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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第七章 君と僕のバースデー
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第二九話 プレゼント選びは今日も懊悩だ!⑪


「んで結局、時間切れになっちまったじゃねえかあああああああああッ!」


かなりの大声だったはずの俺の叫び声は、この冒険者ギルドの喧噪に包み込まれ消えてしまう。

周りの奴らの話題は、俺とクルルの決闘で持ちきりだ。

なのに端っこのテーブル席で頭を抱えている俺に誰も近付かないのは、勇者一行が相席しているから。

流石に俺が居たとしても、天下の勇者一行様が揃ってるんだ。

屈強な冒険者達だとしても易々とは近寄れないのだろう。


「そういえばムーン、プレゼントがなんかって言ってたよね?」


エミリーを除いて。

まあエミリーは隣に座ってるエルゼの妹だし、レイナ達とも面識があるから問題ないのだろう。


「ああ。コイツは、リーンって女友達の誕生日プレゼントを選ぶためにあの道通ってたんだよ」

「リーンって……ああ! あのヘビのモンスターを蹴り飛ばした人!?」


エルゼの説明で、エミリーは思い出したように手を打った。

まあ、流石にあの光景を忘れることはないだろう。


「……ってか、何でずっとムーン呼びなんだよ? もう盛大に正体ばらしたし、リョータでいいんだぞ?」

「いやー、何だかムーンの方が定着しちゃってて。ツキシロリョータってなんか変な名前だし」

「爽やかな顔して失礼な事言ってんなコイツ」


でも、流石にこの世界で俺だけが和風な名前ってわけじゃないと思う。

俺の予想では、カムクラのエルフ達も俺と同じような名前の可能性が高い。

でもエルフ自体人前に姿を現さないらしいから、このような和風の名前は流通していないのだろう。


「マズい……明日の午後には孤児院で作戦会議だし、それ以降は料理の下準備とかでもう買い物に出てる余裕なんてないのに……!」

「私も、リーンちゃんに何を渡せばいいんだろう……?」

「俺が戦ってるとき考えとけっていったろ」

「さ、流石に無理ですよ!」


う~ん、もしこれが俺ではなくリーンだったなら大丈夫だったのだろうか。

俺は全然リーンに任せられるけど、流石に優しいレイナには無理か。

しかし、本当にどうしよう……というワードを一体何回繰り返しただろう。

俺が頭を抱えて考え込んでいると、ジータが首を傾げながら。


「そもそも、何で魔王君はそんなに悩んでいるんだい?」

「え?」

「相手に喜んで貰えるようにって、相手のことを考えながら選ぶから多少の時間が掛かっても不思議じゃ無いけど、そんなに悩むものなのかな?」


そんな素朴でありきたりな疑問に、俺は一瞬固まる。

確かに、俺は何でこんなに悩んでいるんだ?

別に人生においての重大な選択という訳でもない。

言っちゃ悪いが、たかがプレゼントだ。

それなのに何故俺は、そこまで真剣に悩む……?

自分の事のはずなのに、全く分からないこの気持ち悪さに顔を顰めていると。


「あー、成程ね」

「えっ? エミリー、何か分かったですか?」


突然納得したように頷き始めたエミリーに、一斉に視線が集まる。

全く分からないという顔をしたフィアが訊ねると、エミリーは懐かしむような顔をしながらエルゼを見つめる。


「二年前だったかな? 私もムーンみたいに、お姉ちゃんの誕生日プレゼントを探し回ってた事があったんだ」

「アタシの誕生日? 確か二年前エミリーは、アタシがずっと欲しがってた大剣用の研石と……ウ、ウサギのぬいぐるみくれたよな」

「前半と後半のギャップがスゲえ」

「う、うるせえ! 妹のプレゼントにケチつけんな!」

「まあまあ。でもその二つを選ぶまで、すっごく悩んだんだ」


顔を赤らめ歯を食いしばりながら睨むエルゼを宥めながら、エミリーは続ける。


「私は家族だから、お姉ちゃんが欲しそうな物とか好きな物とか分かる。それでも、私はすっごく悩んで考えた。それは、お姉ちゃんが何よりも大切だからだよ。大切だから、贈り物なんかでも妥協なんてしたくなかった」

「エ、エミリー……!」


そんなエミリーの正直な言葉に、エルゼの涙腺に涙が溜まり、今にも零れそうなのが見えた。


「だからムーンも。あとレイナさんも。きっと二人にとって、リーンさんは大切な人なんだろうね」


俺とレイナの顔を見ながら、エミリーがそう語る。

た、大切って……。

確かに俺にとって、リーンは大事な師匠だし友達だ。

でも大切ってのは、流石にオーバーな気がするけどなぁ。

でも……何故か腑に落ちたような……。

なんて何とも言えない気持ちになっている俺とは対照的に、レイナは納得したように頷いた。


「そっか……リーンちゃんは私にとって大切な友達だから」

「で、でも結局、どうやってプレゼントを選んだんだよ? それで最後まで選べなかったら、大切どころの話じゃねえだろ」


なんて、少々食い気味に俺が訊くと、エミリーは顎に指を当てる。


「うーん、私の場合うさちゃんのぬいぐるみは、お姉ちゃんの部屋に可愛いぬいぐるみがいっぱいあったから、喜んで貰えるかなーって選んだ物だけど」

「「「「「えっ?」」」」」

「エミリーちょっとこっち来い」


俺達全員の視線に堪えきれなくなったエルゼは、エミリーの手を引いてこの場を立ち去ろうとする。

が、パシッとフィアに手首を掴まれた。


「まだ話し終わってないです、勝手に連れ出すなです」

「クッ……殺せ……ッ!」

「人生で初めてリアルに聞いたクッ殺がまさかのお前とは」

「ぷ、ぷくく……! エルゼの部屋、どんな感じなんだろ……?」

「もう黙ってろお前ら……ッ!」


エルゼが今にも殺しに掛かりそうな目で睨んできたため、俺も吹き出しそうになっていたジータも縮こまった。


「それで、砥石の方はどんな感じだったです?」

「砥石の方は、お姉ちゃんの大剣の刃がちょっとガタガタになってきてたってのもあるけど……一番は、少しでもお姉ちゃんが怪我しないようにって思って選んだな」

「怪我しないように?」


俺がそう聞き返すと、エミリーは机に突っ伏して顔を隠しているエミリーを見つめた。


「ホラ、お姉ちゃんの武器が強くなったら、お姉ちゃんがモンスターに苦戦しなくなる事にも直結するでしょ? そういう意味では、本当は防具とかがよかったけど、流石にお金が足りなくって」


エミリーはたははーと笑いながら頬を掻き、そして。


「大切な人には、怪我も病気もして欲しくないから、ついつい身体を気に掛けちゃってるんだ」


普段の明るい満面の笑みでは無く、少し心配そうな、困ったような笑顔をエルゼに向けた。


「身体を気に掛けるかぁ……」


レイナはその言葉を聞いてリーンの顔を思い浮かべているのだろうか、虚空を見つめながら呟く。


「リーンはそうそう怪我しないけどな」

「怪我以外にも、この時期は寒いから風邪を引いちゃうかもしれませんよ」

「あー、確かに」


実際にリーン風邪引いたもんな、少し前の時期だったけど。


「風邪以外にも、例えば……」


そう言い掛けて、レイナは何か考え込むように押し黙った。


「ど、どしたの?」


なんて、俺が声を掛けると、レイナは急にバッと立ち上がり。


「そうだ、アレがいい!」


そう、スッキリとした笑顔で手を叩いた。

その姿に、俺達以外にも冒険者達の視線も集まる。

レイナはその視線に気付き、恥ずかしそうに静かに座った。


「えっ、今のやりとりで何買うか決まったの!?」

「は、はい! リーンちゃんの身体を気に掛けた物で、尚かつ喜んで貰えそうな物が」


マジかよ!? そんなスパって思いつくもんなの!?


「えっと……ありがとうエミリーちゃん。私、リーンちゃんに渡すプレゼント決まったよ」

「私のおかげ?」

「勿論だよ、本当にありがとうっ」

「えへへー、そっかー! じゃあ残りは肝心のムーンだけど……」


自然と皆の視線が集まる中、俺は冷や汗をダラダラ流していた。

ヤバイ、完全に俺一人になってしまった!

焦る俺に、少し視線をあげたエルゼが怪訝そうに。


「オイ、そんなにピンとこねえのか?」

「いや、逆なんだよ……リーンの身体の事考えたら、今度はあれもいいこれもいいって、何を選べば良いか分からなくなって……!」

「面倒くせーです」

「うるせえ! お前もレオンの誕生日になったら同じ苦悩を味わう羽目になるぞ!」

「い、今レオンの名前を出さなくてもいいですよ!」


顔を茹でたこのように真っ赤にしながら両手をバタバタさせるフィアを睨んでいると、エミリーが。


「でもそれって、それほどリーンさんが大切って事なんだね」

「た、大切って……そんなんじゃねえよ、多分」


……でも、リーンは大切か大切じゃないかと訊かれたら、勿論大切だ。

だけども、エミリーのような家族愛による大切という訳でもない。

友達に対しての大切かっていうのも、周りに比べるとちょっと違う。

じゃあ俺にとって、リーンに対するこの異様な真剣さは何なんだ?


「じゃあつまり――」


俺にとって、リーンは……。



「ムーンはリーンさんの事が、大好きなんだね!」



…………………………………………。


「……え?」


……屈託の無い笑顔で言い放たれたその一言が耳に入った瞬間、周りの一切の音が聞こえなくなった。

今……コイツ、何て言った……?

俺が、リーンの事、大好きだって……?


「あぅ……うぇ……?」


俺が、リーンの事が、大好き……。

俺が、リーンを……。


「な、なななななななぁあああぁあ……ッ!?」


その言葉が俺の頭をグルグルと巡り続ける。

その、自分でも分からない恥ずかしさと焦りで、俺は机を勢い良くぶったたき。


「そ、そんな訳ねえだろッ!!」

「「「「分かりやすいッ!」」」」


レイナを除いた四人が同時に声を上げた。


「分かりやすいって何だよ!? 別に俺はリーンの事好きじゃねえよ!?」

「魔王君、今の発言を鏡の前で言ってみなよ」

「お前ホント、普段から色々顔に出やすいよなぁ。フィアより出やすいぞ」

「一言余計です! でも、私もあの時あれぐらい滑稽だったです……?」

「お前も一言余計だコノヤローッ!」


ほんっと、コイツら揃いもそろって言いたい放題言いやがって……!

レイナ以外、魔王城の連中と大して変わらねえじゃねえか!


「オイエミリー、流石に大好きっていうのはおかしいぞ! そもそも、お前が何時ぞやリーンと話したとき、俺達がカップルかどうかなんて変な事訊いた瞬間俺達全力で否定しただろ!」

「確かにそうだったし、実際嘘っぽくなかったけど……でも、第三者から見たら二人のやり取り、ただの夫婦漫才だよ?」

「「「分かる」」」

「分かるじゃねえ! 何、お前らそんな風に見てたの!?」


レイナを除いた勇者一行が頷く中、俺の顔の熱が上がっていくのを嫌でも感じていた。

チッ、何なんだよ……!

別に、コイツらはマジで言ってる訳じゃない……はずだ。

だとしても、もうちょっとクールに対応出来ただろ?

何で俺は、ここまで動揺してしまっているんだ……?

童貞だから? 童貞だからか!


「とにかく、その話は置いといて! ていうかもう帰らなきゃだから」

「えっ、もう? 折角だからここで皆と宴会しようよ」

「そのお誘いは嬉しいけど、帰って晩飯作んなきゃいけねえんだよ」

「……ま、魔王様、なんだよね?」

「いずれそんな当たり前の疑問すら抱かなくなるぜ、コイツと接してるとよ」


スッカリ俺の魔王らしくなさに毒されたエルゼが、エミリーの肩に手を置いて言った。

俺は立ち上がると、手早く身支度を整える。


「そんじゃあ、ジータよろしく」

「りょーかい」

「じゃあな、エミリー。今度は本当に何も予定が無くって話が脱線してもいいときに顔出すよ」

「う、うん……でもこのギルドの事なんだと思ってるの?」

「ギルドはギルドでもクエストじゃなくてトラブルが発生するところ」

「酷いよ!」


俺が勇者一行と揃ってギルドを出ようとすると、周りから話し掛けられる。


「じゃあな、英雄ー!」

「格好良かったぜ、魔王様!」

「魔王なんだから一杯奢れー!」

「魔王だけどポケットマネー、一万ちょいしかねーよ」


なんて軽口を叩き合いながら、俺は冒険者達とすれ違っていく。

こんなやり取りが、バルファストの冒険者ギルドを思い出させる。

人間だって魔族だって、大して変わらないな。

なんて思ってると、ギルドの隅の柱にもたれ掛かり、ジッと俺を睨むアックスの姿が目に入った。

一応仇取ってやったんだから、お礼の一つでも言って欲しいもんだが。

まあでも、アックスだからな。

俺がアックスに向かって手を振ると、アックスは不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。

……次来た時でも、声掛けてみようかな。仲良くなれそうにないけど。





「――とりあえず、帰ったらすぐに雑貨屋に行く! そして絶対に選び終えて帰る!」

「お、おう、頑張れよ」


転移して貰うのに柔軟運動している俺に対し、エルゼが何とも言えない顔でそう言ってきた。

……リーンが好きかはともかく、大切な人なのは間違いない。

だから大切な人だから選べませんでしたなんて言い訳なんて通用しない。

大切だからこそ、決めないと。


「ホイ、準備オッケーだよ」

「ありがとうな。じゃあ作戦の詳細は明日、ジータ経由でって事で」

「はいです。じゃあリーンの誕生日にまた会うです」

「それまでにバレるんじゃねえぞ-」


勇者一行に別れの挨拶を済まし、早速ジータが用意した魔法陣の上へ。


「…………」


……っていうか、レイナがさっきから全然喋ってないな。

俺は思わず立ち止まり、レイナの顔を見る。

ギルドからここまで、レイナは何かずっと考えているような、そんな顔をしている。

やっぱりさっき決めたプレゼントを買うかどうか、迷っているのだろうか。


「レイナ」

「あっ、はい、魔王さん!」


俺が声を掛けると、レイナは慌てたように顔を上げると俺に笑顔を向ける。

その笑顔はどことなくぎこちなかった。

…………。


「少なくとも俺は、レイナの誕生日プレゼントも、こんな風に悩みまくると思うから」

「……え?」

「じゃあな」


俺はレイナの反応を見ずに、背を向けると魔法陣の上に移動した。


「いーよ」

「いいのかい?」

「いーよって言ったんだからいーよ」


何故かそう確認してきたジータに少々ぶっきらぼうに返すと、視界が一気に白くなった。

その瞬間、俺はチラと振り返る。

しかしもう、レイナの姿は見えなくなっていた。

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