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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第六章 レッツ・ゴートゥー・ヘル!?
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第二六話 友人は今日も面倒だ!⑩


「そっか、やっぱそうしたか」

「はい……」


自室のベッドの上であぐらを組む俺は、ハイデルから事の顛末を聞いていた。

やはりハイデルは、民衆を騙し混乱の沈静化することを選んだようだ。


「気絶する前言ったけど、俺はお前を尊重するって言ったんだ。だから俺は何にも言わない。それと、お前が自分を責めることじゃないさ」

「……分かっております」


なんて言ってみるが、やはりハイデルはまだスッキリしていない様子だ。


「アズベルは? アイツ今どうしてる?」

「アズベルは屋敷で書類仕事をしていますよ。ですがマケンの身体を支配した時の負担が大きかったらしく、ベッドの上でですが。特に、右手の感覚がまだ戻っていないようでして」


その言葉に、俺達の視線がレオンへと向く。

そういやコイツ、シャドウの能力でアズベルと痛覚共有してるマケンの右前足を潰してたな。


「た、確かに十中八九我のせいだろうが、仕方が無いだろう!? 自業自得だ!」


俺達の視線に堪えきれず、レオンが開き直ったように怒鳴った。

勿論、レオンの言う通りである。


「しっかし、本当だったんだな、お前のシャドウのその特性。ブラックドラゴンと戦ってたときに教えて貰ったけど、スッカリ忘れてた」

「本当に、改めて考えると凄く強いユニークスキルですよね、レオンさんのシャドウ」

「しかしな、あの技は本当に使いたくないのだ。子供の頃、始めてこの技をゴブリン相手に使った際の、あの断末魔と表情が忘れられん……」


感心するように言い合う俺とリムに、レオンが苦い顔をして思い出すようにそう呟く。


「……ちなみに、そのゴブリンってどうなったの?」

「……下半身が押し潰され、上半身だけが地面に」

「うん、分かった、ありがとレオンちゃん」


自分で訊いておきながら、これ以上は訊きたくないと言わんばかりに激しく首を振るローズ。

でも、そりゃトラウマになるわな。

それに相手が悪いな、人型モンスターだもの。

俺はゴロンと後ろに倒れ寝転がると、話題を変えた。


「それで、結局何だったんだろうな? アズベルの最終目的。訊いたか?」

「い、いえ。アズベル曰く『お前にだけは教えたくない』だそうです」


アイツ、負けたクセにまだ口を割らねえのか。

しかし、アズベルだけには教えたくないか。

何かあるのだろうか?


「ですが三日前、魔王様が気を失っていた間に、アズベルが変な事を言ってましたね」

「変な事?」

「『魔王は手強いぞ。それに、あのリーンという娘も居るからな』、と」


何じゃそりゃ?

何で俺が手強いんだ? ってか、リーンどっから出てきたよ?

と、俺がクエスチョンマークを浮かべている間、周りも話し合う。


「アズベルさんが欲しいって言ってたものは、まず魔界を手に入れないと手に入らないものだって言ってましたよね?」

「つまり、魔界でしか手に入らないもの……薬草とかか?」

「それぐらいでしたら、魔界を手に入れなくても買い占めればいいですし、アソコまでする必要は無いのでは?」

「じゃあやっぱり、魔王の力とかかしら?」

「だったら真っ先に俺を殺して、ガルードとホーソンに頼んでデーモンアイを盗みに来ればいいだろ。いやそもそも、マケンの力を使えるんなら魔王の力はいらねえはずだし」


なんて、俺達が『アズベルが欲しかったものとは?』という議題に悩んでいた、その時だった。


――バアアアンッ!


突然、部屋のドアがノックも無しに勢い良く開け放たれた。

……慣れって怖いなぁ。

俺以外の四人の身体がビクッと跳ねる中、俺はそんな事を思いながらドアの方を見た。


「リョータ……」


そこには、俺を見つめるリーンが立っていた。

孤児院で家事をしていた途中だったのか、リーンは髪を後ろにまとめている。

しかもエプロン姿のままだ。

確か10分ぐらい前、俺の目が覚めたってリムが通信魔法を飛ばしていたっけ。

時間と言い格好と言い、まさかメッセージを受け取った瞬間ここまで走ってきてくれたのだろうか。

そんなリーンに嬉しさを覚えつつ、俺は苦笑しながら片手を上げた。


「だからノックしなさいっての……よお、元気そうだな」

「……!」


一瞬、リーンの表情が明るくなった気がした。

と思ったら、ハイデル達も居る事に気が付いたのか、すぐにスンと澄まし顔に。


「そっちも、だいぶ元気そうじゃない。身体の調子は?」

「絶好調。快便だったしな」

「余計な事は言わなくていいのよ」

「へっへっへ」


出会って早々下ネタを言われ顔を顰めるリーンに、俺はヘラヘラと笑ってやる。

こんないつものやり取りが、何だか凄く安心する。


「んで、わざわざ走ってきてくれたみたいだけど、何? そんなに心配だったの?」

「は、走ってなんかないわよ! ……まあうん、少しは心配してたけど」

「ええ~少し~? じゃあ何だよその格好? 明らかに家事の途中でしたって言ってるもんじゃねえか」

「う、うるさいわね!」


うん、見た感じコイツも大丈夫そうだな。

俺の次にダメージ大きかったと思うから、実は今まで心配してたんだ。

リーンをそうからかいながらも、そう心の中で安堵していると、レオンが一人背中を向けた。


「さて、そろそろ我は戻るぞ……む?」


そう言ってドアノブに手を掛けたレオンだったが、ふと固まった。


「どうなさいました?」

「何か、聞こえないか?」


レオンの言葉に、俺達は黙って耳を澄ます。

すると何やら部屋の外からドタドタと走ってくる音が聞こえた。

しかも大人数の。

この足音……聞いたことがあるぞ。


「まさか……」

「だはぁ!?」

「レオンさーん!?」


その瞬間、ドアが勢い良く開け放たれ、レオンが吹っ飛ばされた。

そしてその先に居たのは、無邪気な笑みを浮かべた孤児院の子供達だった。

ソイツらは俺の顔を見るやいなや、一斉に飛びかかってきた。


「「「まおーさまーッ!」」」

「わわっ、皆押さないでちょうだいいいいいったい!? 誰よ足踏んづけたの!?」

「す、凄い力です、やはり子供相手とは言え数の暴力は凄まじいどほお!?」

「わーっ!? 多い多い、ベッド壊れちゃうから! お前ら落ち着けー!」


お世辞にも広いとは言えない部屋のため、あっという間に子供達で埋め尽くされてしまう。

四天王達は子供達の波に呑まれ、そのまま後方に押し流されていた。

いや、ガキ相手に全滅してんじゃねえよ魔王軍四天王。

あの時の戦いっぷりはどうしたよ。


「ちょっ、アンタ達まさか付いてきてたの!?」


逆に子供達の波に押され、そのまま俺のベッドの上に転ぶように倒れたリーンが、そう言って目を見開いた。


「だって、ママがいきなり慌てだして、そのままどっか走って行っちゃったんだもん」

「だから、まおーさまの目が覚めたんだって!」

「やっぱり走ってきたんじゃねえか!」

「うう……!」


子供達にバラされ、リーンは呻き声を上げながらそっぽを向く。

その後方で、吹き飛ばされたレオンがゆっくり起き上がった。


「ぐう……リョータよ、我はもう行くぞ! 子供は苦手だ!」

「あっ、レオンだ」

「影を何とかする弱い人だ」

「う、ううううるさい!」


去り際に子供達に冷やかされ、レオンは顔を真っ赤にしていた。

レオン、まだコイツらに弱い奴って思われてんのか。

一応、敵幹部であるルチアを単独で倒したり、今回だってマケンの前足潰してたんだけどなぁ。

後で、レオンはあのモンスターに大ダメージ与えたんだぜって伝えておこう。


「それでは、私達も行きましょうか」

「そうね……じゃ、また後でね二人とも」

「あ、えっと、今夜の晩ご飯は私が作りますから!」


ハイデル達も空気を読んだのか、レオンの後に続く。

三人をベッドの上から見送っていると、そのすれ違いざま、誰か一人部屋に入ってきた。


「ハァ……ハァ……ったく、コイツら普段俺より足遅えのによ……」

「カイン……」

「ふう……よっ、にーちゃん」


カインは腕で額を拭うと、子供達を押し分け俺の元まで来た。


「ねーちゃんから聞いたぜ? 自分が大怪我するの犠牲にして、あのモンスター倒したんだってな。まったく、ずっと気を失ってるって聞いて冷や汗が出たぜ」

「し、仕方ねえだろ! 他に方法思いつかなかったんだから! でもありがとよ!」

「あ、頭撫でんじゃねえ!」


ワシャワシャと頭を掻き回すと、レオンはため息交じりにリーンを横目で見た。


「やっとこれで、ねーちゃんも本調子に戻りそうだ。帰ってきてから今までずっと暗い顔して、ちょくちょく魔王城の方眺めてたからよ」

「……メッチャ心配してくてんじゃねえか」

「ううう……!」


まさか、リーンがそんなに俺の事を心配していたなんて。

正直、予想外だった。

からかう気もなくなり、こっちまで気恥ずかしくなってきた。


「まおーさま、顔真っ赤ー」

「まおーさまはまだ体調よくないからね」

「そっかー」


俺が笑顔でやんわりそう嘘をつくと、その子は素直に頷いた。

……危なかったぜ。

と、そんな時。


「やっぱにーちゃんはスゲーなぁ」


不意に、カインがそうポツリと呟いた。


「ん?」

「だってさ、本当にあのモンスターを倒しちまったんだぜ? あの時、俺には何も出来ないって泣いてたのによ」

「や、止めろ言うな! あの時は錯乱してたんだよ!」

「だからだよ。そんな状態だったのに、すぐに立ち直ってまた戦いに行って、そんで勝った。マジで孤児院を守ってくれた」


いつも素直じゃないカインが、真っ直ぐ俺を見つめながらそう続ける。

そんなコイツに、俺は多分呆けたような顔をしているだろう。


「だからさ……ありがとな、にーちゃん。やっぱ、俺の憧れた男だぜ!」


そう言うと、カインは年相応な無邪気な笑顔を見せた。


…………。

………………。

……………………。


「だから頭撫でんなっつってんだろ!?」


無言で頭を撫で回す俺に、カインがカッとなる。

それでも、俺は俯きながら、カインを撫で回し続ける。

そんな俺をジッと見ていたリーンは、パンッと手を叩いた。


「リョータはまだ疲れてるみたいだから、アンタ達はもう帰りなさい」

「「「ええー」」」

「コイツが元気になったら、孤児院に連れてくるから。ね?」


無言で頷く俺に子供達は素直に頷くと、そのままドアへと向かって行った。


「じゃーねー」

「またパンケーキ作ってね! 兄貴のは焦げてるもん」

「オイコラ!」


各々が俺に挨拶しながら、部屋を出て行く。

最後に、カインもドアへと歩いて行く。


「んじゃ、俺もアイツら送ってくからよ。ねーちゃんも早く戻れよ」

「ありがと、カイン」

「じゃーなにーちゃん」


最後にヒラヒラと手を振った後、カインはドアを閉めて出て行った。


「「…………」」


少しの間だけ、この部屋の沈黙が流れる。

リーンはそのままベッドに腰掛けたまま、俺は俯いたまま、何もしない。

だが、その異様な沈黙は。


「ぐぅ……うううぅ……」


堪えて堪えて、ついに溢れだした俺の嗚咽が掻き消した。

みっともなく、涙と嗚咽が溢れだしてくる。


「よがっだ……アイツら無事で……あの場所守れで……!」

「うん」

「もう、ダメかと思ったんだ……でも、あの場所を、何としても守りたかったから……!」

「うん」


袖で目元を隠しながら、俺は心の内をぶちまける。

それをリーンが受け止め、静かに頷く。


……怖かった。

ヘルズ・ゲートが使えて、地獄に戻ることが出来るって分かった時、俺は本当は怖かった。

また、無謀な戦いをして、痛い目を見て。

それで結局守れなくって。

そうなるのが、心の底から怖かった。

あの時、カインと話したときも、アズベルと再び対峙した時も、恐怖で泣き出してしまうのを必死に堪えていた。

その恐怖が今、安堵へと変わり、今までの分一斉に溢れだして、止まらなかった。


「――すんっ……ありがとよリーン。流石に、もうアイツらの前でみっともない姿、見せるわけにはいかなかったから……」


数分間、ずっと泣いていた俺は、目元を拭いながらリーンに感謝を伝える。

そして俺はため息をつくと、リーンの顔を見た。


「……何よ? 別に、バカにしたりしないわよ。あの時の事だってあるんだし」

「確かにそうだけどさ……」

「私に弱音ぶつけてくれるんじゃないの?」

「弱音ぶつけんのとみっともない姿見せるのは何か違うんだよ!」


そう、何か恥ずかしい。

確かにお互いに弱音を吐き出し合おうと約束したさ。

でも……。


「本当は、お前に一番見せたくなかったんだよ、こんなみっともない俺」

「えっ?」

「だって……」


そう言い掛けて、俺は固まった。

何で、リーンに一番見せたくなかったんだ?

あの時だって散々リーンの胸の中で泣いてたクセに。

もう既にみっともない姿さらしまくってるクセに。

何で……。


ふと、リーンの顔を見る。

ルビーのような綺麗な紅い瞳、白い肌、純金のような髪。

言わずもがな、リーンは美人だ。そんなこと、ずっと前から承知してること。

しかし、いくら美人だとしても、ずっと一緒に居れば流石に慣れる。

そのはずなのに……。


「何よ?」


リーンはそんな俺を怪訝に思ったのか、小首を傾げながらそう訊いてくる。


「……何でもない。それより、お前も早くアイツら追いかけに行った方がいいんじゃねえの?」

「そうね。それじゃ、私も行こうかしら」


リーンは立ち上がると、そのままドアへと歩いて行く。

その姿を眺めながら、俺は再び目元を袖で擦り。


「……ん?」


また固まった。


「……? 今度は何よ?」


再び訝しげな顔をして、俺をジト目で見てくるリーンを他所に、俺は頭を回転させる。

さっきハイデルから伝えられた、アズベルの意味不明の言葉。

『魔王は手強いぞ。それに、あのリーンという娘も居るのだからな』

そういや忘れてたけど、俺とリーンはアズベルの前で恋人のフリをしていた。

でも、何でだっけ……?

……ああそうだ、確か俺、温泉でアズベルに襲われたな。

だから、また襲われないように、リーンと恋人のフリして……。


「……」


俺の頭の中で、様々な情報がパズルのピースのようにハマっていく。

アズベルが手に入れたかったもの、魔界を手に入れなければ出に入らないもの、アズベルには好きな人が居ること。あの言葉の意味。

……そして、アズベルがそっちの人だったこと。


「あっ」


――全てが繋がった。いや、繋がってしまった。


「…………」

「リョータ……?」


俺は無言で立ち上がると、パーカーを着て愛刀を引っ掴み。


「『ヘルズ・ゲート』」

「リョータ!?」


突然ヘルズ・ゲートを開いた俺に、リーンがギョッとする。


「ど、どうしたのよ、リョータ!? アンタ今から地獄に行くの!?」


そのままヘルズ・ゲートに片足を入れた俺の肩を、リーンが掴み止めに入る。


「リーン」


俺は右肩を掴むリーンの手を優しく握ると、そっとどける。

そしてそのまま愛刀を肩に乗せ、振り返ると。

満面の笑みで、言った。


「ちょっと、あのホモぶっ殺してくる」


アズベルの欲しかったもの。

即ち、振り向いて欲しかった人は。


……ハイデルだった。

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