第二四話 地獄は今日も極楽だ!②
「皆さん、準備は出来ましたか?」
「オッケー」
ハイデルの確認の言葉に、俺は大きめのリュックを背負い直しながら返した。
「リョータよ、その荷物は何なのだ。別に長旅に行くわけでもないのだぞ」
「そういうレオンこそ、腰に付いてるの武器コレクションの一つじゃん」
レオンは俺のリュックを、俺はレオンの腰に付いているタガーに目をやる。
ってかコレ、何時ぞやみたレオン家の家宝の吸血鬼の牙じゃね?
「はは~ん、さてはお前地獄の悪魔達に自分の武器自慢したいんだろ~?」
「べべべべ別にそんなつもりはないが!? ただ向こうに行っても何があるか分からんだけだ!」
あからさまな同様に、図星だと分かる。
しかしまあ、気持ちは分からんでもない。
アレだ、俺がスマホ見せびらかしでドヤ顔してた時みたいな心情なんだろう、コイツも。
普段武器なんか持たないクセに。
「そういう貴様は何を持っていくのだ?」
「えっとパジャマの他に、スケッチブックとおやつとレジャーシートと、あと俺が暇つぶしに作ったカードゲームなんかも」
「多いわ!」
ちなみにこのカードゲームは二つ種類があり、一つ目はカードと言ったらこれ、トランプ。
二つ目は修学旅行で友達と遊ぶ出お馴染み、UN●である。
どれも厚紙で作った物だが、ちゃんとカードとしては機能するだろう。
「向こうに着いたら皆でUN●やろうぜ~、ルール簡単だから」
「なんか妙にテンションが高いわね……」
リーンの言うとおり、今の俺はテンションが高い。
まるで修学旅行に行く子供かのように、はしゃぎまくっている。
だって温泉だよ? お風呂じゃないよ、温泉だよ?
日本人として、入らない訳にはいかない!
「それじゃあ早速行きましょ、ハイデルちゃん」
「ええ。『ヘルズ・ゲート』」
ローズに促されハイデルは指を鳴らし、ヘルズ・ゲートを出した。
「それでは皆さん、私の身体のどこかに触れて下さい」
その指示に従い、俺達はハイデルの腕やら背中やらを掴む。
だが五人が一人の身体を掴むというのは結構大変で、まるでハイデルを中心におしくらまんじゅうでもしてるかのよう。
「うぐ……何故我がこのようなことに……二、三人ずつでも良いのではないか?」
「うげぇ……一度に転移した方が手間が省けますし、それにヘルズ・ゲートはそう頻繁に使えないのですよ……ちょっ、誰ですかお尻を掴んでる人は……!?」
「あっ、ゴメン俺だわ」
苦しそうな声を出すレオンに、ハイデルは潰れたカエルのような声を出してそう応える。
これ以上おしくらまんじゅうしていたら無駄に体力が消費してしまう。
そう思ったのか、ハイデルはすぐにヘルズ・ゲートに向かって歩き出した。
「それでは皆さん、行きますよ」
改めてみると、ここを通るのかと少し怖くなってしまう。
実際黒いモヤの奥は何も見えないし。
それは隣のリムも同様らしく、少し表情が固くなっていた。
「……!」
俺は何も言わずリムの手を握る。
そしてにぎにぎと優しく揉んでやると、リムはどこか嬉し恥ずかしそうに握り返してきた。
緊張は解けたようだ。
「よっし、それじゃあレッツ・ゴートゥ・ヘルー!」
改めて俺はそう高らかに声を上げ、黒いモヤに突撃した。
そしてその先に待っていたのは――!
「あっ」
「は?」
「あれ?」
「え?」
「あら?」
「む?」
ま、待っていたのは――?
「「「「「「うわあああッ!?」」」」」」
地面でした。
何故かというと、全員が揃ってすっ転んだからだ。
それはもう見事なシンクロ率で。
「いたた……!」
「な、何ですか……?」
皆が突然の事態に混乱しながら、起き上がっていく。
転んだ感覚からして、転移した瞬間誰かがバランスを崩して、そしてそれが連鎖となったのだろう。
……とここで、この瞬間俺に良いことと悪いことが同時に起きた。
最初に悪いことを言っておこう。
悪いことと言うのは、転んだ際バランスを崩した俺は思いっ切り後頭部をぶつけてしまい、オマケに皆の下敷きになっているということだ。
凄く重い、凄く痛い。
だがそんな事がどうでも良くなる程の良いことが起きたのだ。
今までの人生で、絶対にあり得ないと思われていた事態が。
それは何かというと。
「もうっ、何で皆して転けて……キャッ!?」
「むふー」
ローズの胸が俺の顔面にある事だ。
俗に言う、ラッキースケベ。
ただでさえ大きいローズの胸が、俺の顔面に押し付けられているのだ。
多分これは、今まで苦労してた分の神様の贈り物なのだろう。
「リョリョリョリョータちゃん!?」
「…………」
慌てて飛び起きるローズに、ゆっくりと起き上がった俺。
「オイ、今バランス崩して皆を転ばせた奴……」
俺はフッと息を吐くと、親指を立てた。
「よくやった、マジでありがとうございましたッ!!」
「ほんっとアンタはスケベに関してブレないわね!?」
「というか、とんでもない量の鼻血が出ているぞ!」
リーンとレオンからツッコミを貰い、色々満足した俺は盛大に鼻血を噴き出しその場に静かに倒れた。
「どーするんですか、お兄ちゃんがいきなりダウンしちゃいましたよ!?」
「あわわわ……どうしましょうどうしましょう、私が躓いたばかりに……!」
「やっぱり転んだ原因ハイデルちゃんだったのね!」
と、地獄に一歩足を踏み入れた瞬間からその場で騒ぎ出す皆。
そんな皆をぼやけた視界で見ると、視線を左に向けてみた。
上には染められたような紫の空が広がっており、遠くに見える尖った岩山は赤茶色だ。
成程、思っていた以上の地獄。
そして俺達が居るこの場所は街なのか、俺の視界の真横には普通の石畳が広がっていた。
とここで。
「「あっ、ハイデル様」」
二つの重なった声が聞こえ、その方に視線を向ける。
そこには、門番の様な格好をした二人の男が立っていた。
二人とも悪魔族で、片方の門番は小さな角が甲の穴から出ている比較的人間に近い人だが、もう片方は馬だった。
そう、馬である。
鎧を着込んだ二足歩行の黒馬だ。それ以外に言い表せない。
と、その馬がハイデルを見てため息をついた。
「まっっったですか。一体いつになったらここで転けなくなるんすか」
「寧ろよく毎回あんな小さな段差に足引っ掛けられますね」
続いて角の悪魔が、そう言ってハイデルの足下を見る。
見てみると、確かにハイデルの足下にほんの小さな段差があった。
会話から察するに、ハイデルは毎回地獄に帰る度にここで躓いて転んでいるのだろう。
まあ恥ずかしい、コイツ故郷でもそんなドジやってんのか。
「ホーソン、ガルード! まったく、姿が見えないと思ったら……今までどこに行っていたのですか!」
ハイデルは二人の顔を見るや、恥ずかしさを隠すように怒りだした。
やはり知り合いらしい。
すると二人は顔を見合わせ、手に持っていた串焼きを頬張りながら。
「いやぁ、さっきまでちゃんと仕事してたんすけどね? この辺に地獄マイマイの串焼きの屋台が来てて」
「ちょうど小腹も減ってたんで、買いに行ってました」
「だからって持ち場を離れないで下さい! 確かに地獄マイマイは美味しいですけど!」
ふむ、どうやらコイツはハイデルの屋敷の門番のようだ。
そしてハイデルは地獄でもナメられているらしい。
なんか逆に安心した。
ってか、持ち場から離れた?
その二人がここに来たって事は……。
ここで気付いた、ハイデルの屋敷が俺の視線の真後ろにある事に。
「うわっ、デッカ……!」
立ち上がって振り向いた俺は、思わず呟いた。
まず目の前にあるのは巨大な鉄格子の門。
その先に見える屋敷の大きさは魔王城を一回りしたぐらいのデカさで、シンメトリーの如何にもな屋敷だった。
流石は腐っても地獄の公爵、凄いセレブだ。
「で、その人達はどなたっすか? っていうか、ハイデル様が向こうから人を連れてくるなんて、初めてじゃないすか?」
「よく訊いてくれましたホーソン」
首を傾げるお馬さんにそう返し、ハイデルが俺の元へ歩いて行く。
成程、馬の方がホーソン、そしてもう一方の角が生えたのがガルードか。
なんて思ってると、ハイデルがバッと俺達に向けて手を向けた。
「この方達は向こうの世界、バルファスト魔王国から来て下さった仲間です! そしてここにおわす御方こそ我が主、魔王ツキシロリョータ様です!」
「「ええッ!?」」
ガルードとホーソンは目を見開くと、俺とハイデルを交互に見た。
「あ~、どうもどうも。ハイデル様から話は良く伺ってます」
「いつもウチのハイデル様が迷惑掛けてます……ってか何で鼻血?」
「二人とも失礼ですよ!?」
するとやはりというか何というか、二人はそんな畏まる様子もなく手を差し伸べてきた。
ハイデルはカッとなるが、俺はぶっちゃけこの方が嬉しい。
「まあ、さっき色々あって。こちらこそどうも~、こんなんでも魔王やらせて貰ってる、ツキシロリョータです~。俺の事は、ハイデルみたくフラットな感じで接してくれて構わないから」
「お、マジっすか? いやぁ、話しに聞く通り寛容な人っすね」
「あ、お近づきの印に地獄マイマイ食べます? 上手いですよコレ」
「あー、ゴメン、さっきご飯食べたばかりで」
ガルードに進められた赤黒い物体を、俺はやんわりと断った。
ってか地獄マイマイって事は貝なの? この溶岩の欠片みたいなの貝類なの?
全然見えねえ……美味いのかな?
と、リーンがヒョコッと俺達の間に顔を除かせてきた。
「相変わらず人と仲良くなるのが上手いわね」
「ま、故郷でも町内の人達と上手くやってたからな……学校では友達少なかったけど」
「何でよ」
「共通の話題がね……」
なんて話していると、ホーソンがリーンを見てギョッとしたように仰け反った。
「な、何すかこの超絶美少女!?」
「ホントだ、メッチャ美人だ……!」
「へっ? えっと、どうも……」
やはりこの世界でもリーンのルックスは高いのか。
二人からのドストレートな褒め言葉に、リーンは少し恥ずかしそうに頬をポリポリ掻いた。
カーッ! やるねお二人さん、俺がそんな事言ったらぶたれるのに!
……いや、流石にぶたないよな?
ここ最近、リーンとの仲はだいぶ良くなったんじゃ無いかとは思うが……。
どうなんだろう、ちょっと試してみようか。
「分かる、確かにリーンは美人だよな……いたたいたい!? 何でぇ!?」
無言で脇腹を抓られ、俺は痛みとショックで涙目になった。
もしや照れ隠しかと思って見たものの、その頬に紅潮は見えずただジト目で俺を睨んでいる。
やはりリーンは俺には厳しいようです、トホホ。
「オイ、いい加減屋敷に案内して貰おうか」
「おっと、そうでしたね。ここで立ち話するのも足が疲れますし。二人とも、門を開けて下さい」
「「りょーかいしました」」
レオンに促され、ハイデルは門番二人に命令する。
そしてゆっくりと開いていく門をバックに、ハイデルは改めてと咳をして。
「それでは皆さん、ようこそ地獄へ!」




