第三一話 初恋は今日も複雑だ!④
「まあ、うん……そんな感じ」
「ま、マジかよにーちゃん……マジでねーちゃんの事を……」
俯いて、ポツリポツリと話し始めてから約五分後。
俺が素直にリーンへの恋心を白状すると、カインは天井を仰ぎながら呟いた。
「んだよ、そんな聞きたくなかったって態度は。お前らが聞き出したんだろ」
「そ、そりゃそうだけどよ。なんつーか……自分の知り合いが自分の家族に対して恋愛感情向けてると思うと、気まずさというか、寒気というか……」
「オイ」
いやまあ、気持ちは分かるけどよ。
というか、言っちゃった……言っちゃったよう……。
クッソ恥ずかしいんですけど……今すぐそこの窓を突き破って飛び出したい……!
俺は深々とため息を吐くと、机に突っ伏したまま。
「そもそも、この話はお前らだから話したんだからな……? お互いに片思い同士って事で」
「な、成程です。そう言うことなら、一応口外はしないよう努めるです。しなくてもバレバレだと思うですけど」
「だとしてもお互い様だバーカ!」
「な、何おう!」
「オイちょっと待て」
と、俺とフィアが言い争いになりかけた時、不意にカインが待ったを掛けた。
そしてカインは、眉をひそめながら言った。
「それだと、俺も片思いしてるみたいじゃねえかよ」
「「……えっ?」」
「いや……えっ?」
俺とフィアが同時に首を傾げると、カインも続いて首を傾げる。
数秒間沈黙の時間が流れたあと、カインが我に返る。
「な、何だよ!? 俺も誰かに片思いしてるってか!? ふざけんなよ!? そもそも誰にだよ!?」
「「ミドリ?」」
「…………はあぁ!?」
そして同時にその名前を出すと、カインはあからさまに動揺し始めた。
「な、何でミドリの名前が出て来るんだよ!? 俺アイツと会ってからまだ数ヶ月しか経ってないんだぞ!?」
「一目惚れってヤツかもです」
「んな訳あるか! 確かにまあ、アイツ顔立ちは良いと思うけど……でも、好きとかそんなんじゃねえぞ!」
「でもお前、よくミドリと手ぇ繋ごうとしてんじゃん。スルーされてるけど」
「あ、アレは何というか、大人には気安く握手したり手ぇ繋ごうとしてるのに俺にはしないから、何か腹立つっていうか、意地でも繋がせてやるっていうか」
「「嫉妬だ(です)」」
「違えよ!!」
顔を真っ赤にしながら睨んでくるカインを見て、多分カインは俺と一緒なんだろうなとしみじみ思う。
いざ自分の好意に気付き始めると、プライドとか関係性とかが邪魔をして、否定したくなる。
「ていうか俺の話はいいんだよ! それでにーちゃんはその……いずれ告白すんのか……?」
露骨に話を逸らしたカイン。
俺もこれ以上言及するのは意地悪だなと思い、素直にカインの質問に応える。
「いや、今はまだ出来ねえ……オイ、今『ヘタレだなぁ』とか思ったろ? ちゃんと理由があるんだかんな」
あからさまに呆れ顔をする二人に、俺は自分の考えを話した。
こんな色々立て込んでる状況の中、恋愛なんて出来ない事とか。
自分自身がまだまだ弱くって、リーンを守れるようになりたい事とか。
すると、フィアは納得したように頷き、ため息を吐いた。
「そうですか。ハアアァ……お互い、過酷な恋愛ですね……」
「だなぁ……」
「「ハァ……」」
お互い立場や事情のため、恋愛なんかしてられない俺達二人は、揃ってため息を吐く。
そんな中、少しだけ同情の目を向けてくるカインに、俺は頬杖を突きながら。
「カインー、お前は俺達と違って自由に交際も結婚出来るんだから、後悔する前に何か行動起こしとけよー? こっちは誰かに先越されても、文句言えねえ立場だからな」
「そーです。いくら好きでも、私達には責任があるですからね」
「……そーかよ」
俺とフィアの言葉に、カインはぶっきらぼうな態度ながらも素直に受け取った。
俺はティーカップを手に取ると、ゆっくりと前に出す。
「まあとにかく俺達三人、片思い同盟って事で、一緒に頑張ろうぜ」
「はいです。私達はこれから仲間ですね」
「だーかーらー! 俺をその中に入れるなっての!」
カインは拒否してしまったので、俺とフィアの二人で、静かに乾杯する。
ここに、片思い同盟成立した瞬間であった。
「さーてと、本題からかなり逸れたけど、デートプランはひとまず置いておいて、レオンどうやって誘う?」
「それなんですー! 改めてレオンをデートに誘うと思うと、恥ずかしくて何も言えそうにないんですー!」
「一回誘ったんなら気にする事ねえだろ」
「いーや、こういうのはその場その場の勢いって大事だからなぁ」
そう、改めて面と向かって何かを伝える事は、勢いが大切だ。
俺もあの時、リーンにプレゼントを渡した時の勢いのまま、あんな事言ったからな。
開口一番で『なあリーン、デート行こうぜー!』なんて、絶対に言えない。
さて、どうしたものか。
本当は二人っきりの方がいいんだろうが、今回は俺が手助けしようか。
この前、レオンとカリンが露店街に行こうとした際、でまかせ言ってフィアを同行させた時みたく。
と、提案しようとした時だった。
――バンッ!
「オイ、リョータ!」
「うおっ!?」
「うええッ!?」
突然勢い良く扉が開き、今絶賛話題にしていたレオンが入ってきた。
リーンと違ってちゃんとノックするはずのレオンが扉を勢い良く開けたのは、興奮状態だからだろう。
普段リーンで慣れている俺を除いた二人が声を上げる中、レオンは手に持っていた物を突き出した。
「見よ! 貴様と共に考え編み出した双剣が遂に完成したぞ! 実際にこの真ん中の留め具とつなぎ合わせれば、合体して一つの剣……に……」
目をキラキラさせながら、手に持っていた双剣を合体させたレオンだったが、固まる俺達を見て、徐々に声のトーンを落としていった。
そして、カインとオシャレしているフィアの姿を見て、レオンは頭に大量の『?』を浮かべている。
た、タイミング悪ーい!
何でよりによってフィアが居るタイミングで来るんだよ! 文句言えないけど!
と、心の中で冷や汗をダラダラ流していると、何故かレオンはフッと澄ましたように笑う。
そしてバサッとマントを翻し、一言。
「出直す」
「いやいいから! 大丈夫だから!」
俺は即座に立ち上がると、この場から去ろうとするレオンの腕を掴んで引き戻す。
側に寄ったからだろう、さっきの『フッ』は何だったんだよと言いたくなるほど、レオンが顔を真っ赤にして動揺しているのが分かった。
当たり前だ、普段格好付けて夜の王と名乗っているのに、あんな無邪気な少年のような顔を、カインどころかフィアに見られてしまったのだから。
『スゲー、鍛冶屋のガンドルさん遂に完成させたのか!』と返してやりたいが、今更過ぎるので後で言うことにした。
「な、何なのだ……孤児院の子供とフィア? 何の組み合わせだ……?」
レオンは忌々しそうに言うが、いきなり飛び込んで来た自分に非があるのが分かっているようで、あまり強気ではない。
言えない、言えるわけがない。
今、お前とフィアのデートプラン皆で考えてた所なんだって!
カインもそう思っているようで、『どーすんだよにーちゃん!?』と目で訴えかけていた。
畜生、何とかして誤魔化すしかねえか……!?
と、俺が何か良い誤魔化しはないかと探している時だった。
「というか、フィアよ。その格好はどうしたのだ……?」
「うええッ!? それは、その……」
双剣をそっと床に置いたレオンに服装に関して指摘され、フィアがあからさまに動揺し始める。
マズーい!
コレ、レオンとデートに行くときの服装だそうです、なんて言えるわけねえよ!
ど、どーすんだよフィア!?
と、心の中で叫び転げ回っていると。
「ええっと、ですね……」
フィアは顔を真っ赤にしながら俯き、スカートをギュッと握り締めながら、蚊が鳴くような声で呟く。
しかし、その垂れ下がり揺らぐ髪の隙間から微かに覗く金色の瞳は、揺らいでいなかった。
「レ……」
「む?」
「レ、レオン、と……」
「我と?」
俺達が固まって動けないので、フィアの小さい声でも十分届く。
しかしフィアは大きく息を吸い込むと、バッと顔を上げる。
そして、耳まで真っ赤にしながらも、真剣な顔つきで。
「レオンとデートするときの服装ですーッ!!」
「…………………………は?」
いっ……!
((言ったあああああああああああああああああああああああ――ッ!?))
そのフィアの、嘘も誤魔化しも無い猪突猛進の返答に、俺とカインの声を極限まで殺した叫び声が重なった。
言いやがった! マジかよコイツ、言いやがった!
この土壇場の状況で、堂々と言い放って見せやがった!
「レオン! 前に言ったですよね、また今度、二人っきりでデートするですよって!」
「あ、あっ、いや、まあ、おおお、覚えてはいるが……!?」
「だから、今度の週末、開いてるですか!?」
「あ、開いているはいるが……」
「じゃあ、どこか行きたい所考えてて欲しいです! 十時ぐらいに魔王城前で集合ですよ!!」
早口で捲し立てるように。
というかレオンの否応なしにドンドン進んでいく。
さっきまでの恥ずかしいという台詞は何だったのかと言いたくなるほど。
でも目がグルグルしてるから無理はしているみたいだ。
「こ、コレが勢いに乗るって事かよ……」
隣でカインが気圧されたように呟く。
流石に俺でもこんなビックウェーブに乗れる自信無い。
「じゃ、じゃあ私はこれで! そろそろジータが迎えに来てる頃ですから! 魔王、ご馳走様です!」
「お、おう」
一瞬でデートの提案、プラン、集合時間と場所を伝え終えた後、フィアは逃げるように部屋から出ようとする。
だけどナイスガッツだ、よくやった!
もうお前はプロサーファーだ!
と、心の中で労いながら見送ろうとしたその時。
「ま、待てッ!」
ガシッと、レオンが通り過ぎようとしたフィアの手首を掴んだ。
正直予想外だった。
レオンならしばらくポカンとした後、顔真っ赤にして頭を抱える思っていた。
だがレオンは、フィアの顔をジッと見つめる。
「そ、そのだな……」
だがやはり童貞。
間近にある美少女の顔に堪えきれなかったようで、視線を斜め下に逸らす。
そして掴んでいた手首をそっと離すと、頭を掻き、顔を赤くさせながら。
「に、似合ってるぞ、貴様の服装……」
か細く、声音もぶっきらぼうなその言葉。
しかし効果は絶大だったようで、フィアはこれでもかというぐらいに顔を真っ赤にさせて。
「~~~~~~~~~~~ッ! わ、わああああああああ――ッ!!」
「に、逃げるなあああああああああッ!」
聖職者ってこんな足速いっけ? と思いたくなるほどの爆速で、フィアは廊下を駆けていった。
そして、再びこの部屋を沈黙が包み込む。
自分のものなのか、レオンのものなのか、はたまたカインか。
ドクンドクンと波打つ心臓の音が聞こえるだけだ。
やがて、レオンがゆっくりと振り返る。
そんなレオンと目が合った俺は、そっと視線を逸らして。
「お、俺もあのぐらいグイグイ行かないとダメかなぁ……」
「にーちゃん!?」
「というか貴様ら! 何をやっていたのだあああああああああああああああああああッ!!」
フィアの尊厳と権利の為に、俺は何も応えなかった。
小ネタ
リョータとレオン、そしてバルファスト魔王国一の鍛冶屋であり、リョータの愛刀『黒龍』を作ったオーガ族のガンドルの三人は、よく一緒に飲みながら、ロマン溢れる武器や防具について考え話し合い、実際に設計し作ってみるという事を何度も行っている。つまり、ただの行動派厨二病談義。




