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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第七章 君と僕のバースデー
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第二八話 エルフ娘は今日も寡黙ちゃんだ!⑨


「記憶喪失……」


翌日。

エルフの少女の目が覚めたというので、俺は朝早くから孤児院に向かった。

まだ身体の調子は良くないが、それでもあの子の顔を見ないと気が済まなかった。

しかし、来てみたはいいものの、事情をリーンとカインから聞かされて、今に至る。


「一応、受け答えはハッキリしてるけど、自分に関する記憶がすっぽり抜けてるみたいなの」


リーンの説明を聞きながら、俺は目の前のベッドに座る無表情のエルフの少女、ミドリを見つめる。

気を失ってる時からずっと、綺麗な子だなとは思ってたが、こうして起きているとその綺麗さが更に際立っている。

ホントにこの子、子供かなと疑ってしまうほどの美貌。

ただ座っているだけなのに、とてつもない品を感じた。

そして、やはり気になるのはコイツの瞳の色。

魔族と同じ紅い瞳、初見はそう思っていたんだが……。

よくよく見ると、紅色というより、若干緋色寄りだ。

それでも、魔族以外で瞳が赤系の種族や人は知らない。


「転移事故に遭ったかもしれないってのに、更に記憶喪失か……この子も災難だな」


なんて同情の目を向けていると、ミドリが側の壁にもたれ掛かっていたカインに顔を向けた。


「……ねえカイン、この人は?」

「あー、さっき俺がお前に教えた、お前を助けてくれたにーちゃんだよ」


今までずっと無表情で沈黙を貫いていたミドリだが、カインを介してそう尋ねる。

なんでも、ミドリとファーストコンタクトを取ったのはカインだそう。

だから、俺やリーンよりは心を許しているのかもしれない。

カインの簡潔な説明が終わるのを見計らい、俺は椅子に座ったまま前のめりになると、笑いかけながら自己紹介をした。


「俺はツキシロリョータ。このバルファスト魔王国の王様、魔王なんだ」

「……王様? ……ホントに?」

「また信じて貰えない……俺もうダメかもしんねえな……」

「何よ、いつものことじゃない」

「流石に記憶喪失の子供にまで疑われるとは思ってなかった!」


もう、俺が魔王だってすぐ信じて貰えるよう、紋所もんどころでも作って貰おうかな。

そしたら水戸●門みたく、誰もがすぐに俺を魔王だと信じて、『ハハ~』てひれ伏して……。

いや、ひれ伏さなくてもいいんだけどさ、俺自身そこまで徳の高い人間じゃないし。

……話を戻そう。


「まあとにかく、無事そうで良かったよ。いやー、これで今夜はグッスリ眠れるぜ」

「安静にしてろって言われたのに」

「しょーがねえじゃん」


なんてリーンと話していると、ミドリがスッとベッドから降りる。

そしてトコトコと、俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「どったの?」

「……その、まだよく分からないけど、薄ら覚えてる。赤くて大きなモンスターから、助けてくれたの、リョータだったんだね」


あの時、まだ意識があったのか……。

ってか、呼び捨てなのね。

子供達からは、まおーさまだのおにーちゃんだの呼ばれてるから、ちょっと新鮮だ。

なんて思ってると、ミドリが俺の右手を両手で、包み込むように握った。


「え? えっ?」


思わず挙動不審になってしまう俺を見上げたミドリは、無表情のままだが、手に力を込めて言った。


「……ありがとう、助けてくれて」

「ヤダこの子、記憶喪失なのに男を堕とすテクをマスターしてる!?」

「いや子供相手に堕ちそうになってんじゃないわよこのロリコン!」


リーンの言ってる事はド正論なんだが、顔立ちの綺麗さも相まってとてつもない破壊力を産んでいるんだ。

ってか、無表情なのに何なんだよこの愛くるしさ!

あああああああああ、シスコンからロリコンに逆戻りしてしまうううううッ!

なんて悶えている俺の手を離したミドリは、今度はリーンの方へと向かう。

そして俺にした時と同じようにリーンの手を取った。


「……リーンも、さっきご飯作ってくれてありがとう。美味しかった」

「え、えっ!? あっ、べ、別に気にすることじゃないわよ、いつもの事だし……」

「お前もキュンキュンしてんじゃねーか!」


思わず歯切れが悪くなり、頬を紅潮させているリーンに思わずツッコみを入れる。

ミドリの愛くるしさは女でも、ロリコンでなくてもキュンとしてしまうのか。

そして、最後にカインの元に……は行かず、再びベッドに腰掛けた。

その瞬間、『えっ!? 俺には!?』と言いたげなカインの表情を見逃さなかった。

流石に同世代にするのは恥ずかしいのだろうか。

そのところは、この子の無表情からは見て取れない。


「さてと、じゃあこっからどうしよっかなぁ……」


俺は椅子に深く座り直すと、頬杖をついてボソッと呟く。

まずはこの子がエルフの国、カムクラから来たのかどうか調べなくちゃいけない。

もしそこが故郷なら、その街の風景を見れば記憶が戻るかもしれない。


「なあミドリ。ホントに自分がどこに居たとか、何者なのかとか、覚えてないのか?」

「……うん」


ううん、戻るかなぁ……?

ここまで何も覚えてないなら、厳しいかもしれない。

それに、カムクラの具体的な場所がどこにあるかが、そもそも分からない。

ただ、フォルガント王国の国境の先の、大森林のどこかにあるとしか……。

……フォルガント王国か。


「じゃあ、フォルガント王さんに訊いてみようかな。何か知ってるかもしれない」

「あの王様に訊くのか? 大丈夫かそれ?」

「あの人なら、ちゃんと時間取ってくれるよ。それに、もしミドリがカムクラから転移事故で飛ばされて来たんなら、国際問題にもなりかねないからな。そこら辺はよく分からないから、フォルガント王先輩に訊くよ」


それに、個人的に少し話したかった事があるし。

よし、そうと決まれば早速行動だ。


「じゃあ俺、リムに頼んでフォルガント王国まで飛ばして貰うよ。流石に向こうも予定があるから、今日って訳にはいかないだろうけど」

「待って、大丈夫なの? まだ安静にしてた方がいいんじゃない?」


そう言いながら立ち上がった俺に、リーンが少し心配そうに訊いてきた。


「何だよ、お前にしちゃヤケに心配してくれるな? 普段修行中、待った掛けても容赦なくボコしに来るくせに」

「それとこれとは話は別。それにホラ、アンタ私が風邪引いた時に看病してくれたじゃない」

「あー……うん」


この話題になると、いつもリーンの胸の中で泣きじゃくった時を思い出し、顔が紅くなる。

それを悟られないように俺が平然を装う中、リーンは続ける。


「なのに、逆に私は何もしてあげられなかったし……」

「いやいやいや、リーンは気を失ってたミドリやアイツらの面倒見なきゃいけないんだから、俺なんか気にすんなよ。それにお前より重症じゃねえし」

「そう……?」


リーンは何というか、地味に責任感が強いというか、義理堅いというか。

まあ心配してくれるのは素直に嬉しいが、今は俺よりミドリが心配だ。

体調なんて数日あれば元に戻るけど、失った記憶はいつ元に戻るかなんて分からない。

そんなやりとりを見ていたミドリは、表情を何一つ変えず。


「……二人は恋人なの?」


とんでもない爆弾を投下してきた。


「ッ!?」


どうして、どうして皆俺とリーンが付き合ってると勘違いする!?

そう見えるの!? 見えるのかなぁ!?

いやまあ、俺は別に嫌ではないんだよ……嫌ではないんだ、俺!?

とりあえず俺の事はさておき、問題はリーンの方だ!

アイツ、俺と恋人だって勘違いされるとスッゲー不機嫌になるんだよ!

どうしよう、リーンに対するミドリの印象怖くなっちゃう……!

そう俺が色んな意味で怯えて、動けないでいると。


「違うわよ」


今まで何も反応を示さなかったリーンが、何てことないようにミドリに言った。


「私とコイツは恋人とかじゃないの。私とコイツは……仲間? 師匠と弟子? 友達…………ねえ、私達の関係って、何なの?」

「……分かんね」 


ハイデル達と違って、俺の配下って訳でもないもんな、コイツ……。

マジで、俺達の関係って何なんだろ?

友達……ではあると思うけど。

いや、それより。


「ってか、お前誰だよ!? 前まで子供達に対してもメッチャ威圧的に否定してたお前が、何すんなり否定してるんだよ!? 逆に怖いよ!?」

「う、うっさいわね! それにあの時はアンタの事、魔王の肩書き持ってるだけの、スケベでうるさいタダ飯喰らいとしか思ってなかったから!」

「だいぶ前でも酷えなお前の中での俺の印象!?」

「だけど今はちゃんといい奴だとは思ってる!」

「ありがとよ!」

「お前ら、喧嘩してんのか褒めてんのかどっちだよ……?」


そんな言い合いを続けていると、脇からカインが突っ込み入れる。

そのおかげで、お互い頭が冷えた。


「ンンッ。とにかく、私とリョータは恋人でも何でもないの」


最後に、リーンはそう念を押すようにミドリに言う。

するとミドリは、スッと顔を伏せる。


「……面白いね、二人とも」


そうは言うが、この子ホント表情変わらないから、本当に面白いのか分からねえ……。

でもそうなら、警戒が解けたという事で良しとしよう。

するとミドリは、再びカインに顔を向ける。


「……ねえカイン」

「あん?」


自分だけお礼を言われなかった事に拗ねてるのか、若干ぶっきらぼうに聞き返したカインに、ミドリが首を傾げながら訊いた。


「魔族って、こんな人達なの?」


そんな質問に、カインは少し困ったような顔をして。


「ぶっちゃけ、コイツらよりもっとヤバイ奴らばっかだけどな」

「否定できない……」

「うん……」


サッと顔を逸らした俺とリーン。

どうしよう、この国の奴らのテンションに毒されなけりゃいいけど……。


「だけどまあ、怯えることはねえよ」

「……そっか」


でも、そうだ。

この国の奴らは皆、気の良い奴らなのに変わりない。

だから、ミドリが魔族に怯えたりする心配はないだろう。


ふと、リーンと視線が合う。

俺達は、お互い何を言うでもなく、カインと同じように困ったように笑っていた。

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