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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第六章 レッツ・ゴートゥー・ヘル!?
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第二三話 風邪は今日も倦怠だ!⑦

カーテンから差し込む柔らかな日差しが、俺の顔を照らしている。

これから冬本番だって言うのに久しぶりの晴天で暖かい。

上半身だけを起こし、目を細めながら少しだけ顔を除かした太陽を見つめる。

いやぁ、よく寝た。

おかげで昨日の疲れが全部吹き飛んだよ。

やっぱり体力回復は寝るのが一番、うん!

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


「ぬうううああああああああにをやってんだ俺はああああああああああああああああッッ!?」


やっちまった。

俺はなんて事をしてしまったのだろう。

あの時いくら雰囲気に流されたとしても、同い年の女の子の腕の中でガチ泣きしてしまうなんて!

しかもそのまま寝落ちしてしまうなんて!!


「ほあああああああああああああああああッ! いやあああああああああああああああああッ!!」


俺は発狂しながら部屋の床を転がり回り、頭を打ち付け、また転がり回り。

それを何回か繰り返して、やっと少しだけ心を落ち着かせ……。


「られねえええええええええええええええええええ!」


逆にあの時の事を思い出してしまう。

リーンの身体の柔らかさ、鼻孔を擽る女の子らしい良い香り。

今更になって意識してしまう。

しかも俺の身体からリーンの香りがして……!

だああああああああああ、どうやって平常心を取り戻せば良い!?

無理だろ、絶対に無理だろ!

ああああああああああ、死にてええええええええええ!

っていうか、昨日のリーン何だったんだよ!?

急に顔が見たくなったとか言いだして隣に座るわ抱きしめてくるわ!

やっぱり熱のせいでおかしくなってたのか!?


「…………」


ふと、今この部屋にリーンが居ないことに気付いた。

ベッドの上には少し雑に畳まれた掛け布団があるだけだ。

下に居るのだろうか……?

だけど降りたくない、もしバッタリ会ったらどう接すればいい?

どんな顔して話せばいい?

……だが、様子も気になる。

一日経ったからと言って熱が下がる保証もないし、そうだとしたら無理してるかもしれない。

そうだ、俺がここに来た目的を忘れるな。

俺は掛け布団を綺麗に畳み、意を決して部屋の外に出た。

今の時刻は七時ちょい前。

子供達はまだ寝てるのか、二階の廊下はシンとしている。

俺は抜き足差し足忍び足で廊下を進み、そっと階段を降りる。

そっと降りる必要なんて無いが、無意識にそうしてしまう。

一階に降りると、そのまま外に出ようと玄関に向かった。

きっと外で一人、木刀を素振りしてると思ったからだ。

しかし向かう途中、キッチンの方から微かに物音が聞こえた。

キッチンのドアを見てみると、少しだけ空いている。

俺は少しの間立ち止まると、そっとドアを開けてみた。


……そこには、リーンの後ろ姿があった。

朝食を作っているのだろう、エプロン姿のリーンは包丁でニンジンを切っている。

俺はゆっくりキッチンに入った。

見た感じはいつものリーンだ、昨日のような立っているだけでふらふらの状態ではない。

本人に確認しないと詳細は分からないが、とりあえず治っている事は分かった。

リーンは俺に気が付いていないのか、ずっと手元のまな板と睨めっこしている。


「……ッ…………」


おはようと、それだけを言うだけなのに、声が出ない。

それに心臓の音がやけにうるさい。

……やっぱり、どう接すればいいのか分からない。

昨日、自分の心の内をぶちまけた。

今まで、誰にも見せなかった本当に弱い自分を見せた。

よく周りから昔より成長していると言われるが、本当の自分は変わっていない。

情けなくて、みっともなくて、逃げ出したくて。

そして一番弱音を言ってはいけないタイミングで、言ってしまったんだ。

誰よりもこの国を思ってるリーンに。

あの時リーンは何も言わずに、俺を撫でていた。

だけど本当は、心の奥では俺を嫌いになったんじゃないかって不安になる。

俺は中途半端に空いた口からただ息を吐くだけで、ずっとその場から動けないでいた。


その時、キッチンの横の窓から光が差し込んだ。

その光は一瞬でこの場を包み込み、リーンを照らす。

トントンとリズミカルに包丁が鳴る度に、朝日に照らされ本物の純金のように輝く髪が揺れている。

その髪の隙間から覗く、リーンの綺麗な肌。

そして見切れて少しだけ見える、リーンの横顔。

改めて、美人だなと思った。

俺は一歩前に出て、日差しの中に足を踏み入れる。

その暖かさに、先程までの不安が溶けていった。


「綺麗だな……」


そう、背中を向けるリーンに言う。

俺はやっと、リーンに挨拶を言う事が出来た。

……ん? 挨拶?


「ハッ!?」


違う、何言ってんだ俺は!?

何で朝の挨拶が口説きみたいになる!?

頭おっかしいんじゃねえの!? 

ヤバイ、今の声のボリューム完全に聞こえてる。

ああもうどうしよう、どうしたらいいんだよ!?

とりあえず今のは朝日に対してってことにしよう、そうしよう!

……ってか、リーン反応無くね?


「リ、リーン?」


俺がもう一度声を掛けるも、リーンの反応がない。

まさか無視されてる?

いや、リーンがさっきの台詞を無視するとは思えない。

俺は恐る恐る、リーンの隣に移動する。


「やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃった……」

「ヒッ!?」


何か、その、リーンが壊れてました。

まな板のニンジンをみじん切り以上に細かくし、もはやチタタプ状のそれを未だに包丁で切り続けながら、やっちゃったとボソボソ繰り返していた。

オマケに目が死んでいる。

前言撤回、綺麗だじゃなくてコワイだ。


「オ、オイ、大丈夫か?」


俺は迫力に気圧されながらも、リーンの肩に手を置く。

やっと我に戻ったようで、リーンは包丁を持つ手を止めた。


「あっ、ゴメンね。ちょっと考え事してて……」


子供達の誰かだと思ったのだろうか。

リーンはそう言って俺の顔を見て……固まった。

と思った瞬間。


「わああああああああああッ!?」

「おわあああああああああッ!? ひ、人に包丁向けるな!」


リーンらしからぬ声を上げ、俺に包丁の先端を向けてきた。

俺は反射的に身体を仰け反らせ、両手を挙げる。

ぶっちゃけ剣先を向けられるよりも、包丁を向けられる方が現実感があって怖い。


「あっ、ごごごゴメンナサイ、てっきりあの子達だと思って見てみたらアンタだったから……!」

「俺だったから包丁向けるって何!? 酷くない!?」


俺は結構なショックを受けながら、ゆっくりとリーンから離れた。


「えーっと……おはよう」

「お、おう、おはよう」


包丁をまな板の上に置いたリーンのぎこちない朝の挨拶に、俺もぎこちなく返す。


「具合はどうだ? その、立ってると辛いとか無いか?」

「ううん、大丈夫。スッカリ元気になったわ」

「そっか」


それなら一安心だ。

昨日は結構辛そうだったからな。


「「…………」」


そして変な静寂がキッチンを包んだ。

俺もリーンも、お互いの顔色を窺うように見る。

マズいな、どうしよう……。

やっぱりリーンも昨日のこと気にしてるんだ。

昨日のハグを思い出して、顔が熱くなる。

そして同時に、やっぱり嫌われたんじゃないかと心配になり胃がキリキリする。

期待、不安、その他諸々の感情が、俺の心の中でグチャグチャしている。

ああ、気持ち悪い。ムカムカする。

俺がグッと拳を握り絞め、このぶつけどころのないムカムカに耐えていたときだった。


「だ、大丈夫?」


リーンがそっと、俺の額に手を当ててきた。

多分自分の熱が移ってしまったと思っているのだろう、心配そうに俺を見つめている。

ふと、その綺麗な紅い瞳に移る自分が見えた。

そして知った。

今の俺が、とても酷い表情をしていることに。

自分でも言えるほど、その顔は辛そうで苦しそうで、泣きそうな顔をしていた。

ああ、そりゃあ心配されるわな。

まったくもう……本当に、まったくもう!


「だああああああああああああ! 面倒くせええええええええええええッ!!」

「ッ!? な、何よ急に!?」


突然怒鳴った俺に、リーンが肩を跳ねさせる。

俺はわざと大きなため息をつくと、フンと鼻を鳴らしながら。


「何だよこの気まずい空気はよ! 止めだ止め止め、そういうのは昨日のでお腹いっぱいなんだよ!」


そうだ、こんなのらしくない。

俺とリーンの関係は、そんな気を遣う間じゃない。

もっとお互い雑に、テキトーに接するのが俺とリーンだ。

お互い気を遣うのは疲れるし、何より俺がイヤだ。

怒鳴ったことで少しムカムカが薄れた俺は、戸惑うリーンに笑って見せた。


「なあリーン、早速で悪いけど、昨日の事なんだけどさ」

「う、うん」


そう口火を切ると、リーンは少しだけ眉をひそめるが。


「やっぱお前、いいおっぱいしてるよな」

「…………はぁ!?」


リーンは突然何を言い出すんだと言わんばかりに目を見開いて顔を真っ赤にした。

自分でも、いきなりそんな事言われたらビックリするだろう。

だが俺はお構いなしに、手をワキワキさせながら続ける。


「いや、お前がハグしてくれたときさ、実はちょっとだけ胸が顔に当たってたんだけど……なんかこう、大きすぎない感じが良いよな。程よい大きさでバランス取れてて柔らかくてブファッ!?」

「ばっっっっっっっっっかじゃないの!?」


久々のリーン全力平手打ちが顔面に炸裂し、俺は勢い良く吹き飛ばされた。


「いっちー! 目覚ましビンタにしちゃあちょっと強すぎだなオイ!」

「アンタが突然バカな事言うからでしょ!? アンタって奴はあんな時にも……!」

「でさ、やっぱりハグしたときは、出来ればもうちょっとおっぱいを押し付ける感じで……」

「おっぱいおっぱいうるさいわよ! まさかまだ続ける気!? いいわよ、だったらその口縫い付けてやる!」


そういってリーンは倒れる俺に馬乗りになって俺の口を塞ぎに掛かる。


「あっ、このヤロー! 折角褒めてやってるのに!」

「そんなこと今褒められても嬉しくないのよ! このっ……抵抗するんじゃないわよ!」


手首を捕まえるも、相変わらずのパワーで抑え付けようとするリーン。

俺はジタバタと抵抗するが、段々とその力を弱める。

そんな俺に、リーンが怪訝な顔を見せた。

すると何だか耐えられなくなり。


「ふ……ふふ……ふはは!」

「ええ……? 本当に大丈夫なのアンタ……?」


急に笑い出す俺に、リーンが心配そうな顔をする。

俺は一頻り笑うと、ホッと息を吐いた。


「こんなんでいいじゃん、俺達」

「えっ?」

「確かに昨日の事はもうお互いに忘れられない。忘れられる訳がない。でも、わざわざ気を遣うのは俺達って感じじゃない」


腹を割って話して、自分の弱さを見せ合って。

だけど俺は、リーンに変わらず接して欲しいし、俺もそうしたい。


「それと、昨日泣きながら実感したよ。どう強がってもどう足掻いても、人間って誰かに弱音を吐いてなきゃ生きられないんだなって。だからよかった、おかげでスッキリした!」

「リョータ……」


そう言いながら、俺はリーンの瞳を見た。

そこには、先程とは変わって晴れやかな顔が映っていた。


「勿論、この力はまだ怖いし、扱えるように修行はちゃんとするけどさ。でもたまには俺の弱音、ぶつけてもいいか? その代わりに、俺はお前の弱音を受け止めるよ」

「何それ……」

「いいじゃねえか、もう既にやっちまったんだから。何なら、毎回ハグしてくれても」

「するわけないでしょ」

「アダッ」


俺のおでこにチョップを食らわせたリーンは、ため息をつくと苦笑しながら。


「いいの? 逆に私、こう見えて色々溜め込んでるタイプよ?」

「望むところだ。お前も覚悟しとけよ?」


今回ので分かった。

自分で言うとおり、リーンは色々溜め込んでるタイプだ。

特に、先代魔王のトラウマが未だに鮮明に残っているし、恐らく一生消えない。

ならせめて、そのトラウマが少しでも薄れるようにしてあげよう

リーンが俺の重荷を一緒に持ってくれるなら、俺はリーンを励まそう。

それぐらいしか、出来ないから。


「リーン、改めて訊くけどさ」

「何?」

「俺の事、嫌いか?」


俺の質問に、リーンはクスッと小さく笑うと。


「場合による」

「なんじゃそりゃ」


もうこの場には、気まずい空気は流れていなかった。


「……さてと、じゃあそろそろ俺の上からどいて貰ってもいいか?」

「あっ」


そうだ、忘れちゃいけないが、今リーンは仰向けの俺の上に跨がっている。

もし腰の所がもう少し下だったら完全にアウトだ。

リーンもそれに気が付いたのか、慌てて立ち上がろうとする。


「わっ!?」

「ちょっ!?」


が、足下がもたついていたのかバランスが崩れ、そのまま床に手を突いた。

するとあら不思議、まるでリーンが俺を押し倒しているよう。

俗に言う、床ドンである。

マズい、俺の予測からすると、そろそろ誰か起きてきて――


ガチャ。


「二人とも、ドンドンギャアギャアうるせえよ。ちっとはマシな起こし方してくれ……」


うん、何となく予想付いてた。

ドアを開け、眠そうに目を擦るカインは、俺達を見て言葉を失っている。

当たり前だ、傍から見りゃ朝っぱらからキッチンでナニやってんだって話だ。


「「「…………」」」


数秒、時間が流れる。


「…………」


顔を赤くして怒鳴るわけでもなく、困惑するわけでもなく。

カインはただ、そっとドアを閉めた。

…………。


「ローズより大人だな。ってか、俺達いつもこうなるな」

「呑気な事言ってる場合じゃないでしょおおおおおおおお!」

「だよなあああああああああああああ!」


俺達はカインを説得するため、キッチンを飛び出した。

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