第二二話 戦後は今日も大忙しだ!③
テレポートでフォルガント王国に舞い戻った俺は、足早に宮殿の廊下を進んでいく。
「…………」
俺の頭の中で、あの時の光景がフラッシュバックしている。
俺の右手から放たれる黒い稲妻。
宙を舞うヨハンの右手と左足。
そして、耳をつんざくようなヨハンの叫び。
「ま、魔王さ……」
「レイナ、今は」
「ゴ、ゴメン……」
俺に付いてきたレイナとリーンの短い会話が聞こえる。
きっと心配して声を掛けようとしたレイナを、俺の心中を察したリーンが止めたのだろう。
ありがとよリーン、察してくれて。
それにレイナも、心配してくれてありがとな。
俺は廊下の突き当たりにあった大きな扉を開く。
ここは俺も何回も利用した、宮殿の会議室。
中央に設置された長机を挟んで、フォルガント王が座っていた。
その隣にはアルベルトや、重臣の姿もある。
「いや、急に呼び出してすまないな、リョータ殿」
「大丈夫です」
フォルガント王、いつもは笑いながら俺を出迎えてくれるが、今回は流石に真面目モードのようだ。
俺は短くそう返すと、フォルガント王の正面の椅子に座る。
リーンはその隣に座り、レイナは向かい側の空いている席に座った。
「さて、早速本題に入るが、リョータ殿も既に知っているだろう。先程、ソルトの町郊外に広がる森林で、一ヶ月前我々が戦ったアダマス教団幹部、ヨハン・ベナーク・アイアントの死体が発見された」
セルシオの事を疑っていたわけじゃないが、フォルガント王から直接言われると、それが紛れもない事実だと感じる。
「確かヨハンの行方は、フォルガント王国で捜索していたんですよね……?」
「そうだ。しかし捜査は難航していた。何故ならヨハンは肉食モンスターの巣穴で、腐敗化が進んだ状態で発見されたからだ。発見した兵士が気分を悪くしてしまうほど、見るも無惨な状態のようだ」
フォルガント王はリーンに頷くと、ヨハンの死体の状態を説明する。
モンスターに腹を食い破られ、内臓が飛び出し、腐敗が進んでいるヨハンの死体。
それを想像した俺は、吐き気と同時に背中に氷水をぶっかけられたような感覚がした。
「お父様、他に情報はありませんか……?」
「ああ。ヨハンが発見された巣穴には、殆ど血痕が無かった。そして死体に付いた傷は、右腕と左足以外の血痕が少なかった。つまり……」
「ヨ、ヨハンさんはその巣穴で死んでいない……じゃあ……」
フォルガント王とレイナの言葉に、俺はやっと確信した。
ヨハンは逃げた後、あの森で力尽きて死んでしまった。
俺が吹き飛ばした右腕と左足の、出血多量で。
「そう……ですか……」
そうか……。
やっぱり……。
……やっぱり俺は、人を殺してしまったんだ。
「……分かってます」
「何がだね?」
震える拳を握り締め俯きながら呟いた俺に、フォルガント王が訊いてきた。
「俺はバルファスト魔王国魔王。小さな国とは言え、国民一人一人の命の責任が、国王である俺の背中に乗っかっている……だからヨハンみたいな、人殺しに何の躊躇いも無いアイツは殺した方が……いや殺さなきゃならなかった……やっぱり、人を殺したくないなんて甘い考え、捨てなきゃいけなかった」
「…………」
俺は視線を上げて、フォルガント王の顔を見る。
そしてアルベルト、レイナ、そしてリーンへと視線を向ける。
「俺が殺らなきゃいけなかったんだよ。魔王である俺が、皆の為にさ」
「リョータ……」
「人を殺したなんて、この厳しい世界でいちいち気にしてたら、今度こそ俺達が殺られる。だからヨハンを殺したからって、ウジウジしてらんねえよ。やっちまったもんは仕方がないから」
悲しそうな顔をしながら俺を見てくるリーンに、そう言ってやる。
そして俺はいつもの口調で、笑いながら続けた。
「寧ろ、アイツを殺したのが俺でよかった! じゃなきゃ、別の誰かが辛い思いしちゃうからな!」
そうだよ……俺がやんなきゃ、レイナかリーンかが換わりにアイツを殺していた。
今更だけどあの状態じゃ、もうヨハンを殺すしか俺達の助かる道は無かったかもしれないんだから。
だからこれでいい。
人殺しの十字架を背負うのは俺で十分だ。
だからリーン、レイナ。
そんな目で見ないでくれよ。
「いや待ってくれ、君」
「んだよアルベルト。悪いけど、慰めならいらねえぜ?」
「そうじゃない」
フンと鼻を鳴らしながら手をヒラヒラさせる俺に、アルベルトが。
「確かに君はヨハンに致命傷を与えた。だけど実際、死因は君が原因じゃないんだよ」
「…………………………え?」
こめかみを押えながら言うアルベルトの言葉に、俺は固まった。
えっ、だって……巣穴には血痕が殆ど無かったんだろ……?
じゃあ考えられる死因は、俺のせいじゃないとおかしいだろ……?
「ど、どうしてですか……!?」
そんな俺の換わりに訊いたレイナに、フォルガント王が続けた。
「実は発見されたヨハンの死体は、首の骨が折れていたのだ」
「首の骨が……折れていた……!?」
「ああ。そしてそれは落下やモンスターによるものではない。人間によるものだ。その証拠に、ヨハンの首にしっかりと指の跡があったからな」
待ってくれ待ってくれ待ってくれ。
誰だ、誰がヨハンの首を折ったっていうんだ?
そもそも、何で折られたんだ?
「現状、我々も何が起きたのかサッパリだ。だが今、確実に言えることは一つ」
思わず立ち上がり頭を抱える俺に、フォルガント王は心配するなと言うように、優しい口調で言った。
「リョータ殿。君はヨハンを殺していない」
「………………」
そう……そうなのか……。
俺はヨハンを……人を殺していない……のか……。
その言葉を訊いた俺は、ドッカリと椅子に座り込んだ。
腰が抜けてしまったのだ。
「ホラ! やっぱりアンタ無理してたんじゃない!」
「うぐ……」
そのまま椅子からずれ落ちそうな俺を、リーンが慌てて起こし上げた。
な、情けない……。
でもそっか、俺は人殺しじゃないんだ……。
いや、これは喜ぶべきことじゃないけれど。
それでも、俺は少しだけ落ち着いた。
「すまない、話の手順を間違えたな」
「い、いやいや、全然大丈夫です」
俺は座り直すと一呼吸置き、そして前のめりになって訊いた。
「えっと、それでヨハンの死因についてですよね?」
「ああ。一体誰による者なのか、我々も分からない。出来れば、君の考えを聞かせて欲しい」
「そうですね……」
俺は口元に手を当てると、話の情報を整理する。
まず、ヨハンを殺した奴はどうやってヨハンの居場所を知ったのか。
そして、どのようにしてヨハンの首を折ったかだ。
…………………………。
「これは確証の無い、あくまで推理なんですけど……」
俺は三十秒ほどで考えをまとめた後、ゆっくりと話し出した。
「まず考えるのは、逃げたヨハンはどこに居たかです。恐らくヨハンは、俺が燃やした屋敷に向かったんじゃないでしょうか? そして、そこでヨハンは殺された」
「屋敷に? 逃げている途中、飛ぶ力が尽きてしまった可能性はあるんじゃないか?」
アルベルトの意見に、俺はコクリと頷く。
「その可能性も十分ある。でも、それじゃあヨハンを殺した奴はどうやってヨハンを見つけたんだ? あの森林はかなりの広さだ、偶然見つけたってことはないだろ。つまりヨハンを殺した奴はヨハンの屋敷の場所を知っていた人物……アダマス教団の人間による可能性が高い」
「アダマス教団が!?」
一人の重臣の声に釣られ、ざわめきが一斉に伝播する。
「でもそうだとして、何で味方の人がヨハンさんを殺してしまうんですか?」
「いや、悪役組織で失敗した奴は殺されるってパターンが多いし」
「パターンって」
レイナの質問に苦笑しながら返すと、横からリーンがチョップしてきた。
「ふむ……確かに可能性は高いな」
「はい。それにもう一つ、アダマス教徒が犯人である根拠があります」
頷くフォルガント王に、俺は続ける。
「いくら死に際だからって、アイツが首を折られるほどの近さに人を近づけさせますかね? あの状態のヨハンでも、通りすがりの一般人なら殺すことは容易いはず。だからヨハンの首を折れるほど近づけたのは、アダマス教徒だからじゃないでしょうか?」
「成程……」
「となると、問題はアダマス教徒の誰が殺したかですけど……」
これが一番の問題だ。
首に指の跡が付いていたと言う事は、ヨハンは両手、もしくは片手で首の骨を折られた。
いくら平均身体能力が高い異世界人でも、人の首の骨をそれだけで折る奴なんてそうそう居ないだろう。
そしてヨハンのあの性格。
それらを踏まえて考えると……。
「まず下っ端って可能性はない。アイツの性格じゃ、いちいち下っ端の顔とか覚えないだろうし」
「って事は、ソイツはヨハンに顔を覚えられてる程の人物……」
「そう。そんな奴は、多分ヨハンと同じ幹部か、それとももっと上……前にエドアルドが言ってた、教皇かだな」
アダマス教団の幹部は、戦闘力によって決まると幹部のジークリンデが言っていた。
ヨハンと同等か、それ以上の力を持つ奴なんて、恐らく同じ幹部か教皇しかあり得ないだろう。
「幹部は分かるけど、何で教皇の名前も出るのよ?」
「考えて見ろよ、ヨハンみたいな奴が簡単に人の下に付くなんてあり得ないだろ。……考えたくないけど多分、教皇はヨハンより強いんだろうよ」
「アイツより強い……」
表情を歪ませたリーンを見て、俺はため息をつく。
アダマス教団を束ねる、ヨハンよりも強い教皇……。
一体何者なのだろうか。
きっとレイナやリーンと同等か、それ以上の力の持ち主だろう。
考えるだけで胃がキリキリしてくる。
と、腹を押えている俺の耳に、向かいの重臣の話し声が聞こえた。
「流石は魔王殿、聡明な御方だ」
「ああ。我々が考えても分からなかった事を、ものの数分で証明して見せたぞ」
「第一印象は酷いものだったが……見直したよ」
そんな、俺を褒める会話に思わず顔がにやける。
ま、第一印象が酷いってことにはちょっと傷付いたけど。
「何得意げな顔してんのよ」
「何だよ、リーンも俺の事褒めてくれよ」
「これ以上褒めたら調子に乗るから嫌」
チェ、コイツ俺の扱い方を分かっていやがる。
なんて俺が拗ねていると、アルベルトがふとある疑問を口にした。
「そういえば、アダマス教団の目的は本来魔族を滅ぼすことだよね? なのに、どうも個々が抱く思想がバラバラのような気がする……」
「確かに騎士団長殿の言う通り、ヨハンという輩は恐れ多くも真の勇者になると語っていたと聞きました」
重臣の一人が腕を組み唸る中、俺は感じたことを口にした。
「……アダマス教団は、全員が根っからの魔族絶対殺すマンじゃないと思う」
今まで戦ってきた幹部達は、最初に戦ったエドアルド以外魔族を滅ぼすことに特に強い想いは無かった。
ジークリンデは幼女王国を作るのが夢だったし、ヨハンは真の勇者になるのが夢だった。
「多分魔族絶対殺すマンはあまり居なくって、大体が金で買われた奴らなんじゃないか? ヨハンの資金力とかもあったし」
「そうか……じゃあ、僕達は今回の戦いで敵に金銭的にもかなりの痛手を加えたって事だね。君が泥棒をしたおかげで」
「おおん? 言い方が気に入らねえな、押収と言い給え」
「……いや、それだけではないだろう」
俺とアルベルトの会話に、今まで静かだったフォルガント王が入ってきた。
視線をずらすとフォルガント王と目が合う。
「恐らく、アダマス教団を形成しているものは四つだ。一つ目は君の言う通り、資金力だろう。二つ目、これは純粋に魔族を滅ぼしたいという迫害思想。そして三つ目……」
その目が今までで一番真剣な目をしていたので、俺は思わず背筋を伸ばす。
「リョータ殿。人間という生き物は美しいものと同時に醜いものだ」
な、何だ、いきなり何の話だ?
唐突に心理学の話しに変わり戸惑う俺に、フォルガント王は続けた。
「君のような人を殺したくないという優しい心を持つ者が居る反面、この世の中にはただ人を殺したいと思う者も少なからず居る」
「……まさか」
「そうだ。アダマス教団の目的は魔族を滅ぼすこと。言い換えればこれは虐殺だ。三つ目の正体、それは殺戮衝動だ」
殺戮衝動。
その物騒な言葉は、案外すんなりと腑に落ちた。
「人間という存在は本当に都合がいい生き物だ。平和を願うと口で言いつつも、力を手に入れた途端に戦いを求めるようになる。その力というのが、アダマス教団そのものなのだ」
アダマス教団の幹部と教皇は、勇者一行をも凌いでしまう強さを持っているかもしれない。
そしてそんな強い存在に、今まで殺戮衝動を我慢していた奴らが引き寄せられたんだろう。
アダマス教団に入れば好きなように人を殺せる、国や勇者なんて怖くない。
だってこっちには、国よりも強い存在が居るのだから。
そんな思想の寄せ集めが、アダマス教団を形成している一つなのだ、という事だろう。
「最後に四つ目。これが一番単純だ」
「アダマス教団に入れば、自分の夢が叶うかもしれない」
「その通り。金、迫害、虐殺、野望。それらの詰め合わせが、アダマス教団なのだろう」
それだけ聞けば、とんだ悪役組織だ。
それじゃあ、本気で魔族を滅ぼせば世界は平和になるって言ってたエドアルドが浮かばれねえや。
だって、自分が所属していた団体がそんなんじゃあな。
「教皇とやらが何を企んでいるかは分からん。ただ、一つ言えることがある」
フォルガント王は静かに椅子から立ち上がると、虚空を睨みつけながら言った。
「このままアダマス教団を野放しにすれば、歴史上一番多くの血が流れるだろう」
その言葉に、誰もが黙り込んでしまった。
歴史上一番多くの血が流れる。
人の命の価値なんて軽いこの世界で。
それは何千、いや何万もの人々が死んでしまうという事だろう。
静かに拳を握り締める俺に、フォルガント王はゆっくりと歩み寄る。
「リョータ殿、君は元は平民だったと聞いた。しかし私はそうとは思えない程、君に王の器があると感じている」
そして俺の肩をその大きな両手で掴むと、力を込めながら。
「だがな、王という者は優しさだけでは務まらない。無闇に敵に優しさを振りまけば、我々が守らなければならない国民が、無意味に殺されてしまうかもしれない」
「…………」
「以前リョータ殿は、洗脳に近い状態にされていたアダマス教徒を懲役刑にしてほしいと頼んだが、それは彼女らが偶然、今回の戦いで誰も殺していなかったからだ。もしこの先、自らの欲望の為に人を殺した者が現れたなら、今度こそ重い決断をしなければならない。そして今度こそ君は、人を殺めなければならない」
フォルガント王の言葉には、自身に王としての覚悟が表れていた。
そして同時に、お前にはその覚悟はあるのかと問われているようだった。
だけど俺は、首を縦に振ることが出来なかった。
身体が指一本も動かせなかった。
分かっている、フォルガント王の言う事はもっともだ。
でも、その覚悟はあまりに俺には重すぎて……。
「なぁに、心配することはない」
「……え?」
肩から手を離し、今度はその手を頭に乗せた。
そして子供をあやすようにわしゃわしゃと撫で回しながら。
「せめて君がそうしなくて済むように、変わりに私が頑張ろう。だいぶ年期は離れているが、私はリョータ殿の先輩なのだからな! ハッハッハ!」
そしてフォルガント王は、今日初めて俺に笑顔を見せた。




