第三三話 世界観は今日もゴチャゴチャだ!①
切らしていた魔力回復ポーションは本部に置いてあった医療セットの中から拝借し、最終的には全員魔力が満タンの状態にはなった。
しかし、一睡も出来なかった上に先程の戦闘。
体力や魔力はポーションで回復していても、気力や精神は底を尽きかけていた。
アレだ、徹夜だけどエナジードリンク飲んで誤魔化してる感じだ。
未だに本番になっていないと言うのに、大丈夫なんだろうか……敵地のど真ん中でぶっ倒れていびきかかないだろうか……。
だがまあ、今更不安になっても仕方が無い。
「ハイデル、そこ右曲がってー」
「はい」
俺はその不安を振り払うように、馬が進むべき方向を見据えていた。
「不幸中の幸いって言うのかしらね? エルフちゃん達と戦った戦利品に、役に立ちそうな道具が手に入ったわ」
「あの不幸の度合いに見合っているかは分からんがな」
「……でもあの、私達のやってること、客観的に見たら盗賊と何も変わらなむうっ」
「それは言わないでおきましょ……」
荷台の奥に積まれているポーション類、剣や弓矢などを見つめてオロオロしているリムの口を、リーンがそっと塞いだ。
まあ、うん。リムの意見はごもっともだけども。
今は良いことだの悪いことだの言ってられない状況だ。
……と、心の中で言い訳している反面複雑な心境になりなりながら、皆の会話に耳を傾けていたとき。
「……なあ、ミドリ」
「……何?」
不意に、カインがミドリに訊ねた。
「お前……さっき大丈夫だったか? その、一応アイツら同族な訳だし……」
「…………」
記憶を無くして、捨て駒にされて。
それでもアイツらは事実上、ミドリの国の国民と言うわけだ。
エン達の混乱を避けるためにずっと荷台の中に身を隠していたミドリだが、あの時コイツはどんな心境だったのだろう。
決して良い心境とは言えないだろうけど。
恐らくカインはその事を心配しているのだろう。
「……うん、大丈夫。平気」
「そうか……まあ、無理すんなよ」
少し考え込む素振りを見せた後、そう言ってコクリと頷いたミドリに、カインはそれだけ言って会話を打ち切った。
流石に、これ以上言及するのはミドリに対して酷だと判断したのだろう。
相変わらず、俺の弟分はイケメンだぜ畜生。
「アンタも無理しないでよ、カイン。正直、今でもアンタ達には大人しく帰って欲しいって思ってるんだから」
リーンが先程からずっと神妙な面持ちなのは、やはりコイツらの身の安全が心配だからだろう。
「ねーちゃん、今更言われても野暮だぜ」
「まあ、そう返されるのは分かってたけど……」
しかしアッサリとカインに返され、リーンは顰めっ面で言い淀んだ。
……先程、コイツらを連れて行きたいと言ったのは他でもない俺だけど。
「でも危険である事には変わりねえよ。てか、さっきより危険度増したじゃねえか。だって現在進行形で、向こうさんは俺らの居場所完全に把握してるんだぜ?」
「つまり私達が今、どの方角からカムクラに向かっているかも相手は分かっている訳ですから、奇襲も待ち伏せも十分あり得る、と言うわけですね」
「おお、お前にしちゃ理解が早いな」
「さ、流石にここまでは理解出来ますよ!」
まあ確かに、ハイデルは脳筋ポンコツではあるけども、決してバカではないからな。
……それにしても、敵はどうやって俺達の動向や能力を把握しているのだろう。
遠くから相手の情報を見る事が出来る魔法があるのだろうか?
それとも、俺の知らない魔眼の能力だろうか?
それ以外の可能性も捨てきれない。
少ない情報から正解を導き出すのは得意ではあるが、俺は決してアニメに出て来る探偵なんかじゃない。
もしその方法を見破る事が出来たのなら、一気にこちらが有利になるが、そう簡単に見破ることなんて出来ない。
しかしどうにか出来ないかと、頭の片隅でずっと憶測を立てながら、俺は話を続けた。
「まあその辺考慮して魔神眼使ってるから、不意打ちは出来ないと思うけど……それでも、いざ戦闘になったときにお前らを守れる保証はねえ」
「に、にーちゃん達に守ってばっかじゃいられねえよ! さっきエルフ達から奪った剣もあるし、そんときは俺も戦って……!」
「ダメよ」
そう強がりを言ってのけたカインを、リーンが短く鋭く切り捨てた。
その声に、思わず俺は振り返ってしまう。
「……アンタ達は戦っちゃダメ」
「ねーちゃん……?」
「……リーン?」
リーンはカインもミドリも見つめず、ただ虚空を睨みつけてそう繰り返した。
それは一見、孤児院の院長としての過保護さとも読み取れるが、俺にはどうもそれだけじゃないように感じた。
何と言うか……リーンの抱えている業? というべきか。
どっちにしろ、リーンのその顔を見て複雑な心境になった。
まあ、俺だってコイツらには極力危ない目には遭わせたくない。
「そんならお前が全力で守ってやれ、リーン」
「えっ?」
「さっき話した作戦だけど……リーンはコイツら守るのに徹してくれ。お前の分は俺とハイデルがやる」
「でも、いいの?」
「いやぁぶっちゃけ、バトルチームの主軸が抜かれちまうのは痛いどころの話じゃないけどな」
作戦通りの俺、ハイデル、リーンのチームで強さのパラメーターが100%だとすると、リーンが抜かれるだけで30%になるだろう。
いや、もっと低いか。
でも本来、カイン達は敵に気付かれない所で荷台と馬を見張ってるって役割だった。
だが敵に居場所が割れてしまっている以上、隠れて留守番なんて無駄だ。
それでコイツらを人質にされたらたまったもんじゃない。
「……大丈夫なの? 敵陣にはアンタを一撃でぶっ飛ばしたシデンって奴も居るんでしょ? それに、アカツキって首謀者候補は、ソイツよりもっと強いらしいし……」
「……ま、まあ、うん。だ、大丈夫だろうよ、多分! でも腕一本ぐらいは覚悟の内、かな?」
「それ聞かされて私が安心して任せられる訳ないでしょーが!」
うう……言った側から不安になってきたぁ。
「だ、大丈夫ですよリーン様! リーン様の分まで私がしっかりサポートしますので!」
「貴様は普段リョータにサポートされてる側だろう何を抜かしてるのだバカ者」
「寧ろハイデルちゃん、リョータちゃんの足引っ張りそうで怖いわよ」
「辛辣ですよ!? でも言い返せない……!!」
ま、ますます不安になってきたなぁ……!
――紫色の雲が棚引き、空が浅葱色に染まり始めた朝月夜。
普段の生活を送っている人間の中では、最も馴染みの無い時間帯。
この時間帯に起きているとすれば、健康的な老人か、徹夜をしてしまった者だけであろう。
そして、その後者に当たる人物が、目に隈を浮かべて歯ぎしりしていた。
「チッ、エンめしくじりよったな……! あの使えない低能が……!」
老人と見た目は差し支えないが御年三十五歳になるカムクラの魔術師、ミロクはそう吐き捨てて、今まで真剣に見つめていたガラス板のような魔道具から目を離した。
「奴らが愚かにもこのカムクラへ向かっているのは知っていたが……まさか我がアカツキ軍と接触してしまうとは……」
ミロクは最初から、この魔道具を通してリョータ達の動向を把握していた。
動向だけではない、ここ数ヶ月に至るありとあらゆる情報を、ミロクはこの魔道具を通して得ていた。
魔王ツキシロリョータを初めとした魔王軍の面子の能力、特徴、弱点など。
それらを元に、先程エンが使っていた閃光玉をわざわざリョータ対策の為に開発し、レオンのシャドウも影を作る光源を消せば対処出来る事も分析した。
しかし、ただでさえ血色の悪く死人のような顔をしたミロクだが、ここ数ヶ月に至る労働に本当に死人になりかけている。
カムクラ城の最上階から見える遠くの山々を眺め、目を休めるミロクに、畳の上にあぐらを掻き頬杖を突いている男が、少々億劫そうに口を開いた。
「奴ら、もう時期ここへ攻めてくるそうだな。まったく、何もこんな明け方に来なくてもよいのだがな……眠くて仕方が無い」
「貴様は何もしていないクセに弱音を吐くなシデン……!」
ピキピキと血管を浮き上がらせるミロクなどつゆ知らず、シデンは大きく欠伸をした。
そんな様子にますます怒りを募らせるミロクだったが、舌打ちするだけで済ませた。
「それで、奴らがここに来た際には、拙者達はどう動く?」
「奴らは人質の男の救出と我らを潰すことが目的だ……ならば、牢獄とこの城の守りを我らで固めるか……その道中は、作戦通り奴らに任せよう……」
そう、ミロクが改めて魔王軍を待ち構える作戦を呟いていた時だった。
「いいや」
その短い一言に、ミロクとシデンが同時に振り返った。
自分達が居る部屋の奥、いつもならこの国の王であるアカツキ・アオキが座っている場所に、恐れ多くもドッカリと腰掛けている男が、暗闇の中から声を放った。
「奴らの最初の相手は、俺がなろうじゃないか」
「貴方様は大将なのですぞ……ならば、ここで待っていて下され……」
「それじゃあつまらねえ。何のために俺がこんな回りくどい真似をしたと思う?」
「さ、左様ですか……」
それを言われてしまっては、ミロクは引き下がるしかない。
渋々頷いたミロクとは対照的に、シデンは少々楽しそうに顔を上げた。
「まったく、相変わらず殿は戦闘狂ですな」
「ハッ、貴様は相変わらず生意気な。ところでシデン、お前は誰が一番強いと思う?」
「そうですな……やはり、魔王はそこそこ厄介だと思いますなぁ。何せ、拙者の一閃を見事に防いで見せたのだから」
「それに第七部隊を一人で殲滅させたのだから、楽しめそうではあるけどな」
そう言って、男はケラケラと笑った。
これから自分を倒しに来る者達が居るというのに、その表情はさながら、遊ぶ時間を待ち望んでいる子供のようだった。
「だが、一番の強敵は、あの先代魔王の娘だろうな」
「他の者達とは違い、特殊な魔術も魔眼も持っていない。だがその戦闘能力は勇者レイナと肩を並べる程と言われますからな」
「だというのに……カーッ、何故あの女はあの時に姿を見せなかった? 勿体ないにも程がある!」
そう言って、男は理解出来ないと言わんばかりに言い放った。
しかし、その口元は先程からニヤけている。
そして男は立ち上がると、そのまま部屋の奥から姿を現した。
その手には、紫色の雲の装飾が掘られた、美しくも怪しい刀が握られている。
「さあ、早く来い魔王軍……俺達で、あの在りし日を蘇らそうじゃないか!」
そして、天守閣から望むカムクラの街並みを一望しながら、その男は。
将軍アカツキは、好戦的な笑みを、まだ見えぬ敵に向けていた。
「これは忙しくなりそうだ。倒れて爆睡するのではないぞ、ミロクよ」
「黙れ……!」




