第二十話 力の進歩は今日も荊棘だ!⑨
アダマス教団の奇襲は失敗に終わり、フォルガント王国の騎士団と真っ正面から戦う事になった。
アダマス教徒と騎士、互いに寝る暇もなく戦い続けかなり疲労しているが、アダマス教徒の方が限界に近かった。
ロクに食事や休憩もせず、夜の森の中を歩かされたのが原因だ。
その為、次々とアダマス教徒達は騎士の剣に倒れ、捕縛されていく。
「チッ……使えないなぁ……」
その光景を上空から観察し、舌打ちをするヨハン。
自分にとっては直属ではない部下などどうでもいいが、流石にこのまま数を削られるのはマズい。
(出力を上げると魔力をかなり消耗するが、仕方が無い)
と、ヨハンは騎士達に向けて手を翳したが。
「させませんッ!」
「ああもう……!」
目の前に現れたレイナの攻撃に、中断を余儀なくされる。
それでも先程とは違い距離はあるため、標的をレイナに変える余裕があった。
「さっきは不意を突かれたけど、オレが君の身動き取れなくしたこと忘れたの?」
「くうぅ……!?」
突如全身に掛かる謎の力に、レイナの勢いが殺される。
少しでも気を抜いたら、その力に身体が引っ張られてしまいそうだ。
だがレイナは歯を食いしばり、力任せに聖剣を振った。
「えいッ!」
「ッ!? 何だよこの……!」
まさか自分の力に無理矢理抵抗するとは思っておらず、ヨハンは紙一重で聖剣を避けた後忌々しそうに吐き捨てた。
そんなヨハンに、レイナは間髪入れずに聖剣を斬り返すが。
「っんの!」
「うぅ……あああぁぁ!」
更に出力を上げた力に耐えきれず、そのまま真下に落下していった。
地面に直撃した瞬間ドシンと鈍い音と共に、砂埃が激しく舞い上がる。
「よし、このまま地面に縛り付けて……!?」
だが、砂埃が晴れクレーターが出来たその場所に、レイナが立っていた。
(おかしい、奴には能力が効いていないのか?)
一瞬そう思ったヨハンだったが、レイナの様子を見て息を呑んだ。
「ううぅぅう……ッ!」
耐えている。
身体を震わせ、歯を食いしばり、苦しそうな呻き声を上げながら、必死に耐えているのだ。
常人なら、力に耐えきれず押し潰されてしまうというのに。
そもそも、ヨハンがレイナと初めて対峙した時、彼女は力に負けて地面に這いつくばることしか出来なかった。
(それなのに何故だ、何故この女は耐えている? あの時よりも強い力でだぞ?)
困惑するヨハンに、レイナはゆっくりと剣先を向ける。
「このまま……何も出来ないなんて嫌だ……魔王さん達が頑張ってるのに……! 私が甘えてちゃ、ダメなんだ……!」
そして、端に涙を浮かべた眼で、ヨハンを真っ直ぐ見据えた。
「もう、誰も傷付けさせないッ!」
ヨハンはこの時、勇者レイナという存在の底知れなさにゾッとした。
――レイナとヨハンから少し離れた瓦礫の山の上で、激しく剣とレイピアがぶつかり合う音が響く。
「ハアッ!」
足場の悪い瓦礫の上で、シェスカは軽い足取りでリーンに近づき鋭い突きを放つ。
「ッ」
が、リーンはその突きを剣で受け流す。
シェスカは負けじと雨のような連続突きを放つが、リーンはそれら全てを躱していく。
「クッ……!」
シェスカは攻撃が当たらない事に顔を顰めるも、攻撃の手を止めない。
「オイ、どうする……? 我々も何かしなくては……」
「いや、寧ろ邪魔になるだけだ……」
周りに居る騎士達はリーンの援護をしようとするが、その次元の違う戦いに、何も出来ずに行く末を見守っていた。
「…………」
一方レイナは一見涼しい顔をしながらも、内心かなり焦っていた。
いくらリーンであっても、シェスカの猛攻を受け流すか躱すだけで精一杯だったのだ。
ヨハンの圧倒的な強さに気を取られがちであったが、シェスカもミラもかなり強い。
「……ッ!」
「まだまだですわ!」
レイピアが肩を擦り顔を顰めるリーンに、シェスカが更に追い打ちを掛ける。
リーンはシェスカのスタミナ切れを待ったが、この不安定な足場では、その前に自分がバランスを崩してしまう。
(どうしたら……せめて、相手に少しでも隙が出来たら……)
歯を食いしばりながら必死に思考を巡らせていたその時、リーンの目に瓦礫だらけの地面が入った。
(そうだ、瓦礫……!)
「っえい!」
「!?」
リーンはレイピアを躱すと同時に、足下の瓦礫だらけの地面をを思いっ切り蹴り上げた。
その瓦礫の欠片はシェスカの顔の付近に当たり、砂埃を舞上げた。
「うっ……!?」
その砂埃に気を取られ、思わず目を瞑った瞬間をリーンは見逃さなかった。
「今ッ!」
「ぐうッ……キャア!?」
リーンの剣をシェスカはレイピアで防いだが、その勢いに耐えきれず吹き飛ばされ、瓦礫の山を転げ落ちていった。
「ふう……危なかった。まさかアイツとの特訓がここで生きるとはね……」
手の甲で汗を拭いながら、リーン独り言を溢す。
数日前、リョータの特訓に付き合ってあげていたとき。
リーンの猛攻に対して、リョータは足下の芝生を蹴り上げ隙を作った。
リーンはその時のリョータの行動を思い出し、瓦礫を蹴り上げたのだ。
まさか特訓に付き合ってあげている方の自分がリョータに助けられるとは……。
ほんの少しだけリョータに感謝し、リーンはシェスカの後を追った。
「うぅ……このワタクシが汚れまみれに……!」
瓦礫の山を転がり落ちたため服に茶色いシミ汚れが着き、シェスカは悔しそうにレイピアを握り直す。
そして後を追いかけて瓦礫の山を滑り落ちてきたリーンをキッと睨みつけた。
「なんて卑怯な……貴女、美しくないですわね!」
「美しくない?」
「ええ、そうですわ。ワタクシはあの魔王のような、下品で卑怯で剣筋もメチャクチャな輩が大っ嫌いなんですの。どうやら貴女も、あの魔王と同じみたいですわね」
「な、何ですってぇ……?」
シェスカの発言に、リーンはイラッとした。
主に美しくないという点ではなく、リョータと同じだという点に。
確かに今自分はリョータの行動を真似したが、それだけであんなスケベ野郎と同じだと思わないで欲しい。
「ンンッ。それよりも、美しいって何よ?」
リーンは咳払いをすると、素朴な疑問をぶつけた。
するとシェスカは立ち上がり、レイピアを構えながら。
「ワタクシは常に美しくなくてはいけない。容姿、姿勢は勿論、剣術や戦いも。美しくなければ、ワタクシは生きている価値などないのですから」
「どうしてそう思うのよ?」
続けざまの質問に、シェスカはポツリポツリと話し始めた。
「……ワタクシはこの地から遠い国で、伯爵家の長女として生まれましたわ。美しいドレス、アクセサリーを身に纏い、美しい花が咲き乱れる庭園で従者が淹れた紅茶を嗜む。そんな、誰もがうらやむ裕福な生活を送っていた……」
そこまで話すと、シェスカはふと目を伏せた。
「ですがそんな生活は続かなかった。ある日、ワタクシの父から数々の不正が見つかったのです。勿論、父はでっち上げだと否定しまし、ワタクシもそう思いました。父は礼儀作法をわきまえ、領民を思う立派な貴族でしたの。それでも、ワタクシ達の声は届かず、父は処刑され、残されたワタクシ達は国外追放となった」
「……」
「ワタクシに付いてきたミラとルチアと共に国を出てからは、地位の底辺を這いずり回って暮らしましたわ。毎日一切れのパンを求めて奪い合うような、過酷な生活……」
今のシェスカからは想像も出来ないその話しに、リーンは思わず剣先を降ろす。
「もう耐えきれない、ワタクシも父の後を追って死のう。そう思っていたときでした、ヨハン様が現れたのは」
リーンがそう思う中、シェスカは胸元の十字架のネックレスを握り締め、ウットリした表情になる。
「ヨハン様はワタクシの国の公爵家のであり、ワタクシの憧れでした。そんな方が、突然ワタクシの元に訪れ、手を伸ばして言ったのです。『何も悪くない君がこんな苦しい生活をしているのを見ていられない。オレの所においで、美しいままの君で居てくれ』と。ヨハン様はわざわざワタクシ達の為に国を捨て、追いかけて来たのです。……ヨハン様は、ワタクシの憧れから人生に変わった。ヨハン様のためならばどのような事もして、期待に応えなくてはなりません。そして、美しいヨハン様の隣に居るためには、ワタクシ自身も美しくなくてはいけないのですわ」
長い長い話が終わり、リーンは複雑な心境になる。
相手に見合うような女になる。
リーン自身そんな恋などしたことないが、何となく気持ちは分かった。
でも、色々腑に落ちない事がある。
いくら可哀想だからといい、ヨハンのような男が、わざわざ立場を捨ててシェスカ達を追うだろうか。
あんな男が、そんな恋愛小説に出て来る貴族のような事をするのだろうか。
リーンは胸に残る違和感を感じつつも、ゆっくりと頷いた。
「別に私は、アンタのその考えをとやかく言う事はないわ。でも、リョータの真似をして卑怯な手を使った私は、確かに美しくないかもね……」
「フフン、ちゃんと自分がどういう人間かをわきまえている事は立派でして……ッ!?」
リーンを嘲笑おうとしたシェスカは、彼女の真っ直ぐな瞳に思わず言葉が止まった。
その瞳に映るのはシェスカに対する怒りでも、哀れみでもない。
別の、何か強い想いが映っていた。
そしてリーンは、シェスカから視線を外さずにゆっくりと歩み寄りながら。
「でも、美しさばかり気にしてる内は、守りたいものも守れないわよ」
「ッ! この……!」
シェスカはリーンを睨み返し、跳躍した。
(この女は、ワタクシが必ず殺しますわ!)
美しさばかり気にしてる内は、守りたいものも守れない。
その言葉が、何故かシェスカの胸に深く刺さり、戸惑いと憤りを生んだ。
それに対しリーンは立ち止まると剣を腰元に下げ、深く息を吐いた。
「これで終わりですわ!」
「…………」
自らの重力が乗った鋭い突きは、連続では出せないがその一撃の速さと破壊力は凄まじい。
「ハアアァァ!」
シェスカはリーンの額に狙いを定め、そのまま貫こうと――。
「……え?」
シェスカは困惑した。
額を貫こうとしたリーンの腕がブレた瞬間、耳元に甲高い金属音が鳴り響き、レイピアが軽くなったのだ。
(嘘……)
シェスカがレイピアを叩き折られた事に気が付いたのは、リーンの掌底がみぞおちを捉えた瞬間だった。
「ガフッ――!?」
ドンッと鈍い音が当たりに響き、シェスカは痙攣したように身体を震わせる。
そしてレイピアの残骸を取り落としたシェスカは、そのまま崩れ落ちるように倒れた。
それを、リーンが抱き留める。
「はぁ……流石に疲れたわ……」
気絶したシェスカの顔を見ながら、リーンが大きなため息をついた時、周りの騎士から歓声が上がった。
「おお、やった!」
「あのレイピア使いの女に勝ったぞ!」
「流石先代魔王の娘……!」
その歓声の中に個人的に嫌な言葉があったが、今は気にしている場合ではない。
と、その時。
「「リーン(様)!」」
遠くからリーンを呼ぶ声が聞こえ見てみると、そこには近くで戦っていたハイデルとエルゼが。
二人とも服はボロボロで汚れているが、目立った怪我はなさそうだ。
「オイリーン、ソイツは……」
「ああうん、シェスカよ」
「まさか単独で倒されたのですか? 流石はリーン様!」
「お世辞はいいから。それよりも、今のうちに彼女を拘束して頂戴」
と、ハイデルを軽く受け流しながら、リーンがシェスカを騎士達に任せたとき、
「……ッ!」
「リーン様、どうされ……そ、その怪我は……!?」
突如顔を顰めたリーンにハイデルが慌てて寄り添うと、右腕に血が滲んでいることに気が付いた。
リーンがシェスカのレイピアを叩き折る瞬間に付けられた傷は、まるで腕に深い穴が開いたようで、もう少しで骨まで達していただろう。
「だ、大丈夫よ、これぐらい……」
「どう見ても重傷じゃねえか! ホラ、ポーションあるから早く治せ」
「……ありがと」
エルゼに渡されたポーションを傷口に掛けながら、リーンは思った。
自分はバルファストでは最強の部類だと自覚していたし、余程のことがなければ負けないと思っていた。
が、シェスカは自分の強さに匹敵していた。
自分と同じ強さ、いやそれ以上の敵が居ると言う事を、リーンは前々から察していたが、今回の戦いで改めて思った。
「やっぱり、私ももっと強くならなくちゃ……」
その小さな呟きは、未だに続くリーンへの賞賛の声に消されていった。