第三二話 いざこざは今日も出し抜けだ!③
『――バ、バルファスト魔王国全土に告げます。国民の皆様はこれから放送します魔王様のお話をお聞きになるよう、お願いいたたします』
『ハイデルちゃん、『た』が一つ多い……!』
『し、失礼しました、お願いいたたたします……!』
『増えてるではないか!』
放送越しでも伝わる三バカの会話を聞きながら、俺は痛む身体を引きずって進んでいく。
こんな状況でもギャグってくれるから、幾分か心が晴れる。
俺だって、出来るもんならこうやってふざけていたい。
いつも人通りの多いこの道だが、先程の宣戦布告で驚いたのか、皆家に身を隠しているようだ。
それもそうだよな。俺だって、国民の一人だったらそうしてた。
「……さぁて、どうしたもんかな~っと!」
俺は誰も居ない道を、一人歩きながら、明るい口調で声に出してみる。
まずは、国民の不安の取り除かなきゃいけないよな。
さっきのシデンの話の内容じゃ、まるで俺が極悪人みたいだ。
どうにかしてその誤解を解かなければならない。
次に、フォルガント王さんに相談しに行こう。
きっと何か、助力してくれる……かな?
わざわざ宣戦布告してきたんだ、もしかしたらフォルガント王国にもこの知らせが届いてるかもしれない。
いくら同盟国とは言え、この問題を全て肩代わりしてくれる訳がないし。
それに、ミドリの件はどうしよう。
ミドリがカムクラの第一王女だったって衝撃の事実が発覚した訳だけど、本来俺が望んでいたものじゃない。
説得しようにも、肝心のミドリは記憶喪失だから弁解のしようがない。
でも無理に記憶を呼び戻すと、脳にダメージを負うらしいし。
「いや~ほんっと、マズい事になったなぁ……」
それに、リグルさんの事も。それに、孤児達の事も。
それに、それに、それに……。
「うぷっ」
「ああああああっ、お兄ちゃん!」
「ッ……ング……!」
先程から逆流し掛けていた胃液が喉まで達した瞬間、辺りに聞き馴染みのある声が響いた。
俺は何とか吐くのを堪えて飲み込むと、軽く手を挙げる。
「よ、よう、リム……」
「よう、じゃないですよ! もうっ、本当にもうっ……!」
リムは涙目になりながら、俺の胸に飛び込んでくる。
本来だったら嬉しいんだけど、今はちょっとヤバイ……!
咄嗟に飲み込んだとは言え、まだ吐き気が……!
「お兄ちゃんがあのエルフの人に城壁の上から突き飛ばされた時は、心臓が止まりましたよぉ……!」
「アハハ……いやぁ、国民に醜態さらしちまっうえ……!」
「それで、急いで来てみたら、一人でどこかに向かってるし……!」
「……ッ! ……ッ!!」
「お兄ちゃんは魔王様として、あんな行動を取ったのは分かります! でも、それで死んじゃったら元も子もないんですよ!?」
ゴメンッ、その説教後にしてくれ……!
お前に、レインボーシャワーを浴びせる訳にはいかないんだ……ッ!
俺の様子に気付いて欲しいが、今リムは俺の胸に顔を埋めているから気付いてくれない!
「でも……無事でよかったです……」
そう言って、リムはギュッと俺の腹部を抱きしめてきた。
そしてそれが、決め手となった。
「ゲプっ――」
「へ?」
胃液が再び喉を逆流し口から飛び出してくる直前、俺は咄嗟に魔力を集中させ――。
「――おうえぇええぇええええ……!」
「ギャアアアア!? ええっ、ちょお!? 魔王様ぁ!?」
「ホーソン、待たせて悪い! 糞が固くて中々出なく……ってはああああ!? 宙に浮いた魔王様の生首がゲロ吐いてるうううううううッ!?」
頭部だけ地獄に転移し、その転移先のハイデルの屋敷の前で、盛大に吐き出した。
――その後、ガルードとホーソンの二人に何とか頼み込み、ゲロの処理を頼んだ。
一応国を揺るがす緊急事態中だと伝えたが、二人ともかなり不満がある様子。
そりゃそうだ、別世界からわざわざ自分達の前でゲロ吐いといて、そのまま後処理任せた! だもの。
不満があって当たり前だもの。
ちゃんといずれ借りは返すと伝え、俺は止まっていた足を進めさせた。
「リム……リグルさん、カムクラに捕まってるってさ」
「そう、ですか……でも、生きてるんですね?」
「そう言ってる」
「パパは強いから、大丈夫ですよね……?」
「ああ。だって、レッドグリズリーを蹴りで吹き飛ばす人だぜ? 大丈夫だ、大丈夫……」
そう言い聞かせた言葉は、リムではなく、どちらかというと俺自身に対してだった。
「あ、あの……どこに行こうとしてるんですか……?」
後ろから付いてくるリムは俺の裾を掴んだまま訊ねてくる。
「お前も薄々分かってるだろ?」
「それは、まあ……」
目的地までもうちょっと遠かったら、リムのテレポートで転送して貰いたい所だが、わざわざ手を煩わせるまでもない。
だって、俺の進む先に、もう目的地は見えているのだから。
白レンガで出来た田舎の校舎のような建物。ソレを囲む春の柔らかな芝生。
そして正門の前で壁を作り、ジッとこちらを見つめてくる子供達。
普段ならすぐにでも駆け寄って来るだろうが、今は違う。
まるで何かを守るかのように、立ち塞がっている。
「あの子達、やっぱり……」
「……」
リムの呟きに静かに頷くと、俺はそのまま歩みを進めた。
すると、子供達の警戒心が一気に強くなった。
いつもまおーさまだとかおにいちゃんだとか呼んでくるコイツらに、敵意向けられるとはなぁ。
子供のコイツらでも、この非常事態に気付いているんだろう。
やがて正門の前まで辿り着いた俺の視界に、彼女が映った。
「…………」
ミドリだ。
子供達の後ろで、ミドリは静かにジッと俺の姿を見つめている。
そしてそんなミドリを守るように抱きしめているリーンと、二人の前に仁王立ちしているカインの姿も。
俺が城壁の上で話している間に何かあったんじゃないかって心配してたけど、無事そうでよかった。
「……ゴメン、リョータ。何度も家に戻れって言ったのに、全然言う事聞かなくって」
「うん、予想はしてた」
少なくとも、リーンは俺を信用してくれてるみたいだな。
流石に自分の好きな人にまで警戒されてたら泣き崩れてた。
俺は心の中で安堵しながら、静かに子供達に聞いた。
「ミドリに言いたい事があるんだ。通してくれないか?」
「「「…………」」」
「まあ、そうだよなぁ」
無言を貫き通す子供達に苦笑しながら、俺は後頭部を掻く。
コレじゃ、俺やリーンが何言っても通じないだろう。
……仕方ない。
俺はそれとなく視線を横にずらし、一言。
「あっ、全裸のハイデルが踊り歩いてる」
「「「「ッ!?」」」」
子供達どころかリムまで、一斉に視線を逸らしたその一瞬の隙に、俺はリムを抱えると。
「『ハイ・ジャンプ』!」
「「「あああっ!?」」」
子供達の頭上を飛び越えて、カインの目の前で着地した。
「ハイデルさんが可哀想ですよ……」
「後で謝る」
「このっ……!」
すぐさま振り返って、リムを降ろす俺に襲い掛かろうとする子供達。
しかし何故か全員、金縛りに遭ったかのように動かなくなった。
リムもカインもリーンも、俺を見つめて息を呑んでいる。
しかしカインは、バッと両腕を広げて俺の前に立ち塞がった。
「にーちゃん、怒ってんのかよ……」
「……そうかもな」
そっか、俺は怒ってるんだな。
だから無意識的に、威圧を放ってしまっていたんだ。
後で子供達に怖がられないかな。
と、その時。
「ミドリに何かしようってんなら、例えにーちゃんでも容赦しねえぞ……!」
カインが、明らかな敵意を持って、そう俺に言い放ってきた。
この前一緒にお菓子を食って、一緒に散歩した。
そんな、俺の弟分みたいな存在に、こんなに敵意を向けられている。
グサグサと、澄まし顔をかます俺の心に大ダメージが入ってくる。
……だけどそれと同時に、嬉しかった。
「ほんっと、お前ら格好良いなぁ」
「……は?」
俺はカインの肩を軽く叩きながらそう言ってやると、当の本人は訳が分からなそうな呆け顔になった。
その隙に俺はカインの横を通り過ぎ、リーンの腕に抱かれるミドリの真正面に立つ。
するとリーンが、そっとミドリから手を離した。
「ぁ……」
ミドリは離れていくリーンに小さく手を伸ばしたが、すぐに下ろすと俺を見つめた。
「…………リョータ……」
こんな状況でも、ミドリは相変わらず無表情だ。
だけど、コイツが感じている不安や恐怖は、身体の震えで痛いほど伝わる。
「これだけ……宣戦布告を受けた瞬間から、どうしてもこれだけ、お前に言いたい事があったんだ」
「…………ッ」
そう言ってしゃがみ込んだ俺は、ミドリの肩をしっかりと掴む。
「ミドリ。お前は――」
そして俺は、肺に溜めていた空気と共に、溜め込んでいた感情を吐き出した。
「何ひっっっっとつ、悪くなんかないッ!!」
「…………え?」
その言葉に、目をギュッと瞑っていたミドリが、少し遅れて顔を上げた。
そんなミドリの顔を見つめながら、俺は言い続ける。
「お前が本当はカムクラの王女様だった事も、カムクラが宣戦布告してきた事も! お前は何もしてない! 何一つ、悪いことなんかしてない!」
……魔王城のバルコニーで、俺の頭の中に浮かび上がった最悪の予想。
一つは、そのまま訳も分からずカムクラと戦争になってしまう事。
そしてもう一つ……『この宣戦布告を受けた原因の一つ』とも呼べてしまうミドリが国民に責められ、自分自身も責めてしまう事。
記憶を失い、西も東も分からない場所に飛ばされた少女が、国の危機という責任を負わされてしまう事。
それが、俺にとって何より恐ろしかった。
そしてそんな状況を作り出したカムクラに、シデンとミロクに。
なにより俺に、怒りが湧いた。
だから、言いたかった。
あの深雪が積もる魔の森で、誰よりも最初にミドリと出会った俺だからこそ。
この言葉を、どうしても言いたかった。
「俺はあの時お前と出会って、お前を助けた事を! この国に迎え入れたことを! 何一つ後悔してない!!」
そう断言した俺は、大声を出しすぎてしまい小さくむせる。
そんな俺の肩に、しばらく固まっていたミドリは、ゆっくりと俺の肩に顔を埋めてきた。
まだ身体が震えている、というかさっきよりも震えている。
俺の言葉が半信半疑で、未だに怯えているのか、それとも逆に感動で震えているのか。
それを確かめたいところだけど、肝心の顔が見えないし、そもそもそんな余裕は無い。
言いたい事は言った。だからすぐに、魔王城に戻らなければ。
俺はミドリを優しく引き剥がすと、そのままリーンに預けた。
「これから……どうするつもり?」
「さっきからハイデルも放送で言ってるけど、まず俺はこのパニクってる状態を落ち着かせる。まあ、野次とか罵倒とか飛んでくるだろうけどな」
「そ、そんな……! にーちゃんは悪いことしてないだろ!」
「でも何も知らない奴らからしちゃ、今の俺は一国の王女連れ去って洗脳した悪者なんだよ」
「ぐっ……!」
「まあ安心しろ。とにかく今俺がお前らに言える事は、何も知らない子供が、責任を感じる必要も、背負う必要も無いって事だ。リム、テレポート頼む」
「は、はい!」
リムがテレポートの詠唱をしている間、俺は腕を組んで仁王立ちし、未だ動けないで居る子供達を見つめる。
どうやらミドリに対して俺が責めるつもりはないという事は理解したが、その前に俺に刃向かってしまった事にヒヤヒヤしているご様子。
まあ、いくら仲が良いとはいえ、一国の王様相手だもんな。
さっきの呟きもカインにしか聞こえてないみたいだし。
「お前達」
なので俺は改めて、低めのイケボ(笑)をイメージして子供達に話し掛けた。
「この魔王ツキシロリョータに対して立ち向かう姿勢を見せた、お前達の勇敢さを称えよう」
「「「…………」」」
「……と、王様っぽく言ってみたけど。まあ要するにだ」
盛大にスベり散らかしてしまったようで、ポカンとしている子供達に、俺はグッと親指を立てた。
「サイコーに格好良かったぜ、お前ら!」
ここで、初めて子供達が笑顔になった。
小ネタ、というか補足
主人公リョータのメンタルは強いっちゃ強いが、それでもまだ若造というレベル。
それでも危機的状況でふざけたりするのは、周りにネガティブを振り撒かないようにする為。
そしてなにより、自分が先に折れないようにする為の自己暗示だったりします。
なのでこの話の前半みたく、周りに人が居ない場合、一瞬だけ心が負けそうになる事もあったり……。
……いや、この物語基本的にコメディなんすけどね!?




