第二五話 封印の期限は今日もギリギリだ!④
「いってー……あの司書のおばさん何者だ? 投擲スキルでも習得してたのか?」
「まあ、うん。あの動きはただ者じゃなかったわね」
痛む後頭部を押えながら、俺は街をトボトボと歩いていた。
そんな俺に、リーンがそう言いながらも自業自得よと言いたげな表情で見てくる。
ってか、リーンがただ者じゃないとか言わせるって、ホントあのおばさん何者だよ?
謎の司書に軽い恐怖心を抱きながらも、俺はハイデルの屋敷を向かう。
「そういや、さっきの屋台のヤツ美味しそうだったよな。フレイムポークだっけ? 昼飯食ってなかったから、買っとけばよかったかもな」
「食べてる時間無いでしょ? でも、あの屋台の人が獲れたて新鮮とか言ってたけど……串肉よね?」
「串肉に新鮮も何もねえのにな」
何て話をしながら、俺は手元の懐中時計を見る。
集合時間まであと十分を切り、結構ギリギリだ。
多分、四人も調査を終え、とっくに屋敷に戻っているだろう。
何て思ってる内に俺達はハイデルの屋敷の正門に辿り着いた。
「ふぁ……あっ、二人ともお帰りなさい」
そこには、壁により掛かり退屈そうにあくびをしていたガルードが居た。
だが、ホーソンが見当たらない。
と、同じくそれに気付いたリーンが。
「アレ? ホーソンさんは?」
「あー、アイツなら屋台に昼飯買いに行ってますよ」
「いや、何悪びれずに言ってんのよ……またハイデルに怒られるわよ?」
「大丈夫ですよ、今回は俺が留守番してますから」
「そういう問題じゃないから」
ハイデル、完全にナメられてやがる……。
もと盗賊だからなのか、不真面目というか何というか。
リーンにため息をつかれ、いや~と頭を掻いているガルードは、ふと思い出したように。
「あっ、そう言えばついさっきローズさんとリムちゃんが戻ってきましたよ?」
「ついさっき?」
「丁度五分前ぐらいに」
何だ、案外皆遅いな。
「そっか、分かった。じゃな」
「うい~す」
ガルードの軽い返事を背中で聞き、俺達は屋敷の中に入った。
メイドさん達に出迎えられ、ちょっとリッチな気分になりながら廊下を進み、大部屋の扉を開ける。
「ただい……」
「うえええええええええええええええんッ! あんまりよおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「よ、よしよーし、大丈夫ですよ、ローズさーん……」
「「…………」」
そして扉を閉めた。
「えっ? 何今の? 何今の?」
「し、知らない……」
何か一瞬、大人げなく泣きじゃくるローズをリムが抱きしめて宥めていたのが見えたような。
俺とリーンは顔を見合わせ、もう一回扉を開けた。
「フランクちゃんの女誑しいいいいいいい! あんな、あんなに期待させてええええええッ!!」
「ローズさん、大丈夫ですよ! きっといつかローズさんにも素敵な人が……あ、お兄ち」
やっぱり扉を閉めた。
「何があったんだよ? 役人の所に行って何があったんだよ?」
「だから私に訊かれても知らないわよ!」
「ええ……俺この中に入るのちょっとヤなんだけど」
「何で扉閉めちゃうんですかぁ!」
俺達に気付いたらしいリムがバンと勢い良く扉を開けた。
その奥で、まるで捨てられた仔犬のような顔をしていたローズと目が合う。
……そんな目で見て来んなよ。
「……状況説明を求む」
「えっと……」
リムは背伸びをし、俺とリーンにどうしてローズがああなったのかの説明をし出す。
「――という訳で」
どうやらローズ、役所の人にアプローチしたがその人が既婚者だったため落ち込んでいるらしい。
「いつもの事じゃね?」
「違うのよおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「うわあッ!?」
などと素直な感想を口にしたところ、ローズが飛びついてきた。
「だって、だってぇ……! フランクちゃん、ずっと私の事美しいとか可愛いとか言ってくれたのよ! そんな事言われたら、期待しちゃうじゃない! なのに、なのにお嫁さんがいるなんて聞いてないわよおおおおッ!」
「お、おおう」
成程なぁ……。
ローズは確かに容姿はメチャクチャ美しいし、たまにギャップで可愛い時もある。
だけどバルファストの男達はコイツの性格を知り尽くしてるからなぁ。
だからローズはそんなドストレートに褒められたことがなかった。
だが、ローズは話に聞いたようにドストレートに褒められて、かなり浮かれていたのだろう。
しかし、その相手が既婚者だと知ったと……。
なんとなくローズが可哀想になってきた。
「あー、うん、ドンマイ」
「そんなテキトーに慰めないでよリョータちゃん!」
そう言って、更に泣きじゃくるローズ。
正直クッソ面倒くさい。
しかし、ここで冷たいことを言い放つのは流石になしだ。
ああもう、こうなったら……!
「悪魔が飽くまで待つ」
「……どうしたのリョータちゃん、頭大丈夫? 見てあげましょうか?」
わざとクソつまらないことをドヤ顔で言ってみたところ、期待通りローズは途端に真顔になり素で心配し始めた。
これでもうピーピー泣きわめくことはないだろう。
まあ、自分でやっておきながら、俺は恥ずかしさと屈辱で泣きそうなんだけどね。
オイ、リーンにリム、俺を可哀想な目で見てくるんじゃない。
俺を見てひそひそ話するのも止めろ。
「ねえ、本当に大丈夫? 頭を打っちゃったとかなら任せて、記憶操作で元に戻せるから」
「わーハイスペック、だけどお気遣い無く……そういや、ハイデルとレオンは? まだなのか?」
そう俺が無理矢理話を逸らし辺りを見渡すとと、リムは時計を見ながら。
「まだ来てないみたいです。もうっ、集合時間になっちゃいましたよ。ハイデルさんもレオンさんも、十分前行動を心がけて欲しいです」
と、プンスカと怒るリムを委員長みたいで可愛いと思っていると、リーンが机に広がっていた紙の束に目を落とした。
「ねえ二人とも、コレは?」
「あっ、はい。役所の人達の地震調査の資料です」
リーンの脇から覗いてみると、その紙にはグラフやら統計やらがビッシリ書かれた。
書かれた内容を理解するのは中々大変そうだ。
リムとローズは説明を聞いてくれたようだし、二人の話を聞きながら読もう。
「ううん……あの二人を待ってる時間も惜しいし、もうお互い調査報告しちゃいましょう」
「そうだな。しっかし、ホント何してんだろうな、アイツら……」
火山の調査と言っても、それは過去本当に火山噴火は起きてないのかとか、そういう調査だ。
まさかとは思うが、直接現地に行ってたりとか……。
いや、まさかなぁ。
「――火山噴火の危険性は少ない……か」
二人の説明を受け、俺は資料を机に投げ出し背もたれにもたれ掛かった。
取りあえず、噴火は起きないという事にまず安堵しよう。
しかし、ここの役員優秀だな。何人かウチにも欲しい。
と、切実に思っていると、隣に座っているリーンが。
「ねえリョータ。そういうことはつまり……」
「ああ、ちょっとマズいかもな」
しかし、火山噴火が可能性から消えたという事は、同時にあの説が濃厚になってくるわけだ。
「地獄の怒り……何だか、すっごく嫌な響きですね……」
図書館から借りてきた文献を一通り読み終えたリムは、深刻な面持ちで呟き、その隣でローズが身を乗り出す。
「っていうか、どっちにしろ大問題なんじゃないの!?」
「でも、こっちは確証を突くような証拠がないのよね」
そうリーンが、何とも言えない顔で言う。
しかし、対策しておいて損はないだろう。
対策と言っても、具体的に何をすれば良いか分からないし、まずこのことをアズベルに報告したいのだが……。
「その前に、ほんっとアイツらどこに行ったんだ?」
俺は立ち上がると、集合時刻を三十分も過ぎている時計を睨み、ため息をついた。
「リムちゃん、通信魔法で二人に連絡取れないの?」
「実は、さっきから何回かやってみてるんですけど……」
「ああもう、これじゃあ話が進まねえよ……!」
まったく、帰ってきたらリムにお説教されるぞ?
……でも、心配だなぁ。
アイツらのことだから、何かトラブルに巻き込まれている可能性が高い。
何か、リムの通信魔法以外で二人の居場所を特定出来れば良いんだけど……。
……ん? 居場所を特定?
「あっ、そうだ!」
俺には魔神眼があるじゃないか!
「? 何か良い方法思いついたの?」
「ああ、ちょっと待ってな……『座標眼』!」
俺は一呼吸置くと目に魔力を集中させ、その魔眼を発動させた。
座標眼。
前回戦ったスゴ腕アーチャー、ルチアが持っていた魔眼だ。
一度見た相手の位置、距離、角度を正確に見ることが出来る、中々に使える魔眼だ。
俺は二人の顔を思い出しながら、虚空をジッと凝らして見る。
「お?」
すると右側の壁に二つの光が見えた。
恐らくその壁の向こう側に二人入るのだろう。
成程、こんな感じなのか。
しかし、いくら相手の座標が分かると言っても、決して二人の姿がハッキリ見えるわけではない。
今更だが、ルチアの弓の腕に震え上がってしまう。
丁度その壁には窓があったので、そこから外を覗いてみる。
その二つの光が輝いているその場所は……!
「いややっぱり直接行ってたのかよ!」
ヴァルナ火山だった。




