第二七話 魔界は今日も寒天だ!④
「ふぅ……こんなにスッキリしたのは久々です」
頬を紅潮させながら、とても晴れやかな表情でフィアが呟く。
それほどまでに溜め込んでいたのだろうか。
先程よりもだいぶ元気になったように見える。
しかし、その代償と言っては何だが……。
「で……なんで二人はそんなグッタリしてるです!?」
俺とエルゼは逆に、机に突っ伏して項垂れていた。
「アタシ、しばらくお菓子食べなくていいわ……」
「俺も、しばらくコーヒーはブラックでいいや……ご馳走様でした……」
「二人とも大袈裟じゃないです!?」
……1時間ほど前。
機嫌を損ねてしまったフィアを宥め、何とかノロケ話を引き出したのだが……。
あの時点で既にヤバいと感じていた通り、フィアのノロケ話の破壊力はえげつなかった。
まず、レオンの事が気になりだした経緯から始まり、その間の悶々とした日々や葛藤、そして自分の恋心に気付き始めた心情など、それはもう事細かく説明してくれた。
そして次にレオンの格好良さなど諸々。
よく、恋愛フィルターを通して見ているから無駄に相手が格好良く見えると言われるが、フィアの場合は普通に、素のレオンの話だった。
アラコンダ邸でレオンが自分を身を挺して助けてくれたとか、初めて血を吸われたとき何回も何回も体調を気に掛けてくれたとか。
他にも色々、レオンの良いところを挙げていった。
本当に、いつも通りのレオンの話だったから、親友である俺も共感出来た。
そして一番凄まじかったのは、それらを一方的に話し続ける時のフィアの表情。
この1時間の間、フィアはとても幸せそうな顔をしていた。
付き合っている訳でも、告白した訳でもない。
ただ、レオンが好きである事が幸せなんだと言っているような、そんな表情だった。
……こんなのモロに喰らって、1時間も堪えられた自分自身を褒めてやりたい。
少しでも気を抜いたらキュンキュン度が爆発して、『ハアァァアァン!』なんて奇声を上げてぶっ倒れるところだった。
「んぐ……ふぅ。んで、お前これからどーするんだよ?」
「どーする?」
「だから、レオンにその気持ち、伝えなくていいのか?」
「ッ」
さっきまで自分の紅茶に角砂糖を三、四個入れていたのに、新しく注いだ紅茶をそのままストレートで一気に飲み干したエルゼが、フィアにそう訊いた。
するとフィアはまたすぐに顔を赤くしたが。
「その……それに関しては、ちょっと前から色々考えてたです」
そう、ほんの少しだけ真面目な顔をして話し始める。
机に突っ伏していた俺は、身体を持ち上げた。
「まず最初に……聖職者は基本恋愛禁止です」
「「…………」」
1発目からバカデカい課題が提示されて、俺とエルゼは押し黙るしか無くなった。
「一応特例は存在してるです。それでも基本は、聖職者のジョブや、アルテナ教をバッサリ切り捨てなきゃ、恋愛は出来ない事になってるです……でも私、これでもアルテナ教の教皇、ミハエル・ホワイトリーの娘です。だから、やっぱり教団内での立場もあるですし、そう簡単に辞められないです」
「……」
「それに教団内では、未だに魔族に対する嫌悪が続いてるですし、父様自身も、あまり魔族を好ましく思ってないです」
「…………」
「それに、私は勇者一行の一員でもあるです。この聖職者のジョブを捨てたら、もうレイナ達をサポート出来ないですし、何より沢山の人の迷惑になっちゃうです」
…………。
ここまで無言で聞いていた俺は、腕を組んでそのまま天井を見上げた。
ヤバイ、どの課題も重大すぎる……!
現時点だと、ロミオとジュリエットよりもお付き合い出来る可能性低いんじゃねえの……?
「アレ? でもお前教皇の娘なんだろ? だとしたら教皇は恋愛もしてるベットを激しく揺らしたって事だ。おかしくね?」
「官能的に言うな」
「まあ、それに関してはちょっとした事情があるです」
フィアは紅茶を啜ると、話ずらそうにしながらも口を開いた。
「アルテナ教での立場関係は、聖職者のジョブの能力値で決まるです。でも、その能力値が高い人はあまり多くないです。だから特例として、その能力値が高い者同士で子供を作って、後に司祭や幹部になるよう育てるんだそうです」
「や、闇が深けえ……」
だから恋愛禁止なのか。
聖職者としての高い能力値を確実に子供に遺伝させる為に。
宗教の闇の深さに思わず身震いしていると。
「だから……私は、このままでいいんです」
その言葉に、俺は再び視線をフィアに戻す。
フィアは微笑んでいたが、微かに声が震えていて、瞳が潤んでいた。
辛くて苦しい思いを俺達に悟らせないように、俺達に余計な心配を掛けさせないように頑張っているのがすぐに理解出来た。
「フィア……」
「話、聞いてくれてありがとです、エルゼ。あと魔王も。すっごくスッキリしたです。もしよかったらですけど、また話聞いてくれるです?」
エルゼの手を取りながらにへらと笑って見せたフィアを見て、俺は改めて考え直した。
そうだよな……俺達、ほんの少し前まで戦争してたんだよなぁ。
そりゃあ、魔族は基本良い奴らばっかりだし、バルファスト魔王国も居心地良いけれど。
それでも向こうからしたら、俺達は世界征服を目論んでずっと戦争しかけてきた悪者で、同盟結んでても、その事実は変わらない。
光と正義の神、アルテナ神を信仰している奴らにとっては尚更だ。
そんなんじゃ、フィアとレオンがくっつくどころか、仲良くする事すら許されない。
……なら、それならば。
「…………」
俺は無言で立ち上がると、そのまま二人に背を向けて窓の外を眺める。
そこから見えた、雪遊びをしている子供達の姿を目に焼き付けながら、俺は。
「よしっ、俺のやるべき事が定まった!」
「うおっ、急に大声出すなよ! ……で、いきなりどうしたんだ?」
「だから言ったろ? 俺が魔王として、やるべき事が定まったって」
腰に手を当て胸を張り、俺はこの国全体に呼び掛けるように。
「一つ、まずはアダマス教団をぶっ潰す! それは前々から変わらない事だけどな!」
この、いつまた襲ってくるか分からない奴らを野放しにしたままじゃ、平和も何も手に入らない。
「そんで二つ! アルテナ教団……いや、世界中からの魔族の印象を良くさせる! 正直、どうすればいいか分からない。それ以前に今までしてきた分、そう簡単じゃないだろうし、時間も掛かるだろうけどさ……」
そこまで言って、俺は振り返る。
そして呆けたような表情のフィアに、得意げに笑って見せた。
「そしたら本当にもう、戦争なんて起きなくなるかもしれないし、魔族とかそんな事どーでもよくなって、お付き合いとかも出来るようになるかもしんねーよ?」
「魔王……でも……」
「私には立場とか教えがー、とか言いたいんだろ? だったらそんな教えぶっ壊しちまおうぜ、平和的にさ! 魔族が悪者って概念を根本から変えさせてやる! お前の父ちゃんが頭下げて、レオンに娘を差し出しちまうぐらいにな!」
そうだ。
俺はここしばらく、アダマス教団を倒すことしか頭になかった。
でも、それはゴールじゃない。
寧ろ、魔族という概念を根本から変えさせるためのスタートなんだ。
「悪いなフィア、そういう訳でお前の言う通り、今は告白とかお付き合いとかは無理だ。でも、逆にチャンスでもあるぜ」
「チャ、チャンス、です……?」
「そーとも、レオンの好感度を一気に上げる大チャンスだ」
俺は椅子の背もたれに手を伸ばし、そのまま引き寄せると、背もたれに肘を突いて座った。
「いいか? 正直に言わせて貰うと、教団とか立場とか関係無しで考えても、現時点のお前はレオンと結ばれない可能性が高い」
「おい、何でそう断言出来るんだよ!」
「そりゃあ、コイツがラブコメでいう、幼馴染みみたいなポジションだからさ」
「らぶこめ……?」
「まあ、そこらの恋愛小説だと思ってくれ」
フィアの換わりに食って掛かってきたエルゼに、俺は人差し指を立てながら説明する。
「ラブコメの幼馴染みヒロインって、ずっと前から主人公に淡い恋心を抱いてるけど、何らかの理由でずっと告白を先延ばしにしてる場合が多いんだ。でもそれだと、新たに現れたヒロインに主人公を横取りされてしまう。数あるラブコメの幼馴染み達は、こうして涙を呑んだのさ」
「な、成程です……」
「何メモ取り出してるんだよフィア……」
「そして、レオンはまさしくラブコメ主人公。顔も良いし性格もいいから、勿論女の子にモテる。更に俺達でさえ気付いているフィアの恋心に全く気付いていないあの鈍感力。このままじゃ振られるどころか、好意にすら気付いて貰えない」
この前、レオンとギルドの酒場でサシで飲みに行った事があるのだが。
その時、悟られないよう遠回しにフィアの事とか自身の恋愛事情を訊いてみたのだ。
しかし、レオンは『そんなものなど無い』の一点張りだった。
表情を見ても嘘をついているようには見えなかったので、やはりレオンは気付いていないのだろう。
「じゃ、じゃあ、どうすればいいです……?」
ワナワナと震えながら、心配そうな面持ちで訊いてきたフィアに、俺は握り拳を作りながら。
「そりゃあもう、アタックしまくるしかねえ」
「アア、アタック、です!?」
「ああ、手を繋ぎに行ったり身体を密着させたり、もう何でもいい! とにかくレオンに自分を意識させまくるんだ! 向こうから告白させるぐらいの勢いで! そうすれば新しいヒロインが出てきたって、フィアの方が気になるようになるはずだ!」
そう、何事もぶつかっていかないと進展しない。
ならばぶつかりまくるのみだ。
「いや、言ってることは分かるんだけどよ……そもそも魔王お前、自信満々に言ってるけど、恋愛経験あるのか?」
「逆に俺が彼女いたことあるように見えるか!? だけど問題ない、俺はラブコメや恋愛小説を読み荒らし、同じく恋愛小説好きのリムと意見交換をしまくっている男だ。自分自身は経験ないけど、知識は豊富だ!」
「逆にお前よくそれで胸張れるな!?」
「せ、先生って呼んでもいいです……!?」
「フィア!?」
エルゼのツッコミを聞き流し、俺とフィアは立ち上がる。
「そうですね……魔王の言うとおりです! 恥ずかしいけど私、レオンにアタックしまくって、意識させてやるですよ!」
「よく言った、それでこそ男だ!」
「女ですよ!?」
「間違えた! そんな事より、そうと決まったら早速レオンにアタック開始だ! アイツは今実家の屋敷にいるはずだ! 行くぞ!」
「はいです!」
「コイツら、変なテンションになっちまったなぁ……ま、いいか」
俺とフィアが揃って、エルゼが後から付いていく形で、俺達は部屋を飛び出した。
「あっ、リョータちゃん」
すると、すぐ横から聞き慣れた声が聞こえた。
見ると、そこにはコートにマフラー、手袋と完全装備を着込んでいるローズが居た。
普段露出度が高い格好をしているから、こうも肌の面積が少ないと少々違和感がある。
たが、逆に胸の膨らみが強調されてエロく見える。
ほんの少し、出鼻をくじかれたような思いをしながらも、俺は気さくに手を挙げた。
「おー、ローズ」
「お邪魔してるです」
「おっ、ホントに寒がりなんだな、ローズさん」
「フィアちゃんにエルゼちゃん……?」
そうか、俺がこの二人を部屋に入れてるなんて初めてだもんな。
まさか、フィアのノロケ話聞いてましたなんて想像できないだろうし。
二人の姿を見て、少し考えるようなポーズを取っていたローズは、突然カッと目を見開いた。
「……ハッ、まさか三人エッ――」
「俺がそんな事する度胸無い以前に、二人が可哀想だから止めて差し上げろ」
「もうっ、冗談よ~」
ローズは俺の肩をペチペチと叩いて笑う。
冗談でも言って良いことと悪いことがあるだぞ。
二人の尊厳破壊もいいとこだ。
幸い、ピュアな二人にはローズが何を言い掛けたか理解出来なかったようだ。
「んで、どうしたんだよ?」
「そうだった。今ハイデルちゃんとレオンちゃんが帰ってきて、今エントランスに居るんだけど」
「!」
その言葉に、フィアがビクッと反応した。
おお、良かったな、わざわざ向かう手間も省けた。
もしかしたら神様も、レオフィア路線なのかな?
「ん? それだけ?」
「ううん、それでね……」
ローズそう言いながら瞳を光らせ、透視眼で真下の地面を見る。
丁度この真下はエントランスだ。
流石に魔神眼を持っている俺でも、下の階の二人の様子を見るのは不可能だ。
影薄いけどローズの透視眼はスゲえなぁ、なんて考えていると、ローズは何故か可笑しそうに笑って。
「今、レオンちゃんの妹ちゃんも一緒に来てるのよ。リョータちゃんに挨拶したいんだって」




