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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第六章 レッツ・ゴートゥー・ヘル!?
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第二二話 戦後は今日も大忙しだ!⑤

目が覚めた。

俺はゆっくりとベッドから起き上がるとウンと伸びをし、部屋を見渡す。

部屋の中はまだ暗く、窓からほんの僅かな明かりが差し込んでいる。

多分朝の五時ぐらいだろう。

普段なら二度寝にしゃれ込む所だが、俺はベッドから降りて窓を開ける。

すると冷たい空気が、一気に俺の肌の撫でてきた。

俺は肌を擦りながらホッと息をする。

白くなった息が宙を舞い空へと消えていく。

それを見ながら俺は窓の縁に肘を置き、頬杖を突きながら呟いた。


「ホイップねぇ。プフッ……!」


まさか、初代があんなに可愛らしい名前をしているとは思いもしなかった。

ホイップなんて、トイプードルみたいな可愛らしいわんこにピッタリの名前だ。

今現在こうして思い出し笑いしてしまったから、きっとまた顔を真っ赤にして怒っていることだろう。

最初は初代魔王なんてヤバそうな人だと思っていたが、存外可愛い人だ。


「…………」


俺はふと自分の右手を見ると、それを窓の外に突き出す。

そして深く深呼吸すると、右手に魔力を込めた。


「『黒雷』……うおっ、マジで出た」


すると、俺の右手にあの時の同じように、黒い電流が小さく迸った。

コレが俺のユニークスキル……。

成程、やっぱりこれ以上威力は上がらないし、結構魔力を使う。

これならスパーク・ボルトを使った方が効率が良い。

俺は右手を握り黒雷を消すと、大きくため息を付いた。


「確かに色々スッキリしたけど、逆に色々ヤベえ事になっちまったなぁ」


俺の中に眠る魔王の力。

もし今の俺が再びこの力に頼れば、もう暴走を止めることは出来ない。

その時俺は敵だけじゃ無く、周りの皆も殺してしまうだろう。

怒りと憎しみか……ううん、あまり感情を押し殺すのは苦手なんだよな。

でも、頑張ってみるしかないか。

…………。


「……ストレス、やっぱ溜まってんのかな」


少しだけキリキリと痛む腹を押えながら、俺は苦笑し呟く。

マズいな、もしこの世界で血便や血尿みたいな精神疾患になったらどうしよう。

うん、やっぱり頑張りすぎはよくないし俺らしくないよな。

それじゃあ、二度寝にしゃれ込むとしますか。

十分換気し終わり窓を閉めると、まだ暖かいベッドに潜り込んだ。

そしてゆっくり瞼を閉じる。

………………………………。

…………………………………………。

…………………………………………………………。


「……畜生」






――まだ、朝日が顔を出す前。


「フッ……! ヤッ……!」


私はいつものように、孤児院の庭の隅で木刀を握り素振りをしていた。

だけどいつもより集中して、真剣に。

あの戦いの時、私はシェスカと勝負に勝つことが出来た。

だけどシェスカに腕を貫かれ、自分がまだ未熟だったことに気付かされた。

それにリョータの推測では、アダマス教団の教皇はあのヨハンより強いかもしれないらしい。

そんなの聞いたら、もっと強くなるしかないじゃない。

私は木刀を握り直すと深く呼吸をする。

そしてゆっくりと木刀を構え、虚空目がけて……!


「ハァ……こんなんじゃ、特訓にもならないわ」


私はため息をつくと、木刀を芝生に投げ捨てその場に座り込んだ。

ダメだ、さっきからずっとリョータのあの顔がチラつく。

脳裏を横切るアイツの横顔は酷く狼狽していて、自分の中の何かと戦っているような、そんな顔をしている。

フォルガント王に、あの言葉を投げ掛けられた時の顔だ。

私でも受け入れることを拒んでしまいそうな、王としての覚悟。

それだけじゃない、ヨハンの死やアダマス教団の脅威を一番重く感じているのはリョータだ。

なのにアイツは私と別れるまで、ずっといつも通りだった。

いつもみたいに軽口を言って、笑って、落ち込んで。


「ハァ……」


私はもう一度ため息を付くと立ち上がる。

そして木刀を物置に仕舞うと軽く身体を拭き、孤児院を出た。

いつもワガママでデリカシー無いクセに。

こういう時はいつも一人で抱え込もうとする。

……本当に面倒くさい奴。

そんな事を心の中でブツクサ言っている間に魔王城に着いた。

音を立てないよう城門をそっと押し、いつものように朝の修行をサボっているだろうリョータを起こしに行こうとした時。


「……?」


私の耳に、何かが空を切る音が聞こえた。

その音がした方は、確かいつも私がリョータに稽古を付けている中庭だ。


「まさか……」


私は方向転換すると、足早に中庭へ向かう。

そして城壁の曲がり角から、そっと奥の様子を窺った。


「ハァ……ハァ……」


やっぱり居た。

いつもの変な服を脱ぎ捨て、シャツ姿になって木刀を握っているリョータが立っていた。

身体中から汗の蒸気が上がり、相当長い時間動いていたことが分かる。

多分、私より長い時間ずっとこうして木刀を振っていたようだ。

普段ならやっと真面目になってくれたかと喜ぶべき事だ。

だけど私は、その姿を見ても喜べなかった。

私は城壁の角から出るとそのままリョータに歩み寄る。

その足音で向こうもこちらに気付いたようだ。


「おー、おはようさん」

「アンタ……何やってんのよ」

「何って、朝の修行に決まってるだろ。どうだ、ちょっとは見直したか?」

「見直すっていうか、普段からそうしなさいよ」


なんて、いつもみたいに調子に乗るリョータ。

私がそう返すと、リョータは拗ねたように腕を組んだ。


「何だよ冷たい奴だな。これだったら今の気温の方が暖かいぜ」

「あっそ。じゃあずっとその格好でいなさい」

「流石に風邪引く!」


リョータは私を睨みつけながら、すぐ側に畳んであったタオルで汗を拭く。

その際シャツを捲ったときにリョータの腹が見えた。

コイツ……地味に腹筋が割れ始めてる。

と、そんな私の視線に気付いたリョータが、フフンと得意げな顔をしながら一言。


「リーンのエッチ」


私が無言で握り拳を作ると、リョータは流れるように芝生に頭を着けた。

何かこの光景を前に見た気がする。


「ってかこの前とは逆だな。ホラ、俺が女になったときお前の修行覗いたろ」


リョータもその事を思っていたのか、芝生に座り話し出す。


「あったわね、そういえば。……あっ、そういえばあの約束……」

「あっ」


私がふと思い出し口にした約束という言葉にリョータは声を上げると、そっと視線を逸らす。

五秒ほど、静寂が流れる。

リョータは再び私と視線を合わせると、震える声で。


「お、覚えておりますとも、ええ……!」


あの約束とは、女体化している間にコイツの身の回りの世話をしたお礼に、一週間孤児院の手伝いをするという事だ。

あの後色々忙しくて全然その機会が訪れなかったけど。

それにしても、コイツは何勝手にビビってるのかしら。


「い、いやぁ、だけどこれから色々忙しくなるから、その約束はもうちょっと後にして……」

「忘れていいわよ」

「……はい?」


リョータは一瞬固まると、もう一度。


「……はい?」

「だから、その約束忘れていいわよ」


流石に今のリョータに手伝いを頼むなんて出来ないし、したくない。

……だけど私を見てくるリョータの『何だコイツ、気味悪い……』と言わんばかりの視線がムカつく。

やっぱり前言撤回しようかしら?

私はため息を付くと、芝生の上の木刀に視線をやる。


「その代わり、今日みたいにちゃんと朝も修行しなさいよ。こんなに早くなくてもいいから」

「んー、まあそのつもり。流石にこのままじゃいけないからな」


……何だろう、そう言ったリョータが一瞬変に真面目な顔になった。

だけどリョータはすぐにニヤッと笑う。


「だけど何も変わってないって訳じゃねえよ? 今だって少しは成長したんだ」

「例えば?」

「見てろよ……」


リョータは得意げな顔をしながら立ち上がると、身体を前のめりにしだす。

そして大きく息を吸い込み、カッと目を見開くと……。


「っと! どうだ!」

「どうって言われても……」


何て事無い、ただのバク転だった。


「何だよ何だよ! このステータスでバク転出来るとかスゲーだろ! 実は少し前からコッソリ練習して、やっと出来るようになったんだぞ!」

「バク転ぐらい出来て何はしゃいでんのよ。第一、それをどう戦いに生かすのよ?」

「そ、そりゃあ、敵の攻撃を躱したりする時に……」

「敵に敢えて隙を見せる気? 普通にバックステップの方がいいに決まってるでしょ」

「わーッ! うるせえよバーカ! こんな時でも正論パンチしてくるんじゃねー!」


『アニメじゃメチャクチャやるのに、バク転回避……』と訳が分からないことをブツブツ言いながら、リョータはいつもの変な服を着て、芝生に散らかっている道具を拾っていく。


「さーてと、まずは朝飯作ってまた修行再開して仕事して、久々にクエスト請けに行くか。ヒ~ッ、我ながらハードスケジュール……」

「…………」


そうぼやきながら、城内に帰ろうとするリョータ。

うん……やっぱりコイツ、自分を追い詰めてる。

しかも何故か、昨日より空元気な気がしてならない。

何があったのかしら……。


「ね、ねえ!」


リョータを呼び止める時、思った以上に声が大きくなってしまい、自分でビックリしてしまった。

振り返ったリョータが、私を見て首を捻っている。

私は早く何かあったのか訊こうとしたが、思ったように声が出ない。

変な間が開いてしまい、私が結局何でもないと言おうとした時だった。


「リーン」


不意に名前を呼ばれ、私は顔を上げる。

その時のリョータは困ったような、だけど嬉しそうな顔をしていた。


「俺は大丈夫」


それだけ言うと、リョータは片手を上げて中庭を出て行った。

私はその後を追わず、ずっとその場に立ち尽くしてしまった。


「……何が大丈夫よ、バカ」


私の呟きは、秋風が芝生を揺らす音で掻き消された。

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