第二十話 力の進歩は今日も荊棘だ!⑦
――ボフンッ!
「「……!?」」
ルチアが喉元に矢尻を突き刺そうとしたその時、いきなり我の視界が白く染まった。
な、何が起きた……?
我は死んで……いないのか?
「あ……あぁ……」
「?」
ルチアが我を見て目を見開いている。
しかもワナワナと震えだし、半開きの口からは微かに声が漏れている。
その事に疑問を抱いたのと同時に、我は自分の身体の違和感に気が付いた。
そして理解する。
「元に……戻ったようだな」
「――ッ!!」
ポロッと我が溢したのと同時に、ルチアが声にならない叫びを上げて我から飛び退く。
何故だ、今が我を殺す好機だというのに……。
などと思っていると、ルチアが顔を蒼白にさせて。
「どうしよう……ヨハン様以外の男に触ってしまった……!」
「……」
「ああ、どうしようどうしよう……!? ごめんなさい、ごめんなさいヨハン様ぁ……!」
……いや、別にこの女に何と思われようが勝手だが、そんな汚物を触ってしまったような反応をされるのは傷付く。
あと、我が男だとヨハンから聞いていなかったか?
戦いに熱中していて忘れていたのかもしれない。
しかし我に触っただけで、ヨハンに懺悔するように手を合わせるとは……。
ううむ、やはり何かが変だ。
……と、そんな場合ではない!
タイミングといいルチアの反応といい、この天が与えてくれたとも呼べる絶好の好機を無駄には出来ん!
「っの!」
我はバッと身を起こすと、そのままルチアに掴み掛かる。
しかしルチアの反応は早かった。
「……ッ!」
ルチアは座り込んだ状態からバッと身を翻すと、すぐさま弓を構える。
クッ……あともう少し……!
我は痛めた左足にバランス取られながらも、そのままルチアに迫る。
だがこのままではルチアの矢の餌食だ……!
「許さない……あなたは絶対に殺す!」
「貴様の自業自得だろうが!」
マズい、ルチアの瞳が一段と輝いている。
恐らくルチアはこの至近距離にも関わらず座標眼とやらを発動しているのだろう。
それぐらい、我を殺すのが本気だと言う事だ。
だが近くに身を潜める影がない。
このままでは確実に奴の矢に射られる……。
「――ッ」
いや、迷うな。
また距離を取られたら、今度こそ手の出しようがなくなる。
今しかないのだ。
行け、行け!
どこを矢で射られようが構わない!
動くのだ、我の身体よ!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「うるさい、死んで!」
我が雄叫びを上げ手を伸ばすのと同時に、ルチアの弓から矢が放たれた。
至近距離から放たれた矢は我の眉間を確実に狙っている。
だが我の手は、あと一歩届かない。
ああ……我は……もう……!
「ぁぁぁぁぁぁあああああああああああッ!」
いやまだだ!
死ねない!
死んでたまるか!!
――我を信じてくれる、親友がいるのだから!!
「ッ!」
だが、結果が変わることなく、我の眉間に矢が――。
――ガキンッ。
「なっ!?」
矢が刺さると思った瞬間、目の前で何か固い物がぶつかる音と、ルチアの声が聞こえた。
思わず閉じてしまった目を、我は開けてみる。
「……これは…………」
我の目の前に、黒い帯のような物があった。
その黒い帯が、ルチアの矢を弾いたのだ。
そしてそれには見覚えがある。
いや、いつも見ている。
「シャドウ……?」
我のシャドウの能力、シャドウ・バインドだ。
しかしシャドウ・バインドは我が影に触れていないと発動しない上に、矢を弾くほどの強度はない。
だが、この影は我の後方の離れた甲冑の影だ。
何だ……何が起きているのだ……?
「ッ! この!」
我に返ったルチアが、更に離れて三本同時に矢を放つ。
だが我は動かない。
状況がいまいちよく分からんが……。
何故だろう、何となくこの影を操れる気がする。
「フッ!」
我が影を操るように手を振ると、その影は我の思い通りに動き、矢を全て弾いた。
「何それ……」
「我も分からん」
呆然と後退るルチアに、我は薄ら笑いをしながら返す。
「だが……」
「……ッ!」
「これでアイツとの、約束を果たせそうだな」
そして我は真上に掌を翳し、高らかに叫んだ。
「行け、『シャドウ・バインド』ッ!」
すると我の後ろから、前から、この空間にある全ての影が揺らめき、飛び出していった。
その影一つ一つが、我の思い通りに動き、黒い大蛇のようにルチアに襲いかかっていく。
「ッ! ッ!!」
ルチアはヤケクソ気味に矢を放つが、全て影に弾かれる。
「終わりだ」
「そんっ……あああッ!」
そしてルチアは黒い影に手足を、胴をキツく締め上げられ、苦しそうな声を上げた。
ルチアは手から弓を取り落とし、力なく我を睨みつける。
やがてルチアは、何もない虚空を見上げると。
「ごめんなさい……ヨハン様ぁ……」
そう呟き、気を失った。
「ハァ……ハァ……」
時間にしてほんの数分だろうが、我には長い長い戦いに感じた。
やっと……終わった……。
「――ッ!? ゲッホゲッホ!」
な、何だ!?
急に胸が苦しみだして……!
「ガッハ、ゲホッ! ぁぁあああ……!」
突然襲われた胸の痛みに、我は膝から崩れ落ち、激しく咳き込む。
それと同時に、我が操っていた影が蒸発するように消えていく。
まさかあの力の反動か……!?
呼吸が上手く出来ん……それに、我の魔力が殆ど持っていかれた……!
シャドウはそこまで魔力を酷使する能力ではないのに……!
だが……。
「フッ……まだ何が何だか分からんが……助けられたな、シャドウよ……」
そう、我が床に倒れているルチアを見やりながら、そんな独り言を溢していると。
「レオンッ!」
蹲る我の背中に、聞き慣れた声が。
「ゲホッ……おおリョータ、無事だったか……。それに貴様も元に戻ったようだな……」
「いや、肉体的にそこそこ、精神的にかなりダメージ入ってるけど……ってそんな事より、大丈夫かよレオン!? 足からメッチャ血が出てるじゃん!」
男の姿に戻りスカートが違和感を発するようになったリョータは、慌てて我に駆け寄ると、我の顔と左足を交互に見ながら更に慌て出す。
「なに、そこまで深い傷ではない……それより、そっちも無事のようだな、セルシオよ……」
「レオン様……申し訳ございません、私が居たばかりに……」
後から来たセルシオは、そう言って深々と頭を下げてくる。
「貴様が謝る必要はない……」
我はセルシオに短くそう返すと、リョータの手を借りて立ち上がる。
先程まで興奮状態で足の痛みを忘れていたが、今になってはズキズキ痛む。
「よし、それじゃあ倉庫室に入ろう……」
「う、うぅ……」
「っとその前に、コイツを縛り上げねえとな。セルシオさん、レオン頼みます」
「は、はい」
呻き声を上げたルチアに、リョータはそう言って我をセルシオに任せる。
「その前にと言ったが、貴様の道具は倉庫室にあるのだろう?」
「ああ、それなら大丈夫。ここまでの道中盗んできた道具とか、地下牢の見張りしてた奴から拝借してきた道具とかあるから」
そう言いリョータは懐からロープを取り出すと、気絶しているルチアの手足を手早く縛る。
そして側に転がっていた弓の弦をタガーで切り、筒に入っていた矢を膝を使ってへし折った。
リョータは普段頼りないが、こういう状況では以外と無駄がない。
「よっし、オッケー。それじゃあお次は……」
リョータは今度は解錠用の針金を取り出すと、倉庫室の鍵穴に入れる。
傍から見れば完全に泥棒の類いのリョータは、カチャカチャと鍵穴を鳴らしながら。
「なあレオン」
「何だ……?」
「さっき俺、レオンは弱いけど何もない訳じゃないって言ったじゃん」
そして鍵が開いたのか、リョータは立ち上がり振り向くと、ニカッと笑い。
「前言撤回。お前は誰よりも強いし、スゲえ奴だ!」
「……フッ」
我はそれに対し、鼻で笑いながら返した。
「――さてと、とりあえず準備オッケーだな」
倉庫室に入った俺達は、雑に床に置かれていた刀や道具などを装備した。
レオンの足に回復ポーションを掛け傷は塞がったが、まだ一人では歩けそうにない。
ちなみに不幸中の幸いと言うべきか、俺の荷物の中には普段の俺とレオンの服が入っており、ここを出る前に二人とも『スカートを履いたヤベー奴』となることを回避できた。
「それにしても、やっぱりコイツ魔眼持ちだったんだな」
「ああ。しかもかなり強力だ」
「座標眼か……よし、後で使ってみよう」
レオンから聞いたルチアの魔眼に、こんな状況なのに俺は内心ワクワクしている。
ゲームでもそうだが、敵が使っていた技を自分が使えるようになるというのはかなり楽しいものだ。
「それで、何だっけ? レオンのシャドウが少しの間だけどメチャクチャパワーアップしたって?」
その後に聞かされた話なのだが、どうやらレオンはそのパワーアップしたシャドウでルチアを倒したそうだ。
「生まれつきの能力なんだろ? 何か身に覚えは?」
「まったく。だが使った後、大量の魔力を持っていかれ、その上しばらく身動きが取れなかった」
「ううん、俺ユニークスキル持ってないからよく分かんねえな……」
後でジータに訊いてみるか、アイツバカっぽいけどかなり博識だし。
「それではさっそくここを出て、レイナ様達と合流しましょう」
「そうなんだけど……」
「どうされました?」
剣と鎧を装備したセルシオがそう俺に促すが、俺は倉庫室を見渡したまま動かない。
そんな俺にセルシオが怪訝そうに声を掛ける。
「いや、よくよく考えてみるとさ、俺達って今敵の本拠地に居るわけだろ?」
「確かにそうだな。しかも我々は今は自由の身……」
「しかも幹部と側近二人、そして敵陣の殆どが外に居る。という事は……」
そして俺達は、同時に顔を見合わせた。
そうだ、そうだよ。
何で今まで気付かなかったんだろう!
今の俺達はこの敵の拠点をいつでもぶっ壊すことが出来るんだ!
しかも、この倉庫室には……。
「……なあ二人とも、俺メチャクチャいいこと思いついた」
「ま、魔王殿……? 凄い顔をされていますが……」
「ああ、コイツは悪巧みをする時いつもそんな顔になるのだ。まったく、貴様はこういう時だけはどこに出しても恥ずかしくない魔王だな」
ぐへへと笑う俺にセルシオがドン引きし、それに対しレオンがやれやれと肩を竦めた。