第四話 成り行き魔王は今日もくたくただ!⑨
――ドラゴン。
今更ながら、この誰もが知っているであろうモンスターについて説明しよう。
街をレゴブロックのように踏み潰してしまう巨大な体躯、空をも覆う翼、触れただけでどんなものでも真っ二つにしてしまいそうな爪。
それが誰もが思うドラゴンであろう。
どんなに腕利きの冒険者でも、百人以上で一斉に攻めなければまず勝てず、ドラゴンを倒した者は英雄として称えられ、莫大な富を得る。
まあそんな感じで、ザックリ言えば最強の存在なのだ。
しかしながら、もし、その最強の存在が――。
「はあっ!」
『ギャアアアアア――!』
たった一人の可憐な少女に蹂躙されていたのなら、どう思うだろう?
「…………」
俺は目の前に繰り広げられる光景に、口をポカンと開けながら固まっていた。
リーンが剣を振り下ろすと同時に、人間の力では到底発せられないだろう重い音が響く。
そんな一撃一撃が必殺技みたいな攻撃を、目に見えない速さで何回も喰らわしている。
もはやその威力は、バリアがあってもドラゴンへ通っていた。
『ガアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「っと!」
ドラゴンは尻尾を使い自分の周囲を豪快になぎ払ったが、跳躍で回避したリーンはそのまま尻尾に乗り、駆けていく。
マンガでよく見掛ける、図体のデカい敵の身体を走って移動するという、現実では有り得ないであろう光景が目の前で繰り広げられている。
尻尾から背中、首へとものすごい勢いで駆けていったリーンは、剣を力強く握り締め跳躍し。
「ハアアアァッ!」
俺が剣で何回突き刺しても小さなヒビしか入らなかったあの角を、スパンと切り飛ばした。
それと同時に、ドラゴンを覆っていたバリアが粉々に砕け散る。
切り飛ばされた角はクルクルと空中を舞い、やがて俺の目に前の地面に突き刺さった。
そんな光景を見ていた俺は、さっきまで何必死こいてアイツと戦ってたんだろうと思うばかりだった。
もはや凄すぎてあんまり驚けない。
何コレ? ナニコレ?
リーンってこんなに強いの? もうドラゴンよりもリーンの方が恐ろしいわ。
もうこれはただの蹂躙、一方的な蹂躙、完璧なまでの蹂躙。
「……なあハイデル。リーンってさ、何か、子供の頃からモンスター狩りまくってたって聞いたけど……」
俺は隣で同じくポカンとしているハイデルに訊く。
「ええ、そうらしいですね……人間との戦争では魔王城に籠もっていたので、私もリーン様が戦う姿は初めて見ますが……恐らく、リーン様のレベルは50、いや60を超えているかと」
「この世界のバグ……?」
もはや驚きを通り越して呆れ笑いしてしまうほど、リーンはヤバかった。
この世界のレベルのカンストは100。
レベル40を超えると超スゴ腕と呼ばれるこの世界で、この美少女はレベル60。
リーンはドラゴンより、ずっとバケモノだった。
「――っと。何ボケーッとしてんのよ、あんた」
空中から綺麗に着地したリーンは、マヌケ面している俺を見て、小さくため息をついた。
「……いや、何でお前に城で待ってろって言っちまったんだろうって後悔してた」
「あっそう。それより、あいつの防御結界はどうなったの?」
「ああ、お前が角を切り飛ばした瞬間に砕け散ったよ……」
「って事は、あいつに攻撃が入るようになったって事よね」
……あっ!
「そうじゃん! 大事な事忘れてた! おいお前ら、最後のもう一頑張りだ!」
「っしゃあ! やってやんぞコラァ!」
「覚悟しろよトカゲ野郎!」
俺が振り返りながら後ろに居る冒険者達に叫ぶと、ポーションによって回復した冒険者達が己の武器を握り直し叫び返した。
「さあ魔王様、行きましょう!」
「フフフ、覚悟しなさいトカゲちゃん」
「よぉし、頑張りますっ!」
「今こそ、我が闇の力の封印を解く時!」
俺の横に居た四天王も、そう言いながらドラゴンに向き直る。
「よし、おいコラトカゲ野郎! 見かけに寄らずバリアなんか張りやがって! テメエ魔王様敵に回したこと後悔させてやる!」
『ゴルルルルル……!』
俺達に散々トカゲと言われたドラゴンは、血走った瞳でこちらを睨んでくる。
さっきまでその瞳に身動きが出来なかったのに、不思議と今は怖くない。
「行くぞ! 突撃いいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」」」」
俺が剣を突き上げながら叫び走り出すと、それに続いて全員がドラゴンめがけて突っ走っていった。
『グアアアアアアアアアア――ッ!』
真っ正面から突っ込むと言っても、その人数にドラゴンは為す術が無い。
「オラッ!」
「おおっ! 攻撃が入るぞ!」
「行け行けえ!」
『グルアアアアアアアアアア!?』
足に腹に、尻尾に背中に、冒険者達の剣や槍が突き刺さり。
「『ファイアーボール』ッ!」
「『エアブレード』ッ!」
魔法使い達の魔法がドラゴンを襲う。
『ゴルルルルル……!』
いくらドラゴンとは言え、ここまで攻撃されたらたまったもんじゃないだろう。
ドラゴンは苦しげなうなり声を上げながら威嚇する。
しかし、興奮状態の冒険者達にはその威嚇はまったく通じない。
「よし、これで結構ダメージ入ったはずだ! ローズとレオンは引き続き冒険者達の援護をしてくれ!」
「フッ、我が援護に回るなど片腹痛い。我が闇の力、今こそ解放痛でででで!」
「格好付けてないで行くわよレオンちゃん!」
「ハイデル、リムは残りの魔力全部使ってドラゴンに魔法をぶっ放せ!」
「全魔力ですか!? ですが……」
「大丈夫、俺に考えがある!」
「……分かりました。やりましょうリム!」
「はいっ!」
後方で冒険者達を見ていた俺は、四天王に指示を出していく。
「おいリーン、俺が合図したらアイツの腹に全力の蹴りかましてくれ!」
「腹に!? 何でよ!?」
「いいから!」
「わ、分かった!」
リーンにそう指示しながら、ドラゴンに向かっていく。
そして俺がドラゴンとの距離や、周りに冒険者達が居なくなったタイミングを見計らい。
「二人ともッ!」
「『ヘルファイア』――ッ!」
「『エア・ブラスト』――ッ!」
後ろで魔力を溜めていたハイデルとリムが同時に魔法を放った。
二つの魔法は混じり合うようにドラゴンに飛んでいく。
そして。
『グルアアアアアアアアアアッ!?』
強力な二つの魔法を顔面にもろに食らったドラゴンは、後ろにバランスを崩す。
その瞬間。
「リーン、行っけえええええええええええええええ!」
「ええいッ!」
隣を走っていたリーンが速度を上げてドラゴンに突っ込み、跳び蹴りを腹に食らわせた。
『ゴフッァ!』
リーンの跳び蹴りに、今まで動く要塞の如く立っていたドラゴンがとうとう後ろに倒れた。
俺は倒れたドラゴンの足から腹によじ登ると、全力疾走である部分を目指す。
ドラゴンがバリアを張っていたときに、何故か尻尾はバリアが薄かった。
それは尻尾を攻撃されても、あまり致命傷にならないからだ。
その代わりに、胸部の辺りはバリアが厚かった。
つまり、バリアが厚かった部分に、全ての生き物の弱点である心臓があるはずだ。
俺は目を見開くと、真っ直ぐ突き進んでいく。
……何故か分かる。
ドラゴンの心臓がどこら辺にあるのかが、なんとなく見える。
さっきからずっと変なものが見えたり、遠くが見えたりしたのは、恐らく俺がローズと同じ魔眼持ちだからだろう。
この眼がどういった能力なのかとか、何でギルドカードに書いてなかったんだとか、とりあえず今はどうでもいい。
今は、このドラゴンを倒す事だけを考える。
俺は剣を握り直すと、足に力を入れて心臓がある部分に飛びかかる。
そして――。
「そこだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッ!」
俺はドラゴンが起き上がろうとする瞬間、心臓に剣を突き刺した。
「どうだ! これでお前も……! ってうおお!?」
突き刺した部分から上がる血しぶきに、俺は決まったと思ったが、ドラゴンはその巨大な身体を起こした。
うっそだろ!? バリア割れてもどんだけタフなんだよ!?
空中に放り投げられた俺はドラゴンを睨みつける。
『ゴルルルルル……!』
するとドラゴンは翼を羽ばたかせると、体中から血を垂らしヨロヨロと遠くに飛んでいった。
に、逃げた……?
「ゴフッ!?」
逃げるドラゴンを見て、つい自分が空中にいることを忘れ、地面に背中からダイブした。
幸い、空中と言ってもそこまで高くなかったが、背中を勢いよく打ち付けた衝撃で身動きが出来ない。
ハアハアと息を切らせながらも何とか身体を起こし、ドラゴンが飛んでいった方向を見る。
そこには、ドラゴンの姿はもう無かった。
「に、逃げた……みたいだな」
そう呟いた俺は、やっと自分達が勝ったという事を理解した。
それは後ろに控えていた冒険者達も同じらしく、徐々にざわつきが大きくなっていき、やがて歓声に変わった。
冒険者達は喜び合い、抱き合い、中にはぼろ泣きしている奴もいる。
「っはあああああああ、つっかれたあああああああああああああああああ!」
俺はその歓声を聞くと、そう言って改めて地面に大の字になった。
すると今までの疲れだとか痛さだとかが一気に押し押せてきた。
「魔王様ー! ご無事ですかー!?」
声がした方向に視線を向けてみると、魔力を使い切り俺と同じく地面に倒れているハイデルが呼びかけてくる。
その周りには、ハイデルと同じく魔力を使いすぎて動けないリムに肩を貸してあげるリーンとローズ、そしてハイデルを起こそうとするもなかなか持ち上げられないでいるレオンがいた。
「おー、何とかなー! ってかお前、また魔王様になってるだろ! ……まあいいけどさ!」
そう返事をすると、俺は目の前に広がる青空を見上げた。
先程の戦いが嘘のように感じさせられるほど、空は穏やかで、雲が悠々と流れていく。
そんな空を見上げ、もう疲れた……頼むから日本に帰らせてくれ! と願いながらも、どこか心地よさを感じていた。




