第三一話 初恋は今日も複雑だ!①
日本で言えば、恐らく三月。
厳しい冬の寒さはもうスッカリ消え、本格的に春へと進んでいく時期。
大体の人達にとっては暖かくのんびりとした時期なのだろうが、小学校六年生と中高の三年生にとっては、卒業式や合格発表など、人生にとって大切なイベントが目白押し。
受験生にとって、もうすぐ春ですね~なんて呑気に言ってられないのだ。
かく言う俺もその一人だった。
あまり好きではない勉強を必死に熟し、高校に合格した時の瞬間は忘れられない。
しかしまあ、『こっから俺の青春の始まりだー!』という時期に死んでしまい、この世界に転生して来たんだけど。
実は俺が死んだ日は、入学式の翌日だった。
何というか今更だが、俺の受験期間の意味は何だったんだーッと叫びたくなる。
まあでも、この世界に来て良かったから、結果オーライかな。
「魔王様、どうされました?」
なんて思い出に耽っていると、右横に正座しているハイデルが話し掛けてきた。
「ん? ああいや。ちょっと思い出に耽ってた」
「今は話し合いの最中だぞ。だが分からんでもない。この時期になると、つい一年を思い返してしまうからな」
俺が正直に応えると、俺の左横にあぐらを掻いているレオンが、そう言いながら苦笑した。
まあレオンだけじゃなく、俺達全員この一年怒濤の日々だったからなぁ。
そんな顔にもなる。
とまあそれはさておき、今の現状を説明しよう。
只今俺達、魔王城男三人衆は、魔王城の芝生の上に囲むように座り込んでいた。
今は天気が良く、心地良い風が流れているが、何故城の中ではなくわざわざこんな場所で話し合っているか。
「うーん……やっぱり、魔力の消費量なんだよなぁ。俺の黒雷、汎用性は高いけど連発出来ないし。オマケに許容度を過ぎると物理的に身を焦がす事になるからよ」
「上手いことを言ったつもりか。しかしそうだな……我のシャドウだが、欠点を挙げるとするならば火力不足だな。どうも決め手に欠ける……貴様はどうだ、ハイデル」
「いえいえ、私のヘルファイアには弱点などありませんよ!」
「バーカ、お前のヘルファイアは汎用性ないじゃねえか。基本火の玉放つだけだろ」
ユニークスキルは所持している者が極度に少ない上、その種類は十人十色。
だからユニークスキルの扱い方や修行は、基本的に独学になる。
しかし我ら男三人衆、ユニークスキル持ち同士でなら何か気付けるところがあるのではと、演習も踏まえて互いのユニークスキルについての意見交換会を開いていたのだ。
それに、そろそろアダマス教団が何か仕掛けてきそうだしな。
早めに対策しといて損は無いだろう。
「ハイデルはさ、俺みたいに炎の形変えられないのか? ホラ、こんな感じに」
俺は掌の上に小さく黒い電流を発生させると、意識を集中させる。
すると黒い電流は俺のイメージしたように、丸や三角四角になり、最後にはネコのシルエットになった。
「ほう。器用なものだな」
「ここ最近ずっと修行してたからな。出力上げれば上げるほどムズいけど。とまあ、ザッとこんな感じよ」
「どうでしょう……試してみます」
掌を握り黒雷を消しながら俺が促すと、ハイデルは掌の上に小さな黒炎を出す。
「ぐぬぬ……」
そしてハイデルがジッと睨むと、その黒炎はユラユラと揺れながら変形していく。
「何だこれは、足が四本……椅子か?」
「いや、椅子と言うより……尻を突き出す人だ!」
「馬です」
コレはどっちの方が正解に近いのだろうか。
なんてしょーもない事を考えていると、気力が切れたように炎が消えた。
「やはり難しいですね……細かい鍛錬を続ければ可能でしょうが、現時点ではコレが精一杯です」
「そうか。ならば鍛錬を続けると共に、戦い方を工夫しろ。貴様は基本、魔力が尽きるまでヘルファイアを放つだけだからな」
「……いや、脳筋のコイツに工夫は無理だろ」
「……そうだな。今のは無しだ」
「二人とも酷いですよ!」
とりあえず、ハイデルはユニークスキルそのものではなく、その使い方が課題だという事が分かった。
「レオンの場合は火力不足だと仰っていますが……シャドウ・クラッシュがあるのでは?」
「モンスターならともかく、それを人間相手に使えと? アレはあくまで最終手段だ」
「レオンはなぁ、エクストラスキルになったら強いんだろうけど、それに進化する為の条件がサッパリだからな。でも、普段のシャドウも少し強化されたんだろ?」
「うむ……」
俺の言葉にレオンは、何故か少しだけ考え込むように頷く。
その様子に俺とハイデルが首を傾げると、レオンはやがて小さくため息を吐き。
「この際だから言っておこう。実は最近、我がシャドウに新しい能力が発現したようでな」
「えっ!? 何ソレ、どんなの!?」
興味津々で訊くと、レオンは無言で立ち上がり、俺に手を伸ばす。
俺も立てという事らしい。
その伸ばした手を借りて立ち上がると、レオンはおもむろに俺の影を踏んだ。
しかし、それだけで何もしない。
「……いや何かしろよ。新能力は?」
「既にしている」
「えっ? でも別に何も起きてなうおあっ!?」
自分の影を見ようと身を屈めた瞬間、俺はそのままバランスを崩し尻餅を付く。
「魔王様!? いつからそんな体幹が弱く……!」
「違ーよ! ってか何だコレ、足が地面に縫い付けられたみたいだ……!」
俺の発言の通り、足の裏がピッタリと地面にくっついて動かない。
何だこの感覚、怖い!
って、まさかコレは……!
「どうやら、我がその対象の影を踏むと、身動きを封じることが出来るらしい」
「影縫いの術だーッ!」
よく忍者キャラが使うあの術じゃん!
スゲーッ、レオンが覚醒してるー!
「スゲえよ、相手の動き封じれるとか強力じゃん!」
「……うむ」
俺が目を輝かせながら褒めまくるが、レオンはコクリと小さく頷いただけだった。
「どうされたのですか、レオン? あまり嬉しそうじゃありませんね。普段の貴方なら、胸を張りすぎてそのまま転びそうになるぐらい得意げになるはずですが」
「貴様と一緒にするでない! だがまあ、少々訳ありでな……」
ハイデルの指摘に顔を顰めたレオンは、まるで罪を告白するかの如く、ポソポソと語り始めた。
「この前近所を散歩していた時の事だ。あの時、もし我のシャドウがエクストラスキルに再び進化した際の、新たな技名を考えていたのだが……」
「中学二年の帰り道じゃん」
「訳の分からんツッコミを入れるな。それで、我は無意識にシャドウを発動してしまっていたようでな」
レオンはハァとため息を一つ挟むと、眉をひそめて。
「その状態のまま、近くを通り過ぎた子供の影を踏んでしまってな……それでその子供は派手に転び大泣きしてしまったのだ……」
「いーけないんだーいけないんだー!」
「レオン……いくら普段子供に痛めつけられるとは言え、あんまりでは……」
「わざとじゃない! 無論、その子供に介抱してやったが、それが新たな能力が発覚した瞬間だと思うとな……」
俺とハイデルが責め立てると、レオンは反発しながらもばつが悪そうな顔になった。
いくら普段子供から影を何とかする人とバカにされていても、流石に何の罪もない子供に怪我させてしまった事に罪悪感を覚えているようだ。
「まあでも、それを応用した戦い方とか出来るんじゃないか? 例えば、影を踏んで相手の身動き封じて、その隙に真っ正面からボコすとか」
「……いや、お待ち下さい魔王様」
俺がワクワクしながら提案するも、何故かハイデルに止められた。
俺もレオンも首を傾げると、ハイデルは真剣な面持ちで。
「レオンには相手を真っ正面から倒す腕力がありません」
「そうだった。コイツが何時ぞやゴブリン殴ったときの効果音、ポスンッだったもんな」
「貴様らぁ……! 例え事実だとしても、本人の目の前で言うか……! いい加減口を閉じなければ、トイレに行こうとする貴様らの影を踏んでやるぞ!」
「わーッ! 止めろ止めろ、地味な嫌がらせしてくんな!」
なんて、いつものようにワイワイギャアギャア騒いでいると。
「じゃあ最後は俺の黒雷だけど……ん?」
不意に背後から気配を感じた。
俺達は揃って振り返る。
「相変わらず騒がしいわね」
「おや、リーン様。それにミドリさんまで」
「……こんにちわ」
そこには、リーンとミドリが手を繋いで立っていた。
「で、こんな所で何してるのよ?」
「ユニークスキルの意見交換会だ。それにしても貴様ら、本当に共に居る事が多いな」
「……うん」
レオンの言葉に、ミドリがコクリと頷く。
もしリーンとミドリの髪色が似ていたら、普通に姉妹に見えるだろう。
それ程までに、この二人の組み合わせが定着しつつある。
「リーン様は、いつものように?」
「うん。コイツの修行相手」
「もうそんな時間か」
元々、リーンが来るまでの時間を有効に使おうとこの会議が開かれたのだが、思ったよりも早かった。
今度するときは、もっと時間を用意しといた方がいいかもな。
なんて考えていると、リーンの手を離れトコトコと俺達に歩み寄ってきたミドリが意外そうに。
「……レオンだけじゃなくて、リョータもハイデルもユニークスキル持ってるの?」
そういえば言ってなかったっけ?
レオンはこの前、意気揚々とミドリにシャドウの事説明してたもんな。
「私のユニークスキルの名はヘルファイア。魔力を糧とし地獄の業火を生み出し自由自在に操る能力です」
「嘘を吐くな見栄っ張りめが。自由自在じゃなかったのは証明済みだろう」
「うぐぅ……! た、鍛錬を続ければいずれ……!」
レオンの鋭いツッコミに、ハイデルが悔しそうに拳を握り絞めた。
そんな二人を他所に、今度は俺がミドリに語り掛ける。
「えっと、俺のユニークスキルちょっと特殊でな、つい最近突然発現したんだよ。黒雷っつって、黒い稲妻を自由自在に扱える能力だ。まあ、許容度過ぎると俺の身体が焼けただれちまうんだけどな」
今回も、初代魔王の事は省かせて貰う。
「それに魔王様は、魔神眼という全ての魔眼の能力が使える伝説の魔眼を持っているのです!」
何も指示してないのに、ハイデルが自分の事のように胸を張りながら説明しだす。
するとミドリは、ほんの少しだけ驚いたように目を開く。
「……それって、凄く強いって事?」
そ、そんな、そんな目で俺を見ないでくれ……!
と、まるでフラッシュでも放っているような、ミドリの純粋無垢な瞳に俺がたじろいでいると。
「いや、確かにコイツは持っている能力だけ見たら凄いけど、肝心の魔力量が少ないのよ。だから、今のコイツは目が良くて少し強力な雷魔法が使えるだけ」
俺の代わりに、リーンが簡潔に説明してくれた。
そして何一つ間違ってないのが凄く複雑。
「まあもし、此奴に魔法使い並の魔力があったなら、それでこそあの勇者にも引けを取らない化け物になっていただろうがな」
「どうも、世界一宝の持ち腐れという言葉が似合う男です……ハハッ……」
そう、虚ろな目で乾いた笑い声をあげていた時、ふと思った。
「考えてみたら俺達のユニークスキル、何か格好いいというか中二病感満載というか……正しく魔王軍って感じだよな」
「黒雷、ヘルファイア、シャドウ……確かにどれも黒のイメージですしね」
「フッフッフ……それぞれ闇の能力を秘めし我ら魔王軍……悪くない、悪くないぞ!」
なんて、まるで中二病談義でもしているかのようにワイワイし始めた俺達を見て、ミドリが両手をグッと握り締めて。
「……三人とも、凄いんだね」
「まあ……うん、そうね」
――あの後。
折角だから、レオンもハイデルもリーンに修行相手になって貰えよと提案したのだが。
『ふ、ふざけるな! 一方的に虐待を受けるようなものではないか!』
と、顔を真っ青にされて逃げられてしまった。
いや待って欲しい、それだと俺が一方的に虐待を受けたい人みたいになるじゃないか。
こちとら一応真面目にやってんだ、そんな超ド級のドMと思われたくない。
まあそう思われたくなかったら、リーンから一本でも取ってみろって事になるけど。
「ミドリ、くれぐれもそこから動かないでねー」
「……分かった」
リーンが遠くの木陰で立っているミドリにそう呼び掛ける。
ミドリがここまで来た理由は、どうやら俺とリーンの修行を見学したいのだという。
相変わらず、ミドリは武器だのユニークスキルだの修行の見学だの、意外と武闘派な興味を持っている。
本当に、記憶を失う前のコイツは何だったんだろうな。
「お前、剣振るだけで衝撃波作れるんだから気を付けろよ」
「アンタこそ、黒雷変なところに飛ばさないでよね」
なんて言い合いながら、俺とリーンは木刀を構える。
……いつもと同じ光景、いつもと同じやりとり。
だけど、いつもと違うところが二点。
一つ目は、このリーンに対して絶対に勝ってやるという俺の意気込み。
「じゃあ始める前に……一つ訊きたいんだけどさ」
「……何よ?」
そして。
「こんな暖かいのに、ずっとマフラーを着けている理由について詳しく――」
……いつもより容赦のないリーンの攻撃に、俺は完膚なきまでに叩き潰された。




