第三二話 いざこざは今日も出し抜けだ!⑭
バレた、完全に俺の正体がバレてしまった。
このただでさえ四面楚歌だった状態で、俺が魔王であるとバレてしまった。
しかし、何故だ?
遠回しに色々詮索はしたものの、少なくとも俺の正体がバレないように気を遣っていた。
確かにこんな時間帯こんな場所に一人で居る人間なんざ、不気味で不可解だろう。
仮に隣の国の冒険者だと嘘を吐いても、完全に信じる訳がない。
それでも、いきなり俺が魔王だとバレた。
「いくら緊急事態でも、味方巻き込んだら怒られますって……」
「心配無用だ。後でしっかり文句は受け付けるし謝るからな」
貧血になった時のように、平衡感覚がなくなり視界全てがモノクロの砂嵐塗れになる中、俺は考えを巡らせる。
まず、最初から俺の正体が分かっていたなら、わざわざ味方の近くに俺を座らせないだろうから、俺の正体がバレたのはここに着いてからという事になる。
そして、味方を巻き込んでまでの閃光玉。
きっとエンは、味方を遠ざけた上でソレを使うタイミングを見計らっていたら、逆に俺に感づかれると思ったのだろう、だからすぐに使った。
つまり、閃光玉を使った直前に俺の正体を知った。
そしてその時、エンは本部であるテントの中から出てきた。
具体的に何かは皆目見当付かないが、俺の正体がバレた原因は、確実にあのテントの中にある。
まあ、調べるも何も、まずこの現状を打破しなくちゃ何も出来ねえや。
というか、全然視界が元に戻らない。あの閃光玉、ただの目くらましじゃねえな……?
畜生、眼がいいだけが俺の取り柄なのに、いきなり弱点突かれちまった。
だけどエルフ達に、グルリと周囲を囲まれたのは音で理解出来た。
「さては、先程の泥猪は貴様が仕向けたのか? そこを自ら助けることによって、私の信頼を得ようとしたと」
そんなの言い掛かりも良いとこだが、俺がこの人らにとって敵である以上そういう結論に至ってしまうのは仕方が無い。
でも……。
「ちょっと待って下さいよ! 例えそうだとしたら、何で俺チンコ丸出しで助けるんですか!? そういう演出するなら、もっと普通に登場しますよ!」
「……た、確かに」
俺のド正論に、エンが言い淀む。
まさかフルチンだった事で自分の無実を証明できようとは思わなかった。
「い、いや、貴様は人の便意を感じ取る事が出来るんだろう? だから用を足そうとしていたテイを装って、私に仲間意識を持たせようと……!」
「何だよその文字通りクソみたいな能力!? 便所譲ってやる時ぐらいにしか必要性が全くねえよ!?」
だが、それでも俺が助けた事が理解不能だったのか、更にこじつけてくる。
人の便意が分かるとかいうふざけたユニークスキルに思わず吹き出しそうになるも、俺は両手を前に突き出し首を横に振る。
「確かに、俺は敵の情報得る為にここに来たけど、アンタ達と戦おうなんて思ってませんよ! だから一旦武器下ろしましょう、ね!?」
「……お前達、奴の言葉に惑わされるなよ」
「エンさん酷い! 俺達一緒に並んで野糞した、言わば野糞☆フレンズじゃないですか! あの時、一緒にウンコの大きさ比べ合った仲じゃないですか!」
「そんなバカげた事してないだろ!? オイ、お前達違うからな!? そんな変な目でみるんじゃない!」
何も見えないが、エンが『コイツマジかよ……』という目で兵士達に見られているのは何となく想像出来た。
勿論、今のは嘘である。
だが、この場が一瞬白けたのはチャンスだ!
「エンさん。ていうか他の人達も聞いて下さい」
俺はこの静まり返った中、冷静に、落ち着かせるように口を開けた。
「まず、俺達はあなた達エルフと戦いに来たわけじゃない。話し合いに来たんです。こうして会話も成り立ってるんだ、出来ない話じゃないでしょう? あなた達からしたら、自分達の王女様攫っといて何ほざいてるんだって思うでしょうけど」
そう会話しながらも、俺は姿勢を低くして聴覚を研ぎ澄ませる。
誰かが近付いてきたり、動いたりする音は聞こえない。
だが……。
「ただ、俺は真実が知りたいだけで――」
――キリリ。
「――ッ!」
耳に届いた、微かな物音。
その音に弾かれるように、俺は地面に転がった。
その瞬間、俺が立っていた場所からグサッという、何かが地面に刺さった音が聞こえた。
「避けられた!?」
「視界は回復していないはずだが……弓を引き絞る音で察したようだな」
恐らく矢を放ったエルフであろう声が驚愕し、エンが冷静に分析してくる。
多分エンが兵の一人に手を上げるかなんかして、矢を放つよう指示したんだろう。
そして矢が刺さった音から察するに、どうやら俺の足を狙っていたようだ。
一撃ヘッドショットや心臓を狙わない以上、この場で殺すって事はしないようだ。
「こっちの言い分は聞かないスタンスですか……」
「……貴様を拘束してから、ジックリ聞かせて貰うよ」
苦笑いで呟いた俺の言葉に、エンが静かに応える。
ヤバイ、さっきは奇跡的に音が聞こえて躱せたけど、一斉射撃とかされたらたまったもんじゃないぞ。
かといって逃げるにも、まだ視界がぼやけてよく見えない。
少しは回復したとは言え、こんな状態では二、三歩歩いただけで転けてしまう。
……仕方ない、こうなったら一か八かのギャンブルだ。
頭の中には、この拠点の大まかな全体図が入っている。
そして今立っているこの場所から、数メートル斜め後方には、目印用だと思われる篝火が設置してあった筈だ。
どうか、その近くに居てくれよ……!
そう心の中で願った瞬間、俺は斜め後方へ向かって駆け出した。
「逃がすな、放てッ!」
そのエンの指示と同時に、弓を引き絞る音が四方八方から聞こえて来た。
矢がどの角度から、いつ、どの箇所に刺さるか分からない恐怖に身が竦みそうになるが、俺は歯を食いしばり真っ直ぐ前にダイブする。
それと同時に、バシュンと矢が放たれる音が聞こえた。
……いくら敵の情報を得るチャンスだったとしても、流石に味方に知らせないなんて無謀が過ぎる。
だがあの時エンから離れすぎたら怪しまれ、味方の存在がバレてしまう可能性があった。
だから俺はそのままアイツらの元へは行かず、エンに付いていった。
それでも、きっとアイツなら気付いてくれる。
そもそも、野糞してくると言ってから20分以上経っているのだ、何かあったと思わない方がおかしい。
きっとアイツは、この近くにいる。
滑り込むようにして倒れた俺の身体が、地面に触れたその瞬間だった。
まるでパッと地面が消滅したかのように、俺の身体はそのまま下へと落ちていった。
「なっ!?」
エンの驚愕する声が、後方から聞こえて来た。
水中の中を漂っているような、この浮遊感。
未だに視界はぼやけたままだが、この見覚えのある暗い空間の中に浮かぶソイツの顔を見て、安堵のため息を吐いた。
『死ぬかと思った……あんがとな、レオン』
『本当に貴様は無茶ばかりするな……!』
言わずもがな、レオンがシャドウの能力を使い、俺を影の中に引きずり込んだのだ。
俺の予想は当たっていたようで、レオンがこの篝火の近くに立っていた兵士の影に身を潜ませていたのだ。
恐らく、気付かれないように兵士の誰かの影に入った後、兵士達の影を伝って俺の近くまで来たのだろう。
この拠点は焚き火を多く焚いているおかげで、影が出来る範囲が広いからな。
『まったく、席を外してヤケに長いと思っていたら、急に鈍い音が響いてきて驚いたぞ。音が聞こえてきた場所に向かってみたら、マッド・ボアが倒れているわ貴様のマントは落ちているわで……一瞬喰われたと思って肝が冷えたぞ』
『悪かったよ、マント置いて行くしかこの事伝える手段無かったんだよ。あとここまで来れたって事は、気付いてくれたみたいだな、俺の目印』
『最初、貴様の血液だと思って血の気が引いたがな……』
実は、コッソリマッド・ボアの血液を採取し、ここに来る道中木の幹や地面などに付けていたのだ。
夜目が利く上に、ヴァンパイア族故血液に敏感なレオンだからこそ気付けるサインだ。
『一応、ここに来る前に彼奴らを叩き起こしてきたが、今この場には我しかおらんぞ』
『馬も居るし無闇に拠点から動けないもんなぁ。それにこういった隠密行動お前しか出来ねえし』
リーン達がいたら実に心強いが、そんな都合良いことなど言ってられない。
取りあえず、俺の視界はある程度までは回復出来た。
目を軽く擦りパチパチさせた後、眼に魔力を込める。
『今、誰の影入ってる?』
『先程、目が見えぬ貴様を最初に射ろうとしていた奴の影だ。なかなか動かんな……』
『なら取りあえず、魔神眼使って抜け出す隙探るしかねえか』
『フンッ、少なくとも今の我ならエルフなど敵ではないわ』
『バカ言ってんじゃねえよ、人数差ありすぎだろーが。この人数相手に無双とかリーンじゃあるまいし……』
まあ実際、深夜だし焚き火のおかげで影が出来るし、今のレオンなら勝てなくもないかもしれない。
だが、それでレオンに怪我されたらたまったもんじゃない。
だからこんな時こそ、確実に勝てるように……。
『……アレ?』
『どうした?』
俺が思わず声を上げると、レオンが怪訝そうに訊ねてくる。
俺はもう一度、自分の眼に魔力を込めて……。
魔力を込めて……。
『ま、魔神眼が使えない……』
『…………何ッ!?』
俺の呟きに、レオンが遅れて叫び返す。
ダメだ、何回トライしても魔神眼が使えない。
何だろう、目に魔力は込められるけど、その魔力を使って能力を発動できないって言うか。
畜生、十中八九あの閃光玉のせいだな……?
視界潰されるわ魔眼使えなくなるわで、俺の弱点を的確に突いてくるような道具だな……。
『うむ……見られていたとは言え、彼奴らは我の能力を知らない。我らが影の中に隠れたなど思わないだろう。ならば、しばらくここで様子見だな』
『そうだな……待ってる間に魔神眼も使えるようになるだろうし』
そう、俺とレオンが頷き合ったその時だった。
「――えっ」
……いつの間にか、俺とレオンの身体が影の中から弾き出されていた。
あまりに一瞬の事だったので、俺は少し反応に遅れる。
「うおっ、そこか!」
だが、すぐ真後ろに現れた俺達に驚愕しながらも、手にしていた剣を振り上げたエルフを見て、反射的に地面を蹴った。
「「うおおッ!?」」
紙一重で、俺とレオンはその斬撃を回避する。
「畜生、何があったんだよ!?」
「……彼奴のせいだ」
その言葉に弾かれるようにレオンの視線の先を追うと、エンが俺達のすぐ近くに設置してあった篝火を足で揉み消していた。
この状況で炎を消す。その行動が示している事は一つだけ。
「此奴、我のユニークスキルを初見で見破りおったぞ……!」
「マジかよ……」
顔を引きつらせる俺に対し、エンは抜き身の剣を握り締めながら。
「やはり仲間が居たか……他にもまだ居るな?」
「どうしようレオン、俺の野糞☆フレンズくっそ優秀なんですけど!?」
「だからその呼び方を止めろ! そもそもどんな形であっても貴様と友人になった覚えなんてない!」
そう断言されると普通に傷付くな……。
だが、流石にもう仲良くしましょうなんて言ってられなくなった。
こうなったらいっそのこと、俺とレオンの二人で戦うか?
いや、俺は魔神眼使えない状態だし、レオンのユニークスキルはタネ明かしされてしまった。
こんな状況で戦っては、二人とも五体満足とはいかないだろう。
…………やるしかねえか。
「レオン!」
俺はレオンの名前を呼ぶと同時に、一歩前に出た。
「今すぐリーン達呼んできてくれ! その間時間稼ぎは俺がやる!」
「はあ!? 貴様一人でか!? 先程魔神眼が使えないと言っていたではないか!」
「でも誰かが呼びに行くしかねえだろ!? 俺のしぶとさはお前も十分理解してるはずだ!」
「しかし――」
「魔王命令だ!」
「ったく……ええい、死ぬなよ!?」
「死んで欲しくないならフラグ立てんな!」
顔を顰めながらも、俺の指示に従い茂みの中へ消えていったレオン。
普段トロいアイツだが、この時間帯のアイツならすぐに呼んできてくれるだろう。
「逃がすな、追え!」
「『黒雷』!」
「「ぐあぁッ!?」」
俺の両脇を抜けてレオンを追いかけようとした二人のエルフに、両手を突き出し黒雷を放つ。
一瞬で兵士を気絶させた、俺の身体を迸る黒い電流に、エルフ達の足が止まる。
そんな中、エンだけが俺を真っ直ぐ見据えていた。
「……威力を弱めたな? 泥猪を倒したときは、もっと凄まじかった」
「当たり前ですよ。だってこれ以上強めたら、最悪殺しちまうじゃないですか」
「情けか?」
「情けもクソもないですよ。俺はただ、この訳の分からないいざこざで、死人を出したくないだけです」
俺の言葉にエンを初めとしたエルフ達が怪訝な顔をする。
まあ、流石に理解は得られねえよな。
向こうからしたら、王女攫って自分達に挑発してきたのに、人を殺したくないって言ってるんだから。
ある意味被害者とも呼べるこの人達に申し訳ないと思いながらも、俺は拳を握り絞めた。
「こっから先には行かせねえぞ! 勝てなくたって、時間稼ぎにはなってやらぁ!」




