第三二話 いざこざは今日も出し抜けだ!⑧
レイナと別れた後、魔王城を出発した後。
冒険者達に事情を説明し、必要な物は全て揃え、孤児院でレイナとミドリと合流し、俺は外壁の正門前に立っていた。
門の奥には、柔らかな春風に揺れる若草の平原が見える。
この平原がカムクラのエルフ達によって踏み荒らされた後、この街に侵攻してくる。
そう思う旅に、背筋が寒くなり身体が力む。
だから、そうはさせない。その為に、俺はこの場に立っている。
「ふう……魔王様、荷物が詰め終わりましたあああああああ!? 魔王様!? 馬に頭を舐められてますよ!?」
「……助けて?」
俺の後方で荷台に荷物を詰め込んでいたハイデルが、やっとこちらに気付いてくれた。
先程からこの国の商人から借りてきた馬二頭に頭皮をペロペロされていたのだが、下手に動いたら噛みつかれそうだったので、ずっと堪えていたのだ。
馬の扱いに慣れているハイデルによって俺は馬から解放され、髪の毛がベタベタになるだけで済んだ。
「『アクア・ブレス』。よし、荷物詰め終わったんだな? じゃあ最終確認だ」
「そのまま続けるんですね……」
アクア・ブレスで髪の毛を簡単に洗い流したあと、俺は再び腕を組んで、これからカムクラへ向かう六人の顔を見渡した。
「まずリム。サラさんには、この事言ってくれたな?」
「はい。何かあったらママが助けてくれるそうです。本当は、パパを助けにいきたいって言ってたけど、今回はしょうがないって」
「うん、正直サラさんにはこの国に居てくれた方が色々安心だからさ。というか、この国の最強戦力冗談抜きでトリエル夫妻なんだよ……」
申し訳ないが、強さで言えば四天王よりこの二人の方が信頼が置ける。
そしてその二人のDNAを受け継いだリムは、将来どんなバケモノ……じゃなかった、どんな強者になるのだろうか。
まあ、まだ10歳なのにこんなに強いんだから、十分凄いか。
「んで、ハイデルにはコイツらの手綱を握って貰う。この面子で馬の扱いに慣れてるのはお前だけだからな。頼んだ」
「お任せ下さい! 必ずや、魔王様のご期待に添えて見せましょう!」
う~ん、御者するだけなのに相変わらずの大袈裟。
「よし、次はミドリ。……本当に大丈夫だな?」
「……うん、大丈夫」
「何かあったらすぐに俺かリーンに言えよ?」
無表情だからよく分からないが、その瞳には迷いは無いように見えた。
俺はミドリの頭を軽く撫でると、そのまま真上を見上げた。
そこには、外壁の上から俺達を見下ろす冒険者達の姿が。
「お前らー! もし、万が一何かあったら頼むわー!」
「おーう、任せとけー!」
「そっちも、戦争起こさせないつったんだから、俺達に仕事させんなよ!」
「仕事の報酬はカムクラの土産でよろしくなー!」
「観光じゃねーよ!」
相変わらずフラットな冒険者達の見送りに、こっちまで心が軽くなる。
まあ、そうだな。戦利品として、米ぐらい持って帰るか。
そんな事を考えながら、荷台に乗った俺は御者台に座るハイデルのすぐ後ろに移動する。
そして後ろを振り返り、全員が乗り込んだ事を確認……ってアレ?
あの樽、さっきまであったっけ?
俺の視界に入ったのは、食料などが入った木箱のすぐ横に置かれた、そこそこのサイズの樽だった。
うーん、誰かが用意した飲み水か?
俺やリムのアクア・ブレスで飲み水は要らないと思うけど……まあいいか。
「よし、じゃあ出発しますか! ハイデル!」
「ハイ!」
俺の合図に、ハイデルが手綱を撓らせる。
すると二頭の馬は、ゆっくりと歩き始めた。
「じゃあ、行ってきまーす!」
冒険者達の声を背に受け、俺達はバルファストを出発した。
これが物語によくある、単なる旅の出発だったのなら、どれ程心安らかだっただろうか。
だが俺達は、今から敵地に向かうのだ。たった七人で。
俺は静かに生唾を飲み込むと、スクッと立ち上がった。
「さーてと……」
「ねえ、今更だけどさ」
そんな俺に、リーンがどこか遠慮気味に話し掛けてきた。
「今からカムクラに行こうって言っても、向こうの方が早くこっちに来ちゃう可能性が高いんじゃない? それに、もうすぐ夕暮れよ?」
「そりゃあな。でも、忘れちゃいけねえぜ? こんなんでも俺、異世界チート野郎だからな」
「何訳の分からないこと言ってんのよ……?」
「ああ。そういえば、貴様とミドリは聞いてなかったか」
俺の言葉に首を傾げるリーンに、レオンが割って入る。
「此奴まーたとんでもない事考えてな。まったく、貴様の思考回路は本当にどうなっているのだ? というか、普通ソレをやろうと思うか?」
「褒め言葉として受け取っておくよ。『ヘルズ・ゲート』」
レオンの皮肉にそう返した後、俺は虚空に魔力を集中させヘルズ・ゲートを開く。
そして俺は身を乗り出し、上半身だけ地獄に転移した。
俺の目の前にはハイデルの屋敷の巨大な庭が広がっており、100メートル程奥にある向かい側の塀以外、障害物は何も無い。
「あっ、もう始めるっすか?」
俺のすぐ横の塀にもたれ掛かっていたホーソンが、少しワクワクした様子で俺に話し掛けてきた。
「おう。ということで、お世話になりまーす」
「まったくですよ! わざわざ別世界から人の持ち場の前でゲロ吐いたと思ったら、今度は敷地全部使わせろですよ? いくらなんでも横暴ですよ……」
「まあまあ、魔王様も色々あるみたいっすから。こっちも準備オッケーっすよ」
「ありがとよ。ガルードも、後で一杯奢るからさ」
その隣で悪態を吐くガルードに苦笑しながらそう応え、俺は上半身を引っ込めるとヘルズ・ゲートを一旦閉じた。
「あっ、ローズ。そこの魔力回復ポーションが入った箱、こっちに寄越して」
「ハイ、あんまり無理しないでね?」
「分かってるって」
「えっ? ヘルズ・ゲート? それに、こんなに沢山ポーションが……本当に、何するつもりよ……?」
嫌な予感がするとばかりに顔を顰め、俺とポーションを交互に見つめるリーン。
その予感、当たってるぜ?
でも、背に腹はかえられない。
悪いが皆には、我慢して貰おう。
俺はハイデルの左肩に手を置くと、ニヤリと笑って見せた。
「ハイデル、こっからは俺とお前のコンビネーションプレイだ。遅れんなよ?」
「ええ、任せて下さい!」
「よっし……それでは皆様、これから荷台が激しく揺れますので、しっかり荷台に触れていて下さいますよう、お願い致します」
「……普通、捕まってろじゃ、わわっ」
そんな意味ありげなアナウンスにミドリが首を傾げた瞬間、ハイデルが再び手綱を撓らせた。
すると二頭の馬は同時に鳴き、凄いスピードで草原を走り抜けていく。
ガタガタと激しく揺れる荷台に、ハイデルの肩を借りて立っている俺は、真正面にそびえ立つ魔の森を見つめた。
「行くぞ! まずは『千里眼』&『透視眼』!」
俺が魔眼を発動させると、世界の動きが全てスローモーションになる。
ゆっくりになった時間の中で、俺は二つの魔眼を同時に使い、ここからずっと真正面、距離にして約10キロ先に続く道を見据える。
そしてその場所に座標設定をし魔眼を解除した俺は、瞬時に荷台の真正面に手を掲げた。
「『ヘルズ・ゲート』!」
すると目の前に現れた黒いモヤの扉へ、荷台は速度を落とすこと無く突っ込んで行った。
その直後、目の前にはハイデルの屋敷の庭が。
さて、ここが一番の難所だ。
俺は荷台が全てヘルズ・ゲートから出たのを確認すると、瞬時に今開いているヘルズ・ゲートを閉じる。
そして荷台が向かい側の塀に激突する前に、再び荷台の真正面にヘルズ・ゲートを開き、元の世界へ転移した。
すると……。
「……!」
ミドリが後方で息を呑む。
それもそのはず、だって今俺達が走っているのは、先程俺が魔眼の力を使って見ていた、約10キロ先に見えた道なのだから。
……リーンが言ったように、今更カムクラへ向かったところで、向こうの方が早く着いてしまうだろうし、もうすぐ夕暮れだ。
普通に進んだら、フォルガント王国の国境線を越える前に今日が終わってしまうだろう。
だから、俺は考えたのだ。一瞬でカムクラへ行く方法を。
と言っても、俺が地獄でアズベルと戦った時に見せた、オリジナルテレポートの応用だ。
手順はこう。
①千里眼と透視眼を使い、現在地から何十キロも離れた場所へ座標設定する。
②目の前にヘルズ・ゲートを開き、地獄に転移する。
③ヘルズ・ゲートを閉じて座標を上書きした後、再びヘルズ・ゲートを開き、元の世界へ転移する。
この行程を行うだけで、十秒も経たずに何十キロも進めてしまう。
そしてこの行程を、永遠と繰り返すのだ。
ちなみに俺がしっかり荷台に触れてろよと皆に注意したのは、ヘルズ・ゲートの性質の問題。
ヘルズ・ゲートは、その魔法を使っている者に触れていないと、他の者は転移出来ない。
だが、俺が触れている物を通じて、間接的に触れているのなら問題はない。
例えば衣服越しとか、俺が直に乗っている荷台だとか。
俺がずっとハイデルの肩を掴んでいるのは、ハイデルが握っている手綱を通して馬を転移させる為でもある。
「うぶッ……」
だがしかし、二つの魔眼の能力と転移魔法の、実質同時発動だ。
俺のカスみたいな魔力量じゃ、二、三回繰り返しただけで限界になる。
「リーン、それ取って!」
「えっ、あ、はい!」
「んぐ……ッハア! よし!」
その為の魔力回復ポーションだ。
魔力が尽きそうになったら即回復。
これで、回数制限に心配は無い。
「って、何よこの力業!? ホントにどんでもない事考えたわね!?」
「立て続けに複数の魔法を使い分ける上に、魔力回復ポーションで実質ずっと魔力を使っているようなものだからな……集中力と器用さが必要だろう」
この世界と地獄を何度も行き来して、目が回りそうに成程景色が変わっていく中で、リーンとレオンが何か言ってる。
だけど全然聞こえない、ていうか聞く暇がない。
「しかし、我々はただ座ってるだけで大丈夫なのでしょうか……? 魔王様だけが頑張ってるようなものですし……」
「でも、下手に動いたら危ないですから」
「ポーション!」
「は、はい! ……私達に出来る事は、精々これぐらいですね」
でも、何か俺の話してる気がするんだよなぁ……!
「……リョータは本当に凄いね」
「……そうね。しかも、コイツが頑張ってる時は、殆ど全部誰かの為だもの」
「あら~、リーンちゃんがこんなに素直にリョータちゃんを褒めるなんて。珍しい」
「な、何よ。別にいいでしょ。ホントにそうなんだし」
「ポーショーン!」
「ハイ。でも、温泉で恋バナした時は、変にリョータちゃんに対してキツいこと言ってたのにねー?」
「ちょ、ちょっと! 今それ言わないでよ!」
「あー、とりあえず、我は耳を塞いでおいた方がよいか?」
「レオン、わざわざ気を遣わなくてもいいから!」
何だ、何の会話してるんだ!?
皆の会話の内容を心の隅で気にしながら、俺達が乗る荷台は進んでいった。




