第三十話 あの月は今日も優艶だ!④
「いや~、大成功大成功! だな?」
「ああ、ありがとなにーちゃん達。それに、勇者達も」
「ううん。私達こそ、呼んでくれてありがとう、カイン君」
未だ呆然と立ち尽くしている私の前で、皆が喜びとも安堵ともとれる顔で話し合っている。
「ア、アンタ達、コレ、どうして……」
「そりゃあ、いつも世話になってるねーちゃんの誕生日だ。なら当然祝わなきゃだろ?」
途切れ途切れになりながら私が訊くと、カインはそう言ってニヤリと笑ってみせる。
すると、そのすぐ後ろに立っていたリョータが、カインの頭に手を置きながら。
「コイツら随分前から計画してたんだぜ。飾り付けも、リーンを外に連れ出す作戦も、俺達やレイナ達を誘ったのも、ぜーんぶコイツら主体でやってたんだ」
「頭撫でんな!」
バラされたのが恥ずかしかったのか、カインはリョータの手を振り払うと腕を組んでそっぽを向いた。
そんな光景を見ていた私に、レイナが歩み寄ってくる。
「リーンちゃん、お誕生日おめでとう!」
「レイナ……皆も、来てくれたの……?」
「当たり前だよ! だって、大切な友達の誕生日だもん」
レイナは、まるで自分の事のように嬉しそうにはにかむ。
その笑顔を見ていると、ジンワリと胸が熱くなってくる。
「立ちっぱなしも何だし、とりあえず全員座ろうぜ」
「……リーンはこっちだよ」
「え、ええ」
カインの指示に全員が椅子に向かう中、私はミドリに手を引かれてテーブルの中央の椅子に座らせられる。
未だ呆気にとられている私は、もう一度辺りを見渡す。
「凄いわね……これ全部、アンタ達が……?」
「ああ。ねーちゃんがミドリと外に出てる隙に、皆で飾り付けしてたんだよ」
「じゃあ、ミドリが探検したいって言ったのは……」
「……うん、その為の時間稼ぎ。でも、リョータにも少しだけ協力して貰った」
「リョータが?」
ミドリの言葉に私は反射的にリョータを見る。
するとテーブルの向かいに座っていたリョータはコホンと小さく咳をして、軽く自分の喉元を押さえて。
「ニャ~」
「なっ!?」
その声は、間違いなくあの路地裏で聞こえたネコの鳴き声だった。
「じゃあ、アレってリョータだったの!?」
「おう。隠密スキル使ってコッソリお前らの後に付いてって、ミドリの時間稼ぎを手伝ってたんだよ」
「それにしても、魔王君から本物同然のネコの鳴き声が聞こえるって……ちょっとしたホラーだね」
「うっせえ。人の数少ない特技にケチつけんな」
可笑しそうに笑うジータをリョータが睨んでいると、隣のリムが。
「何気に、この中で一番働いてたのはお兄ちゃんですよね。レイナさん達を呼んだり、料理やケーキを作ったり、ミドリちゃんの時間稼ぎを手伝ったり」
「そうね。帰ってきた時なんて、ヘロヘロで倒れそうになってたもの」
リムとローズの暴露に、リョータは恥ずかしそうに頬を掻く。
だが諦めたようにため息を吐くと、リョータは恥ずかしそうに。
「そりゃ、俺だってお前の世話になってる一人だからよ。こうしてお前の誕生日祝う為なら、本望だよ」
「リョータ……その……」
ありがとう。
そう言い掛けると、リョータは待ったとばかりに片手を突き出し。
「俺なんかより、もっと感謝すべき奴らがいるだろ?」
リョータはニッと笑いながら、視線を子供達の方に向ける。
私も子供達の方に視線を向けると、皆が嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を見て、私は……私は……。
「ママ……泣いてるの?」
「あっ、いや、コレは……」
目の端から溢れて止まらない涙を見て、一瞬子供達が驚き戸惑う。
すぐに涙を拭おうと手を目元に近づけたが、私はそのまま手を下ろし、子供達に笑いかける。
「悲しいんじゃないの。皆が私の誕生日を覚えてて、祝ってくれたのが嬉しくって」
「そうだんだ……!」
ああ、いいのかな?
私、こんなに幸せで。
「皆、その……」
私は立ち上がると、皆の顔を見渡す。
泣き顔なんて、あまり見せたくないけど、そんなことなんて言ってられない。
それよりまず、皆に言わなきゃいけないことがあるから。
だから私は涙を流したまま、思いっ切り笑って。
「本当に、ありがとうっ」
「――しかし、我々が孤児院に入るとき、危なかったですね」
「ああ。危うく見つかって計画が台無しになるところだったぞ。まったく、どこの誰だ『よし今だ!』なんて言った奴は」
「ま、まさかあのタイミングで振り返るとは思わなかったんだよ! しかしまあ、あの時はミドリに助けられたな」
「……リョータはおっちょこちょいだね」
「ミドリだって、ねーちゃん誘う時間忘れて、俺に訊いてきただろ」
「……そうだった」
「そーんなミドリちゃんも可愛いよ~!」
「……苦しい」
皆の楽しそうな会話を聞きながら、私はリョータが作ってくれたという料理に舌鼓を打つ。
どの料理も本当に美味しくて、もうテーブルの上には空の皿ばかりになっていた。
だけど本人曰く、自分は下拵えをしただけで、料理自体は主に子供達がやってくれたから、子供達に感謝しろよとのこと。
それに四天王の皆も、勇者一行の皆も、このパーティーを企画した主役は子供達だという立場のようだ。
だから私も、ずっと子供達にありがとうや美味しいと伝えているけど、後で改めて、皆にも感謝を伝えなきゃ。
なんて思っていると、辺りをキョロキョロと見渡していたカインが立ち上がった。
「さてと、そろそろ頃合いかな」
「どうしたの?」
「ねーちゃんはちょっと待ってな。オイ、お前ら!」
「「「はーい!」」」
カインは子供達にそう指示すると、座っていた子供達が一斉に立ち上がる。
するとその中の何人かが部屋の隅に移動し、何やらゴソゴソとしだした。
そして、クルリと私の方へ向き直ると。
「ハイママ、プレゼントだよ!」
「プレゼント……?」
子供達が私に手渡したのは、綺麗にラッピングされた小包みだった。
「コレも、もしかして……」
「うん! 皆でお小遣い出し合って買ったんだ!」
「でも、お金の半分は兄貴やルニー姉ちゃん達がが出してくれた!」
「私達はバイト出来るから、本当は私達だけのお金を使いたかったけど、皆どうしてもって聞かなくてさ。改めて、お誕生日おめでとう」
子供達の頭を撫で、苦笑しながらルニーが言う。
自立できるようにっていうリョータの提案を受け入れて働いているのに、そんな大切なお金を私の為に使ってくれている。
また涙が出そうになりながらも私が小包を開けてみると、箱の底には綺麗に畳まれたエプロンが入っていた。
「ねーちゃん、何時ぞやそろそろエプロン買い換えたいって言ってだだろ? そんな高級なもんじゃねえけど、使ってくれ」
「ッ……ありがとう、大切に使う……もう一生このエプロンしか着ないわ」
「お、おう」
「う、嬉しさのあまりリーンが普段絶対言わなそうな事言ってら……!」
エプロンを優しく胸に抱き、真剣な顔で言う私にカインが苦笑いを浮かべて頷き、その後ろでリョータが笑いを堪えていた。
「さてと、じゃあ今度は私達の番かしら?」
「そうですね。それじゃあ、私達からも」
同時に立ち上がったローズとリムは、足下からそれぞれ小さな箱を取り出した。
「私からはコレ」
「コレって、口紅?」
「ええ。リーンちゃんも女の子なんだから、ちょっとはオシャレしなくちゃ。リーンちゃんに合わせて、あんまり派手すぎない落ち着いた色を選んでみたけど、どうかしら?」
「うん、私この色好きかも。ありがとうローズ」
「リーンさん。私のは、あまり実用的なものじゃないですけど」
そう言ってリムが渡してきた箱を開けてみると、中に綺麗な花びらや葉っぱが詰められている小瓶が入っていた。
「小瓶の中には乾燥させたリラックス効果のあるハーブや薬草の花弁が入ってます。部屋に置いておくだけでも、効果があると思います」
「凄い……コレ、リムが?」
「ハイ。小瓶を買った後、ママ……お母さんにも協力して貰って作りました」
そっか、ポーション屋のサラさんなら、薬草やハーブにも詳しいもんね。
「ありがとうリム。サラさんにもお礼を言わなくちゃね」
「い、いいんですよ! リーンさんにはいつもお世話になってますから!」
リムの頭を撫でながら言うと、リムは嬉しそうにはにかんだ。
と、そんな二人の後ろで、頭を抱えている男が目に入った。
「ローズは流石というか、同じ女性だからこそ渡せるプレゼントなんだよなぁ……リムのもいいな……この世界にもポプリあったのかぁ……」
「魔王様、どうされました?」
「な、何でもねえよ。それよりホラ、お前らも」
「そうだな」
リョータが何故か苦い顔をしながらハイデルとレオンに促す。
すると二人は、何とも言えない表情で立ち上がった。
「我らは女に贈り物をしたことがない故、あの二人のようなセンスのあるものではないが……」
「カリンさんのご協力を得て、何とか選びました」
「ううん。そもそも、アンタ達が私に何かプレゼントを用意してくれたってだけで嬉しいから」
「そうか……なら、コレを贈ろう」
そう言って手渡してきたのは、表面が綺麗な黒い皮で鞣された手帳だった。
「手帳だ。まあ、何かしらには使えるだろう」
「私からはペンを遅らせて頂きます。どうか、レオンの手帳と共にご活用下さい」
「ありがとう二人とも……ってコレ、どっちも高級品じゃない……? 確か、文房具屋のガラスケースに入ってるヤツ」
「あまり自信がなかったので。せめて良い物をと思いまして……」
こんな高級品、貰って良いのかしら……。
いや、二人が悩んで選んでくれた物だもの、大切に使わせて貰おう。
それにカリンちゃんにも、後でお礼を言わなくちゃ。
「文房具って手もあったかぁ……! しかもコイツら、貴族だから高級品買う事なんざ簡単だってかチクショー……!」
……またリョータが、一人ブツブツ何か言ってる。
いい加減リョータに話し掛けようか迷っていたとき、今度はレイナ達が立ち上がった。
「じゃあ、次はボク達かな?」
「ああ。誕生日おめでとさん」
「どーぞです、おめでとうです」
ジータからはティーカップ、エルゼからはお菓子の詰め合わせ、フィアからは紅茶の茶葉をそれぞれ貰う。
「奇跡的にアタシら、それぞれティーブレイクに関連があるものが揃ったな」
「まあ、リーンはいつも大変そうですから、たまにはゆっくりお茶しろって事です」
「ありがとう。そうね、最近紅茶なんて全然飲んでなかったから、良い機会かも」
最後にレイナが、掌に包むようにして持っていた物を差し出してきた。
「じゃあ、今度は私だね。私のは、三人のとは関係無い物だけど……」
レイナに渡されたのは、リボンで綺麗に結ばれた淡い水色の丸い缶。
「コレは……?」
「えっと、ハンドクリームだよ。リーンちゃん、普段から孤児院で家事してるし、今は寒いから。少しでも手が荒れないようにと思って」
リボンを解いて、ゆっくりと蓋を開けてみる。
すると、白いクリームから優しくて良い香りがフワッと漂った。
「良い匂い……ありがとう、大切に使わせて貰うね」
「うん!」
皆が私の為に選んでくれたプレゼントは、どれもこれも私が好きな物やよく使う物ばかりで、皆私の事を考えてくれていたんだと、改めて実感した。
……思い返せば今までの人生、こうして誕生日を祝われた事なんて一度もなかった。
勿論父さんは私の誕生日なんて覚えてくれているはずもなく、覚えてくれた人なんて、死んだ母さんと四天王の皆だけだった。
だから私は、自分の誕生日に興味なんてなかった。覚えてすらいなかった。
それなのに今、子供達が、仲間が、友達が、私の誕生日を祝ってくれている。
これほど嬉しい事なんて、他にあるだろうか。
「皆、本当にありがとう。私、今が人生で一番幸せかも」
「フフッ、大袈裟ねぇ」
ローズがおかしそうにクスリと笑うと、それにつられて皆も笑う。
そんな様子を見ていると、心がジンワリ温かくなっていく。
私にとって一番の誕生日プレゼントは、皆が笑ってくれる事だ。
「……さ、さーて、俺はそろそろ食器洗いに行こうかな。カイン、ミドリ。ちょっとヘルプ」
「おう。じゃあ俺らも、後片付け始めるか」
「「「はーい!」」」
タイミングを見計らったのだろうか、リョータはそう言って立ち上がると、カインとミドリを手招きで呼び寄せる。
するとカインが子供達に指示し、皆が空いた食器を運び始めた。
「あっ、じゃあ私も……」
「いやいや、主役はゆっくりしててくれよ」
「そ、そう? じゃあお言葉に甘えさせて貰うわ」
「おう」
リョータはいつもの調子で言うと、ヒラヒラと手を振ってキッチンの方へ向かう。
だけど一瞬、やるせなさそうな、そんな顔をしたように見えた。
どうしたのかしら……? さっきから様子が変だ。
いつも何かしら変な事してる奴だけど、今日は落ち着きがないというか。
なんて考えていると、子供達が居なくなったからか、フィアが大きなため息が聞こえた。
「ハァ……魔王の奴、ヘタレやがったです」
「彼奴は極限状態に追い込まれないとヘタレのままだからな」
「何の話よ?」
フィアとレオンの会話が耳に入り、私は首を傾げる。
するとローズが、やれやれと肩を竦めながら。
「リョータちゃんもプレゼント用意してたけど、私達のを見て自信無くしちゃったのよ、多分」
「そんな……私、リョータにはもう十分過ぎるほど色々して貰ったのに」
そうだ。
リムやローズが言ってたように、リョータは私の為に料理を作ったり、レイナ達を呼びに行ったりしていたらしい。
それだけでもう十分なのに、プレゼントまで用意してくれていた。
そんなリョータのプレゼントがどんな物だとしても、文句なんて言えるはずがないし、言う事なんてない。
なんて思っていると。
「多分、魔王さんにとって、そのプレゼントはただの贈り物じゃないと思うな」
「えっ?」
レイナが、私の隣の椅子に腰掛けながら、そう言ってきた。
「魔王さんね、リーンちゃんのプレゼントを選ぶとき、もの凄く悩んでたんだ。わざわざフォルガント王国のお店も見て回って。その時魔王さん言ってたんだ。リーンちゃんにはいつもお世話になってるから、適当に選ぶなんて出来ないし、純粋に喜んで欲しいって」
「リョータが、そんな事を……?」
「うん。本当は、リーンちゃんには絶対言うなって言われてたけどね。だけどこのままじゃ、魔王さんが真剣に選んだって事が伝わらないんじゃないかって思って。後で魔王さんには謝っておかなきゃ……」
キッチンの方を向いて、申し訳なさそうに笑うレイナをボンヤリと見つめながら、私の思考を巡らしていた。
まさか、リョータがそんなことを言うなんて、思ってもいなかった。
いつも口が悪くてスケベなリョータだけど、根っこの部分は誰よりも優しいのは皆知っている。
だけどそれを恥じているのか、優しさをあまり表に出さないリョータが言ったという、絶対に私に対して言わないであろう本音……。
「リーンちゃん……?」
「……ううん何でもない。ありがとう、教えてくれて」
「うん。魔王さんのプレゼント、きっと素敵な物だと思うよ」
「そうね。さて、ゆっくりしてろって言われたけど、流石に子供達ばかりに任せっぱなしなのはよくないし、私達も後片付けしましょ」
私はそう言って立ち上がると、キッチンへと向かう。
そっとドアを開けると、流し台で皿を洗っているリョータ、カイン、ミドリの背中があった。
「チクショー、皆センスが良すぎてなぁ……しかも完全にタイミングを逃した」
「クヨクヨすんなよにーちゃん、男ならバシッと決めてやれ」
「……リョータ頑張れ」
「そうだよな、ただプレゼント渡すだけだよ、皆みたいに……でもそれだけじゃ申し訳ないような……!」
「めんどくせー!」
ギャイギャイ騒ぎながらも皿を洗い続けるリョータの姿は、たまに孤児院の家事の手伝いをしてくれる際よく見ている。
だけど今は、どこか違って見えた。
何が違うのか、ソレは何か全く分からないけど、何かが違う。
それは私のこの、妙にうるさい心臓の音と関係してるのだろうか。
「リョータ、やっぱり私も手伝う」
私はそんな謎の鼓動を抑えて、リョータに話し掛けた。




