第二六話 友人は今日も面倒だ!①
「『ヘルファイア』……!」
数発ヘルファイアを壁にぶつけ、ようやく破壊することに成功した私達は、
「ハア……ハア……!」
「大丈夫かハイデル、顔色が悪いぞ……」
「大丈夫です……!」
レオンの指摘に、私は額の脂汗を拭いながらそう応えました。
しかし実際、私の体力はもう限界です。
魔力も殆ど残っていません、撃ててもあと二、三発が限界でしょう。
ぼやけた視界の中、私は魔王様とリーン様を探します。
そして土煙の切れ目から、綺麗な金髪が靡いているのが見えました。
「リーン様!」
「バカ者、無闇に駆け出すな!」
レオンの静止を無視し、私は一直線にリーン様の元へと向かいます。
リーン様の前にはアズベルが立っていますが、何もしないどころか一歩後ろに下がりました。
その動きの意図が分からず一瞬動揺しましたが、私は足は止めませんでした。
「う、うぅ……」
「リーン様ッ、ご無事ですか!?」
小刻みに震える腕で身体を支えながら起き上がろうとするリーン様を私は支えます。
リーン様の身体に致命傷になるような傷は見当たりませんが、ダメージは大きいようです。
遅れて来たレオンは、辺りを見渡して呟きました。
「リョータはどこだ……?」
「……ッ」
私の言葉に一瞬、リーン様の呼吸が止まったのが分かりました。
「アズベル……貴方、魔王様を何処に……!?」
『安心しろ、殺しはしていない。魔王は俺のヘルズ・ゲートで魔界に摘まみ出した』
「えっ……」
そんな、魔王様を魔界に……!?
固まる私に、アズベルは淡々と続けます。
『あの男は今の俺にダメージを与えられる力を隠し持っていた。もしこのまま戦えば危険だった』
何ですって?
魔王様が、アズベルにダメージを与えたというのですか?
しかし魔王様は火力の高い魔法を扱えませんし、武器も持っていなかったのに……。
『それにあの男は、お前達の主軸のような存在だ。戦うでも、活躍するでもなく、その場に居るだけでお前達に安心感を与えている。現に、あの男がいないと知った瞬間不安になったんじゃないか?』
「それ、は……ッ」
『ハイデル、俺はお前のおおよその残りの魔力量を把握している。もうヘルズ・ゲートを開けるほど、魔力は残っていないだろう』
「ぐ……」
図星を突かれ、言葉に詰まる私に、アズベルは既に勝敗は決したとばかりに言い放ちました。
『つまり、魔王ツキシロリョータは完全に退場した』
……………………。
『もう諦めろ。お前達にはもう体力も魔力も残っていない』
「…………」
『これ以上の戦いは無駄だ。先程も言ったように、俺はお前達やバルファスト魔王国の民を殺そうとは思っていない』
「………………」
『さあ、降参しろ。そしてハイデ――』
「『ヘルファイア』……!」
話を遮るように放ったヘルファイアは、アズベルの顔面に直撃します。
アズベルは不意を突かれたように瞼を閉じ、首を振りました。
『……何のつもりだ?』
そして、呆れが含まれた声音でそう訊いてきました。
……私も、頭の中では理解しています。
私の残り魔力、主力となるリーン様のダメージ、そして魔王様の退場。
もう、勝てる算段がほんの少しも思い浮かびません。
ですが、私は無意識にヘルファイアを放っていました。
「だから何よ……」
「リーン様……」
ヨロヨロと、リーン様が歯を食いしばりながら立ち上がりました。
その目には、微塵も諦めの色が見えませんでした。
『まだ立ち上がるのか……』
「死ぬまで何度だって立ってやるわよ……」
『何故諦めない。力の差はもう――』
「力の差……? そんなんで諦められる訳ないじゃない……力が及ばないから降参しましたなんて、そんな事言ったら国の皆に顔向け出来ないもん……」
そう、リーン様と同じです。
私も、諦めたくなかったのです。
リーン様と同じく、国を守りたいという気持ちもありますが、それと同じくらいに諦められない理由がありました。
友として、アズベルを止めたい。
「それに、どーせアイツの事だもの。全部俺の責任だって言うに決まってる……」
リーン様はそう呟くと、地面をグッと踏み締め大きく息を吸い込むと、上空に向かって。
「ローズ! リム! まだいけるわよね!?」
「は、はい! でもローズさんが……」
「大丈夫よリムちゃん……! 死んでもリムちゃんを守ってみせるから……!」
「じょ、冗談ですよね!? 死なないでくださいね!?」
ローズも限界のはずなのに、そう言って笑って見せます。
それに対しリムがアワアワと首を振りますが、多分本音だと思います。
「レオンもいけますか?」
「フッ、そろそろ日も傾き始める頃だ……寧ろここからが我の真骨頂……!」
私の隣に立つレオンも、そう不敵に笑ってみせました。
大丈夫ですよ、魔王様。
魔王様がいなくても、私達は絶対に負けませんから。
『本当に……諦めが悪い……』
そう言い掛け、アズベルは尻尾の先端を地面に突き刺しました。
「――ぐううがぁああ……!!」
マズい、意識が飛ぶ……!
あの野郎、何が殺したくないだよ、踏み潰されるかと思ったわ!
畜生、痛みで視界がぼやけて周りが見えねえ……!
これじゃここがどこかも分からない……!
だけど、何か甘い匂いがするような……?
何だコレ、パンケーキ……?
「オイ……にー……!」
だ、誰か居る……!?
まさかここ、どっかの民家か……!?
時間帯と言い、おやつの時間だったのかもしれない。
申し訳ないけど、それを謝ってる場合じゃない……!
「俺から……離……れ……!」
何とか力を振り絞り、俺はその誰かにそう伝える。
もう黒雷を抑え込むのは不可能だ……!
多分この家どころか、ここら一帯を吹き飛ばしてしまうかもしれない。
弁償するなら自腹切っていくらだって払ってやる。
でも、人の命は絶対に戻らない。
だからせめて、この人達だけは……!!
「俺に、構わないで……速く逃げろ、遠くに……!」
クッソ、耐えろ、耐えろ、出来るだけ長く……!
……ッ!?
何だ、誰か俺の側に寄ってきた!?
何でだよ、普通逃げるだろ!?
まさか好奇心旺盛なガキンチョなのか!?
バカッ、速く逃げ――!
「しっかりしろ、にーちゃん!」
「アダァッ!?」
突然、後頭部に走る衝撃。
その瞬間、視界がハッキリとした。
俺はガバッと起き上がり、頭をぶっ叩いたであろう張本人を睨んだ。
「テメー、いきなり何するんだって……カ、カカカ、カインッ!? 何でお前がこんなこんな所に!?」
「こんな所って何だ! そっちこそいきなり降ってきて、人が作ったパンケーキ台無しにしやがって!」
「うえええええええええん!」
「見ろ! コイツら泣いてんじゃねーか!」
周りを見てみると、そこには怯えた様子で俺を見ている孤児院の子供達が。
ってことはつまり……。
「ここ、もしかしなくても孤児院か!?」
そうだ、この見慣れた光景、孤児院の大部屋だ。
そりゃこんな所扱いしたら怒るわな。
さっきまで頭がバグっていた。
ってかアレ……?
何か、黒雷が引っ込んでる……?
いや、引っ込んでるっていうかぶたれた瞬間、力がパッと消えた感じだ。
それにさっきまでの息苦しさもない。
右手は正直まだメッチャ痛いままだが……。
もしかして、俺自身に強い衝撃を与えれば暴走が止まったりするのか?
何だよその一昔前の家電みたいなシステム……。
「ってか、今気付いたけどスゲえ怪我じゃねえか! オイ、誰か救急箱持ってこい!」
カインの指示を受け大部屋を出て行く年長組数人を見送ると、周りの子供達が恐る恐る近寄ってきた。
「大丈夫、まおー様……?」
「怪我痛くない……?」
「顔真っ青だよ……?」
中には、目の端に涙を溜めたまま俺の頭をワシャワシャ撫で回す奴も居る。
ジンワリと胸の中が温かくなる。
だが、すぐに背中をつららで突き刺されたような感覚に襲われた。
「…………ッ」
パニックになりそうな自分を必死で抑え込んだ。
「ありがとう、俺はもう大丈夫……。それよりも、皆ここから早く逃げてくれ……」
「逃げるって、どういうこったよ? さっきの変なの、もう出てないじゃねえか……」
マズいな、声が震えてる。
「その、何て説明したらいいのかな……リーンと俺達が、地獄って所に行ってたの知ってるだろ……? そこのアズベルって奴が、魔界を手に入れるって言って、バカデカいモンスター身体を乗っ取って暴れてて……」
「い、いきなり何だよ、そんな事急に言われても分かんねえよ……」
「だから、そのアズベルって奴がこの孤児院に来るんだよ……! このままじゃ、お前ら全員踏み潰されて、最悪死んじまうッ!」
俺がパニックになったら子供達が怖がる。
そんな事分かっているのに、俺はカインの肩を掴み半泣きでそう訴えた。
「もしかして、さっきの犬の足か……?」
「俺、さっきまでソイツと戦ってたんだけど、ここに放り出されちまって……向こうで、リーン達がまだ戦ってると思うけど、多分勝てないと思う……アズベルがここに来るのも時間の問題だ……!」
「ねーちゃんが負けるって……」
いきなりそんな事を言われても、誰も理解出来ないだろう。
でも、自分達が危険な状況にあるということは伝わっているようだ。
その証拠に、俺の頭を撫でていた女の子が、泣きそうな顔で。
「ここ、壊されちゃうの……?」
「……ッ!」
この孤児院は、この子達の第二の家なんだ。
先に親に死なれ置いて行かれた子供達が、今まで笑顔で暮らせた思い出の場所なんだ。
それにここはリーンの家でもあるんだ。
それに……それに……。
「ゴメン、俺、もう出来る事が無い……! 守れなかった、何も出来なかった……! ゴメン……ッ!!」
俺はついこの前、この場所で、リーンの腕の中で誓った。
コイツらが、リーンが安心して暮らせるように頑張ろうと。
だけど何だよこのざまは。
その場で膝をついて、嗚咽交じりに何度も謝る俺。
周りの子供達は、俺の事をどんな目で見ているのだろうか。
顔を上げるのが、怖い。
「いっ……!?」
ピシッと、俺の前頭部に強めのデコピンを喰らった。
俺は頭を抑え、恐る恐る顔を上げる。
そこには、イライラしたような、呆れたような、そんな表情のカインが立っていた。
「らしくねえな、にーちゃん」
カインが、ため息交じりに言ってきた。
「俺がフォルガント王国に行って、あのアダマス教団のおっさんに捕まった時、にーちゃんはもっと余裕そうだったのによ」
「何言ってんだよ……あの時と今とじゃ、状況が全然違うんだぞ……?」
「そうかぁ? 俺は違わないと思うね。あの時、実は絶対に助からないって思ってた。でも、にーちゃんは何とかしてくれた。明らかに自分よりも強い奴らにも勝っちまった。だから今回も、にーちゃんなら何とかしちまうと思うぜ、俺は」
カインは腕を組み、フンスと鼻を鳴らしてそう言い放った。
その目には、俺に対する失望も落胆も見えなかった。
「ありがとう、カイン……でも、もう……!」
「俺が憧れた男は! どんなピンチでもふざけて、笑って、調子に乗って、最後には何とかしちまうスゲー奴だ!」
…………。
「だからよ、また俺にスゲーところ見せてくれよ、魔王様」
……そんな事を言われたって、本当に今の俺に出来る事がないんだ。
せめて、コイツらをこの場から逃がして守ることしか、出来ないんだ。
分かってるんだよ、そんな事。
「俺……俺……!」
でも……諦めたくないんだ。
ここは俺にとっても大事な場所だから。
始めて魔王になって良かったって思えた場所だから。
だから、何も出来ないクセに、心の底から思ってしまうんだ。
「この場所を、守りだい……ッ!!」
そう、みっともない顔で言った瞬間、カインの背後に黒いモヤが出現した。
「ヤバッ!?」
俺は咄嗟にカインを庇い、その黒いモヤを睨みつける。
しかし一秒、十秒経ってもそこからアズベルが来る気配を感じなかった。
「あ……れ……?」
「何も、来ねえじゃん……」
以前として、その黒いモヤから人の気配を感じない。
それどころか、嫌な気配すらも感じない。
それに……。
「…………」
俺はゆっくりと、黒いモヤに近付いていく。
何故か分からない、どうしてか理解出来ない。
だけど俺の身体に、普段魔法を使うときと同じが感覚する。
まるで今この瞬間、俺が何らかの魔法を使っているみたいだ。
まさか……コレって……。
「俺が出してるのか……? コレを……」




