第二四話 地獄は今日も極楽だ!⑦
投稿期間がだいぶ空いてしまい、申し訳ありませんでした。
ただでさえ暗い色の空が、夜になったことで墨汁を垂らしたように暗黒に染まっている。
地獄には星も月も無く、何も見えないからか何だか空が低く感じてしまう。
しかし、街は完全な暗黒には包まれていない。
この地獄にも向こうと同じように魔道ランプや街頭もある。
それに遠くの火山から流れるマグマも灯りの役割を果たしていた。
そんな光景が、今居るハイデルの屋敷の窓から見えるが……。
「はむ、はむっ! メイドさん、地獄マイマイおかわりぃ!」
「承知いたしました」
そんな光景には目もくれず、俺は出された夕食をバクバク食っていた。
地獄マイマイをペロリと平らげ、後ろに控えていたメイドの一人に皿を差し出す。
するとすぐにおかわりを持ってきてくれたので、引ったくるように受け取ると更に頬に詰めた。
「うめえ! 地獄マイマイうめえ!」
エスカルゴを真っ黒焦げにしたような、あまり食欲をそそらない見た目をしているが、味はエスカルゴ以上だ。
「魔王様、私の屋敷の料理を気に入って下さったのはこの上ない幸福なのですが……そんなに慌てて食べなくても、料理は逃げませんよ?」
一人暴飲暴食の限りを尽くす俺を見ていたハイデルが、周りの奴らを代表したように言った。
しかし俺は、行儀悪くフォークをサラダにぶっ刺すと、喚くように。
「うるさい! 食わなきゃやってられない!」
そう、これはただのやけ食い。
俺は絶賛イライラ中なのだ。
アズベルが俺の尻の処女を奪おうとしたこと、なのに実は本命の相手が居るということ。
俺の大切な尻はアズベルのただの衝動で狙われただけだと思うと腹が立つ。
勿論、来るんだったら本気で来て欲しかったって訳じゃないが。
……それに、アズベルの前では俺とリーンは恋人のフリをしなきゃいけなくなった。
その恥ずかしさや申し訳なさが、そのイライラの燃料となっているのだ。
ちなみに、今この場にはリーンの姿は無い。
リーンは今一旦孤児院に戻り子供達の様子を見に行っており、九時になったらハイデルが迎えに行く手筈だ。
「畜生、今日は食いまくってやる! ズズ……あースープ美味し!」
「もうお兄ちゃん、お行儀悪いですよ。それに、いくらそのいつの間にか後ろに立っていた悪魔族の人が怖い容姿をしていたからって、お兄ちゃんが逆ギレしたら失礼ですよ?」
怒っているのか褒めているのか、自分でも感情がよく分からなくなっている俺を見かねて、リムがジト目で睨みながら言って来た。
そうだ、リムには早すぎるし刺激が強すぎるから、そういうことにしといたってリーンが言ってたな。
だったら、リムから見たら俺、メッチャ身勝手な野郎じゃん。
「うん、そだね……」
その事に気が付いた俺は、リムのド正論に素直に頷いた。
勿論、リム以外はあの事を知っているので微妙な顔をしていたが。
「それよりも、いいお湯だったわね。地獄の温泉は凄く良いって話はたまに耳にしてたけど、実際に入って実感したわ」
「うむ。向こうに帰るまでに、もう一度入っておきたい」
新たな話題を振った向かいローズに、その隣のレオンも頷く。
「だな。でもまさか近場にこんな良い場所があるなんてなぁ」
「近場というか、別世界ですけどね」
「そうだった」
ハイデルの苦笑気味の指摘に、俺はポリポリ頬を掻く。
でも、ハイデルが居てくれるならここは近場も当然だ。
これからも、月一で温泉はいりたいなぁ。
いや、月一は流石にハイデルも都合が合わないか。
でも、それぐらいいい場所だった。
そもそもこの地獄という世界そのものが、何というか、外見に寄らず居心地が良いのだ。
でも、何でなんだろうな。
そんな事を何となく考えながら、俺が地獄マイマイに手を伸ばしたとき。
「……ん? 何か食器カタカタ鳴ってない?」
食べ終わり重ねてあった食器が突然、小刻みに震え始めたのだ。
その震えは大きくなり、食器の音も大きくなる。
それに何だか平衡感覚が……って、揺れてるのは食器じゃなくて地面か……!?
「キャア!? な、何ですか!?」
そう思ったときには、その揺れは大きくなっていた。
天井にぶら下がっているシャンデリアは大きく揺れ、机の上の皿が滑るように右往左往している。
俺達はその場に立つことも出来ず、床に這いつくばっていた。
すると、ハイデルが周りを見渡しながら。
「とにかく皆さん、机に下に……! おや……?」
そう促し掛けたのだが、もう既に揺れは収まっていた。
混乱して正確な時間は分からないが、大きな揺れはほんの十秒も満たない程の揺れであった。
「み、皆さん、大丈夫ですか……?」
「あ……ぁ……」
ハイデルが立ち上がり、キョロキョロと辺りを見渡している。
その瞬間俺は、そのままドテッと尻餅を付いた。
「お、お兄ちゃん!? 大丈夫ですか!? どこか怪我したんですか!?」
「そ、そんな……! い、今すぐに医者を……!」
地面にヘタレ込む俺に、リムとハイデルが駆け寄りオロオロしだす。
ヤバイ、動悸が酷い。
足が震えて立ってられなかった。
やっぱコレって……。
「い、いや、大丈夫、怪我とかじゃない……」
俺は片手を突き出し二人にそう伝えると、ハイデルの肩を借りて立ち上がった。
「いやぁ、不甲斐なくビビっちまったよ。あー怖かった!」
「もう、大袈裟ですよ! 本当に怪我したと思ったんですからね!」
「ゴ、ゴメンゴメン」
俺が苦笑しながらそう言うと、リムがぷんすかと怒りだした。
そんなリムの頭を撫で謝りながら、俺は気付かれないよう大きく深呼吸した。
……そうだ、随分昔に感じられるけど、俺は地震で倒れてきた本棚に押し潰されて死んだんだ。
あまり意識してこなかったけど、俺の死因だもんな。
無意識に地震に恐怖を覚えていたんだ。
「ねえ皆来て! レオンちゃんが!」
「何!?」
その恐怖心を押し殺し、地震が収まったことに安堵していると、ローズが慌てたように俺達を呼んだ。
まさかレオンの奴、今ので怪我して……!
そう嫌な想像をして、テーブルの向かいに駆け寄ると。
「レオン、何が……って何その変なポーズ!?」
「ふ……ぐぅ……!」
レオンが何故か、もの凄く変なポーズを取っていた。
椅子に尻を着けたまま上半身を曲げて、自分の影の中にプルプル震える手を突っ込んでいた。
その影から黒い帯のような物が何本も伸びていて、その先には食器が乗っていた。
「まさかお前、あの中落ちた食器受け止めてたのかよ!?」
しかもこの黒い帯、シャドウ・バインドじゃん!
なんちゅう精密操作!
「スゲえ! 有能! レオン超有能!」
「レオン貴方……我が屋敷に食器を守るために、ここまで身体を張って……!」
「世辞はいいから早く食器をどかせ……! 我が少しでも動いたら操作がブレる……! というか背骨が折れる!!」
興奮する俺と感激するハイデルを涙目で睨みつけながら、レオンが苦しそうに叫んだ。
流石だけど色々残念だ!
「――改めて、ありがとうございました、レオン」
「き……気にするな。我が勝手にやったことだ」
手早く食器をテーブルに置き、レオンを解放した後。
再び椅子に座ったハイデルがレオンに頭を下げた。
「しっかし、咄嗟だったにも関わらずスゲえな」
「うむ……我も良く分からんが、随分とシャドウの扱いが思うままになってきた」
「コレもリョータちゃんが言ってたエクストラスキルに目覚めた影響なのかしら」
俺の素直な感想にレオンは顎に手を当て考え込んでいると、ローズが頬杖を突きながらそう言った。
「いーなーレオン、俺も何かパワーアップしたい」
「フッ……これは選ばれし者の力なのだ」
テーブルに腕枕しながら羨ましむ俺を見て、レオンが額に手を当てドヤ顔で格好付けた。
……まあ今のレオン、結局腰を痛めてお爺ちゃんみたいに腰が曲がってるからクッソ格好悪いけど。
「それにしても、さっきの地震は何だったんでしょうね」
レオンを見て苦笑していたリムは、紅茶の入ったティーカップを手で包みながらそう呟く。
するとハイデルは腕を組み、うむむと唸りながら。
「実は、ここ最近このような揺れが頻繁に続いているのですよ」
頻繁?
「頻繁にだと?」
痛そうに腰をさすっていたレオンもその言葉が気になったのか、ふとハイデルを見た。
「ええ。数ヶ月前からたまに、ほんの少しだけ揺れていたのですが……最近になって揺れが大きく頻繁に起こるようになり、現在調査を続けているのですよ」
「それで結果は?」
「それがまだ分からずじまいでして」
…………。
「いやそんな時に招待すんなよ!」
「ハッ、確かに!」
オイ。
「いや、確かに温泉は良かったし俺達の為を思って誘ったのは嬉しいけどさ……でも、何このデジャブ……」
「デジャブ……ですか?」
そう、デジャブだ。
今までの経験上、そういった臭わせみたいな後には絶対面倒事が俺の身に降りかかってきた。
まさか今回も、何か面倒な事に巻き込まれたりしないよな……?
「でも地震が起きる理由って、何があるんでしょう?」
「うーん……本来地震が起きる理由は、プレートっていう地中にある巨大な岩盤の移動が主な原因なんだよな」
「プレート……? それに、岩盤が動く……?」
「まあ、流石にリムには早いか」
「そ、そんな事はありません!」
リムはそう言ってムキになるが、地震は早くても小六で習う分野だし、そもそもこの世界には理科の授業は無い。
しかし、もしそう言う一般的な地震でないとするならば……。
と、俺が考え込んでいると、窓の外を眺めていたローズがポツリと呟いた。
「まさか火山噴火の前触れ、なんて事はないわよね?」
そんなローズの言葉に、ハイデル以外の全員が固まった。
そしてローズも、自分で言って固まった。
丁度ここは火山地帯だし、窓からでっかい火山見えるし……。
えっ、何かそんな気がした……。
「そ、そんな事はあり得ませんよ。この付近の火山が噴火した経歴はありませんし、例え噴火したとしても大きな被害には……」
「馬鹿野郎、またフラグ立てようとしやがって、この一級フラグ建築士が!」
「そんなぁ!」
ハイデルがフラグを立てるとすぐに嫌な事が起きる。
休養に来たはずなのにこんな所でまた面倒事に巻き込まれたくない。
……ないのだが。
「やっぱ気になるんだよな……」
そんなデジャブ聞かされて、知らんこっちゃなんて言えない。
もし本当に火山の噴火が起きるのだとしたら、この地獄の悪魔達の身が危ない。
今でも調査中で、俺が介入したところで何か出来るかどうか分からないが……。
「なあハイデル。明日帰る予定、少し遅らせて良いか? ちょっと俺も調べたくなってきた」
「そんな、魔王様……宜しいのですか?」
俺の申し出にハイデルが申し訳なさそうに眉をひそめる。
それに対し俺は、得意げな顔をして。
「ここがバルファストの悪魔族の故郷なら、魔王の俺が守るのは当然だろ? 例え別世界だとしてもよ」
するとハイデルはバッと椅子から立ち上がると、俺の元へと足早に向かって来た。
そして膝をつくと、そのまま深く頭を垂れた。
「本当にありがとうございます、魔王様……!」
「相変わらず大袈裟だな。あと、俺まだ何もしてねえじゃん」
「そのお気持ちだけでもう嬉しいのですよ」
苦笑しながら軽くハイデルの頭にチョップすると、俺も立ち上がった。
「ってこと何だけど、お前らも付き合ってくれるか?」
「まあ、この流れもいつものことだ。我も付き合おう」
「そうね、いつものリョータちゃんね」
「あっ、だけどリーンさんのもこの事伝えなきゃですね」
「だな」
皆とそんなやり取りをしながら、俺は窓の外に見える遠くにそびえ立っている火山を眺めた。
――地獄の、この地帯を象徴する巨大な火山の麓に、小さな横穴が存在した。
その横穴の存在はこの地の住む悪魔族もモンスターも知らない。
そしてその横穴の最深部には大きく開けた空間があった。
天井も壁も床も綺麗に切り取られた、明らかに人為的な空間。
その空間に、一つの人影があった。
人影はコツコツと踵を鳴らし、その空間の中心にある台座の前で止まった。
台座にはマグマのようなオレンジと黒曜石のような漆黒の色が交差し、波のように蠢いている宝玉が乗せられていた。
人影は手を伸ばし、その宝玉に触れる。
するとその宝玉は怪しく光り輝き、この空間を光で満たした。
「遂に……」
人影は短く、小さくそう呟くと、静かに笑った。
そして人影は踵を返すと、そのまま出口に向かう。
その足取りは、どこか重々しかった。




