第二九話 プレゼント選びは今日も懊悩だ!⑩
「うおおおおッ! やりやがったぞ! ムーン・キャッスルがあの野郎に勝ったぞおおおおおッ!」
そんな冒険者達の歓声を聞きながら、俺は拳を突き上げる。
勝てた、かなり強い相手だったけど、勝てたんだ……!
そんな喜びが、ジンワリと心に広がっていく。
俺は安堵とため息を吐きながら、魔剣を貸してくれたドンズさんの元へと向かう。
「あの、ありがとうございました。あと、魔剣投げちゃってゴメンナサイ」
「いや、いいんじゃよ。にしても、よくもまぁあんな動きが出来るの」
ドンズさんが言っている事は、恐らく俺が投げた魔剣をキャッチして、そのままクルルの剣を叩き折った事だろう。
確かに投擲スキルで狙った場所に投げられても、落ちるタイミングは分からない。
その為の座標眼だ。
最初、座標眼は人間やモンスターのようなだけの位置が分かる魔眼だと思ったのだが、どうやら魔力が流れているものだったら何でも位置を把握出来るらしい。
だから、魔力が流れていた魔剣が、空中のどの位置まで落ちてきたか分かったのだ。
「ドンズさんが魔剣を貸してくれたおかげですよ」
「? よく分からんが、まあええわい。魔剣もこうして、刃毀れ一つ無いようじゃしな」
ドンズさんは満足そうに頷くと、魔剣を鞘に収めた。
その瞬間、横から突進されたような衝撃。
「ムーン、凄いよ! あのアックスを一撃で蹴り飛ばした人に勝っちゃうなんて! やっぱりムーンはこのギルドの英雄だよ!」
「過大評価だよもう。あと離れろ、ドギマギしちゃうだろ」
ハアア、何だかフローラルな香りが!
ほぼ、というか完全に抱きついているエミリーを、やんわりと引き剥がしていると、レイナとジータもこちらにやって来た。
「す、凄いね君……ボクに木刀でボコボコにされた事があった魔王君が、半年でこんなに成長してるなんて……ちょっと引くよ」
「褒めたいならエミリーを見習えコノヤロー」
引きつった笑みを浮かべ、称賛してるのか分からない言葉を浴びせるジータにそう吐き捨てる。
するとレイナが、心配そうに訊ねてきた。
「怪我はありませんか……?」
「大丈夫。幸いにもダメージ無しだから」
俺がニッと笑いながらガッツポーズすると、レイナはホッと息を吐いた。
ああ、疲れた心身にエンジェルスマイルが染み渡るぜ。
「さーてと」
俺はクルリと踵を返すと、再び訓練場の中央に戻っていく。
そこには、フィアに回復魔法を掛けて貰っているクルルが座り込んで俯いていた。
その側に立っていたエルゼに声を掛ける。
「お前の妹スッゲエ良い匂いした」
「それをアタシに伝えるのかよお前……他に声掛ける相手いるだろ」
「ゴメンゴメン、そろそろ現実と向き合うかな」
ゲンナリするエルゼにヘラヘラと笑うと、俺はジッと黙って俯いているクルルに声を掛けた。
「いい一撃だっただろ?」
「……チッ」
俺がニヤッと笑ってみせると、クルルは小さく舌打ちをした。
クルルは忌々しそうな顔で俺を見上げてくる。
「何者だ、お前……?」
「オイオイ、何だよその態度? それが自分より強い相手にする態度か、ええ?」
「なっ……」
「この世は弱肉強食なんだよ。弱い奴が強い奴に媚びへつらうのは当然だろ? オイ、お前よりも強い俺からの命令だ。今すぐ土下座して地面、舐めろよ」
「ッ……!」
俺は真顔でそう言い放つと、クルルは唇を噛み締め身体を震わした。
「魔王、流石にクズ過ぎです……」
「まあ待てよ」
回復魔法を掛け終わったフィアがクルルを庇おうとしたのか立ち上がったが、エルゼに止められた。
俺はエルゼに内心感謝しながら、ゆっくりと顔を地面に近づけているクルルに、軽い口調で。
「……なーんて言われて、お前どんな気分になったよ?」
「何だと……?」
「お前が今まで言って来た実力主義、場合によっちゃこうなる。お前は流石に俺みたいな事は言わないだろうけど、実力主義になったらこんな奴らが出て来るのは間違いない。お前はそれでいいのか? それでも、絶対正しいって思うか?」
「…………」
黙り込んでしまったクルルに俺は頬を掻きながら。
「それで、俺の正体だっけか? しょーがねえから教えてやるよ」
そう言うと、クルルだけじゃなく、周りの冒険者達まで俺に注目しはじめた。
まあ、オチは見えるんだけどね?
そう内心苦笑しながらも俺は胸を張り。
「兼業冒険者ムーン・キャッスル。実はそれは世を忍ぶ仮の名前……」
「じゃあ、一体何者……ッ!? お前、その瞳の色は……!?」
俺が魔神眼を発動させ目を紅と紫にすると、クルルが目を見開く。
そしてマントを棚引かせ、高らかに名乗った。
「俺の名前はツキシロリョータ! バルファスト魔王国第六十四代目魔王、ツキシロリョータ様だ!」
フンと鼻息を鳴らしながらドヤ顔で名乗ると、しばらく固まっていたクルルはポツリと。
「……いや、嘘だろ」
「はいノルマ達成」
ほーらね、またこうなった!
周りの奴らも、俺の事イタい奴みたいに見やがって!
「レイナ、俺嘘言ってないよなー?」
俺が少し離れた場所で苦笑いしていたレイナにそう訊ねると、レイナは何度も頷いた。
「は、はい! その方は正真正銘、魔王ツキシロリョータさんです!」
「「「え、えええええええええッ!?」」」
レイナのそこ言葉に、冒険者達が一斉に声を上げる。
「じゃ、じゃあ、アイツがこの前のソルトの街の戦いを勝利に導いたのか!?」
「ってか俺達、魔王に何度も助けられたって事じゃねえか!」
「ヤベえ、俺さっき王様担いじまった……!」
冒険者達のそんな声を聞いて、ちょっと口角が上がってしまう。
ヤバイ、何だろうこの中二心を擽る展開!
今の俺、すっごく格好良くない!? 一発で決まらなかったけど!
「魔王……だって……!?」
「ああ、だから権力マウント取ってきても無駄だぜ?」
驚愕するクルルに、俺は魔神眼を解除しながら念を押す。
するとクルルは、更に悔しそうな顔になった。
「何故だ……!?」
「何が?」
「何故、魔王であるお前がこんな奴らを助ける!? お前なんかよりも権力も力も無い奴らだぞ!? どうしてその必要がある!? どうしてお前に負けた俺を気に掛けるんだ!?」
訳が分からないといった顔で、クルルが咆哮する。
どうして助ける、かぁ。
俺はクルルを見下ろしながら、自分の正直な感想を言った。
「俺は、ここにいる誰よりも偉くないから」
「何……!?」
更に訳が分からないといった顔になるクルル。
冒険者達も、そんな俺の言葉に首を傾げている。
そんな皆に語り掛けるように、俺は語り始めた。
「俺は今、お前に勝って嬉しい。自分の成長を感じられて嬉しい。でも俺はお前より、自分が偉いなんて到底思えない。だって、俺はお前よりも全然頑張ってないんだから」
「頑張ってない……?」
首を傾げるクルルに、俺は自嘲気味に。
「半年ちょっと」
「……どういう意味だ?」
「俺が本腰入れて、修行始めてから今までの期間。それまでは剣なんて振ったこと無いし、魔法も使えなかったし、ゴブリン一匹にも手こずってた」
「なっ……!?」
信じられないとばかりに、クルルは目を見開く。
「俺がお前に勝てたのは、ぶっちゃけスキルや魔眼があったから。お前みたいに素の戦闘技術で戦ってたら、最初の一秒で死んでたよ。きっとお前も、何年も頑張って修行してたんだろうなぁ。それにここにいる人達も、俺なんかよりずーと長く冒険者として頑張ってる」
途中から、独り言のように語り始める。
「俺は魔王になる一年前まで、16年間なーんの苦労も無く生きてきた。学校にも通えて飯にも困らないで、ゲームや漫画ばっかの娯楽三昧だった」
でも、俺はこの世界に来て、初めて気付かされた。
「でも俺が尊敬してる人達はさ、皆バカみたいに強い。それで皆総じて、俺なんかより何十倍何百倍も辛い思いして、苦しい思いして頑張ってきた。子供の頃から森にぶち込まれてモンスター狩らされたり、16歳で国を追放されて世界を旅してたり、生まれた頃から人を救わなきゃいけない使命持たされてるのに、文句の一つも言わないで身体張ったり」
「…………」
俺はどんよりとした空を見上げる。
幾重にも重なる灰色の分厚い雲が、太陽も青空も塞いでいた。
「だから俺は多分、今更頑張ってる自分を偉いなんて一生思えない。今でも頑張り続けてるあの人達との差は、一生埋まらない」
魔王という立場を得ても、敵と戦い国を救っても、人に褒められても。
心の底から自分に頑張ったと労った事がない。
だって俺が尊敬してる人達に失礼極まりないから。
「でも俺はいつか自分に対して胸張って、自分は偉いって思えるようになりたい。だから俺は人を助けるんだ。純粋な善意でもない、ただの自己満足だよ」
ふと、妙な視線を感じてその方向に視線を向ける。
その視線の先にはレイナが立っていて、ジッと俺を見つめていた。
まるで悲しそうで、どこか悔しそうで、何かを言いたそうで。
そんなレイナの視線から逃げるように、俺は背を向けた。
「ま、俺がそうだからお前もそうしろなんて、そんな押しつけがましい事は言わねえよ。ただの独り言だ気にすんな。でもそうだなぁ。俺がお前に伝えたい事は……」
そしてそう言いながら遠くに見える宮殿の、バルコニーがあるであろう場所を見据え。
「実力主義ってさ、要するに最初から力持ってないと偉くないって事なんだろ? それじゃあ、必死に強くなろうって頑張ってる人達がバカみたいじゃないか」
最初は皆、弱いところからスタートだ。
なのにそんな弱いところにいる人達を切り捨てるのは、若い芽を摘むのと同じだ。
それに……。
「フォルガント王さんはさ、そんな不平等を無くしたかった事もあるけど、何より、頑張ってる人達が褒めて貰える国にしたかったんだと思うよ」
この前、フォルガント王はこう話していた。
自分自身が弱い事を悔しく思い、我武者羅に剣を振っていた、と。
でも、フォルガント王は家族に自分を見て貰いたかったんじゃないか?
自分の頑張りを家族に認めて欲しくって、褒めて貰いたくって、だから頑張って来れてたんじゃないか?
結局、フォルガント王は最後まで家族に認めては貰えなかった。
だから自分みたいな虚しい思いを民がしなくていいように、フォルガント王は実力主義を撤廃したんじゃないか。
俺の予想だけど、話を聞いたときそう思った。
「だからさ、お前もまず人の頑張り見つけて、褒められるようになろうぜ? 人間、自分の頑張りを他人に認めて貰わなきゃやってらんないからさ」
「……」
なんとなく、コイツの気持ちが分かった気がした。
クルルはフォルガント王さんと同じなんだ。
多分実力主義の父親は、弱かったコイツを認めなかった。
だからこの強さになるまで頑張ったんだろう。
そして、誰かに認めて貰いたくって、強いと言って欲しくって、実力主義を掲げた。
それってつまり……。
「お前も、誰かに褒められたかったんだな」
「ッ!!」
その言葉を聞いて、今まで身体を震わせてきたクルルはバッと立ち上がる。
その表情は、怒っているのか悲しんでいるのか分からない、色んな感情がごちゃ混ぜになった顔だった。
「……チッ」
そして最後に小さく舌打ちした後、無言で歩いて行く。
「あっ、オイ! お前が負けたんだから条件呑んで謝罪しろおおぉぉ……行っちゃった」
俺が呼び止めても振り返ること無く、クルルは人混みを乱暴に掻き分け出て行った。
伸ばした手をそのまま後頭部に持って来て頭を掻き、俺はため息を吐いた。
「大丈夫かなぁ、アイツ……」
「まあ、散々下に見てた魔王君にボコボコにされた挙げ句、公衆の面前で諭されたからねぇ。プライドもうズタズタだと思うよ」
「何か俺が酷い奴みたいじゃん!」
「でも、彼にとっていい体験になったんじゃないかな?」
「敗北と挫折は成長への兆しってか……それが俺でよかったんだか」
ジータのスッキリしながらも少し優しそうな笑みでそう言うが、俺はそう呟きクルルの去った方向に視線を向ける。
最後に見たクルルの背中。
子供みたいな体躯のクルルではあるが、その背中が酷く小さく感じた。
もう少し、アイツに何か言ってあげられなかったか。
しばらく俺の心の中が、モヤモヤしていた。




