは……うん」
「だけど、普通に気のいい奴らだって分かったし、ギルドや街の連中とかと仲良くなれたし、何も分からない常識知らずな俺に、沢山の事を教えてくれた。前にも言ったけど、皆優しかった。だからまあ、その、要するに……」
俺は頭をガシガシ掻きながら振り返ると、目を見開いているリーンに言った。
「好きになったんだ、この国が」
「…………」
「だからせめて、俺の代だけでも平穏なままにしてあげようと思っただけだよ。それが今の俺に出来る、この国への最大の恩返し。所詮変人ばかりの国なんだ、変人の俺がトップになったって、文句は言えないぜ?」
「………………」
「……いや黙らないで! 何か言って恥ずかしいから!」
「……………………」
「ねえお願いします! 恥ずかし過ぎて死にたくなるから!」
ずっと動かないリーンに、俺は腕をブンブン振り回しながら叫ぶ。
ああもうっ、俺何でこんな痛々しい台詞抜かしてるんだ!
バカかよ、バカだよ、バカでしかないよ!
俺が頭を抱えて呻いていると、リーンの身体が小刻みに震え始めた。
「お、おい、リーン……?」
俺がおずおずとリーンに声を掛けると。
「……プフッ」
「吹いた! 吹きやがったぞコイツ!」
「だって、あんたがそんな事言うの似合わなすぎて……!」
クスクスと可笑しそうに笑うリーンに、俺はギリギリと歯をきしませる。
この野郎、似合ってねえのは俺が一番知ってるわ!
あ~あ! こんな事言わなきゃ良かった!
「もういい、帰れ!」
「ハイハイ」
そうリーンをバルコニーに追い出そうとすると、意外と素直に従ってくれた。
そして俺が深いため息をついた時、立ち止まったリーンが微かな声で。
「……でも、ありがと」
その瞬間、俺は振り向く。
「なあ今なんて言った!? ありがとって言った!?」
「なっ……! そ、そんな事言ってないわよ!?」
そう言ってリーンは顔を真っ赤にして首をブンブン横に振る。
だが今更嘘を言っても遅い。
なぜなら俺は鈍感系でも難聴系でもないのだから!
「最近、俺にもツンデレのデレの部分を出してきたな!」
「そんな事ないでしょぶっ殺すわよ」
「冗談が過ぎましたごめんなさい」
前言撤回。やっぱりツンデレのデレの部分は一切なく、リーンは真顔になって殺意満々の眼でこちらを睨みつけてきた。
ただお礼言うのが恥ずかしかっただけだったみたいだ。
怖え……やっぱリーンさん怖えよぉ!
――ここは、バルファスト魔王国一帯に広がる草原。
先日のブラックドラゴンと魔族達の戦いで、地面にクレーターがいくつもでき、城壁も穴だらけ。
午後から土木業者や大工が復興作業に入るのだが、今は先日の戦いの痕跡がそのままになっていた
そんな荒れに荒れた草原に敷かれた小さな小道を歩いている、四人組の集団がいた。
その集団の先頭を歩いていた一人が、辺りをキョロキョロと見渡した。
「辺り一面穴ぼこだらけ……どうしたのかな?」
「見た感じ、最近争いがあったみたいだね。しかも、かなりデカい規模の」
心配そうな面持ちで話す彼女に、仲間の一人が顎に手を当てる。
「デカい規模って、半年前の戦いか? でも、アタシらここで戦ってないだろ」
「そーです、確かここから魔王城まで誰一人居なかったです」
残りの二人が不思議そうな面持ちで会話する中、先頭の一人が何度目かも分からない深呼吸をしていた。
やがて城門の前に辿り着くと、全員が一度立ち止まった。
「ふう……大丈夫かなぁ?」
「どうだろうね……それは向こうの出方次第だよ」
「ま、無理矢理にでもやるしかねえだろ。アタシらが何もしなきゃ、ずっと変わらねえままだしな」
「いい加減、私達の代で終わらせるです」
彼女達の目的はただ一つ。
それは、新しい魔王と会うことであった。
全員がそれを確認するように頷き合うと、揃って城門に近付く。
そして先頭の一人が、大きく息を吸い込み。
「あ、あの、ごめんくださ~い!」
すると数秒後。
「ハイハイ、今開けるから待ってろよー」
門の向こう側からそんな間延びた声が聞こえ、簡単に扉が開いた。
「あ、あれ……?」
彼女達は戸惑っていた。
なんの連絡もせず、突然押しかけてきたようなものなのに、自分達が何者かも確認せずに扉が開いたからだ。
しばらくその場で固まっていると、扉の奥から弁当を食べていた門番が怪訝そうに顔を覗かせた。
「何だよ、クエスト終わったんだろ? 弁当食べたいから早く入れよ……えっ、誰?」
恐らくクエストに出ていた冒険者と勘違いしたんだろう、そう察しながら彼女はペコペコと頭を下げた。
「ゴメンナサイ、何の連絡も無しに来てしまって……えっと、この国の魔王様はいらっしゃいますか?」
「魔王? そりゃいるけど……どちらさまで?」
呑気に卵焼きを咀嚼しながら門番が訊ねると、彼女は自分の胸に手を当て。
「お、驚いちゃうかもしれませんけど、私達は――」
――リーンが去った後、俺はあれからもバルコニーで寝転がっていた。
そしてさっきからポケットに手を突っ込んでは、ギルドカードを見たり戻したりを繰り返していた。
「おっかしいなぁ……レベルが上がってない」
昨日、俺はドラゴンに致命傷を負わせた。
経験値はそのモンスターの生命にトドメを刺した者に送られる。
ドラゴンは経験値の固まりと言われるほど、膨大な魔力を宿している。
そんなドラゴンでも、心臓に剣を突き刺したまま一日も生きられるはずがない。
そうであったら、今頃俺のレベルは一気に40ぐらい上がっているはずだ。
なのに俺のレベルはゴブリンを倒してから変わっていないレベル3。
おかしい、せっかくレベルが一気に爆上がりしてこの眼も使いこなせると思ったのに。
……まあ、もうちょっと待つか。
「レベルが上がるまで、透視眼の練習でもしてよっかな」
そう呟くと、俺は立ち上がりウンと伸びをした。
目の前に広がる魔界の空は今日もスッキリしていて、日差しが暖かい。
一週間過ごしてきても、やっぱり魔界の空が青いのは違和感がある。
だけどまあ、血みたいに真っ赤な空よりも、こっちの方がいいに決まってる。
俺はこれからの魔界の生活やアイツらの関係に、期待と不安が混じった曖昧な声で呟いた。
「魔界は今日も青空――」
――カーンカーンカーンッ!
「だあああああああああああああッ!?」
せっかくいいこと言おうとしたのに、突如として鳴り響いた音に俺は腰を抜かした。
って、この音って緊急警報の……!
『緊急! 緊急! 外に出ている方々は大至急建物の中に避難してください! また、全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、正門前に集まってくださいっ!』
そう思っていたのもつかの間、街中に昨日と全く同じカミラさんの焦った声が響いた。
「何なんだよ!? まさか、ドラゴンが復習に戻ってきたのか!?」
俺のレベルが上がってないから、ドラゴンがまだ生きてることは十分可能性がある。
「リョ、リョータさん、大変です!」
どうすればいいか分からずその場でバタバタしていると、リムが息を切らせてやって来た。
「おいリム、何が起きてるんだ!? ドラゴンがまた来たのか!?」
「いえ、違うんですっ! ドラゴンよりももっと強い人達が……!」
「ひ、人達……!? ってまさか――!」
その言葉で、今この国に何がやってこようとしているのかが分かった。
俺が言おうとした言葉の続きを、町中に響くカミラさんの放送が紡いだ。
『勇者です! ただいま、勇者一行がこの街に侵入しました!』
俺の名前は陶山松風、行ってきますからただいままで一言も喋らずにパソコンの前に座る、どこにでもいる普通のボッチさ! ……すいませんでしたぁぁ!
改めましてこんにちは、陶山松風です。今回で記念すべき第一章が終わります。いやー、結構疲れたなー。小説書くのって大変ですね。
それでは、この作品の紹介を。
この物語は、どこにでもいる普通の高校生が転生してチートで無双するとか、ハーレムを築くなどといったものではありません。
運悪く死んでしまった主人公が魔王というラスボスキャラになったのに、強さは普通だしチート能力も万能では無い。だけど自分が出来る事を最大限生かし、様々な困難やトラブルを必死こいて解決する、とまあそんな感じの話です。
魔王というのは全てを屈服させる最強の存在で、配下達に尊敬されてるというのが普通ですが、嫌なことはクダクダと文句を言い、配下達とは立場関係無しで接し、ギルドの冒険者と混じってバカ騒ぎをする。そんな人間臭い魔王の物語を書いてみたいと思い、この作品が出来ました。
一体この先、この物語がどう動いていくのか、僕も楽しみながら書いていきたいと思います。
それでは、次章からもリョータ達の応援、宜しくお願いします! ではでは!




