第二六話 友人は今日も面倒だ!③
不思議だ。
目の前に、自分より遙かに強い存在が居るというのに、足が竦まない。
心臓がドクドク鳴っているが、緊張とか恐怖とか、そんなのじゃない。
今の俺なら何とかなるという自信と高揚感だ。
「さーてと、次は俺が相手だ」
ツカツカと歩み寄り首を鳴らす俺に、アズベルはいつでも飛び掛かれるように姿勢を低くした。
それに対し、俺は両手に黒雷を纏わせる。
『魔王、またあの力を使うのか? しかし先程、使った途端に苦しみだしたはずだが』
「さっきはちっとキャパオーバーしちまってな。でも今は、向こうに居た友達に喝入れて貰ったから」
さっきは魔王の力に呑み込まれそうになった。
その原因は、アズベルがリーンに怪我を負わせたこと、そして何も出来ずに庇われた俺への怒りが爆発したからだ。
だから落ち着こう、ふざけながらも頭の中は冷静でいよう。
大丈夫、俺ならやれるさ。
「まあ時間稼ぎっつっても、攻撃入れられるなら入れるけど、なッ!」
俺はそう怒鳴ると、勢い良くアズベルに突っ込んで行った。
少し遅れて、アズベルも飛び掛かってくる。
このままでは直撃してしまう、勿論この巨体とぶつかったらタダでは済まない。
ここで活躍するのが魔神眼の動体視力、そして大型モンスターと戦ってきた経験だ!
「『ハイ・ジャンプ』!」
俺は視界の全てがゆっくり動く中でタイミングを見計らい、アズベルと直撃する直前で真上に高く跳ぶ。
『ッ』
アズベルと目が合い、俺は得意げに笑って見せた。
さっき両手に纏った黒雷は、そのまま攻撃してくると思わせるためのミスディレクションだ。
俺はギリギリでアズベルの突進を避け、そのまま背中を取った。
大型モンスターは振り返るまでには時間が掛かる、ブラックドラゴンもそうだった。
ましてや俺はアズベルの真上だ。
『それで避けたつもりか?』
「まあ、そう甘くねえよなぁ!」
しかしすぐに、長い尻尾が俺に向かって飛んで来た。
まるで鞭のようにしなる尻尾の先端には、岩をも切り裂く大剣が付いている。
勿論、コレも喰らったら100パー死ぬ。
だけど、その攻撃パターンも経験済みだ!
「『アクア・ブレス』ッ!」
俺は剣を真下に落とすと、両手を天に突き出しアクア・ブレスを放つ。
するとその勢いで俺の身体が真下に落ち、尻尾の先端が髪の毛を掠める。
『何……!?』
翡翠の実の時のヘビの化け物の尻尾打ち、そしてそれを生み出したマッドサイエンティストのルボル・ウィル・アラコンダの触手攻撃も、こんな風に躱したんだよな。
そんな事を頭の片隅で思い出しながら、先に落ちていった剣を追いかけるように落下していく。
そしてアズベルの背中に着地する直前、空中で剣をキャッチし、そのまま真下に突き刺した。
『うぐあ……ッ!?』
「へっ! さっきから気になってたけど、テメエマケンの身体を支配する代償に、痛覚も共有しちまうみたいだな!」
分厚い毛皮を突き破り深々と刺さる剣に、アズベルが苦しそうな声を上げた。
それに対し自分の言葉に確証を得た俺は素早く剣を引き抜き、袖を捲るとその傷の中に左腕を突っ込む。
血や肉のグチョグチョした感覚に悪寒が走るが、俺はニヤリと笑いながら大きく息を吸い込み。
「行くぞおおおおおおおおッ!」
『何を……!?』
「『エレクト・ショット』! 『ファイア・ボール』! 『バブル・ボム』!」
『うぐああああ……!?』
俺は傷口に突っ込んだ左手から、威力の高い中級魔法のフルコースを間髪入れずに放ちまくる。
コイツはとにかく毛皮が硬い、だからダメージが無いんだ。
だが、内側からそのまま魔法を放てばしっかりダメージが入る。
「最後に『黒雷』――ッ!」
『ぐああ……あ……!?』
置き土産に黒雷を流し込み、俺はアズベルから飛び退いた。
その直後、左腕がビリッとした。
チッ、やっぱ黒雷、少しでもキャパオーバーすると肉が焼けただれちまうみたいだな。
だけど幸い、ちょっとヒリヒリするだけで済んだみたいだ。
あと、魔力結構消耗しちまった。
回復する隙が欲しい。
「ふう……」
地面に着地した俺は、息を吐くと額を拭う。
……通じる。
今までの戦いの経験が、コイツにも通じている。
俺だっていつまでも弱いわけじゃないんだ。
『……本当に、厄介な男だ。コレが歴史上最弱の魔王だと……?』
「俺、巷でそう言われてんのか……まあ、否定しないけどさ」
だけどやっぱり、歴代魔王からみたらまだまだ弱いんだろうなぁ……畜生。
悪いが、アズベルにはこのイライラの吐き口になって貰おう。
「オラ、どうしたビビってんのか? だから所詮犬畜生なんだよ! ホラお座り!」
『……調子に乗った者から死んでいく』
アズベルは、そんな挑発には乗らないとまだ回復途中のハイデル達の元へ行こうとする。
だが俺はヘッと鼻で笑いながら。
「なーにいつまでもクール気取ってんだ。この際言いたいことがあるなら言っちまえよ。そんな風に何も自分の気持ちを喋らないから、テメエの言う心に決めた相手っていうのにも振り向いて貰えねえんだよ」
『……………………』
怒鳴るでも、言い訳するでも無く、アズベルは無言で尻尾の先端を地面に突き刺した。
その直後、四方八方から巨大な岩の柱が突き出し、俺に迫って来た。
『お前に何が分かる……ッ!』
「何だよ怒れんじゃん!」
地雷原でタップダンスを踊るような俺の挑発に、アズベルは始めて感情を剥き出しにした。
岩の柱が迫っている中、俺は腕を組み余裕の笑みで笑ってみせる。
ハイ・ジャンプでもアクア・ブレスでも躱せない猛攻。
しかし、俺は口元の笑みを絶やさず、ボソッと一言。
「『ヘルズ・ゲート』」
俺の目の前に出現したヘルズ・ゲートに、俺はすかさず飛び込んだ。
すると視界が一気に明るくなる。
「にーちゃん、終わったのか!?」
視線をあげるとそこは孤児院の芝生の上で、遠くの門の影でカインがそう訊いてきた。
「いやまだ! ちょっと回復しにきただけ!」
「またかよ!? 真面目に戦ってるんだろうな!?」
「戦ってるわい!」
カインに短くそう告げ、俺は魔力回復ポーションを一気に呷る。
魔力を全回復した俺は瓶をその場に置き、再びヘルズ・ゲートを開く。
「多分また戻るー!」
「ええ……」
最後にカインにそう言い残し、俺はヘルズ・ゲートに飛び込んだ。
すると目の前に、マケンの下っ腹が現れた。
「どりゃああああああああッ!!」
『グハ……ッ!?』
間髪入れず、俺はマケンの下っ腹を十字に切り裂く。
突然腹に走った痛みに驚いたのだろう、アズベルは後ろに飛び上がった。
アズベルは自分の真下に立っていた俺の姿を見るとギョッとし、瞬時に理解したようだ。
『ヘルズ・ゲートをテレポートのように……先程、俺の目の前に現れたときも同じか……』
「ケッ、察しが早い敵は嫌いだよ」
そう、ヘルズ・ゲートには魔界と地獄を繋ぐ以外の応用方法があった。
感覚で理解したのだが、どうやらヘルズ・ゲートは自分が視認した座標に設置出来るらしい。
最初俺が地獄に戻ったとき、街の外れの空き家の屋根に降りた。
そこからじゃ間に合わないと焦っていた俺だったが、ふと思いつき、実際にこの方法を試してみた。
①千里眼と座標眼を駆使し、ヴァルナ火山に居るアズベルの正確な位置を確認。
②アズベルの目の前にヘルズ・ゲートを位置設定し、また魔界に戻る。
③魔界に戻ったらヘルズ・ゲートを一旦閉じ、地獄側の位置設定を上書き。
④再びヘルズ・ゲートを開きそこを通ると、上書きした位置に移動出来る。
とまあこんな感じで、まるでテレポートのように自由に移動できるようになるのだ。
さっきカインが『またかよ!?』と言ってたのは、この過程の中で魔界に戻ってきていたから。
燃費も手間も掛かる超絶面倒くさい方法だが、物は試しだ。
実際にこうして役立ってる。
『このような馬鹿げた事、常人なら思いつきもしないだろうな……』
「褒め言葉として受け取っておくよ! オラッ、行くぞ! 『ヘルズ・ゲート』!」
俺は瞬時に位置設定をし、再びヘルズ・ゲートを開き飛び込む。
「あっ、にーちゃ……って、どーせまだなんだろ!?」
「おう!」
カインと短く言葉を交わし、今度はアズベルの斜め後ろに移動する。
そしてまたヘルズ・ゲートを開き飛び込む。
コレを何度も何度も繰り返し、ヒット&アウェイを続ける。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
魔界側に移動する際、カインの何とも言えない表情が視界の端に入る。
魔界側から見れば、俺は奇声を上げて謎の黒いモヤから出たり入ったりを繰り返しているヤバイ人にしか見えないだろう。
その証拠に、通行人が俺を『何してんだアイツ……』みたいな顔で見てきて、それをカインが怪しまれないよう必死で誤魔化しているのが見えた。
しかし、そんな事はどうだっていい!
こちとら大真面目なんじゃい!
だがまあ、そんな戦い方がいつまでも続く訳がなく……。
「うええ……魔力喰うし集中力削れるなぁ……!」
『当然だろう』
ぜえはあと息を切らせる俺に、アズベルは少々呆れたように言う。
そりゃあ使い慣れてない、そもそも使える事自体謎な能力を酷使しまくってるんだ。
でも、時間は稼げた。
「ハア……ハア……ッ! 『投擲』……ッ!」
俺は呼吸が整うのを待たずに、手に持っていた剣をアズベル目掛けてぶん投げる。
それを横にズレてサッと躱したアズベルだが、その動きは織り込み済み。
そのままアズベルの横を通り過ぎていく剣は。
「――っと!」
持ち主であるリーンが空中でキャッチした。
リーンはそのまま、アズベルの右足を斬り付けた。
『うぐ……!』
「ほんっと、よくその剣扱えるなぁ」
「子供の頃からずっと使い続けてきた物だもの」
地面に着地し血を振り払うリーンは、何て事ないように言ってくる。
だけどつまり、リーンはこの重い剣を子供の頃から使っていた訳だ。
相変わらずの化け物っぷりにも慣れすぎて、ついに俺の中のリーンに対する驚きが無くなった。
「よし、取りあえず時間稼ぎは十分かな」
『…………』
アズベルだって、俺の時間稼ぎに付き合う程バカじゃない。
だからそんな余裕を与えない程、俺は動きまくった。
おかげで体力が限界だ。
その代わり。
「……ありがとうございました、魔王様」
「おう。ま、回復した分また戦って貰う事になるけど」
五人全員に回復系ポーションが行き届き、戦況がまた始めに戻った。
『面倒な事になってしまったな……だが』
「だが、回復したところで再びやられるだけだってか? やられねえよ、今度は絶対」
そんな事を自信満々に言って見せた俺は、頭の中を必死に巡らせる。
魔力がかなり消耗しているけど、ギリギリ何とかなるか……?
それにマケンの腹の中に居るアズベルの位置……コイツらのコンディション……。
……うん、行ける! 勝機が見えた!
「いくぞ、ファイナルラウンドだ!」




