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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第七章 君と僕のバースデー
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第二八話 エルフ娘は今日も寡黙ちゃんだ!③


「ハイ、どうぞ~。今回はリグルさんがお土産に買ってきた新しい茶葉を使ってみたの~」

「ありがと、ござましゅ……」


夫が帰ってきたからか、いつもより上機嫌なサラさんが淹れてくれた、紅茶が入ったティーカップを震える手で口まで運ぶ。

きっとこんな状況じゃなかったら、紅茶の良い香りが口の中や鼻孔にフワッと広がっていたはずだ。

だけど今は味がしねえ。ついでに熱さも感じねえ。


「…………」


それもそのはず、テーブルを挟んだ向かい側には、未だ爽やかな笑みを浮かべるリムの父ちゃん、リグルさんが座っているのだから。

リグルさんは、未だとてつもないプレッシャーを放っている。

それなのに、リムやサラさんは平然としている。

何で、何で俺だけ? 他は家族だから?

それとも、敵意が俺にしか向けられてないから?

なんて恐怖しながら、互いに紅茶を口に含んだ後、リグルさんが肘を机に乗せた。


「さて、魔王様。さっき、玄関先ではすまなかったね。どうもあの娘がお兄ちゃんと呼ぶ男がどんなものか、気になってしまっていて。つい落ち着きが無くなってしまったんだよ」


いや落ち着きが無くなったからって、あのプレッシャーはおかしいだろ!?

というツッコミを、俺は生唾と共に呑み込んだ。


「もうリグルさん、そんな怖い顔しちゃダメですよ~。魔王様が怖がってるじゃないですか~」

「顔が怖いのは元からだよ、サラ」


ティーポットを机に乗せながらリグルさんの隣に座るサラさん。

すると一瞬だけ、この張り詰めた空気が和らいだ気がした。

その隙をついて、俺は隣に座るリムに耳打ちした。


(なあ、お前の父ちゃん何者なんだよ!?)

(えと……パパ、じゃなくてお父さんは、お母さんと同じ元冒険者なんです。ジョブは《拳闘士》、文字通り自らの五体だけで戦う前衛職なんです。お母さんとお父さんは、元々ペアを組んでいて、凄く名の通った二人だったらしいですよ)


成程……通りでこんながたいが良い訳だ。

サラさんは元々、バルファスト魔王国最強の魔法使いと呼ばれていた。

そんな凄い人とペアを組んでいたってことは、この人もメチャクチャ強いんだろう。

それを裏付けるのが、さっきの玄関先での動き。

あの瞬間何が起こったのか分からなかったが、思い返せばとても単純だった。

この人はハイ・ジャンプで跳んだ俺を、同じく跳んで捕まえそのまま着地した。

それを、一秒も満たない速さで行っていたのだ。

ってか、リムの両親強すぎだろ!? 

この小っこくて可愛らしいリムは、このヤバイ二人の血で出来てるのかよ!?


「さて、話を戻そうか」

「ッ!」


和ましい夫婦の会話が終わり、再び氷河時代が訪れる。

背筋を直角九十度に伸ばし、変な汗をダラダラと流す。

そんな俺に、リグルさんは一拍置いた後。


「君のことは、一応妻や娘から聞いている。この二人が色々と世話になったみたいだね。まず、お礼をさせてくれ、ありがとう」


椅子に座ったまま、深く頭を下げてきた。

……確かに、自分で言うのも何なんだが、俺はリムをアダマス教団の幹部、ジークリンデから連れ戻したり、サラさんのストーカを捕まえたりした。

ここはやっぱりリムの父ちゃんと言うべきか、しっかりしている。


「あ、いえ、ホントお気になさらず! 俺は魔王として、当然のことをしただけなんで……!」


突然のことでつい早口になってしまった俺に、リグルさんはフッと微笑んだ後。


「でも、やはり自分の大切な娘が、顔も知らない男をお兄ちゃんと呼んで、しかもその本人は頭を撫でたり甘やかしたり、抱きしめたりしてるというんだ。いくら二人から話を聞いているとは言え……ねえ?」

「――――」


泡吹いて気絶しそう。

ってかリム、抱きしめたって、もしかして俺が女になってたときの、あの台所でのやり取りの時か!?

でも、あの時は俺は男じゃなくて女だったし、ワンチャンノーカンになるんじゃ……なりませんね、うん。


「それで、改めて君の口から聞きたい。うちの娘を、どう思ってる?」

「…………」


その質問に、俺はふと隣のリムを見る。

リムは無表情でジッと俺の顔を見つめていたが、その綺麗な瞳に微かな怯えが見て取れた。

なんで怯えているのか……そんなの決まってる。

俺が『リムを妹とは思っていません』と言う事に怯えているんだ。

本人には多分その自覚はないだろうけど。

……漢になれ、月城亮太。

ここで頭を下げて、ゴメンナサイ調子に乗りましたなんて言うのは、俺をお兄ちゃんと呼んで慕ってくれるリムへの冒涜だ。

ならば俺は、ドンと構えて、目の前に座るこの人の目を見据えて。


「いきなり魔王になって、何も分からなかった俺を、一番サポートしてくれたのは他でもないリムです。それに魔王の仕事以外でも、リムには色々助けられてます」


出来るだけ真っ直ぐ、真剣に。


「だから俺にとってリムは、大切な、しっかり者の妹のような存在なんです」


……ヤバイ、何か恥ずかしくなってきた。

リム、今どんな顔してるんだろう?

気になるけど、今は目の前のリグルさんから視線を逸らしちゃダメだ。

数秒の沈黙の後、リグルさんは静かに、どこか安心したように目を伏せた。


「そうか」


それだけ言うと、リグルさんは紅茶を一気に呷ると立ち上がる。


「よし、魔王様。この後まだ時間はあるかい?」

「えっ? は、はい」

「じゃあ、自分の装備を持ってギルドまで来てくれ」

「……はい?」


ギルド……?


「えっと、どうしてなんでしょ……?」

「いやぁ、元冒険者の性分みたいなもんでね。その人の戦いっぷりを見てると、その人がどんな人なのかが分かるんだよ」

「やっぱりまだ信用してない!?」

「そんな事はないんだ。それとは別に、君から普段のリムがどんな様子か、もっと聞いてみたいんだ。だけど流石に本人の前じゃあね。それも兼ねて、二人でモンスターでも狩りながら、ゆっくり話をしようって事さ」

「パパ!? 止めてよ、私の知らない所で私の話なんて!」


慌てたように立ち上がり、リグルさんに詰め寄るリム。

その顔は真っ赤だったが、リグルさんへの怒りでなのか、それとも俺の言葉に対してなのかは分からなかった。

だけど……わざわざこんな風に外に連れ出すって事は、何か俺だけに話したい事でもあるんじゃないだろうか?


「でも、今はモンスターは冬眠してるはずじゃ?」

「それなら問題ない。さっきギルドに行って確認してみたんだが、どうやら穴持たずのレッドグリズリーが魔の森を徘徊しているらしい」

「問題ないけどある意味問題だぁ!」


ちなみに穴持たずというのは、冬眠するためのねぐらを確保出来なかった為、通常より気性の荒くなった熊の事だ。

しかもその穴持たずは、あのレッドグリズリーだと言う。

なのに何でこの人、そんな凶悪モンスターに対して『一狩り行こうぜ!』みたいな軽いノリで言うんだろう?

多分この人にとって、モンスターを狩る事は『ちょっとそこら辺歩かないか?』みたいなもんなのかもしれない。

いや、まさかこの人、レッドグリズリーに襲われた風を装って俺を……!?

いやいや、まさかまさか……。


「それに、私はもう冒険者でも拳闘士でもない。だから、兼業冒険者である君と同伴じゃないとクエストを請けられないんだ」


ジョブがない状態でレッドグリズリー倒せるとかリーンかよ。

なんて恐れ敬いながらも、俺はコクリと頷いた。


「……分かりました、じゃあすぐに装備取ってきます」

「お兄ちゃん!?」

「ゴメンな、リム。でも、折角のお誘いだしさ」


それに、今朝初代に黒雷の課題を出されたんだ。

レッドグリズリー相手はちょっと怖いが、ある意味好都合だ。


「まったくもう……分かりました。でも、変な話はしないで下さいね! あと、怪我しないように気を付けて下さい」

「おうよ!」

「パパも、誘ったのはパパなんだから、お兄ちゃんの事しっかり守ってね?」

「分かってるさ」


リグルさんはリムに頷くと、椅子から離れ部屋の扉を開ける。


「それじゃあ一時間後。ギルドの前で会おう」


そう言うと、そのまま二階へと上がっていった。

それを見送った俺は、大きなため息と共にそのまま背もたれにもたれ掛かった。


「あ~……緊張したぁ……」

「フフッ、ゴメンナサイね~。でもあの人、これでも魔王様に気を許してると思うわよ?」

「そ、そうなんすかねぇ?」


妻であるサラさんの言うことなら、まあ信用して良いだろうけど……。

なんつーか、本当に見た目にそぐわず落ち着いた人だったな。

もっとこう、乱暴に『俺の娘に何しとんのじゃあ!? いてこますぞクソガキィッ!!』って怒鳴り散らされるかと思った。


「でも、クエストねえ……」

「どうしたんすか? あっ、美味し」


ふと口元を押えて考え込むサラさん。

俺が残っていた紅茶を啜りながら尋ねると、サラさんは昔を思い出すように天井を仰ぎ。


「あの人は昔から、イライラとかをあまり表に出さない人なの。その代わり、よく一人でクエストを請けてモンスターを一方的に狩ってたのよ~」

「…………」

「ああでも、今回はそういうのじゃないと思うの。多分、さっき言ってた通りの意味でのお誘いなんじゃないかしら?」


問題ないと言わんばかりのサラさんだが、正直その情報言わないで欲しかった。

俺は澄まし顔のまま、天井を仰ぐ。

……俺、やっぱり消されるんじゃね?

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