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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第五章 まおう1/2
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第二一話 朝日は今日も温かだ!⑤


……遠くから、誰かが俺を呼んでいる声が聞こえる気がする。


だけど、誰の声か分からない。

一体誰だ?

誰が俺を呼んでいるんだ?

……まあ、いいや。

今はそんな事関係ない。


『ッッッッぁぁああぁあぁぁぁああああぁああああああああ……ッ!?』


コイツを、ヨハンを殺さなきゃ。

殺さなきゃ、皆が殺される。

リーンもハイデルもリムもローズもレオンも、レイナもジータもエルゼもフィアも。

皆、殺されてしまう。

だったら、ここで全ての元凶を殺せばいい。

ああ、何でそんな単純なことを拒んでいたんだろう。


『ぁぁがえぁ、おえええぇぇ……!!』


汚い、目の前で吐かないで欲しい。

飛び散ったのが靴に付く。


『オ、オレの腕が……足が……んぶッ!?』


これ以上喋らないで欲しい、耳が腐ってしまう。

そうやって自分で吐いたゲロで溺れていてくれ。


『ぶあぁあ……止め……止めろ……んぶううぅううッ……!!』


気持ち悪い、その顔見せないで欲しい。


『んんんッッッ!? んんんんんんんんんんんッッッ!!』


いい加減、殺そう。


『ぶあぁッ! 止めろ……それを俺に向けるなぁ!!』


さっきは狙いが外れて殺し損ねた。

だから今度はちゃんと、足で固定して、身動きを封じて。

殺す。


『あ、あり得ない……あり得ない……! オレは勇者になるんだ……なるべき人間なんだ! こんな屈辱あり得ない認めない許さなああがぁあッ!?』


コイツを殺した後はどうしよう。

そうだ、アダマス教徒全員殺しておこう。


――…………タ……。


本当に、何で今までそんな簡単なことを拒んでいたんだろう。

敵が死ねば、もう刃向かってくることはない、こうやって喚くこともない。

一番合理的で安全な手段だ。


――リョ……タ……。


その後は……それ以外も殺してしまおう。

俺達に敵対するのはなにもアダマス教団だけじゃないだろうから。

殺せばいい、みんな殺してしまえばいい。

敵をみんな殺せば、皆が救われる、幸せになれる。


――リョータ。


……さっきから誰だろう、この声は。

もう呼ばないで欲しい、ヨハンを殺す邪魔をしないで欲しい。


――リョータ!


……どうしてこの声を聞くと動けなくなってしまうんだろう。

ああ、俺はコイツを殺さなきゃいけないのに、殺したいのに。

何で殺すことが出来ないんだろう。



――いい加減に正気に戻りなさい!



ダメだ……殺すんだ。

たくさん殺してやるんだ。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……殺す…………殺す…………ころ………………。


「――ツキシロリョータッッッ!!」







「――あ……れ……?」


俺は……何をしてたんだ……?

ヨハンに気絶させられて……その後は……。

夢から覚めた後のように、記憶が曖昧だ。


「あ……ぁ……」

「えっ?」


足下から微かに声が聞こえ、下を見る。

そこには、俺に後頭部を踏み付けているヨハンが居た。

しかも、右腕と左足がちぎれたように無くなっていて、ドクドクと血が溢れだしている。

視線を横に向け俺を見てくるヨハンの僅かに除く顔は、涙と鼻水とヨダレ、それに嘔吐物でグチャグチャだった。

何で……何でヨハンがこんな酷い状態に……。


「ああもう、やっと戻ってきた……」

「リーン……」


後ろを振り向くと、ボロボロになったリーンが、俺を羽交い締めにしていた。

何でリーンがここに居るんだ? ってか、何で俺にバックハグしてんだ?

でも……そうだ、あの声はリーンの声……。

……あの声?

俺はあの声を聞いたとき、何をしていた?

モヤが掛かっている記憶を探っていた時、不意に右手に違和感を感じた。


「これ……」


俺の右手に漏電するように、黒い電流が迸っていた。

体感で分かる、これは俺が出している。

しかもスパーク・ボルトなんかじゃない、もっと強い力を持った電撃。

まるで俺が魔王になるときに食らった黒雷みたいな……。

そう……これで俺はヨハンの……。


「あっ……」


そうだ、俺はこれでヨハンの腕と足を切り飛ばした。

それに気が付いた瞬間、俺の頭の中のモヤが晴れ、一気に情報が頭を駆け巡る。

俺から噴き出る魔力、目の前で止まる鉄くず、落ちていくヨハン、黒い稲妻。

映像を見ているように、それら全てが鮮明に思い出せる。

だけど、その時の俺の思考や感じた事は全く覚えていない。

……あの時、心の底から楽しいと思ってしまった、殺意を除いて。


「ッッッッ!?」

「!? リョータ!?」


その時、俺の鼓動が大きく跳ね上がった。

突如として身体の力が抜け、俺はその場に崩れ落ちる。

魔力切れによく似ているが、それだけじゃない……。

上手く呼吸が出来ない……気持ち悪い……目眩もする……。

自分の鼓動と息の音が大きすぎてそれしか聞こえない……。


「リョータ、ねえ大丈夫なの!? しっかりしなさいよ!」

「魔王さん! 魔王さん!!」


ノイズが走った様に粗く聞こえるリーンの声。

それにレイナの声も聞こえる。

そうか、二人とも、俺を助けに来てくれたのか……。

そんな事を今更思いながら、眩む視界に映った右手を見る。

先程まで流れていた黒い電流は、もう無くなっていた。

その時。


「う……うわあぁぁあぁぁああああぁあああぁあああああッ!!」

「「あっ!」」


タイミングを見計らっていたのか、その時ふと我に戻ったのか。

ヨハンは絶叫すると、もの凄いスピードで浮上した。


「ふざけやがってふざけやがってふざけやがってえええぇ!! よくもこのオレに! よくも!よくも! よくもおおおおお! この代償は高く付くぞ! お前は真の勇者であるオレの片腕片足を切り飛ばしたんだ、魔王の分際で! 死ね! お前らなんて全員死ね! 魔王も魔族も勇者もフォルガントの連中も欠陥品を売りつけたアラコンダも使えない部下共もシェスカもミラもルチアもカロリーナも、全員死んじまえええええ!!」


顔を怒りと痛みで赤紫色に染め、俺達に罵詈雑言を浴びせるヨハン。

しかし完全に逃げの姿勢だ。


「勝手なことばっか言って! 待ちなさ……あぅ……!」

「リーンちゃん!」


リーンが逃げようとするヨハンに飛びかかろうとするが途中でよろめき膝を突く。

慌ててレイナが駆け寄る中、ヨハンは俺を睨みながら叫ぶ。


「オレが、オレが本気を出せば、お前なんて瞬殺なんだ! 始めにあった時点で、お前なんて余裕で殺せたんだ! それにあの使えない女どもよりも、もっと強い女だったら勝てたんだ! 覚えてろよ、絶対ぶっ殺してやる!!」


金属板が貼り付けてあった足を片方失い、ヨハンは墜落しそうな飛行機のようにグラグラと揺れながら離れていく。

もう、俺の声は届かないかもしれない。

でも俺は、叫ばずにはいられなかった。


「っざっけんなあああああ!! お前は、お前は血を流して戦ってくれた仲間に、『頑張ったね』の一言も言えねえのか! 自分だけ逃げてる奴が、アイツらをバカにするんじゃねえッ! 馬鹿野郎おおおおおおおおおおッ!!」


もう小さくなっているヨハンの表情は見れなかった。

魔神眼を使えば見れるかもしれないが、わざわざそんなことする気も体力も無かった。

俺はゲホゲホと咳き込むと、大きく息を吸い込み、吐き出した。

今まで気付かなかったけど、空気がかなり冷たい。

それにいつの間にか、遠くの山から太陽が昇っていた。


「逃げられちまったな……」

「でも、アイツは深手を負ったし、もう攻めてくる事はないんじゃない?」

「はい、確かにスッキリしないけど、私達の勝ちです!」


リーンの言葉にレイナ何度も頷くが、俺は視線をある一点に向けた。


「んにゃ、俺的には負けかな……」

「あ……」


レイナは俺が何を言いたいか理解して、顔を俯かせた。

俺は動かない体に鞭を打ってそこへ向かう。


「セルシオ……」


俺のマントに身体を包んだ、一人の兵士の亡骸。

朝日のせいか、皮肉にも顔色が良く見えてしまう。

俺はその場に座り込むと、その手を取って額に付けた。


「ありがとう、セルシオ……アンタのおかげで、俺もレイナも死なずに済んだよ……」

「……それは……よかった……」


ああ、畜生……幻聴が聞こえて来ちまった。


「もしアンタが生きてたら、勝利祝いに一緒に酒飲みたかったなぁ……友達として……」

「友達……ですか……」

「まあ二人でとかじゃかいし、その席にフォルガント王さんも居るけど……」

「さ、流石に……それは荷が重すぎます……」

「……えぇ?」


何で俺、幻聴と会話してんだ?

そこでふと違和感に気付き顔を上げると、セルシオがうっすらと目を開いて俺を見ていた。


「は……はぇ……?」


生きて……る?

混乱する俺に、セルシオは何故か鎧の留め具にゆっくりと手を伸ばし外した。

そして地面に転がった鎧から、何かが飛び出てきた。

それは大きな傷が付いた、金の硬貨や延べ棒だった。


「実はあの時……リュックに入りきらなくて……鎧の隙間にねじ込んでいたのです……これでは説得力の欠片も無いですが、決してコッソリ奪おうなどとは……」

「ハハッ、ハハハッ」


それが第二の鎧になって、攻撃を和らげてたってのか……?

そんな漫画のテンプレみたいな事があんのかよ……!


「嘘、その人生きてたの!?」

「よ、よかった……じゃなくて、すぐに手当を……!」


後ろからリーンとレイナの安心した声を聞いて、俺は込み上げてきたものに耐えきれなかった。


「~~~~~~ッ! アハハハハハハハハ! アーハハハハハハハハハハハハハッ!」


腹を抱え、目の端の涙を浮かべ、盛大に笑い飛ばす俺。

身体中が痛いが、そんなこと関係ない。

セルシオが……セルシオが生きてる!


「もういい加減に止めなさいよ、ちょっと怖いわよ」

「うるせえ。はあ、笑った笑った。レイナ!」


しばらくリーンに引かれるぐらい笑った後、俺はレイナに向き直る。


「は、はい!」

「前言撤回だ! この戦い――」


そして俺は、親指を立てて言った。


「俺達の――」

「魔王様ぁぁぁぁぁああああああああああああああッ!!」

「かちゃああああぁッ!?」


折角の決め所を、何者かが俺にタックルしたせいで台無しにされた。


「イテテ……ハ、ハイデルか?」

「魔王様ぁ、よくぞ、よくぞご無事でえええぇぇ……!」

「……おう、お前も頑張ったな」


普段だったらウザいと撥ね除けるだろうが、今回は気分がいいから、俺の柄に顔を埋め泣き叫ぶハイデルの肩を叩いてやる。


「お兄ちゃん、リーンさん、レイナさん!」


するとその後に続き、リム達が走ってきた。

ああ、みんな生きてる!

皆の顔を見たその瞬間、とうとう俺の涙腺が崩壊した。


「皆無事!? って、魔王君泣いてるの?」

「ホントだ、泣いてるわ! リョータちゃん、ハンカチいる?」

「う、うるせえ! 見るなよもう! ってかそのハンカチをどこから取り出したよ!?」


ジータとローズが興味深そうに俺の顔を除く中。


「オイ、お前大丈夫か? フィア、回復魔法」

「勿論です! 『ヒール』!」

「ね、念の為に包帯なんかも持ってきました、使って下さい」

「皆さん……ありがとうございます……」


エルゼがセルシオさんを抱きかかえ、フィアが傷口に回復魔法を掛け、リムが救急箱から包帯やらを取り出す。

俺は男に抱きつかれてるってのに、セルシオだけズルい!

なんて嫉妬していると、一人だけ落ち着いたレオンが唸っていた。


「しかし、問題はまだ残って居るぞ」

「え?」

「バルファストには、まだ……」


ああそうか、レオンはバルファストに襲撃した奴らがどうなったか知らないんだ。

表情を曇らせるレオンに、俺はニカッと笑ってやった。


「バルファストなら無事だぜ? 皆が守ってくれた!」

「な、何!? 本当か!?」

「ああ、ヨハンの奴が渡してきた魔道具で向こうの戦況が見れたんだけど、フォルガント王さんが助けてくれた!」

「そうか……!」


するとレオンは心から安心したのか、大きく息を吐き出した。

ああ、そうだよ。

バルファストは救われ、敵を全員を倒し、ヨハンには逃げられたけど深手を負わせた。

もうこれは、俺達の勝利だ!


「よがっだ! ほんどうによがっだでず、魔王様あああぁぁ!」

「そうだなああぁ、ハイデルウウウウゥ!」


抱き合っておいおいと泣き出す男二人を、みんなが苦笑しながら見守ってくる。

その視線と、スッカリ顔を出した朝日は、何だかとても暖かかった。

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