プロローグ
魔王城の厨房は、俺の第二の自室と言っても過言じゃない。
何せ、ほぼ毎日俺はここで飯を作っているのだから。
魔王なのに魔王の間が自室じゃないのかとツッコミされそうだが、アソコだだっ広いだけで、玉座は固いし冷たいし、好き好んで行く場所じゃない。
というか、そもそも最近魔王の間に行ってないし。
話を戻すが、別に俺は料理を作るのは面倒だとはあまり思わない。
寧ろ結構楽しい。
最初は両親が共働きだったから、仕方がなく作っていただけだったが、今となっては俺の楽しみの一つだ。
あと、料理男子はモテるとか言うし(本当かどうかは定かじゃないけど)。
それに、俺の作った料理を美味しいと言って食べてくれる奴らがいるから、一層料理が好きになった。
さてと、前置きはここまで。
それではいい加減、今現在の状況を説明しよう。
……厨房が、爆発しました。
「ぁ……あぁ……!」
黒煙に包まれる厨房で、エプロン姿の俺は床に突っ伏して呻き声を上げていた。
厨房で爆発なんて、排気口に埃が溜まって引火したとか、小麦粉ぶちまけたときに引火したなどが一般的だが、この惨事はそのどちらでもない。
では、何故こんな事になってしまったのか。
俺はむせながら上半身を起こすと、この爆発の原因に向かって怒鳴った。
「バッカじゃねえの!? バッカじゃねえのッ!? 何やってんだハイデルテメー!」
「も、申し訳ございま……ゲホゲホォ……!」
俺の目の前に、顔をススだらけにしたエプロン姿の高身長イケメンがぶっ倒れている。
言わずもがな、魔界随一の脳筋ポンコツ悪魔、ハイデルである。
「なあ! 何でお前はそう脳筋なんだよ!? 炒め物するだけなのに、何でヘルファイア使うんだよ!? 殺す気かぁ!」
「し、しかし、火力があった方が時間短縮出来るかと思いまして……」
「これ以上火力上げたら食材が炭になるだけだろうが! お前はその、何でもかんでもヘルファイアで解決しようとするの止めゲッホウエッへェ!」
「魔王様ぁー! ゲホゲホゲッホッ!」
怒鳴っているときに煙を思い切り吸い込み死にかける俺にハイデルが叫ぶが、同じように煙を吸い込み激しくむせる。
その後しばらく、俺とハイデルのむせる声が魔王城に響いた。
――昨日、ハイデルが藪から棒に俺に言った。
「私に料理を教えて下さい、魔王様!」
その言葉から始まった。
最初はどうした急にと固まったのだが、ハイデルの目が妙に真剣だったので、翌日改めて料理を教えることになった。
だいぶ前、ハイデルが料理を出来るかどうか確かめた際、同じように厨房が爆発した事があった。
だがあの時は俺が指導しなかったからで、俺がちゃんと付いていれば大丈夫だろうと思ったのだが……。
このように、俺の教えるとおりにやるようにと言っているはずなのに、全ての料理が炭と化す。
何故毎回こうなるのだろうか。
「ってか、何でいきなり料理なんか……」
厨房の掃除が終わり、ドッカリと木の丸椅子に腰掛けた俺の前に、ハイデルが申し訳なさそうに座る。
「私、最近思うようになったのです……」
「……何て?」
乙女のようにモジモジしながらそう言ったハイデルに、俺は顔を顰めながら訊く。
するとハイデルは身を乗り出し。
「私、最近ますます影が薄くなった気がするんです!」
「…………」
いきなり何を言い出すかと思えば、あっはっは。
……うん、確かに最近コイツの影薄いんだよな。
思わず黙ってしまう俺に、ハイデルは続ける。
「だって最近、私の周りの人達がもの凄く成長したじゃないですか。この前など、あのレオンが敵の副将を単独で打ち倒しましたし……」
確かにレオンの他にも、リムはジークリンデの件で心が成長したし、ローズはベロニカの件で真のサキュバスクイーンになった訳だし。
それに比べると、ハイデルは特に何も変わっていない。
そのせいか、ハイデルって意外と影が薄いなと常々思っていたのだが、まさか本人も思っていたなんて。
「私、初めて魔王様とお会いした四天王なのに……」
「…………」
随分と落ち込んでしまっているハイデルに、俺は何とも言えない気持ちになる。
「だからこれ以上影が薄くならないよう、新しい特技を身に着けようと……」
「俺に相談したってのか……」
何とも悲しい理由である。
俺は深いため息をつくと、ハイデルの肩を軽く叩いた。
「まあそう気にすんなって。お前には色々助けられてるからさ」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ、この前だってお前が馬車の騎手してくれたじゃないか」
「他には……?」
「他には……あー、その……アレだよアレ……ホラ」
「あああああああああああぁぁぁ! やはり私はあああああああぁぁ!!」
「ハイデルー! 俺が悪かったー!」
追求されしどろもどろになってしまった俺を見て、ハイデルが泣き崩れた。
ハイデルはイケメンではあるが残念すぎるイケメンなのだ。
第一印象はあんなに凄そうな奴だったのに、今となってはその欠片も無い。
「魔王様ぁ……私はぁ……私はぁ……!」
「ああもう、分かったよ!」
俺は泣きじゃくるハイデルの肩をガッと掴むと、そのまま立たせた。
「今度こそ俺の言う通りに作って貰うからな! 絶対に余計な事するんじゃねえぞ!」
「魔王様……」
「料理の一つも出来なきゃ他に取り柄なんて作れねえぞ! ホラ、分かったらサッサと準備する!」
「はい!」
途端に表情が明るくなったハイデルに調子を狂わされるも、俺は再び食材をまな板に並べた。