第三話 魔王の娘は今日も憂鬱だ!⑤
俺が留置所で鼻歌を歌って全く反省してなさそうなローズを迎えに行き、ハイデルとリムが気絶したレオンを抱えて帰ったその夜。
ベッドの上で、俺は何度も何度も寝返りを打っていた。
前はクエストをこなしたり、魔王城や街を探検していたから疲れてすぐに寝れたのだが、今日はどうも寝付けない。
もしかしたらここの生活にも慣れて、逆に眠れなくなってしまったのかもしれない。
ここでずっと寝返りを打ち続けるのも嫌だし、外で風に当たってこよう。
そう思った俺は、ベッドから降りると部屋を出た。
……この世界に来て、もう一週間経ったんだな。
魔王城の廊下を歩いていた俺は、ふとそんなことを思っていた。
遂に明日、俺は魔王になるかならないのか選ばなくてはならない。
「どーしたもんかなぁ」
正直、魔王になるというのにはやっぱりメリットがないと思う。
よく考えてみよう。
魔王は、魔王城の最上階の部屋で、玉座に座ってふんぞり返っているのが普通だ。
だけど俺という魔王は、ゴブリンにボコボコに負け、特別な力など何も無く、おまけに余所者どころか異世界人。
そんな奴に、国民は国を任せようとするだろうか。
それに四天王も国の連中も、変なのしかいないし……。
「…………」
……だけど別にアイツらのことが嫌いなわけじゃない。
もちろんこの国の事も。
アイツらも、今日みたいにトラブルばっか起こしてるけど、普通に気の良い奴らだ。
それにここの冒険者達とも、この一週間でだいぶ仲良くなった。
だけど一番の問題はやっぱりアイツだ。
一回、ちゃんとリーンと話がしたい。
しかし、どうやって話をすればいいんだろう。
腕を組んで考えている内に、俺はバルコニーの近くまでやってきていた。
ほんの少しだが、夜風がバルコニーの方から吹いてきて心地よい。
……まあ、今日はもう遅いし、リーンとは明日話そう。
そう思いながらバルコニーに出た途端、俺は足を止めた。
一人の少女がバルコニーに立っている。
その少女はバルコニーの柵に肘を置き、家の灯りが転々としたバルファストの景色を眺めていた。
月明かりに照らされた長い金髪が夜風に静かに揺れ、透き通った紅い瞳は街の灯りに反射して、まるで宝石のようだった。
そんな彼女の幻想的な姿に、不覚にも見とれてしまった。
「……何か用?」
黙って立ち尽くしている俺に、彼女はぶっきらぼうに訊いてきた。
「……いや、ちょっと夜風当りに来ただけなんだけど……そういうリーンこそこんな所で何してるんだ?」
「別に……こっちの仕事が終わったから、ちょっと景色が見たかっただけよ」
彼女は、リーンはそう言うと視線を再び前に戻した。
「……」
「……」
……ここで黙ってちゃダメだな、うん。
そう思った俺は、意を決してリーンの真横に並んだ。
怪訝そうな、警戒するような視線を受け止めながら、俺は口火を切る。
「……なあリーン。実は一回、お前とちゃんと話したいと思ってたんだ」
「……奇遇ね。私もあんたに訊きたいことがあったの」
それを聞いた俺は、ひとまず話をしてくれることに少し安心した。
「で、私に話したい事って何よ?」
「そうだな、まず訊くまでもないと思うけど……お前、俺のこと嫌いだろ?」
「そうだけど?」
……自分で訊いといて何だが、今グサッときた……。
「で、何で俺のこと嫌いなんだっけ?」
「……前にも言ったよね? 魔王の素質があるってだけの奴と仲良くする気はないって」
俺と目線を合わせずに、リーンはそう言ってくる。
そこで俺は、リーンにこんな質問をふっかけた。
「お前ってさ、もしかして自分の父ちゃん……いや、魔王って存在そのものが嫌いなんじゃないのか?」
「ッ……」
俺の質問に、リーンは思わずと言った感じで俺と目を合わせる。
……やっぱりか。
「……意味分かんないんだけど、それってどういう事?」
それでも、俺に冷たい態度を取るリーンに俺はぽつりぽつりと語り出した。
「まず、お前と始めてあった時、お前四天王が使ってた転移版ってヤツ使わずに、魔王の間の扉を蹴破って入ってきただろ。それに今日も。ハイデルの話では、転移版は自分が訪れたことがある最大三つの場所を転移版に登録すると、どこからでもそこに行くことが出来るみたいだけど。いくらそこの部屋の主が死んだとしても、魔王の娘がそこをを登録してないのはおかしいと思ってな。それに、お前あのガキ共がいる孤児院の院長なんだっけ? 普通世界征服目指す魔王の娘が、孤児院なんてやるか?」
「…………」
黙って俺の話を聞くリーンに、俺は続ける。
「それとは別に、何でお前が俺の事嫌ってんのかなって考えたんだよ。最初はどこぞの馬の骨が魔王やるなんて許せないとか、実はお前が魔王の座を狙ってたんじゃないかとか色々考えて、その考えを潰していったんだけど……だけど最後に残ったのは、お前が言ったように俺に魔王の素質があったからだった。バカだよな~俺。もうすでに本人が答え言ってるのに余計なこと考えて」
「…………」
「そんで、その二つの疑問を組み合わせて考えた結果、お前は魔王という存在そのものが嫌いって結論が出たわけだけど……当ってる?」
長ったらしい推理? を終えた俺は、恐る恐るリーンの表情を伺う。
リーンは俯いたまま黙っていて、表情が見えない。
しばらくドキドキしながら待っていると、リーンは顔を上げた。
「……そうよ」
短くそう言うリーンの表情はさほど変わらなかったが、その表情からは素直な驚きと感心も見て取れた。
「よかったあああ、もし間違ってたら恥ずかしさのあまりここからフライアウェイするところだった……!」
「あんた、今の発言で台無しになった自覚あるの……?」
しょうがないじゃないか、こんなに頑張って考えたヤツが間違いだったらと思うと不安だったんだよ!
俺はリーンと同じように街の風景を眺めながら。
「それで、何で魔王が嫌いなのか訊かせてくんないか?」
「その理由は? それでアンタになんの得があるの?」
「知らねえよそんなもん。でも……このままじゃ、ダメな気がするから」
「……分かったわよ」
そんな答えにもなっていない俺の言葉に、リーンは空に浮かぶ満月を眺めながら話し始めた。