第二二話 戦後は今日も大忙しだ!⑥
――俺の一日は、息も凍り付く早朝から始まる。
まず起きてすぐに窓を開け、寒さで眠気を吹き飛ばす。
その後用を足し、何か軽く摘まみ食いしてから歯を磨き、中庭に出る。
さあ、ここから朝の修行が始まりだ。
まずは芝生の上で上体起こし、腹筋、スクワットを百回ずつ。
そして魔王城の周りを十周ほど走った後、やっと木刀を握る。
まずは素振りを行い、分厚いマットを括り付けた木を相手に打ち込みをする。
毎度打つごとに手に振動が走り、痛いのなんの。
おかげで掌にマメが出来はじめた。
これで朝の修行は終わり。
道具を片付け風呂場で汗を流し、朝食を作り始める。
本来晩飯以外は自分で何とかするのが魔王城のルールなのだが、せっかくなので俺を含め五人分を作っておく。
一人黙々と朝食を食べながら、今日の仕事の目安を考える。
仕事と言っても精々ギルドの資金の確認とか薬草畑の出荷状態とかで、今では難なくこなすことが出来る。
大体いつもリムとハイデル辺りが起きてくる時間に俺は執務室に向かうと、一人黙々と仕事に取りかかる。
勿論執務室内だけでなく、ギルドや薬草畑に出向くこともあるが、基本午後になる頃には終わる。
仕事が終わり昼食を食べ終わると、俺は装備を整えギルドへと向かう。
レベル上げの為に、モンスターの討伐クエストを請けるのだ。
その際、ギルドの色んなパーティーに一時的に入れて貰う。
ちなみにギルドでの俺は、かゆいところに手が届く便利さが評判だ。
さて、夕方になり、魔王城に帰宅した俺は夕食の準備に取りかかる。
フォルガント王国からの輸入品でかなり食材が増えた為、料理のレパートリーも増えた。
ちなみにこの日のメインはトマトパスタだ。
厨房の隣の食卓に料理を並べ、五人揃って夕食を取る。
レオンが骨董屋で良い感じの武器を見つけたとか、そろそろ旅に出ているリムの父ちゃんが帰ってくる頃だとか。
四天王のそんな話を聞きながら、夕食を終える。
皆で分担して後片付けをし、寝るまでに思い思いの時間を過ごす。
その時間帯俺は再び中庭に出て、今度は魔法やスキルの修行をする。
最初はスキルだ。
ハイ・ジャンプと着地スキルを繰り返し使用し、素早い動きが出来るよう特訓。
投擲スキルを使用し、木の的目掛けて投げナイフを投げる。
最近、結構投擲技術も上がってきた。
スキルの修行が終わり、今度は魔法の修行だ。
スパーク・ボルト、アクア・ブレス、イグニス・ショット、フラッシュ等々。
これらを動きながら放ったり、組み合わせてみたりする。
レベルも上がり魔力も増幅したため、以前より少しだが威力が上がっている。
これならそろそろ、中級魔法を獲得してみてもいいだろう。
そして最後、魔力が尽きる前に必ず黒雷を試す。
やはり黒い電流は俺の手に流れるだけだが、コレを繰り返せばいつかは使えるようになるだろう。
これで一日の修行は終わり。
深夜皆が床に就く頃に、温くなってしまった湯船に浸かり、風呂掃除をして部屋に戻る。
パジャマに着替え床に就く頃には、深夜の二時ぐらい。
そして俺は気絶するように眠り、一日が終わる……。
――そんなスケジュールをこなした数週間。
俺は今までの人生の中で一番キツい日々を過ごしていた。
高校受験勉強でさえヒイヒイ言いながらやっていた俺には地獄の毎日。
正直に言おう、死ぬわコレ。
だが、一度始めたからにはすぐには投げ出さない。
時間無いから、今日の特訓は明日にやればいいや~。
そう思ったら最後、明日やろう明日やろうと修行を先延ばしにし、最終的には全てを投げ出す。
俺はそういう奴だ。
流石にコレをずっと続けるのは体力的にもメンタル的にも無理だが、せめてこの一ヶ月でもこなしてみせる。
大丈夫、俺はやれば出来る子YDKだ、アイキャンドゥーイット。
すぐにでも、魔王の力を使いこなしてみせるさ。
「ふわああああああぁぁ……」
そんな事を、執務室で大あくびをしながら考えていると、コンコンと扉がノックされた。
「ふぁい……ンン、はいどうぞー」
「失礼します」
あくびをかみ殺し俺が促すと、扉がゆっくりと開く。
その隙間から執務室に入ってきたのはリムだった。
おや珍しい。
仕事の邪魔にならないようにと、普段この時間帯執務室には来ないのだが。
「おはようリム。相変わらず今日も可愛いな。で、どしたの?」
俺がペンを置き、ニヤニヤしながらいつものように褒める。
リムはいつもこんな風に褒めると、顔を赤くしてお決まりの『こ、子供扱いしないでください!』が発動する。
リョータはそれを見たくなると、ついやっちゃうんだ☆
しかし今日のリムは俺の言葉に動じず、デスクの前に移動した。
「お兄ちゃん、何か手伝える事はありませんか?」
「手伝い?」
確かに、書類整理とかたまに手伝って貰ってるけども。
「んー、いや、今日は大丈夫かな。わざわざありがとな~」
「…………」
俺がそう断り手を伸ばしてリムの頭を撫で回す。
しかしこれでもリムは動じず、俺をずっとジト目で睨んでくる。
アレ? 何かご機嫌斜め?
もしかして頼られたかったのかな。
「……やっぱ手伝って貰っていいか? 冬に備えた雪掻き用のシャベルの在庫のヤツなんだけど」
「分かりました。……それよりも、何でさっきから震えてるんですか?」
「コレ? 空気椅子」
リムは数枚の書類を受け取ると、ソファにちょこんと座り目を通し始める。
それを見て俺は、再びペンを握った。
ペラペラ、カリカリと、紙を捲る音と文字を書く音が執務室に鳴る。
その間俺は、頭の片隅でリムのことを考えていた。
どうしたんだろう、リム。
何か嫌な事でもあったのか?
サラさんと喧嘩した……って事は無いな、あの仲良し親子に関しては。
それとも買おうとしてた本を誰かに先越されたとか……も無い。
じゃあ、遂にリムに手を出そうとした愚か者が出たか!?
いや、リムならすぐに交番に駆け込むよな。
チラとリムを見ると、お互いに目が合う。
俺が笑顔で小さく手を振るも、リムはムスッとした顔をして再び書類に目を落とした。
……アレ? もしかしなくても、原因って俺?
だとしたら大変だ、リムに嫌われてしまった!
えっ、でも何で!?
最近ストレス解消にリムを甘やかしすぎたからか?
それとも、この前リムに野菜サラダを食べさせたからか!?
マズい、どうしたら……!
「お兄ちゃん」
「はい! 申し訳ございませんでした!」
「何で謝るんですか!」
突然名前を呼ばれ思わず謝罪する俺に、リムが少しだけ心配そうに。
「さっきから手が動いてないですけど、大丈夫ですか?」
「お、おう、大丈夫大丈夫。ちょっと別のこと考えてただけだから」
「そうですか……」
俺がそう頭を掻きながら言うと、リムはやっぱりムスッとした顔になる。
何でだー!?
その後俺はショックを受けながらも何とか書類をまとめ、早めに仕事を切り上げることが出来た。
「いやー、助かったよリム。やっぱ持つべきは優秀な妹だな!」
「それならよかったです」
ウンと姿勢を伸ばし背もたれに身体を預けた俺に、リムはフンスと鼻を鳴らした。
「よし、それじゃあ昼飯食べよ……おととっ」
「お、お兄ちゃん!?」
急に目の前が真っ暗になり、平衡感覚がなくなる。
俺が床に膝をつくと、リムの慌てた声が聞こえた。
「大丈夫大丈夫、ただの立ちくらみ」
最近多いんだよな、立ちくらみ……。
いつも椅子から立ち上がったり風呂から上がったときに起きる。
目の前が真っ暗だけどチカチカする。
まったく、魔神眼を持ってても立ちくらみ起きるのかよ。
何て心の中で文句を言い、俺は徐々に回復してきた視界の中ゆっくりと立ち上がる。
「あっ、そういえばリム。この後暇か?」
「え、ええっと、この後は特に予定はないですけど、何でですか?」
「いや、最近スキルポイントも溜まっててさ。そろそろ中級魔法を獲得したいなと……」
俺がそう言った瞬間、リムの目つきが鋭くなった。
「…………」
何も言わない、何も言わないが明らかに怒っているのが分かる。
今まで見たことない程に。
流石の俺も、ここでリムの怒りの理由が分かった。
「な、なあリム……」
「お兄ちゃん、ここに座って下さい」
オドオドする俺の言葉を遮り、リムは再びソファに座ると隣を叩く。
マズい、説教される。
リーンに怒られるよりも、正直リムに怒られる方が怖い。
でも……。
「その……俺はさ……」
「座って」
「ひゃ、ひゃい……!」
怖え、怖えよ俺の妹!
あ、足が、足が凄い速度で震えてるよぉ!
俺は既に泣きそうになりながら、恐る恐るリムの隣に座る。
リムの綺麗な青い瞳が、俺を見てくる。
「…………ッ」
俺は身体を震わしながら、リムの話を待つ。
た、頼む、この際何を言っても良いから!
せめて俺を嫌いにはならないでくれ……!
そう、心の中で願ながら、ゆっくりと伸ばされた手を見て……!
「えいっ」
リムは俺の頭に手を回すと、そのまま自分の方へ引き寄せた。
「へ?」
予想外のことに何も出来なかった俺は、そのままリムの膝へと顔からタイブした。
「? ???? ???????」
えっ? 何、ビンタが飛んでくるんじゃないの?
ど、どうして俺は膝枕をされてるんだ?
いや、嬉しいけどさ、いきなりすぎて恐怖が勝るんだよ。
でもリムの膝枕……いいな。
とにかく柔らかくて暖かい、高級枕なんて比べ物にならないぐらいに寝心地が良い。
だけどやっぱり十歳の女の子の膝枕って犯罪臭が凄い……ってそうじゃないだろ!
俺は固まる身体を何とか動かし、リムの顔を見る。
相変わらず怒っている顔をしているが、顔も髪の間から除く耳も真っ赤だ。
「…………ッ」
リムは無言で、俺の頭に手を乗せて撫で始める。
……いや、撫でてるんじゃないな、頭を抑え付けてるな。
まるで起こしませんよと言わんばかりに。
「お兄ちゃん」
ここで、リムがやっと口を開く。
「最近お兄ちゃんは頑張りすぎです。いつも寝坊助さんなのに私より先に起きて修行して。寝るのも一日が終わってからですし」
やっぱりかぁ……。
リムが怒っている理由、それは俺のハードスケジュールのせいだ。
数週間もコレをこなしている俺を見て、リムは心配していたんだろう。
「私だけじゃないです。ハイデルさんもローズさんもレオンさんも、ずっと心配してるんですよ? 皆でお兄ちゃんがいない間、話し合った事もあるんですから」
「そっか……」
「でも、お兄ちゃんいつまで経っても止めないし……だからこうやって無理矢理寝させるしかなかったんです。わ、私の膝なら……その……寝て貰えるかと思って」
「~~~~~~~ッ!? どうしよう……リムが魔性の妹になっちゃった……!」
「そ、その言い方止めて下さい!」
真っ赤になっているだろう顔を手で覆い俺は悶絶する。
でも、この前ジータにお姉ちゃんって言ってパワーアップさせたんでしょ!?
それに今の台詞、もうサキュバスなんて比にならないレベルで魔性の存在だよ!
俺の頭を抑え付けていたリムはその力を緩め、頭を撫でながらちょっと拗ねたように。
「お兄ちゃんが頑張る理由は分かります。でも、無理しすぎちゃダメですよ?」
………………。
「はあああああああああああぁぁぁ、もう止めだ止め!」
リムをこんなに心配させて、何がお兄ちゃんだ。
それにハイデルもローズもレオンも、そしてリーンも俺を心配している。
そうだよ、頑張りすぎて倒れたら意味ねえじゃん。
「もう今日は修行しない! 何もしない! 念願のリムの膝枕で寝まくってやるんだ!」
「フフッ、何ですかもう」
俺は駄々っ子のように足をバタバタさせると、リムがクスリと笑う。
今日初めて、リムの笑顔が見れた。
「後でアイツらにも謝っとかないとなぁ」
「そうですよ」
「それに流石に詰め込みすぎたし、もうちょっと……スケジュールに余裕持たせるよ……」
「はい」
ああ、この数週間の疲れが一気に来た。
瞼が重くなってくる。
俺は最後の気力を振り絞り、微笑みながらリムの頬を撫でた。
「ホント……ありがとな……」
「は、はい……」
やっと可愛い妹の恥じらい顔を見て満足した俺は、眠りに落ちた。




