第二三話 風邪は今日も倦怠だ!⑥
「本音って……」
リョータは困惑したように、私を見つめてくる。
私は視線を逸らさず、ジッとリョータの返事を待つ。
やがて、リョータは躊躇い気味に口を開いた。
「……信じてくれるか?」
その声は、始めて聞く弱々しさだった。
「それでもし信じてくれても……俺の事、嫌いになったりしないか……?」
「アンタがしなくて私がしたら理不尽じゃない。絶対にしない」
「…………」
首を振る私にリョータが小さく頷く。
そっと手を離すと、リョータは俯きながら。
「……何となく、お前も気付いてるんだろ? 俺が今までずっと自分を追い込んでた理由が、他にあるって」
「うん」
「そっか……だよなぁ」
リョータは苦笑いを浮かべると、大きく息を吸いゆっくりと右手を出した。
何をしようとして……。
「あっ……」
思わず声が出てしまった。
あの時、ヨハンの腕と足を切り飛ばした、黒い稲妻。
いや、コレは稲妻って言うほど大きくはないけど、それでも黒い電流がリョータの右手から出ていた。
「ビビらなくていいよ、このぐらいはちゃんと扱えるから」
「リョータ……コレって……」
「黒雷って言って、初代魔王が持っていたユニークスキルだ」
「黒雷って、あの……? それに、初代魔王……? でも、そんな話、聞いたことがないわよ……?」
「だろうな。俺も本人に言われるまで知らなかった」
「本人……?」
聞き返した私に、リョータはゆっくり頷いた。
「俺がルボルの屋敷に行く前の日だったかな。俺の夢に、初代魔王が出てきたんだ」
「……ッ」
私は言葉を失った。
あの歴史上最強と謳われた伝説の初代魔王が、リョータの夢の中に出てきた。
初代魔王がユニークスキル持ちでもあったって事実だけでも驚いているのに。
「具体的にはデーモンアイの化身なんだってさ。どういった関連性があるのかまだ分からないけど」
「デーモンアイの化身……。でも、父さんはそんな事言ってなかった……」
「多分、俺だからじゃないか? 俺は世界征服しない優しい優しい魔王だからよ」
リョータは少し空気を和ませようとしたのか、気の抜けた事を言ってポリポリ頬を掻いている。
「あれから三回、俺は初代と夢の中で会って話した。その時に色々教えて貰ったんだ」
「どんな人なの……?」
「まあ、いい人っちゃいい人だよ。メチャクチャ美人だし、声も綺麗だし」
「お、女の人なの!?」
「ああ。オマケにホイップ・ギル・ルシファーっていうメチャクチャ可愛らしい名前してる。あと、意外とからかいがいがある」
「ええ……」
あの初代魔王に対してからかうなんて……コイツ、大物なのかただのバカなのか分からない。
でも、初代魔王が女性だったなんて。
ずっと男の人をイメージしてた。
しかも名前がホイップ……確かに響きが可愛い。
「その人は敢えて俺を魔王に選んで、魔神眼とこの黒雷を与えたって言ってた。そしてヨハンが死んだ知らせが入った日、それとは別に初代に教えて貰ったんだ。俺には代々受け継がれてる魔王の力が、ちゃんとあるって」
「でもアンタ、ステータス……」
「魔王の力は普段俺の中で眠ってるんだってさ。だから基本はいつもの雑魚だよ」
リョータは自嘲しながら黒雷を消し、右手を握ったり開いたりする。
「その力ってもしかして……」
「ああ、俺がヨハンをボコボコにした時のだよ。だけどあれはただの暴走だ」
暴走……確かにあの時のリョータはおかしかった。
凄い量と密度の魔力を身体に纏い、何の躊躇いもなくヨハンを殺そうとしていた。
もし私が止めていなかったら確実に殺していただろう。
あの時、あの場に居るのが本当にリョータなのか疑ったほどだ。
「この力は俺の怒りや憎しみ、殺戮衝動によって目覚めるらしい。それで、俺は心も体も、その力を使うにはまだまだ未熟なんだとさ。だからあの時暴走した」
「…………」
「暴走してた時、俺は俺じゃなくなってた。ヨハンを殺そうとしたとき、感じたことのない快感があったんだ。最後なんて、誰でもいいから殺したいなんて思っちまったよ……」
自分の掌を見つめ、その時を思い出しているのか暗い表情をしている。
「もしまた暴走したら、もう自分を止められる自信が無い。そうなったら俺は敵だけじゃない、お前らだって殺してしまうかもしれない……それが怖かった」
いまやっと分かった。
リョータが自分を追い込んでいた理由を。
アダマス教団の脅威、フォルガント王に言われた王としての覚悟。
それよりもはるかに重くのし掛かる、魔王の力の責任。
これからも襲撃してくるであろうアダマス教団に勝つには、その魔王の力を使えるようにならなくてはいけない。
だけどそれ以前に、使えるようにならなければ私達を傷付けてしまうかもしれない。
どっちにしろ、リョータはすぐにでも魔王の力を使えるようにならなければいけなかった。
だからリョータは、あの日から……。
「ま、それが本音だよ」
そう締めくくると、リョータは緊張が抜けたようにため息をついた。
「他の奴には言うなよ? あの時俺の暴走を見てたリーンだから話す決意が出来たんだから」
「分かってるわよ、絶対に言わない……」
「絶対な? あ~あ、言っちゃった。初代に何て言われるかなぁ」
ヘラヘラといつもの軽い口調で念を押し、ため息をつきながら虚空を見上げるリョータ。
だけどその顔は、さっきとは変わっていないように見えた。
……私はどうしてあげたらいい?
いままでずっと、一人で抱えて苦しんできたリョータに、どう接してあげればいい?
分からない、そんなの知らない。
……だけどこのまま話を終わらせる訳にはいかない。
「もういい加減寝ようぜ? もう日付変わっちまったよ」
リョータは眠そうに時計を見ると、そのまま横になろうとする。
私は、リョータを呼び止める。
「リョータ」
「何だよ――えっ」
――そして私はリョータを抱き寄せた。
「……は、えっ、ちょっ!?」
私の耳元で、リョータの慌てふためく声がする。
だけど私は腕の力を緩めない。
「な、なななななな何やってんだよお前!? ってかさっきからどうしたんだよ!? まさか風邪が悪化しておかしくなったのか!?」
こんな時、私が気が利くことを言える訳がない、正解なんて分からない。
「ゴメンね、気付けなくて」
だから、真っ直ぐ自分の気持ちをぶつけることにした。
「あの時、一番アンタの近くに居た私が、アンタの気持ちに気付かなきゃいけなかった。私がアンタを支えてあげなきゃいけなかった」
「い、いや、別にお前が謝る事じゃ……」
「謝る事なのよ……アンタが一人で修行してる姿を見ても、私はずっと何もしなかった。あの時、自分が何をすればいいのか分からなかったのよ」
「リーン……」
私に対する憎しみがこもった声に、リョータは何も言わなくなった。
そうだ、私は本当にバカだ。
ちゃんとリョータと向き合わなきゃいけなかったのに。
「でも、今分かった。アンタの重荷を一緒に持つ、それが私のするべきことだったのよ。だから心配しないで。もうアンタ一人なんかに辛い思いはさせない」
私はリョータへの想いを、自分への決心を告げ、そっとリョータの頭に手を置いた。
「や、止めろよ、いきなりそんな母性キャラ発揮してんじゃねえよ、いい加減にしないと……ママって呼ぶぞコラ……」
段々と、声のトーンが小さくなっていく。
声が詰まり、身体の震えが伝わってくる。
私は子供を慰める時のように、頭を撫で続ける。
そして、私は一番伝えたかった事を言った。
「私達の為に、ずっと頑張ってくれて、ありがとう」
「…………う……うぁぁ……」
リョータの、今までずっと抑え込んでいたものが決壊した。
「怖かった……また殺しを心から喜んだ俺が出てくるのが……皆を傷付けるのが……俺が、俺が大好きなこの場所を壊されるのが……。だから闇雲に頑張って……頑張って……」
そこから感情を噴き出したように嗚咽を漏らし、私の肩に顔を埋める。
少しずつ、肩が湿っていく。
「魔王だからさ……皆を守らなきゃいけない……それに、フォルガント王さんの言ってたことも分かる……。でも……でも……やっぱり人なんか、殺したくないんだよ……!」
震える手が、私を力強く抱きしめる。
「強いから何だよ、凄いからどうだってんだよ……! こんな……こんな怖い力なんて、欲しくねえよ……俺はただ、いつもみたいに……皆とバカやってたいだけなんだよぉ……!」
リョータは泣いた。
いつもふざけて、調子に乗って、笑っている。
そんなリョータが今、子供みたいにしゃくり上げ、心の内を叫び、ボロボロと涙を流している。
始めて知った、リョータの本当の想い。
私はその想いを受け止めるように、優しく抱き返した。
今のコイツがどんなに大人げなくても、みっともなくても、情けなくても。
私達の王様の、優しさは変わらない。
……私はリョータが泣き止み、そのまま寝てしまうまで、ずっとその身体を抱きしめていた。




