間話 バルファスト魔王国防衛戦(前編)
開戦直後、まず冒険者達が行ったのは部隊の編成だった。
その部隊は三つあり、まず下に降りて正門を守る近接部隊。
城壁の上から魔法や弓で対抗する遠距離部隊。
そして回復や強化などがメインの支援部隊だ。
「チッ、マジで来やがったよ畜生……」
「この人数だからか、殺気が凄まじいな……」
大剣を構えて舌打ちをするヒューズに、クラインが敵全体を見ながら苦い顔をする。
もう一人のパーティーメンバー、エマは遠距離部隊だが、二人は近接部隊。
この戦いにおいて、近接部隊が感じるプレッシャーは凄まじい。
「オイオイ、ビビってんのか魔族共?」
「サッサとコイツらぶっ殺して、中に居る奴らも道連れだ!」
徐々にこちらに近付いてくるアダマス教徒達は全員嫌な笑みを浮かべている。
負ける気など微塵も感じていないのだ。
一方冒険者達は全員緊張した面持ちのまま一歩も動かない。
「オイ、まだか……?」
「まだだ。あともうちょっと……」
相手に聞こえないよう、小声で話し合う中、アダマス教徒の一人が前に飛び出した。
「何突っ立ってるんだ面白くねえ! こちとら早く殺したくてウズウズしてるってのによぉ!」
その男は剣の腹を肩に担ぎながら、まるでヤンキーのように近付いてくる。
冒険者達が警戒を強める中、男は剣を乱暴に振り回して。
「テメエら、全員まとめてこのアダマス教団一の剣使い、ロック様が斬り殺してやるよぉ!」
そう怒鳴りながら、真横に設置してあった松明を叩き斬った。
「「「「「あっ」」」」」
「ああん? 何だよ『あっ』て――ギャアアアアァッ!?」
冒険者達が素っ頓狂な声を上げた瞬間、男の身体が燃え上がった。
「な、何だ!? ロックがいきなり燃えたぞ!」
「水! 誰か水魔法を!」
アダマス教徒達が慌てふためく内に、その炎が真横に広がり始める。
そしてその炎は壁となり、アダマス教徒と冒険者を隔てた。
「ほう、やるな」
その様子を遠くで観察していたカロリーナは感心したように言葉を発した。
「カ、カロリーナ様、これは……!」
「見て分からないのか? まったく……あの魔族共は、事前にこの平原に仕込みを入れていたのだ」
「仕込み、ですか……?」
カロリーナは隣に居たアダマス教徒に、ため息交じりに説明する。
「恐らく、自分達の周りに油のような可燃液を撒いていたのだろう。その証拠に、燃えている付近の草が刈られている。これ以上炎が燃え広がらないようにな」
「と言うことは、あの松明は我々の誰かが倒すだろうと、敢えてそこに?」
「だろうな。もし一斉に襲い掛かっていれば危なかった。フッ、何だ楽しめそうじゃないか」
カロリーナはそうでなくてはと、薄ら笑いを浮かべた。
一方、冒険者達は。
「……オイ、アイツ自滅したぞ」
「……自滅したな」
上手く行ったことに喜ぶことなく、微妙な雰囲気になっていた。
確かにこの炎の壁を狙って油を撒いていたのだが、実際あの松明はただの目印。
敵がその松明からこちらへ踏み込もうとした瞬間、遠距離部隊が炎魔法で燃やすという手はずだった。
が、敵が勝手に目印の松明を叩き斬り、勝手に火を付けてくれたのだ。
「よ、よしっ、見たかアダマス教団!」
「これが俺達の力だー!」
が、そんな微妙な雰囲気はすぐに消え、冒険者達は歓声を上げた。
「チッ、調子に乗るなよクソ魔族!」
「やっぱり魔族は卑怯者だわ!」
それに対し、アダマス教徒達は黒焦げになりピクピクと身体を震わせる自称アダマス教団一の剣使いを介保しながら、炎の壁の奥で挑発してくる冒険者達を睨んだ。
「水魔法が使える者は炎を消せ! そして耐久力の高い者はそのまま突っ切るのだ!」
カロリーナの指示を聞き、重装備を身に纏ったアダマス教徒達が炎の壁を越えてくる。
「よし、ならば我々は後方に下がるぞ!」
「「「おうっ!」」」
それに対するクライン指示に、城壁の方へ下がる近接部隊。
「何逃げてやがる、魔族共!」
「そのまま突っ込め!」
炎の壁を越えたアダマス教徒達は、そのまま近接部隊の後を追う。
「『ファイア・ボール』!」
「『ロック・ショット』!」
「「「ぐわあああああッ!?」」」
だが、城壁に居る魔法使い達の攻撃に吹き飛ばされた。
彼らは近接戦闘だけでなく、囮も務めていた。
アダマス教徒達を、城壁の上に居る遠距離部隊の射程圏内に入らせるための。
「チッ、面倒だな」
しかしそのアダマス教徒の全員が吹き飛ばされたわけではない。
勿論その中には、高レベルのアダマス教が居る。
一人の全身鎧の男が、降り注ぐ攻撃魔法の雨の中を突き進んでいき、近接部隊に迫る。
「ああもう、しょうがねえ!」
大剣を構えて前に出たヒューズに、鎧の男が心底嫌そうな顔をした。
「私に楯突くつもりか、犬の分際で」
「犬じゃねえ、ワーウルフだ!」
「吠えるな、私は犬が嫌いなんだ。獣臭くて汚らわしい」
ヒラヒラと手を振るその仕草に、ヒューズが全身の毛が逆立った。
「んだどー!? テメエ、俺がこのフカフカの毛並みを維持するために、毎日どれだけ念入りに洗ってるか分かってんのかコラ!」
「何挑発に乗ってるんだよヒューズ! 迂闊に飛び込もうとするな!」
「大丈夫だ、お前の毛並みの良さは俺達がよく知ってる! 飯で手が汚れたときによく拭わせて貰ってるしな!」
「オイ今聞き捨てならねえこと言ったな!? テメエよく触らせてくれって頼んでたけど、今まで俺を手拭い扱いしてやがったのか!」
冒険者に腕を掴まれ、さっきとは違う理由で暴れ始めたヒューズを見て、鎧の男がこめかみをヒクつかせる。
「何だこの緊張感のない奴らは……! 私を愚弄する気か!」
「ああオイ、アイツが来たぞ! 離せテメエら、コイツは俺が相手だ!」
ヒューズは冒険者を振り払うと、突っ込んできた鎧の男に受けて立とうと、
「『ライトニング・レイ』」
「ガアアアアアアアアアアッ!?」
したが、突如降ってきた眩い光線を受けて、鎧の男は炎の壁さえ突き抜けて後方に吹っ飛んだ。
「オイ、もっとだ! もっと水をぼへぇぁッ!?」
そして後ろで炎を消化していた魔法使いを巻き添えにして、そのまま地面に倒れた。
その光景を唖然として見ていたヒューズ達は、我に戻ると真上を見上げる。
するとそこには、こちらに手を翳した一人の女性が。
「アラアラ~、こんなにたくさん居るなんてね~」
「「「サ、サラさん!?」」」
魔王軍四天王のリムの母親でありポーション屋の店主、サラ・トリエル。
リムを産むまで冒険者をしており、かつてバルファスト魔王国最強の魔法使いの名を物にした実力者であった。
「サ、サラさん、どうしてここにいるんだい……?」
同じく隣で唖然としていたエマが恐る恐る訊くと、サラは相変わらずのにこやかな笑みで。
「昨日、『もし自分達がいない間何かあったら助けて下さい』って魔王様に頭を下げられちゃって。それに国のピンチでしょ? 冒険者を引退したからって、戦わないわけにはいかないもの~」
「サラさん……」
「エマちゃん、一緒にこの国を守りましょ?」
かつて自分が憧れ、そして自分を妹のように見ていてくれたサラの言葉に、エマは勇気づけられた。
「ああ、そうだね!」
「ふふふ、久々に本気だしちゃいましょっと……『ハリケーン』」
短く詠唱を済ましたサラが、パチンと指を弾く。
「な、何だ!? 風が……!」
「うわあああァァァ――!?」
サラが放った風の上級魔法ハリケーンは、的確に敵軍の中心で炸裂した。
ただでさえ扱いが難しく攻撃範囲が広い上級魔法をほぼ詠唱無しで、しかもここまで精密にコントロールする姿に、全ての魔法使いが見とれてしまう。
「よし、アタシらだって負けないよ! 『バブル・ボム』!」
「『エア・ブラスト』!」
だが再び杖を構えると、各々が得意とする魔法を放つ。
再び始まった魔法による猛攻は、着実に炎の壁を越えたアダマス教徒達を戦闘不能にしていく。
「オラヨッ!」
「フンッ!」
そして魔法の猛攻を辛うじて掻い潜ったアダマス教徒達を、近接部隊が次々に叩きのめしていく。
魔族は元々の力や身体能力が高い者が多いため、武器を使わず殴る蹴るだけで事足りた。
今の所、誰も相手を殺していない。
「カロリーナ様、敵の中にスゴ腕の魔法使いが!」
「更に、門の前の魔族達によってこちらの戦力と士気が低下しております!」
「チッ……主戦力はヨハン様のところに居るのではなかったのか?」
吹き飛ばされていくアダマス教徒達を見ながら、カロリーナは歯を食いしばる。
情報によれば、その主戦力も大した脅威ではなかったと聞いていた。
(だが何故だ、何故ここまで手こずる?)
カロリーナは知らない。
魔王城の面々と冒険者、実際どちらに戦力があるかを。
確かに魔王城の面々は能力だけを見れば強者ぞろい。
しかし実際、眼がいいだけでステータスは平均以下の魔王、大体いつも何かしらポカをやらかす悪魔、モンスター相手だとただの足手纏いになるサキュバスクイーン、そもそも素が弱すぎるヴァンパイアと酷い有様。
リーンとリムは単純に強いが、総合的に見れば冒険者が圧倒的に強いのだ。
つまり、実際のバルファスト魔王国の主戦力は冒険者達なのである。
「しょうがない……本来、私の仕事は指揮だけだと思っていたが」
「まさか、カロリーナ様……」
「ああ、不甲斐ない部下の代わりに、私が出る」
「「おおっ!」」
カロリーナは深いため息をつくと、綺麗な装飾が施された剣を片手に歩いて行く。
そして未だ目の前で燃え上がっている炎の前で立ち止まると、すぐ側で消化していた魔法使いが焦りだす。
「カ、カロリーナ様! 申し訳ありません、すぐにこの邪魔な炎を消しますので……!」
「もういい、下がっていろ」
カロリーナは短く魔法使いに返すと、剣を両手で握り締める。
そして深く息を吐くと、短く一言。
「『エア・ブレイド』」
カロリーナが剣を振り上げた瞬間、炎の壁に巨大な裂け目が出来る。
さらにワンテンポ遅れて辺りに強風が吹き荒れ、そのまま炎の壁を消し飛ばした。
「オイオイオイオイ、何だよアレ……!?」
「一瞬で炎が消えちまったぞ……!」
それを見ていた冒険者が後退る。
カロリーナは続けて、上斜め前に居るサラを見る。
「お返しだ、『フレイム・ブレイド』」
そして剣の軌跡から燃え上がる炎の斬撃が放たれた。
「……ッ」
放たれた炎の斬撃を防御結界で防ぐが、自身の周りだけで真横に広がる炎は防げない。
「うわあっつ!?」
「退け、一旦退けー!」
両端付近の城壁が激しく損傷し遠距離部隊が下がる中、カロリーナの剣を凝視していたクラインが呟いた。
「アレは魔法剣か……?」
「魔法剣?」
「ああ。杖と同じ魔法を増強する性能を持っているが、魔法剣から放たれる魔法は全て斬撃になる。だが魔法剣は魔法を使えるのは勿論、相当な剣の技術もなければ扱えない」
「つまり魔法剣を扱うのは、剣士と魔法使いの両方の才能がある奴だと……?」
最後の言葉に、冒険者達の緊張感が一気に高まる。
あんな斬撃をまともに食らえば、いくらレベルが高くても致命傷だ。
「ヘッ、やるっきゃねえか……」
「ああ……我々が最初で最後の砦だ」
各々の武器を構え、戦闘態勢に入る冒険者達。
そんな彼らを見て、カロリーナは静かな笑みを湛えた。
「さあ、ここからが本番だぞ、魔族共」