第二九話 プレゼント選びは今日も懊悩だ!⑨
ギルド裏の訓練場。
土が剥き出しでテニスコート程の広さこの場所には、障害物が何も無い状態だった。
訓練場の隅に木の的が雑に置いてある事から、先回りした冒険者達がどかしてくれたのだろう。
訓練場の周りをグルリと囲うように立っている冒険者達の表情は各々。
ムーン・キャッスルに期待しているのかワクワクしている者、逆にさっきのやりとりで大丈夫かアイツ……となっている者。
そして中には、クルルのシンパのような奴らまでいた。
まあ元から自分に実力が備わってるなら、普通に実力主義の方がいいという考えもあるだろう。
……俺はふと、最前列に居るレイナの顔を見てみる。
何でこんな事になってしまったんだろうと、まるで自分を責めているような顔をしていた。
まあ、争いは本望じゃないって事は分かるよ。
でもこれは、俺の個人的な戦いでもある。
理由として、このギルドの行方の事も一応入ってるが、もっと他の理由でこの場に立っている。
「さて、この俺に楯突く者が居なくなるよう、お前には見せしめになって貰うぞ」
武器を両手に持ち、起用に回してみせながらクルルが言う。
ペン回しも上手いだろうなと少し思いながらも、俺はスッと手を上げた。
「なあ、俺今日武器持って来てないんだけど……てか木刀でやんない?」
「持って来ていないお前が悪い。まあ木刀でお前を叩きのめすのもありではあるが、出来るだけ恐怖を植え付けておきたい。それには殴るより斬るだろう?」
「実力主義関係なくただのゲスじゃねえか……」
「うるさい。丁度ここには高級ポーションよりも便利な女が居るんだ。即死じゃなければ治せるだろう」
「人を都合の良い道具みたいに言うなですー!」
ムキーっと両手を上げて抗議するフィアの言葉に、クルルは一向に耳を傾けようとしていない。
俺は内心舌打ちしながらも辺りを見渡し、武器を貸してくれそうな人を探す。
「どうしよう……流石にレイナの聖剣借りるわけにはいかないし……」
エミリーはどうかな?
確かエミリーの剣は剣というより若干レイピア寄りだった気もするけど……無いよりはいいか。
と、俺がエミリーを探していた時。
「坊主、ホレ」
「ん? わととっ!?」
しゃがれた声と同時に人混みの中から飛んで来たソレを、俺は慌てて受け止める。
見るとそれは、丁度俺の愛刀と同じ大きさの、鋼の剣だった。
しかもただの剣じゃない。見た目こそシンプルだが、その剣には魔力が流れていた。
「特別に貸してやるわい」
「えっ、ドンズさんいいのか!? 確かこの剣って、結構業物な魔剣なんだろ!?」
「勝ってくれるなら構わんよ。この老いぼれには、あの小僧の思想にはついて行けそうにないんでな」
前に出てきて得意げな顔をするドンズさんに、近くの冒険者が驚いたように問う。
だがドンズさんは自嘲気味に笑いながら、手をヒラヒラと振った。
俺は両手で剣を握り締めながら、深く頭を下げる。
「ありがとうございます、ドンズさん!」
「その変わり、絶対勝つんじゃぞ。あと、その剣ぶっ壊したら弁償じゃからな?」
「……ちなみに、これぶっ壊したら弁償代いくら掛かりますかね?」
「そうじゃな……昔見せた質屋によると、最低でも数百万トアルらしいぞい」
「負けられない戦いがここにある」
取りあえず、この剣が壊れそうになったら全力で死守しよう。
ってか、アレ? 何か逆に足枷になってない?
しかし、やっぱいいですと突き返すわけにも行かず、俺は再びクルルと向かい合った。
「ルールはどちらかが戦闘不能になったら負け、それだけだ」
「するつもりはないけど、まいりましたーってのは?」
「そんなつまらんものは必要ない。それに、逃げ道が無い方がお前をいたぶってやれるだろう?」
「ワーオ……」
だがまあ、こちらとしてもありがたい。わざわざ背水の陣を敷いてくれたんだから。
こんな決闘なんて、アルベルトとして以来だ。
あの時は、アルベルトに無理矢理申し込まれて、俺自身嫌々やってたけれど。
でも、今回は違う。
俺はクルルの決闘を自分から、そして勝つ気で受け入れた。
確かに俺のレベルは42になったし、技術面においても多少力が付いたと思う。
だけど相手の手の内もレベルも戦闘スタイルも分からない。
少なくとも、あのアックスよりは確実に強い。
元からそのつもりだけど、全力でやるしかない。
「じゃ、アタシが審判するぜ。双方、準備はいいな?」
前に出たエルゼが、武器を構えた俺とクルルを交互に見る。
そして一拍おいてから、バッと手を上げた。
「開始ッ!」
その瞬間、クルルが疾風の如き速さで俺に突進してきた。
だが俺も開始と同時に魔神眼を発動していた為、その動きを捉えていた。
まずは足払いか。
俺は軽く跳躍すると、左手側から来た斬撃を躱す。
が、それとほぼ同時に今度は右手側から斬撃が飛ぶ。
俺はドンズさんから借りた剣でこれを受け止めそのまま流す。
ただまたしても間髪入れずに右手側の斬撃。
弾いても躱しても、次から次へと連撃が俺を襲う。
チッ、やっぱ双剣相手は面倒臭えな……!
反撃の隙がねえ、守りで精一杯だ。
でもやっぱ……リーンよりは遅い。
毎回リーン師匠が木刀一本で雨みたいな連撃してくるおかげか既に目が慣れていて、コイツの攻撃の一つ一つがしっかり分かる。
だけどいつまで続くんだこの連撃……。
一旦体力整えたいけど、多分アイツの方が体力に分がある。
相手の息切れを待つのは無駄、ならば。
「『フラッシュ』」
「クッ!?」
ノーモーションで放った眩い閃光に、クルルの動きが一瞬鈍る。
その隙に俺はバッと距離を取った。
「「「うおおおおおおおおおおおッ!」」」
周りから歓声が上がる。
「い、いきなり何すんなコノヤロー!」
「目の前が真っ白じゃねえかー!」
中には俺のフラッシュで目が潰れ文句を言ってる奴がいるが、自分の息切れの音で聞こえない。
「チッ……魔法も使うか。何のジョブだ?」
「ぜえ……教えるか……ってかお前も何だよ……フラッシュ放つ瞬間目ぇ瞑ると同時に防御態勢取りやがって……流石に、実力主義万歳言うほどあるぜ、ったく……」
俺は呼吸を整えながら、再びクルルを見据える。
相手に息切れしている様子無し、距離を取られて何もしてこない事から恐らく魔法は使えない。
だから遠距離でちょっとずつ……ってのはダメかもな。
中級魔法のファイア・ボールとかバブル・ボムとかなら、クルルは余裕で躱すか弾くかしそうだし。
なら黒雷って手もあるけど、魔力消費激しいからまだ温存しておきたいんだよな。
でも近距離ではアイツに分があるし、このままじゃ先に体力削られて終わりだ。
カーッ、強敵だなぁ……!
このまま、ちょっと待っててくれたら嬉しいけど……。
「このまま押し切る」
「んな訳ねえよなっとおお!?」
再び突っ込んできたクルルの攻撃に、俺は大きく息を吸い込み対処する。
うううう……ヤバイ、呼吸が保たない!
この攻撃一つ一つ捌くの時。自分感覚ではスローに見えるから余計長く感じる!
堪えろ堪えろ、どうすりゃいいか考えろ!
せめてコイツの双剣片方でも何とか出来れば……ん?
何だこの剣……?
「ふんっ!」
「おわああッ!?」
なんて剣の不自然さに気を取られていると、クルルの双剣による同時攻撃が俺を襲う。
俺は魔剣で何とか受け止めるが、その勢いで後方に飛ばされてしまう。
アックスぶっ飛ばした時といい、なんちゅう力してんだコイツ!?
この世界は華奢な見た目してる奴に限って力強いの何でだよ!?
俺がゴロゴロと転がり土煙を上げながらも立ち上がるのを見て、クルルは不機嫌そうな顔になる。
「面倒臭い奴だな……どういう動体視力をしているんだ?」
「フウ……少なくとも、お前の動きがスローに見えるぐらいには……」
「調子に乗るなクソガキ」
俺の挑発に、クルルは分かりやすく反応した。
……よし、賭けてみるか。
どうせこのままじゃ負けるんだ、ダメ元でやってやる。
「ッ」
今度は俺から駆け出すと、クルルは両腕をクロスさせ大きく振りかぶる。
この距離じゃ到底届かないはずなのに攻撃のモーション……ならやっぱり!
「死ね」
短くそう吐き捨てクルルが剣を振った次の瞬間、刀身が何倍もの長さに伸びた。
魔法的効果でもなく、物理的に。
それも鞭のようにしなりながら、俺に迫ってくる。
皆、その武器の変形に驚き固まっている。
そんな中……俺だけはその変形を予想していた。
「ドンズさんゴメンッ!」
俺は予めそう謝ると同時にドンズさんの魔剣を上空に高く投げる。
そしてそのままスライディングして、間一髪でその攻撃を躱した。
「ッ!?」
まさか躱されると思っていなかったのか、クルルは俺の頭一つ上を空振る刀身を見て驚愕した。
さて、こっからだぞ……!
この鞭みたいに長い状態だと、次の攻撃にまで時間が掛かる。
だけどここからクルルまでの距離がまだあるし、俺はスライディングしている状態。
今から立ち上がって走っても、向こうの方が間に合ってしまう。
ならば!
「水進『アクア・ブレス』――ッ!」
俺は自分の真後ろに両掌を向けると、全力のアクア・ブレスを放つ。
するとその勢いで、スライディング状態のままクルルに突進した。
「なッ!?」
すぐ側まで距離を詰められ、反応に遅れるクルル。
俺はその隙を見逃さず、アクア・ブレスの勢いを利用し起き上がり、すれ違いざま。
「アクア・裏拳ッ!」
「んぶっ!?」
俺の裏拳にアクア・ブレスの勢いが加わり、強力な一撃がクルルの顔面に当たる。
しかしクルルは一瞬後ろに倒れかけたが踏み止まり、怒りに満ちた形相で。
「調子に、乗るなあああああああッ!」
殴られたことへの怒りによる、振り向きざまの一閃。
同時にガチャンと音がし、剣が再び元の長さに戻った。
さっきの攻撃より雑で力任せだが、今俺の手元に武器が無く受け止める事も弾くことも出来ない。
それも踏んで、クルルはこの攻撃に出たのだろう。
だけど、俺も考えなしじゃないんだよ!
俺は迫る刀身から視線を離し、自分のすぐ上を見上げる。
タイミング、位置、完璧ッ!
俺が両手を天に向けて伸ばすと、そこに吸い込まれるように、先程投げたドンズさんの魔剣が落ちてきた。
「どりゃあッ!!」
「何……ッ!?」
キャッチすると同時に振り下ろした魔剣は、クルルの双剣の片方を叩き折った。
クルルは更に驚愕するも、すぐにもう片方の剣で俺を斬る。
が、俺はバックステップで躱し、そのまま距離を取る。
すると、今まで水を打ったように静かだった周りがワッと歓声を上げた。
「えっ、何!? 普通に強くない!? あのリーンさんとエルゼにボコボコにされてた彼はどこにいったのさ!?」
「う、うん……凄い……!」
聞き慣れているからか、周りがうるさい中でもジータとレイナのそんな会話が聞こえてきた。
まあ本当は、投擲スキルと座標眼を組み合わせた、ぶっちゃけ能力頼りの動きだったけど。
でも、コイツらにそう言われるとちょっと嬉しくなる。
だけど今はまだ戦いの最中、ニヤついている場合じゃない。
「お前、気付いていたのか……? この剣の仕組みに……」
クルルが刀身が無くなった剣を投げ捨てながら、忌々しそうに訊く。
俺はチラと自分の足下に落ちた、中からワイヤーが飛び出た刀身を見ながら頷く。
「さっきのラッシュの時な。お前の剣、うっすらだけど等間隔に切れ目が入ってたし、ただの剣にしちゃ妙に厚みがあった。だからもしかして、この中にワイヤーが入ってて、何かの仕組みで刀身が分かれて鞭みたいになるんじゃないかって」
「あの攻防の最中にそこまで考えたというのか……何者だ?」
「……この勝負が終わったら教えてやるよ」
俺は再び剣を構えると、クルルに対して挑発的な笑みを浮かべた。
「さて、さっきお前の顔面ぶん殴ったのは、貧乳の女の子には存在価値が無いってほざいた分だ。最低でもあと三回殴る予定だからな」
「ふざけるな……ッ」
「今のうちに歯ぁ食いしばっとけよ!」
今度は俺から突っ込んで行くと、クルルは右が利き手だったのか剣を持ち替え姿勢を低くする。
双剣使いでも片方の剣が壊れた今なら、俺も責められるかもしれない。
だから俺は剣を握り締め、真っ向からクルルと剣で勝負する……。
「『ファイア・ボール』ッ!」
「うおっ!?」
なんて騎士道精神が俺にあるはずなく、不意打ちの魔法を喰らわせた。
しかしギリギリで躱され、俺の火球はクルルの顔を掠めただけだった。
「こ、このひ――」
「卑怯者だぁ!? うるせえ、この世はどんな手を使ったって勝者になれば正義なんだよ! お前のふざけた思想と大して変わらねえねえだろ、文句言うな!」
「ふざけるな! 我々の理想はそんな薄汚れたものでは――」
「『エレクト・ショット』ッ!」
「このクソガキがあああッ!!」
そんな話聞きたくないとばかりに放った二発目の魔法に、クルルが激昂した。
俺はファイア・ボール、エレクト・ショット、バブル・ボムの中級魔法三大基本技をランダムに放ちながら、クルルを追いかける。
クルルは逃げるようにバックステップでそれらの魔法を躱すが、俺自身が追尾しているため剣を振るえない。
もし魔法を叩き落としたら俺の剣の間合いに入る、そんな際どい距離感を維持しながら追尾されているからだ。
それにもしまたあの鞭モードにしても、この距離じゃ逆に自分が不利になる。
さっきとはまったくの逆の展開に、冒険者達が盛り上がる。
だけど俺の魔力は、もはや説明するまでもなく少ない。
だから俺の魔力は、もうそこを尽きかけていた。
畜生、レベルアップしてもやっぱり微妙だなぁ俺は!
もう後が無いなら、ここで一気に決めてやる!
「『ハイ・ジャンプ』! からの『エレクト・ショット』ッ!」
俺は高く飛び上がり、残り魔力の殆どを注ぎ込んだ電撃の弾を狙いを定めて放つ。
真っ直ぐ自身へ飛んでくる電撃の弾にクルルは一瞬身構えたが、すぐに警戒を解いた。
「魔力切れで狙いがズレたか?」
俺の放った電撃の弾は、クルルを頭の上を通り過ぎる。
そして馬鹿にしたように笑うクルルのすぐ真後ろの地面――大きな水溜まりに着弾した。
「うぐ、があぁッ!?」
その水溜まりを通じて感電したクルルは、苦しそうな声を上げる。
あのすばしっこいクルルに魔法を直撃させるのはほぼ不可能。
だから最初から、これが狙いだった。
バブル・ボムで出来た水溜まりにクルルを誘導し、エレクト・ショットで感電させる。
攻撃の際ファイア・ボールを混ぜたり、同じ魔法を連続で使わなかったのは、相手にこの狙いを悟らせないようにするため。
狙い通りに成功しニヤリと笑った俺は、着地した瞬間に駆け出す。
「眼がいいだけが取り柄なんだ、狙いなんか外さねーよ!」
そして痺れて身体が動かなくなったクルルの横っ面を、全力でぶん殴った。
「ぶあッ!?」
「これはこのギルドの奴らに迷惑掛けた分!」
バランスを崩し大きく身体を傾けたクルルの膝後ろに、すぐさま蹴りを食らわす。
「うぐッ!?」
「これは魔族を雑魚だとか滅ぼしておけばとかほざきやがった分!」
膝かっくんを喰らったようにその場に勢い良く崩れ落ちたクルルは、顔を顰めながらもすぐさま立ち上がろうとして……固まった。
俺が高く振り上げ、今まさに自分の脳天に振り下ろそうとする、右足を見て。
「これは、レイナを――」
「ま、待ってく」
「馬鹿にしやがった分だッ!!」
ゴスンッ、という鈍い音が静まり返った訓練場に響く。
俺の踵落としを脳天に喰らったクルルは、両手を突き出したまま動かず。
やがて。
「………………ブッ」
白目を剥き鼻血を噴き出させながら、ゆっくりと地面に倒れた。
誰も動かない、誰も話さない。
そんな中、俺は魔力と体力切れでフラつきながらもクルルを見下ろし。
「ハァ……ハァ……今更、児童虐待とかほざくなよ……」
次の瞬間、今までで一番の歓声が上がった。




