第二七話 魔界は今日も寒天だ!⑦
「えっと……いつから気付いて?」
「勿論最初からですよ」
茂みの中から引っ張り出された俺達は、三人と対峙していた。
ちなみに、俺だけ雪で冷たい地面に正座している。
「いやぁ、カリンは凄いなぁ。まさかバレるなんて思ってもみなかったよ」
「いえ、あんなに大勢で騒がしくしていたら誰でも気付きますよ。やはり兄様の仰ったとおり、愉快な人ですね」
ケラケラ笑い、頭を掻きながら開き直る俺に、カリンがごもっともな事を言う。
その視線と声音には嫌悪はないものの、若干の呆れが見て取れた。
「寧ろ、あれだけうるさくて気付かない方がおかしいです」
「「えっ」」
カリンの言葉に、ずっと俺達を見てポカンとしていたレオンとフィアが声を上げる。
俺達の視線が一斉に集まると、レオンとフィアは動揺を見せずドンと胸を張り。
「ま、まったく、カリンの言う通りだ。バレバレだぞ貴様ら」
「そ、そーですそーです、最初から分かっていたです」
声裏返ってんじゃねえか。
これには、流石のカリンも何とも言えない笑みを浮かべていた。
「し、しかし途中からとは言え、まさかリーンさんまで私達をつけるなんて」
「ご、ゴメンね?」
「わ、私も、ゴメンナサイ……」
「いえ、別に責めてる訳ではないんです」
俺とは違い、素直に謝罪する二人に対し、カリンは首を横に振る。
しかし視線を逸らすと、小さくボソボソと呟く。
「……それにしても、リーンさんや勇者レイナまでもが、既に兄様とあの女の関係を気にしているなんて……私が知らない所で、どこまで進めているというの……?」
一番カリンとの距離が近かった俺には聞き取れた。
進んでいるって言うか、それに関しては、フィアがあまりにも露骨だっただけなんだよなぁ。
だからついつい気になってしまうっていうか。
「まったく、理由はよく分からんが、我らを付け回して一体何の足しになるというのだ?」
「足しになりまくりだよ、というかもうお腹いっぱいだよ」
「うんうん、二人ともご馳走様」
「いや、アタシは……クッ……認めるよ、アタシもご馳走様!」
最初から付け回していた俺とローズが満足げに頷き、とうとう根負けしたエルゼも顔を真っ赤にしてヤケクソ気味に開き直った。
「アハハ……えと、じゃあ私達、そろそろお暇しますね」
「え? もっとゆっくりしてけばいいのに」
「勇者の仕事は終わりましたけど、姫としての仕事がまだ残っていますから」
「そっか。でも、そんな忙しいのに、わざわざ来てくれてありがとな」
「はい。じゃあ、ジータちゃんを呼びに……あっ」
そう言い掛けたとき、レイナは小さく声を上げて俺の後ろを見た。
振り返ってみると、ジータがこちらに手を振って、小走りで向かってくるのが見えた。
「みんな、こんな所で集まって何してるのさ?」
「まあ、その……色々あってよ。ジータこそどうしたんだ?」
「そろそろ帰る時間だからね、魔王城に向かう途中で皆を見つけたんだ。おや? 君はどちら様かな?」
そうエルゼに応えたジータは、カリンの存在に気付く。
するとカリンはさっきまでの騒がしさは何処ヘやら、落ち着いた雰囲気を出しながら会釈した。
「初めまして。レオン兄様の妹の、カリンと申します」
「へえ、レオン君の妹ちゃんかぁ……ううん、もうちょっと熟してなかったら……」
「はい?」
「いや、こっちの話さ」
本性を隠せロリコン。
ってか、カリンちゃんの歳でもう熟してるってのか。
まだまだ新鮮だろうが。
「いやー、それにしても、サラさんは凄いね。ボクは才能は勿論だけど、周りの環境が良かったからここまで強くなれた。でも、サラさんはほぼ独学で上級魔法を使えるようになったんだってさ。魔法使いとして尊敬するよ」
「えっ、お前サラさんに摘まみ出されたんじゃ……」
「まさか! スッカリ意気投合したし、『今後ともリムちゃんを宜しくね~』って言ってくれたんだ! これはもう、ボクをリムちゃんの義理の姉と認めたと言えるね!」
「言えねーよ! 畜生、だけど何か敗北感が……! サラさんと仲良くするのは良いんだけどさぁ!」
賭けも無効になりリムも独占出来なくなり、俺は喉の奥から呻き声を上げる。
するとジータが、フフンと勝ち誇ったようにドヤ顔をした。
「やっぱり、妹こそ至高だね!」
「その通りですジータさん! やはり妹、妹が一番なんです!」
「カリン!? 貴様自分で何を言っているのだ!?」
「勝手にリムを妹にすんなー! 俺はな、ちゃんとリムにお兄ちゃん面させてくれって許可取ってんだよ!」
相変わらず、街の中心でわーわーギャーギャー騒ぐ俺達。
その中に勇者一行が混じっているのも、もう違和感が無くなってきている。
その証拠に、レイナがクスリと笑いながら、隣のリーンに言っていた。
「何だかもう、逆に安心するね、こういうやり取り」
「安心しなくていいから」
――所変わって魔王城の正門前。
「今日はありがとうございました」
「また遊びに来てね、皆」
テレポートの魔法陣の上に立つ勇者一行を、俺、リーン、レオンの三人で見送る。
カリンはあの後フィアに『まだ、まだ私の方が優勢なんですから!』と捨て台詞を吐いて帰って行き、まだ子供だからとローズが見送りに行っていた。
「魔王、今度会った時こそ戦おうぜ」
「へいへい。ホント、お手柔らかにな?」
せめて、一方的にボコられないようにしとこう。
そう心に決めた時、ふとフィアと目が合った。
エルゼの後方に身を隠すように立っているフィアは、まだ何か言いたげな顔をしている。
俺が苦笑しながら、アイコンタクトでフィアに促す。
するとフィアは、少しの間の後コクリと頷いた。
「ジータ、ちょっと待ってです。えっと……レオン!」
「む?」
ジータにそう告げ、フィアが小走りでレオンに向かう。
「今日はありがとです、レオン。楽しかったです」
「そうか。だが、我はもうあんなに騒がしいのはこりごりだがな……うおっ」
なんて、苦笑気味に言うレオンの腕を、フィアは不意に掴み自分の方に引っ張る。
そして、バランスを崩し身を低くしたレオンの耳元に顔を近づけ。
「じゃあその……今度は、二人っきりでデートするですよ?」
「おっ、えあっ!?」
顔を真っ赤にし、囁かれた方の耳を押えて狼狽えるレオン。
そんな様子を面白可笑しそうに笑うと、フィアは魔法陣の上に戻った。
「ジータ、待たせてゴメンです」
「あ、ああ、別にいいさ。それじゃあね、『テレポート』!」
ジータの詠唱と共に、手を振る四人の姿が光と共に消える。
残された俺達は、フィアの最後の行動にポカンとするだけだった。
……まったく、吹っ切れた女の子ってのは強いねえ。
なんて思ってると、若干顔を赤らめたリーンがそのまま歩き出した。
「コホンッ。じゃ、私は帰るわね。あとリョータ、明日暇だったら孤児院に来てくれない? 子供達がアンタと雪遊びしたがってるのよ」
「おっ、そりゃ行かねえとな。じゃあな」
「うん。レオンも、じゃあね」
「あ、ああ……」
小さく手を振り合った後、俺とレオンは遠ざかっていくリーンの後ろ姿と、薄らとオレンジ掛かる空を眺めていた。
まだ四時ぐらいなのに、冬は暗くなるのが早い。
「……なあ、リョータ」
しばらく経ち、レオンが少し遠慮気味に話し掛けてくる。
チラと横目で表情を見ると、レオンの顔はまだ赤く、そして動揺していた。
「んー?」
「……いや、何でも無い」
こういうところで、やっぱりコイツも童貞なんだなって思う。
普段から自画自讃してるけど、こういう事に関しては自分に自信が無い。
まあ、それでも。
「……お前が何訊きたいかは分かんねえ。でも、お前は自分で思ってる何倍もいい奴だし、格好いい奴だ。そんだけは言っとく」
「……そうか」
そこまで言って、俺達は踵を返して魔王城に入っていった。
「今晩何食べたい?」
「野菜スープ」
「俺も」
いつか、レオンとフィアが。
いや、それ以外でも。
種族や過去なんて関係無くなるぐらい、仲が良くなりますように。




