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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第七章 君と僕のバースデー
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第二七話 魔界は今日も寒天だ!⑥

この街の露店街は、冬でも活気が良い。

いや、冬だからこそ活気が良いと言っても良いだろう。

お正月に屋台で買うたこ焼きや焼きそばがメチャクチャ美味しいのと同じ原理。

わざわざ寒い外に出るからこそ、温かい料理を食べると何倍も美味しく感じるのだ。

あちらこちらの露店から、肉が焼ける香ばしい匂いやスープの優しい匂いが漂い、通行人の食欲をそそるこの大通りに、一際目立った三人が歩いていた。


「兄様、こっちです。この時期限定の冬野菜のスープ、早くしないと売り切れてしまいますよ」

「分かったから、そんなに急かすでない。フィアよ、雪かきはしてあるがまだ路上に雪が残っている。足を取られぬよう気を付けておけ」

「はいです……むぅ」


レオンの腕をガッチリホールドするカリンと、その少し後ろで羨ましげでもあり恨めしげでもある顔をしながら付いていくフィア。

そんな三人の美男女に、通行人はつい目を取られてしまう。

たまにすれ違うレオンを知っている男連中なんか、羨ましすぎて悔し涙を流す者や、メンチを切りすぎて白目を剥いている奴までいる。

そして……。


「完全にカリンちゃんに取られちゃってるなぁ」

「カリンちゃんはレオンちゃんの実の妹だもの、腕を組むのに躊躇いなんてないわ。逆にフィアちゃんは、ちょっと難しいかもね」

「……何でアタシ、付いて来ちまったんだろ……」


後方に、不審者三名。

レオン達から十数メートル後方の建物の陰から、フードを被った俺とマフラーで顔半分を隠したローズ、そして何も隠していないエルゼがトーテムポールのように顔を出して様子を覗っていた。

そんな俺達を、街行く人々は一瞬『何やってんだアイツら……』と言わんばかりの視線を向けてくるが、俺達の奇行には慣れているのかそれ以上は何もせずに通り過ぎていく。


「バッカ、お前も俺と同じ『フィアの恋応援隊』の一員だろ。なら、フィアの勇姿をしっかり見届けてだな!」

「フィアの事は応援してるけど、そんなバカみたいな隊に入った覚えはねー!」

「シーッ、二人とも声が大きい! 三人にバレちゃうわ」


あれから、俺達三人はハイデルを魔王城に残し尾行を始めたのだが。

追いついた時からカリンはレオンの腕にタコのように絡みつき、離さないでいた。

そのせいでレオンの歩き方が変になっている。

そして、チラチラ振り返ってはドヤ顔をし、後方を付いていくフィアが頬を膨らませるというサイクルが行われていた。

アタックしまくってやると息巻いてたが、やはりローズの言う通りいきなり腕を組むのはハードルが高かったのだろうか。


「さあ、こっからどうする……?」


そう独り言を呟きながら見守っていた時だった。


「……」


フィアは何かを決心したのか、大きく息を吸い込むと、少し足早に歩き出す。

そして、何も無い場所で、前によろけた。


「あ、あぅ」

「うおっ!?」


いったあああああああああああああああ!

フィアの奴、わざと躓いたフリしてレオンの左腕にしがみついた!


「っとっと……大丈夫か?」

「だ、だいじょぶ、です」

「だから言っただろう、足を取られないようにしろと」

「ゴ、ゴメンです、ちょっとボンヤリしてたです」

「まったく……オイ、何故腕を離さないのだ……?」

「ま、また転ぶと悪いですから……」


そう言いながら、フィアはレオンの裾を両手で掴んだまま並んで歩き始める。

それをカリンが、ぐぬぬと睨みつけていた。


「クッ、小癪な……!」

「フ、フフーンですっ」


……一方、俺達は。


「ねえ何アレ何アレ!? フィアちゃんってば、絶対わざと躓いたわよね!?」

「この状況で大胆な行動に出れるのは強いぞ。よくやった!」

「フィア……お前、今までずっと何も出来なかったのに……そっか、成長したんだな……」


建物の物陰でキャッキャとはしゃぐ俺とローズと、感極まって涙声になっているエルゼ。

端から見ればだいぶヤベえ奴だ。

でもまあ一応隠密スキル使ってるし、逆にこんな不審者にわざわざ近付こうとする奴なんていない……。


「何やってんのよ、アンタ達」

「「「!」」」


いやいましたわ。

しかもこの声……。

その聞き慣れた声に、俺達は一斉に振り返る。

そこには、腕を組んで仁王立ちしているリーンと、苦笑いを浮かべるレイナが立っていた。


「……よっし、俺達もそろそろ移動しようか」

「無視すんじゃないわよ」

「……だーっもう、んだよ、折角いいところだったのに。ってか、お前らこそ何でここに居るんだよ?」


リーン肩を掴まれ、渋々振り返りながらそう訊くと、レイナが応えた。


「その、リーンちゃんから、ここの露店街のこの時期限定の冬野菜スープが美味しいって聞いたので、折角だし食べに行こうってなったんですが……」


そんなに人気なのかよ、そのスープ。

何か俺も飲みたくなってきたな……じゃなくて。


「アンタ、街で見掛ける度に誰か付け回してるわよね。この前はサラさんだったけど、今度は……レオンとフィア? それにあの子ってカリンちゃん……って、どういう状況よ、なんでレオンが二人に両腕を……!?」

「まーその、なんだ。ブラコン妹と片思い聖職者が繰り広げるレオンの争奪戦、だな。そんで俺達は観客」

「わあぁ……フィアちゃん、やっぱりレオンさんの事が……」


両手に花のレオンを見て目を見開くリーンに俺が短く説明すると、レイナが顔をほんのり赤くして呟いた。


「アンタらねぇ、確かに気になるのは分かるけど、そんなストーカー紛いな事するもんじゃないわよ。特にリョータ、アンタ実質二回目なんだから」

「チェー」

「い、いや、アタシは別に付いて行きたくて付いて行ったんじゃねえよ!? ただ、何となく流されちまって……」

「アハハ。でも、エルゼちゃんもフィアちゃんが気になるのは本当でしょ?」

「まあ、そうだけどよ……ジータには言うなよ? アイツ絶対イジってくるから」

「ねえ皆、レオンちゃん達、目的の屋台に着いたみたいよ」


ローズの言う通り、俺達が会話している間にレオン達は屋台の店主と話していた。

ここからでは遠いので、俺達はそっとレオン達の背後の茂みに身を隠す。


「……いや何でお前も隠れてるんだよ」

「……私達、同じ屋台に行くつもりだったから、何か邪魔するみたいだなって……」

「と言いつつ、やっぱり三人が気になるリーンでした」

「…………」


否定できないのか、せめてもの抵抗とジト目で俺の手の甲を抓ってくるリーン。

相変わらず素の力が凄まじく、痛すぎて声を上げてしまいそうになるが、ここはグッと堪えた。

そんな合間にも、注文を済ませた三人。

しかし、注がれたスープは一杯だけだった。


「悪いね、コレが最後の一杯なんだ」

「そうだったのか。だがまあ、ギリギリで間に合って良かったじゃないか」

「ええ、そうですね」


カリンが最後のスープを受け取り、三人はすぐ近くのベンチに腰掛ける。

チラと横を見ると、レイナがちょっとだけ残念そうな顔をしていた。


「……暇があったらまた来いよ。何なら予め買っておくから」

「い、いいですよそんな! ……でも、ありがとうございます」


俺達に会っていなくても多分先を越されていただろうが、少し申し訳ない。

償いの意を込めてそう伝えると、レイナがはにかみながら小さく頭を下げた。


「はぁ……やっぱりコレを飲まないと、元気が出ませんね。ホラ、兄様もぜひ」

「うむ」


一口飲んだ後、カリンは笑顔でレオンにスープを渡す。

そしてレオンは、そのまま口を付けた。


「変わらず美味いな、ここのスープは」


流石兄妹、間接キスなどまったく意識していない。

……隣のフィアを除いて。


「…………?」


その光景を羨ましげに見ていたフィアは、ふと何かに気付いた。


「レオン、ほっぺた赤くないです?」

「ん? ああ、先程冒険者共に殴られた跡だな。まったく、訳も分からぬまま殴られた上に、手加減もしないとは……」


レオンはそうブツクサ言いながら、右頬を撫でる。

……俺も恋人が出来たら、レオンと同じ目に遭うのだろうか。

まあ、俺みたいなスケベ野郎、好きになってくれる女の子なんて居ないだろうけど。


「……何度も言うようだが、回復魔法は」

「使わないですよ! 流石にそこまでおバカじゃないです!」


釘を刺され少々不満げなフィアだったが、次の瞬間何故か一人赤くなる。

そして怖ず怖ずと、レオンに訊いた。


「えっと……やっぱりそういう怪我も、ヴァンパイアは血を飲むと治るです?」

「まあな。だが、わざわざ血を貰うより、ポーションを飲めば済む話……」

「じゃあ私の血……飲むですか?」

「「…………え?」」


レオンの話を遮るように、フィアが立て続けに言う。

思ってもいなかっただろうフィアの提案に、レオンはおろか、カリンも固まる。

無論、俺達も。


「だから、その……レオンなら私の血、飲んでも良いですよ?」


顔を赤くしながらも、フィアは自分の服の襟に手を伸ばし、レオンに細く綺麗な首筋を見せた。

何だ……!? 

フィアから、フィアからかつて無いほどの色気を感じる……!

特にわざわざ『レオンなら』と主張している辺り!

流石のレオンも、コレには顔を赤くした。


「な、何を言っているのだ! こ、こんな怪我程度で、貴様から血を貰うわけにはいかないだろう!」

「そうですよ、いきなり何を仰っているんです!?」


方や恥じらい、方や怒り。

兄妹が別々の意味で顔を赤くして早口捲し立てる。


「そ、それに、血を吸うという事は、またあの時のように貴様に噛みつかなくてはいかん。普通に痛いだろう? そもそも、男である我に血を吸われるなど……」

「そ、そんな事ないです! さっきも言ったです、レオンなら良いって! それに……その……」


そこまで言ってフィアは言い淀むと、口をムニムニさせながら顔を赤くし、レオンを上目遣いで見る。

何だ、何を言おうとして……。

そして、蚊の鳴くような小さな声で。


「レオンに血を吸われたとき……実はちょっと、気持ち良かった……です……」


エッッッッッッッッッッッッッッッッッ!


「な、ななな、なあああああッ!?」

「あ、ああ、あなた何を言って……!?」


レオンどころかカリンでさえ、顔を更に真っ赤になってたじろぐ。

無論、俺達も。


「フィアが……フィアが、何か凄いこと言ってるぞ!?」

「わあぁ……わあぁ……!」


長い付き合いであるはずのエルゼとレイナでさえ、顔を真っ赤にしてフィアを見ている。

レイナなんて、さっきから『わあぁ……』としか言ってない。


「うそ……ちょっ、うぇ……?」

「スゲえ……今までで一番強力だぞこれは……! 良くやったフィア、こんな事言われて意識しない男なんていない!」

「そそそ、そうなのリョータちゃん?」

「あったりめえだ! 男ってのは皆、エッチな女の子が大好きなんだ!」

「……それって、もしかして私――」

「お前は自分の性欲に従ってるだけだろーが! 変態とムッツリは違えんだよ!」


以前、俺はレオンの吸血シーンを見たことがある。

その時、フィアは完全にヤってますよね? と訊かずにいられないほど艶やかな声を上げていたのを覚えている。

てっきり血を吸われる痛さに悶えているのかと思っていたが、まさかマジで快感を覚えていたとは……。


「ななななな、何を言ってるのだ貴様ァ!? そ、そそ、そんな事出来るわけないだろう!」


ベンチから立ち上がり、後退りながらキョドるレオン。

こういうところに童貞のシンパシーを感じる。

続けて、カリンがフィアの肩をガッチリ掴む。

その際放り投げられたスープが宙を舞ったが、綺麗にも一回転して着地し、中身が多少零れただけだった。


「そうですよ、こんな人通りの多い場所で、何を発情しているんですか!」

「は、発情なんてしてないです!」


カリンちゃん、発情といい雌の顔といい、結構ズバッと言うよな。


「もう許しません、兄様は私の兄様です! 誰にも渡しません!」

「きょ、兄妹だからって、独占するのはズルいです! 私だって、その……」

「あー! ホラ、またそんな顔をする!」


お互い手を組み合い、睨み合いながら押し合う二人。

その様子はさながら、雌を取り合う野生動物の闘いのようだ。性別逆だけど。

そんな二人を見て、少し離れて立っているレオンは顔を赤くしながら呟いた。


「な、何なのだ、何故二人は出会って間もないのにここまで仲が悪いのだ……?」


原因はお前だよ、いい加減気付けバカたれ。

そう心の中で呆れていると、カリンが組み合ったまま不意にこちらに顔を向けた。

ん? まさか、俺達に気付いて……?

いや、確かにちょっと騒がしかったとは言え、流石にバレては……。


「やはりこの方は危険です! ね!? 皆さんもそう思いますよね!?」


普通にバレてーら。

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