第二六話 友人は今日も面倒だ!⑨
「…………」
男子トイレの便座に座り、俺は静かに腕を組んでいた。
一番最初に良いのを出したのだが、まだ小さいのが残っている感覚がある。
これを出さない限り、俺は外に出られない。
「レオンさん、ローズさん! お兄ちゃんが……いつの間にか、お兄ちゃんがいなくなっちゃいました!」
「何ッ!? 本当かリム!?」
「リムちゃん、今日もリョータちゃんの看病してたんじゃ……」
「あの、実は、その、私がお手洗いに行ってる間に、気が付いたら居なくなってて……!」
……そう、こんな状況でもだ。
状況を説明しよう。
俺は大怪我を負いずっと気を失っていて、ほんの数分前に目が覚めたばかり。
あの時部屋に誰も居ないと思っていたが、どうやらずっとリムが居たらしく、運悪く俺が目覚めたタイミングでお花を摘みに行っていたらしい。
そして、更に運悪く、俺もお花を摘みに行きたくなった、と。
先程から、トイレの外でリムが動揺した声音で俺を呼んでいた。
「ベッドはまだ温かかったし、お兄ちゃんの服も部屋にあったから、魔王城内に居るとは思うんですけど……でも心配です、私達に黙って姿を消すなんて……」
ああリム、どうか心配しないでくれ。
誰にも想像できないよ、気を失ってた奴が目覚めて早々うんこしてるなんて。
「私が悪いんです……私が目を離してるから……」
「リムちゃんは悪くないのよ。それにしてもリョータちゃんったら、黙ってどこに行ったのかしら? 普通まず私達に話し掛けるでしょ!」
ああローズ、どうか怒らないでくれ。
でもしょうがないじゃない、漏れそうだったんだから。
生理現象なんだから。
感動の再会が、うんこ我慢してる奴とか嫌じゃん。
いや、うんこした直後の奴でも嫌だけどさ。
……アレ、前者の方がマシじゃね?
「いや待て。リョータの事だ、もしかしたら敢えて我々から姿を消したのではないか?」
「敢えてって……どうしてよ?」
「そこまでは分からん。だがアイツたまに、一人勝手に考えて行動する事があるからな。もしかしたら、我々に隠したかった、重大な何かがあるのではないか?」
ああレオン、そんな深読みしないでくれ。
本当に、純粋に、うんこしたかっただけなんだって。
そもそも俺、そんな先のこと考えられてないから。
あと、何かシリアスげに言ってるけど、お前それクソ恥ずかしいぞ。
笑いが込み上げてくるじゃねえか。
いや、この場でここに居るよーって叫ぶ手もあるんだよ。
だけどさ、その場所に行ったらトイレでしたなんて嫌じゃん。
前でもなく後でもなく、感動の再会が、今絶賛うんこしてる奴とか超嫌じゃん。
だから今俺に出来る事は、早くこの残った奴らを捻り出さないといけないんだけど……。
これがまあ固い。
「隠したかった事って何ですか! そんな事よりも、お兄ちゃんの身の安全が第一です!」
「我も同意だ。まったくあのバカめ、本当にあの悪癖が抜けないな」
……ッ……。
「リムちゃん、ハイデルちゃんは見掛けた?」
「い、いえ。だけどハイデルさんにもすぐにこの事を伝えないと!」
…………ッ……ッ…!
「リーンにも伝えないといけないな」
「そうね。リムちゃん、二人に通信魔法お願いできる?」
「ま、任せて下さい!」
……ッ………ッッッ……~~~~~~~~~~~ッ!!
……ぃよぅし!
俺は尻を拭いトイレを流すと、そのまま洗面所へ向かう。
素早く、しかし丁寧に手を洗い、俺はトイレから出た。
そのすぐ真横に、三人の後ろ姿が。
全員、俺に気付いていないらしい。
「行きましょう! 絶対にお兄ちゃんを見つけ出して――」
「ピュ~♪」
俺がその場で口笛を吹くと、全員が一斉に振り返る。
そして三人とも、俺の顔を見て固まる。
数秒間、沈黙が流れる。
俺は三人の顔を見渡しながら、真顔で、シンプルに言い放った。
「ゴメン、ずっとうんこしてた」
「「ええ……」」
レオンとローズが、ゲンナリしたように声を揃える。
結局、感動の再会もクソもなくなってしまった。
「ったく、何が隠したかった重大な何かだよ。なんか久々だな、お前のその妄想」
「なぁ……!? な、何だその言い草は! 我だって心配していたのだぞ!?」
「それは十分伝わってたけど……プフ……」
「笑ったな!? 今笑ったな貴様!?」
なんてレオンをからかっていたが、すぐに俺は固まった。
「お……お……」
ただ一人だけ、リムが俯き何かを呟いていたからだ。
「えっと……リムさん?」
何だか嫌な予感がした俺は、優しくリムに呼び掛ける。
しかし、顔を上げたリムは、キッと俺を睨んでいた。
あっ、ヤヴァイ。
怒ってる、リム超怒ってる。
「お……お兄ちゃんの……」
「お、お兄ちゃんの……?」
「お兄ちゃんのバカ~~~~~ッ!」
「カアッ!?」
まさに一撃必殺。
リムのその一言で、俺の精神ダメージが一気にゼロになった。
命中率100%のぜったいれいど、じわれ、つのドリルのどれよりも恐ろしい。
俺は胸を押えその場でよろけるが、何とか踏ん張った。
「お兄ちゃんッ!?」
「はいっ!」
「どうして何も言わないで部屋を出て行ったんですか!?」
「はいっ! うんこが漏れそうだったからであります!」
「だ、だからって、黙ってどっかいかないでください! お手洗いに向かう途中、私達を呼んだり出来たはずですよ!?」
「はいっ! ですが感動の再会がうんこ我慢してる奴とだなんて格好付かないと思いましたので!」
「格好付かないとか、そんなのどうでもいいですよ!!」
「ごもっともです!」
リムに敬礼し、場を和ませようとしたのだが、火に油を注いだだけだったようだ。
どうしよう、とりあえず土下座かな!? 土下座するっきゃねえなぁ!
と、俺がその場で屈もうとした時、リムの目の端から涙が零れそうになっている事に気が付いた。
「本当に、本当に本当に! ずっと心配だったんですよ!? お兄ちゃん、三日間もずっと目が覚めなかったんですから!」
「は!? 三日!? 俺、三日も気ぃ失ってたの!?」
てっきり翌日ぐらいだと思ってた……。
確かに、今気付いたけど身体もなんか重ダルい。
「その間、フィアさんに来て貰って回復魔法を掛けて貰っても、腕の火傷は跡が残っちゃったし、目も覚めないままだし……!」
「そっか、これはフィアが……」
フィアに来て貰ったって事は、レイナ達も来たのだろうか。
知らない間に、俺が右腕焼けただれた状態で気を失ってたんだから、ビックリしただろうな。
後でお礼言っとかなくちゃ。
「貴様が気を失っている三日間、ずっとリムが尽きっきりで看病していたのだぞ」
「『夜に目が覚めるかもしれません!』って、リョータちゃんの隣で寝てたのよ」
「ちょっ!?」
レオンとローズの暴露話に、リムの顔が一気に赤くなる。
「マジかよ。俺、気を失ってる間にリムと添い寝してたのかよ。何でその時に目ぇ覚まさなかったんだよ、俺……ッ!!」
「何でそんなに悔しそうな顔してるんですか!? 違うんです! いや、合ってますけど、本当に他意があった訳じゃ……!」
頭を抱えて唸り出す俺に、リムがアワアワと弁解しだす。
ちなみに、結構ガチで後悔してる。
今度こそは……! などと思いながら俺は一つ息を吐くと、ポリポリと頬を掻いた。
「でもそっか……ありがとなリム。それにレオンとローズも。今までご迷惑お掛けしました。でも、俺はもう大丈夫だ!」
と、俺は敢えて右腕を上げガッツポーズを取る。
安心させるためにやったのだが、リムの涙腺がとうとう崩壊してしまった。
「おにぃちゃん……!」
「……ッ。ホラ! お兄ちゃんの胸に、どーんと飛び込んでこーい!」
俺はリムを受け止める体勢になるべく、片膝を地面に突け両手を広げた。
すると、リムがそのまま駆け寄ってきた。
いつも素直じゃないリムが、こうして泣いてくれるなんて。
ああヤバイ、なんか俺も泣きそうだ。
リムが泣くと、どうもつられて泣いてしまう。
俺も同じように、目の端に涙を浮かべ、笑顔でリムを抱き寄せ――。
「ま゛お゛う゛さ゛ま゛あああああああああああああああああああッ!!」
「ごふぇえええええええッ!?」
突如、後ろから汚い声が聞こえたのと同時に、タックルをかまされたような衝撃が走る。
俺は泣き笑いのまま、空中に突き飛ばされる。
「あだぁッ!?」
そのまま床に額をぶつけ悶絶する俺だが、身体が動かない。
まるで、誰かに羽交い締めされているよう。
……いや、誰かって言うか、既に分かってはいるけど。
「ハイデルコノヤロー!」
「目が、目が覚めたのですね、魔王様! よがっだぁ……ほんどうによがっだぁ!!」
「今リムが俺に飛びついて来てただろーが! そこは我慢してリムに譲れよ、大人げねえな!」
「じがじいいいいいいいいッ!」
「ああもう、また面白い顔しやがってったく。お前にも心配掛けたな」
涙と鼻水でグチャグチャになっているハイデルを引き剥がしながら、俺は苦笑した。
まあ、一番心配掛けたのは、多分コイツだしな。
とりあえず、コイツらに目立った怪我も無いようだし、よかったよかった。
「ねえリョータちゃん、そろそろ場所変えない?」
「そうだな、改めて考えると、ここトイレの前だもんな。一旦俺の部屋に戻るか」
ローズと会話した俺は起き上がると、パジャマの汚れを払う。
そして、俺達は揃って俺の部屋に……。
「その前にリム! テイク2だ!」
「あ、え、ええっと……ゴメンナサイ、やっぱりちょっと恥ずかしくなってきちゃって……」
………………。
「ハイデルコノヤローッ!!」
「何故ですかーッ!?」




