第四話 成り行き魔王は今日もくたくただ!⑩
ブラックドラゴンと戦い、逃亡までに追いやった俺達。
ドラゴンの行方は知らないが、リーンが言うには俺が心臓に剣を突き刺し致命傷を負わせた事により、もうすぐ死ぬとのこと。
負傷者は多く出たが、幸いなことに死者は一人も出なかった。
もうこれは完全に俺達の勝利と言っていいだろう。
そして、その日の夜。
「――と言う事で、バルファストの防衛成功を祝して、かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
明るい光に包まれるギルドで、冒険者達は樽ジョッキを片手に喜び舞い踊っていた。
ドラゴンとの戦いに参戦した冒険者達のために、街の人達がテーブルを埋め尽くさんばかりのごちそうを用意してくれた。
「いやー、しっかし、よく死者が一人も出なかったな!」
「だな! くーっ、うめえ!」
そんな冒険者達を、俺は一人カウンター席で眺めていた。
例え新しい魔王になったからって、影が薄いのは変わらない。
どうも俺は大勢が居るところでは異様に影が薄くなるようだ。
まあ、多少はもっと俺を労えとか、新しい魔王である俺にもっと興味持てよとか、そんなことを思ってはいるけど。
でも、そんな事言うのは野暮ってもんだ。
それにいいじゃないか。
本来、今日の主役は新魔王の俺だったかもしれないけど。
間違いなく、今日の主役はここに居る皆なんだから。
でも、やっぱり構って欲しいとは思いながら、俺は樽ジョッキになみなみ注がれた酒を飲んでいた。
俺もまだ十六だから、最初は酒はダメなんで、オレンジジュースくださいと低音ボイスで言ったが、ギルドにオレンジジュースなんてあるはずもなく、アルコールの少ないヤツを飲んでいるのだが。
でもまあいいや! ここは異世界だ、年齢なんて関係ねえ!
などと自分で開き直っていると、遠くの方からこんな声が聞こえてきた。
「レオン、お前俺達のこと助けてくれたんだろ? ありがとうな!」
「お前はやるときはやる奴だと思ってたんだよ!」
「今までバカにしてきて悪かったな!」
「うむ! 貴様らを助けた偉大な我にひれ伏すが良い! ハーハッハッハッハッハ!」
見ると、俺とレオンがクレーターから助けた冒険者達がレオンに感謝を述べ、そしてレオンはマントを翻し高らかに笑っていた。
おいいいい! 何でレオンだけなんだよ!?
ふざけてんのか!? 流石に怒るぞ!
レオンもレオンだ、ちゃんと俺の事も言えや!
と、俺が怒りながら樽ジョッキを握り締めていると。
「リョータさん、リョータさんのおかげで国を守ることが出来ました! 本当にありがうひゃあ!?」
「リムウウウウウウウッ! 構ってくれてありがとおおおおおおおおお!」
「リョータさん!? 急に抱きしめないでください! セクハラですよ!?」
祝いの席で精神がズタズタになりかけた俺を、銀髪の天使が癒やしてくれた。
ああ、お前の味方は俺だけだ!
「そ、それよりも、リョータさんは何でこんな所に一人でいるんですか? 構って欲しかったなら、自分から言えばいいじゃないですか」
俺の腕から逃れたリムは、若干呆れ交じりに訊いてきた。
「まあ、こういうカウンターで一人飲みに憧れてて、という理由もあるんだけど……アレの中に入るのはちょっと」
「ああ、アレですか……」
俺が視線をある所に向けると、リムは納得したように顔をしかめた。
その視線の先に居るのは、もはや言わずもがなだろう。
「ねえ~? あなたたちぃ? ヒック、あなたたちの立派なそれをもっと見せてぇ?」
「おい、ローズさんが酔っ払ってとんでもないこと言って……うん、酔っ払っててもいつも通りだな」
「だな。おいローズさん、あんた俺達よりも年上なんだからもっと言葉に気を付けブベホッ!?」
「おいまたかよ!? おい、誰かローズさんを止めろ!」
ううん、ローズって年齢何歳なのかスゲー気になる。
まあ、俺が訊いたら確実にアイツみたいにフルボッコされちゃうけど。
「ひっぐ、私はぁ! リョータ様が魔王になることを認めでぐれて、うれじくでうれじくで仕方いんでずよお!」
「お、おう……コイツ大丈夫か?」
「ハイデルのキャラが不安定になってるぞ……」
冒険者に抑え付けられているローズの近くには、机に突っ伏してどこぞの議員みたいになっているハイデルと、それを宥めようか放っておこうか迷っている冒険者がいた。
ってかあいつ、泣き上戸なんだな……。
あの無駄にイケメンなのが腹立つハイデルの顔面がグチャグチャになっており、普段の冷静さや大人しさ……。
……は元から無いな。ただ見た目がそんな風で、中身はただのバカだもんな。
とにかく、何かアソコに居ると俺もヤバイ奴らの一員みたいに思われそうだから、カウンター席でチビチビ飲んでいた訳だ。
まあ、偉そうに人のこと言える立場ではないけれど。
「そう言えば、リーンは?」
「リーンさんは孤児院に居ますよ。今日の事が怖かったんでしょうか、子供達が怯えてしまっていて。その子守だそうです」
ハイデル達から視線を外し、キョロキョロと辺りを見渡しながら訊くと、リムはうんしょと俺の隣の
椅子に座りながら答えた。
「アイツ、普通にいい奴だよなぁ……最初、リーンを冷徹な人間性の欠片も無いクズだと思ってた自分を殴りたい」
「流石に言い過ぎですよ!?」
「今はそんな風に思ってねえよ。ホントに、リーンはいい奴だった」
そう付け足すと、俺は樽ジョッキを一口呷る。
もし叶うのなら、リーンともう少し仲良くなりたい。
「あっ、そういえば、お前って魔眼とかに詳しいか?」
「え? う、ううん、魔法はそれなりに詳しいけど、魔眼の方はあまり……それで、何でそんな事を訊いてきたんですか?」
不思議そうに訊いてくるリムに、俺は自分の眼の事を話すことにした。
「それなんだけど、実は俺って魔眼持ちなんじゃないかなって思うんだ」
「魔眼……ですか?」
「ああ、遠くがよく見えたり、相手の動きがゆっくりに見えたり、他の連中が見えなかった結界が見えたり、心臓の位置が正確に分かったりして」
「確かに、それは魔眼の可能性がありますね」
そう言って顎に手を当てて頷くリム。
俺はポケットからギルドカードを取り出し、改めて見て見る。
「でも、どこにも魔眼らしき文字が無いんだよなぁ」
そう言ってため息をつく俺に、リムが。
「魔眼は裏に書いてありますよ?」
「裏?」
「確かに、ユニークスキルの能力が目に宿ったものを魔眼というって説がありますが、魔眼はスキルじゃなくて特別な力を持った身体の一部ですからね。だから魔眼は、裏の身体能力の欄に書いてありますよ」
「へえ……」
何だか、小難しくてよく分かんねえなぁ。後でもうちょっとカード詳しく見てみよう。
そう思いながらも、俺はクルリとカードを裏返す。
裏の面には簡素な人の絵が描かれており、身体能力などが記されている。
相変わらず周りと低いステータス値に目がいってしまいがちだが、眼の辺りに何かしらの文字が刻まれているのを見つけた。
それを横から除くように見たリムが、そこに記されている文字をポツリと読んだ。
「ええっと……《魔神眼》?」
その瞬間、ギルドが水を打ったように静まり返った。
それはもう、俺のステータスの結果を知ったときよりも早く、耳鳴りがするほど静かに。
「おまたせ! 子供達が全員寝静まるのに時間かかっちゃって……どうしたの?」
そこへ遅れてやってきたリーンが、この異様な空気に首を傾げた。
それを気にすることも無く、俺はガタッと立ち上がり、ギルドカードを高く上げながら。
「俺の時代が来たああああああああああああああああああああああああああっ!」
「ちょ、何!? あんた急に叫ばないでよ、ビックリしたじゃない!」
「リーン! ちょっとここ見てみろよ!」
「な、何よ……ってか、あんたのステータス聞いてはいたけど酷いわね……」
「そこじゃねえよ! ほら、ここ!」
睨みつけてくるリーンに、俺は嬉々としてギルドカードを見せつける。
その魔神眼という完璧なまでの中二感溢れた文字を見たリーンは、驚愕に目を見開き口をパクパクさせた。
「あ、あんた……魔神眼って……嘘でしょ……!?」
このヤバそうな名前と、リーンや周りの反応を見て、どうやら凄い能力だと言うことは理解した。
「で、これどういった能力なんだ!? ってか、何でみんな知ってるっぽいんだ!?」
「あんた魔神眼の事知らないの!? バカなんじゃないの!? 赤ちゃんからやり直せば!?」
だから俺異世界人なの! 分からないの!
リーンの酷い言われように俺がダメージを受けていると、後ろで小刻みに震えていたリムが震える声で言った。
「ま、魔神眼は、初代魔王が持っていたと言われる伝説の魔眼で、この世の全ての魔眼の原点だとも言われています……。その能力は未だ未知数……ですが一説によると、この世に存在する全ての魔眼の能力はその派生と言われていて、つまりこの世に存在する全ての魔眼の能力を使えると言われているらしい、です……」
想像してたよりもヤバかった。
え、何!? それってヤバすぎない!?
やっぱ俺ってチート持ちだったの!? すげえ!
「やったあああああああ! これでもう、俺は雑魚じゃない!」
拳を振り上げ舞い踊る俺に、グチャグチャな顔をしたハイデルがワナワナと震えた声で。
「ああやはり……デーモンアイは間違っていなかった……! リョータ様はデーモンアイに選ばれた真の魔王だったんですね……!」
そんな感極まった感じで言われても……あと、そういった能力持ってたんだったらステータスも高くしてほしかった。
俺は注目される中、ちょっとした高台に上がり意気揚々と胸を張る。
「ようし、じゃあ早速何かしら使って……魔眼ってどうすれば発動するの?」
「魔法を使うときと同じ、目に魔力を集中させるのよ」
この中で唯一魔眼を持っているローズの言葉に頷くと、早速目に魔力を集中させてみる。
アレ、何か目玉が熱くなってきた。
「おおおお、目の色が変わったぞ!」
「何だよソレ、格好いいな!? 流石俺達魔族の王様って感じだ!」
「えっ!? 色が変わった!?」
突然騒ぎ出した冒険者の言葉に、俺はキョロキョロと辺りを見渡し、鏡になりそうなものを探す。
近くにあった水の入ったグラスを手に持ち覗き込むと、そこに映る自分と目が合った。
「な、何コレ……? サ●ケ? ル●ーシュ?」
ガラスに反射した俺の右目が紅く、左目が紫になって輝いていた。
コレは、魔族の象徴と言われる目の色と同じ。
自分の眼の色が変わって、しかもオッドアイになってるのはちょっと変な気分だ。
「はああああぁ、何か格好いい……ってそれより、確か全ての魔眼の能力が使えるんだよな?」
「は、はい……」
リムの返事に、俺は顎に手を当て考える。
と言うことは。
と言うことはですよ?
「……? どうしたのリョータちゃん?」
俺の視線に気が付いたローズは不思議そうに首を傾げた。
「あ、あんたまさか……!」
「リョ、リョータさん……や、やめてくださいね……?」
流石常識人ツートップ、理解が早い。
だがしかし……透視とは……。
男のロマン!
「『透視眼』ッ!」
「「「やると思ったッ!」」」
魔法と同じ要領で、服が透過するイメージをしながらそう叫ぶと、女性陣全員がハモった。
すると、段々とリーンやその他の冒険者が薄くなっていく。
ハッハッハッハッ! やったぜ!
そして、完全に発動したであろう俺の目に映ったものは――。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
――たくさんの骨だった。
どこを見てもほねホネ骨ボーン。
その何十体といるスケルトンの内の一体が、俺に向かって進んでくる。
「ちょっとあんた! 何で叫んでんのよ!?」
「骸骨が喋ったああああああああああああああああああああああああ!?」
「誰が骸骨よ!?」
そして後ろからもう一体。
「リョ、リョータさん……? だ、大丈夫ですか……?」
「子供の骸骨だああああああああああああああああああああああああ!?」
「誰が子供の骸骨ですかっ!?」
何で!? 何でスケルトンが何体も居るの!? 何このホラー!
と、恐怖のあまり気絶しそうになり、眼の力を抜いた途端。
「骸骨がリーンとリムになったあああああああああああああああああ!?」
「「だから誰が骸骨よ(ですか)!」」
目の前に居た二体の骸骨かパッとリーンとリムに変身した。
「えええ!? 何だったの今の!?」
もしかして、今の透視眼の能力か!?
何で服だけじゃなくて皮膚まで透けちまうんだよ!?
俺が頭を抱えていると、ローズが近づいてきた。
「いいリョータちゃん? 透視眼はね、凄く調整が難しいの。少しでも力を強めたりしただけで、今みたいに骨が見えちゃうのよ。ここまで仕上げるのに何十年掛かったことか……」
「そんなぁ……」
じゃあ、俺ローズみたいに女の子のあんな所もこんな所も見れねえの!?
ってか、何十年っつったか?
コイツ一体年齢いくつなんだよ、やっぱりババア……いだあッ!?
「透視しようとした事実は変わらない訳だし、多少はね?」
「ありがとうございますリーンさん。リョータさんも反省して下さいね!」
脳天にゲンコツを喰らい、リーンやリム、その他女性冒険者達から軽蔑の目で見られる。
クッ、何だコレメッチャ恥ずかしい!
「はっはっは、残念だったなリョータ!」
「頑張れ頑張れ、いずれ叶うさ」
「女性達からあんな蔑んだ目で見下されて……羨ましい」
一方男冒険者達は、そんな俺を見て爆笑しながらそう労ってくれ……いや、一人ヤバいのが居た気がする。
「ま、まあ気を取り直して、そうだな……次は未来視とかやってみよう!」
「未来視? そんな能力の魔眼があるのか?」
「多分な」
レオンの疑問に、俺はニヤニヤと笑いながら応える。
特別な力を持った眼=未来が見える能力ってのはよくあるし。
無論、そういった魔眼も存在するだろう。
「それじゃあ、早速……未来視ッ!」
俺がそう叫んで目をカッと見開くと。
「おおお! なんか見えてきた!」
俺の視界の中に、目の前の人に重なるようにボンヤリと揺らぐ何かが見え始めた。
このボンヤリしたものは、数秒先のコイツらの未来の姿なのだろうか?
スッゲえ……! やっぱ異世界転生はこうでなく……。
「ブッ」
――ガッツポーズを取った瞬間、俺は顔面からぶっ倒れた。
「魔王様ッ!?」
「リョータが急に倒れたぞ!?」
「アレ……何だコレ……身体が動かない……」
ハイデルとレオンの慌てふためいた声がギルド内に混乱を広める中、身体が指一本動かない事に困惑する。
「リョータさん、大丈夫で――コ、コレは……!?」
慌てて俺に駆け寄ったリムは、俺の身体に触れた瞬間目を見開いた。
「な、なあリム……何コレ……俺、どうなってんの……? 何で、身体が動かなくなるんだ……?」
「リョ、リョータさん……コレは……」
生唾を飲み込む俺に、リムはゆっくりとこちらを見据えると。
「魔力切れです!」
「ま、魔力切れ……?」
ギルドがシンと静かになる。
そんな中、リムは複雑そうな顔をしながら話を続ける。
「魔眼はどれも必ず魔力を必要とします。魔力量は魔眼によって異なりますが……元々、リョータさんの魔力量はあまりありません。だから、リョータさんは魔眼を使いすぎて魔力切れになってしまったんです……!」
「つ、使いすぎって……俺まだ二種類しか使ってないんだけど……!?」
う、嘘だ……嘘だと言ってくれよ……!
あまりのショックで頭から血の気が引きボンヤリしている俺に、リーンが言った。
「つまり、コイツはバカみたいに強力な力を持ってはいるけど、元が弱いから本来の力を使いこなせないってことね」
静かなギルドにその言葉が響いた瞬間、その場の全員が俺に哀れみの目を向けた。
ああ、結局こうなるのかよ!
やっぱりこんな世界大っ嫌いだ!
「くそったれええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」
俺の絶叫が、今度は魔界の夜空にこだました。




