第三二話 いざこざは今日も出し抜けだ!⑪
焚き火を消した森の中は、完全な闇でしかなかった。
きっと美しい星々が見えるであろう夜空は枝葉によって遮られ、一切の光を遮断していた。
視力が全く機能しない完全な闇の中では、微かな風の音も、草木がざわめく音も、等しく恐怖をそそり立たせる。
いつ何処からモンスターが襲い掛かってくるか分からない。だから気配や物音に敏感になる。
きっと普通の人間なら夜の森で焚き火を消して熟睡する事など、出来ないはずなのだ。
「スウ……スウ……」
「……んん」
「スピー……」
ただし、例外もあった。
「うん、コイツら絶対大物になるわ」
荷台の中でグッスリと眠っている子供三人の寝顔を覗き込みながら、俺は小さく呟いた。
リムはミドリの手を優しく握り締めながら眠っており、その少し離れた荷台の隅っこで、カインが自分の腕を枕にして小さくいびきをかいている。
いくら疲れていたとは言え、こうもここまで無防備に寝るのか。
単純に幼いから危機感が無いのか、それとも中々に図太い神経をしているのか。
仮に俺がコイツらと同じぐらいの歳だったとしても、こんな真っ暗闇な自然の中で寝れる自信は無いから恐らく後者。
こりゃ、将来が楽しみだな。
子供達の可愛らしい寝顔を見れてちょっと癒やされた俺は、荷台から少し離れた腰掛け代わりにしている丸太の上に座った。
そして、ホッコリした笑顔のまま、正面を見て。
「スー……」
「うふふ……らめよ、らめらめ……」
「だけどお前らの寝顔見てると妙に腹立つわ」
同じように無邪気な寝顔を見せるハイデルとローズに、小さく吐き捨てた。
……体内時計からして、現在時刻午前二時。
普段の俺なら、ベッドでいびきを掻いてる時間帯だ。
ふかふかのベッドを恋しく思いながらも、俺はちょくちょく周囲を見渡しモンスターを警戒していた。
数時間前、子供三人を除いた面子で交代制で起きて周囲を警戒しようという話になった。
ちなみに、コイツらが起きてるときにその話をしたら自分達も起きていると言い出しかねないので、ちゃんと寝たのを確認してから話を切り出した。
そして公平なジャンケンの結果俺が、この一番キツい時間帯を担当することになってしまったのだ。
「俺、ジャンケンクソ弱いんだよなぁ……」
実はこの俺、学校のゴミ捨てジャンケンで一週間連続で負け続けたという伝説を持っている。
一対一だったらコッソリ魔神眼使って相手の出方を覗い、一コンマで後出しというのも可能なのだが、大人数だと思考がどうも追いつかない。
というか一番最初で皆がグー、俺がチョキだというカスみたいな運を発揮してしまった。
ちなみに順番は、リーン、ハイデル、ローズ、レオン、俺である。
「ハァ……」
俺はため息を吐くと、ボンヤリと虚空を見つめながら、頭の中にある作戦を思い返した。
作戦はこうだ。
まずカムクラが見えた際、俺の千里眼でバレないように遠くから様子を伺う。
カムクラがどれ程広いのか、またどんな構造をしているのかは俺達の誰も分からない。
唯一カムクラに訪れたことがあるフォルガント王が言うには、バルファストを一回り大きくした程だと言っていたが、何十年も前なのだ。その間に更に開拓が進んでいる可能性が高い。
とりあえずどうやって侵入するかは、カムクラがどのくらいの広さで、どんな構造をしているのか確認してからになる。
そして、侵入は明け方の少し前に行う。
普通の国民なら誰もがまだ眠っている時間帯だし、見回りの兵士が居たとしても一番集中力を欠いている時間帯だからだ。
カムクラはエルフの国だ。人間や魔族である俺達が国民面して歩いても絶対にバレる。
それにこちらはスピード勝負。こちらより先に向こうがバルファストに着いたらお終いなのだ。
だから今日の内に、出来るのなら数時間後には侵入したい。
次に、侵入に成功したとしてどうやって動くかだ。
まずこの八人を三つに分け、それぞれの役割を熟して貰う。
俺とリーンとハイデルは、恐らく存在するであろうカムクラの王城に侵入する。
もしクーデターが本当なら、首謀者は必ずそこにいるだろうし、戦争を避けるためにはその首謀者を潰さなければならない。
その為近接遠距離それぞれ火力が高い二人に、中途半端だがそれなりには立ち回れるであろう俺がバトルチームだ。
続いて、ローズとレオンの二人にはリグルさんの救出に向かって貰う。
リグルさんがどこに居るかは分からないので、ローズに兵士の記憶を読み取って貰おうと思ったのだ。
そしてレオンなら、シャドウの能力を上手く使ってリグルさんを牢屋から脱出させられるはずだ。
最後のリム、カイン、ミドリのチームは、待機チーム。
ここまで来て貰って申し訳ないが、流石に敵地のど真ん中に三人も子供は連れて行けない。
だが、荷台と馬を守るという大事な任務もあるのだ。
そして仮に俺達に何かあっても、リムのテレポートで子供達だけは脱出できる。
勿論俺達に何かあったら戦争は必須なので、絶対にそんな事にはさせないが。
とまあ、大雑把ではあるがこんな感じだ。
だが正直言って作戦なんてものは殆どその通りに熟せないものだ。
情報も無いし粗も多い、作戦なんて呼べたもんじゃない。
それに普段からトラブルメーカーの俺達だ、何かしらのトラブルや非常事態はあるだろう。
しかしそれぞれの明確な目的や役割があるだけでも、作戦を立てる意味があるはずだ。
「でもまぁ結局、一か八か何だよなぁ……」
なんて俺が呟き、もう一度ため息を吐いた時だった。
「……それでもやるしかないのだ。それなら不安を募らせるよりも、もっと先の事を考えたらどうだ?」
「何だよ、起きてたのかよ」
俺の正面、唯一こちらに背を向けて寝転がっていたレオンが、ゆっくり起き上がった。
「お前さっき俺と交代しただろ。さっさと寝ろよ」
「我は普段、いつも使っている羽毛枕がないと寝れんのだ。それでも疲れているから寝れるだろうと思っていたが、やはりダメだったようだ」
「ケッ、ボンボンがよ……」
俺は悪態を吐きながらも身体を横にずらし、レオンが座るスペースを空ける。
そこにドッカリと座ったレオンは、マントに付いた土汚れを払いながら。
「寝れんのなら仕方が無い。暇潰しに貴様の話し相手ぐらいにはなってやる」
「えー、それだったら俺と換わって寝かせてくれよ。お前も夜目利くんだから換わっても問題ないだろ」
「貴様の魔神眼の性能には敵わん。というか、仮に換わったとしても貴様は今までみたく寝たふりをしたまま、コッソリ警戒を続けるだろうが」
「……さぁ、何と事やら」
「とぼけるな」
ちぇ、バレてないと思ってたんだけどな。
「まあいいや。んで、もっと先の事を考えろだっけか? どういう意味だよ?」
「無事にこの問題にケリが付いた後のことを考えてはどうだ、という事だ。そうしたら少しは憂鬱にならんで済むだろう」
「成程ねぇ……」
俺は頬杖を突くと、薄らボンヤリ未来のことを考えた。
「そうだなぁ。強いて言うなら……米食べたい。カムクラ米の栽培してるらしいし」
「貴様ソレばっかりだな……貴様の出身国の主食でもあったんだとな」
呆れながらも、レオンは話題を汲んでくれる。
「ああ。ってか、俺のじいちゃんが農家で米も作ってたんだよ。だから米作りの基本的なノウハウはあるっちゃあるんだけど、ウチの土地の性質上米の栽培難しいからなぁ……」
そもそも、田んぼ作るには近くの川から水路作って水を引っ張ってこなきゃいけないし、その為の費用や時間も莫大だ。
だから俺が密かに計画していたバルファストお米大国計画は、俺の中で静かに呆気なく終わったのだ。
「そっちは何か無いの?」
「む。そうだな……」
逆に俺がそう振ると、レオンは顎に手を当てて考え始める。
やがて一瞬『あっ』と何か思いついた顔をしたが、すぐに首を横に振った。
そしてこちらに顔を向け、一言。
「げ、現時点では無いな」
「嘘吐け。テメーフィアとのデート控えてんだろうが。今その事思い出しただろうが」
「グッ……」
俺の指摘に、レオンは唸り声を上げるとサッと視線を逸らした。
この真っ暗闇の中でもレオンの赤くなった顔が見えるのは、流石魔神眼と言ったところ。
「確か今週末だったっけか……って事は?」
「二日後だ」
「お、お気の毒に……」
俺は思わず苦い顔をして同情すると、レオンはフンッと鼻を鳴らす。
「何を言ってる。今日明日でケリをつければいいだけだ。だからその後は頼むぞ」
「結局事後処理俺に丸投げかよクソッタレ。俺が仕事してる間にデートするとか許さねえからなコンニャロー」
「う、うるさい。というか元々、貴様には関係ないだろう」
「大いにあるわ。何故かは答えられないけど大いにあるわ」
だってコッソリ付いていきたいもん。
あと、いくら二人の恋路を応援してるとは言え、嫉妬するときはするんだよ。
「ってか意外と乗り気だったのね、フィアとのデート。何、楽しみだった?」
「そ、そんな訳ないだろうっ。アレは仕方なくというか勢いに押されただけというか……」
「あーあ、そんな事言うんだー」
「貴様ぁ……!」
わざとらしくそう言うと、レオンが恨めしそうに睨んできたが、やがて観念したようにため息を吐いた。
「……まあ、我も妹以外の女性と二人で何処かに行くなんて経験は無かったからな。少なくとも、楽しみにはしていた。……それだけじゃない」
「と、言うと?」
「フィアは恐らく、その……我を誘う時、緊張しながらも頑張ってくれたと思うのだ。我だって、女性を何処かへ誘うとしたら、やはり緊張するだろう。それでも彼奴は誘ってくれたのだ。だから……フィアとの約束を、無かった事にはしたくない」
レオンはそう言って、小さく拳を握り締めた。
顔を赤らめているのは、フィアの好意に照れているのか、自意識過剰だと自分を恥じているのか。
そのどちらだとしても、そのレオンの言葉は本気なのだろう。
「……頼むからこれ以上イケメンにならないでくれよ。いくら親友だとしても、お前の引き立て役になんざなりたくねえぞ」
「何を言っているのだ貴様……」
何でコイツはこうも外内どっちもイケメンなのかなぁ!?
このままじゃ俺、ハーレム主人公を引き立てる為の惨めなモテない親友キャラになっちゃうじゃん!
っていうかそもそも、コイツといいカインといい、俺の周囲の男共総じてイケメンなの何でなんだよ!?
このままじゃ、リーンが誰か他の男に惚れる可能性があるんじゃないか……!?
それだけは嫌だ!
「い、いーもんね、お、俺は顔面偏差値の低さを内面でカバーしてやるもんね……」
「いや元から貴様の内面はそれ程褒められるものではないだろう……」
「う、うるせえ。ひたむきさとかはちょっとはあるわい」
俺はそう吐き捨てるように言うと、丸太から立ち上がった。
「ハァ……せめて修行頑張ろ。ちょっと席外すから換わりに見張っててくれ」
「何処へ行くのだ?」
「野糞してくる」
「……そういう部分だ貴様の場合、少しは言葉を濁せ。あと、出来るだけ遠くで済ませろ」
吐き捨てるように言ったレオンに背を向けたまま、俺は茂みの中へ入っていった。
レオンに注意された通り、グングン茂みの中を進んでいく。
どんくらいなら臭い届かないかな、あと十メートルぐらいは離れとこうかな。
「ここら辺でいいか」
場所を決めると俺は踵を器用に使って足下に小さめの穴を掘ると、ベルトを外した。
ちなみに、ちゃんと用を足す為の塵紙は持って来てるし、ウォシュレット代わりのアクア・ブレスもあるので衛生面は問題なし。
あとくっそしょうもないけど、一回野糞ってしてみたかった。
俺は下半身丸出しの状態のままその場に屈み、踏ん張ろうとしたその時だった。
「――――ッ」
「ん?」
俺の耳に、風に乗って微かに人の声のようなものが聞こえた気がした。
一瞬レオン達かと思ったが、声が聞こえた方向は俺の真正面。皆は俺の真後ろのはずだ。
じゃあ、今のって……?
空耳の可能性大だけど……まあ念の為。
俺はズボンを下げたままその場で立ち上がると、千里眼を使って声が聞こえた方向を見据える。
自分自身は立ち止まったままなのに、視界だけが真っ直ぐ進んでいく。
そして、ここから大体七、八十メートル先に進んだ辺りで。
「ッ!?」
――人が、モンスターに襲われている光景が飛び込んで来た。
その人は真っ二つに折れてしまった弓を持ってジリジリと後退っており、その正面には軽自動車サイズのイノシシが鼻息を荒げていたのだ。
その襲われている人はどんな人なのか、モンスターは実際何匹いるのか。
というかそもそも、何でこんな時間にこんな森の中に人が居るのか。
そんな疑問が頭に浮かんでいたが、その思考とは別に俺の身体は動いていた。
「『ハイ・ジャンプ』ッ!」
俺は片腕でズボンをまくし上げると同時に真横に跳躍し、一気にその場へと跳んでいく。
途中失速しながらも、近くの木の幹を蹴って速度を維持する。
そして、イノシシモンスターが、その人へ向けて突進しようと加速を始めたその瞬間に。
「どうりゃあぁッ!!」
『ブビャッ!?』
「ッ!?」
イノシシの真横から、思いっ切り体当たりをかました。
凄まじい重量だったが加速途中だった為、イノシシモンスターはバランスを崩しそのまま横に倒れた。
俺はすぐさまその人の正面に立つと、庇うように両腕を広げた。
そして首だけ後ろに向けて呼び掛ける。
「大丈夫です……か……」
そして、俺は言葉を詰まらせた。
俺の登場により腰を抜かしてしまったのか、尻餅を付いているその人は、まるで戦国時代のような甲冑を身に纏っていた。
勿論日本の物とはだいぶ異なるが、胸当てや小手などを着けていて、第一印象はやはり甲冑だった。
そして、美しい顔立ちに澄んだ空色の瞳も特徴的だが、何より耳が尖っていた。
間違いない、カムクラのエルフだ。
そして、俺は同時にやってしまった事を理解する。
そう、よりにもよって俺は、今から侵入する国の兵士を助けてしまったのだ。
「「…………」」
双方固まったまま、お互いを見つめる。
しかしそのエルフは、驚愕して丸くなった目を俺の顔――ではなく、俺の下半身に視線を向けた。
……あっ、そういや俺、フルチンじゃん。
「変態だあああああーッ!?」
「ごもっともおおおおお!」




