第二十話 力の進歩は今日も荊棘だ!④
――リョータとレオンが閉じ込められていた客室から脱出した頃。
バルファスト魔王国をグルリと囲う城壁の上に、二つの影があった。
「ふぁ……ねみい……」
「シャキッとしろ。ホラ、ここに気付けポーションがあるだろう。飲め」
「それクソマズいじゃねえか。酸っぱいような苦いような辛いような、そんなメチャクチャな味が舌の上で暴れ回るんだよ」
「だからこその気付けポーションだろうが」
そう言って気付けポーションを押し付けるバルファストの冒険者、オーガのクラインに対し、同じパーティーメンバーであるワーウルフのヒューズは渋々気付けポーションの瓶を受け取る。
その瓶の蓋を開けて少し躊躇った後、ヒューズは一気に中身の液体を口に流し込み目を白黒させた。
「はぁ……それにしても、本当に敵とやらはくるのかねぇ」
ヒューズはバルファストの回りに広がる平原をボンヤリと眺めながら、暇そうに尾を揺らす。
リョータ一行がこの国を出る昨日の夜、冒険者達は女の姿となったリョータに、もしかしたら自分達がいない間にこの国に敵が攻めてくるかもしれないと説明された。
最初冒険者達は何かの冗談だと思っていたが、リョータの魔神眼と妙に切羽詰まった様子に本当にそうなのだと感じた。
そしてリョータ一行がバルファストを出てから、手の空いた冒険者が城壁の登り見回りをしているのだ。
しかしジャンケンによって決められたヒューズ達の担当時間は深夜になってしまい、こうして睡魔と戦っているのだ。
「元はと言えば、エマの奴がジャンケンに負けたせいだ」
「責めるんじゃない。我々三人の中で代表として勝ったのはエマだろう」
「チッ」
ヒューズはもう一人のパーティーメンバーのエマがここに居ないことをいいことに不満を言うが、横からのクラインの睨みに舌を鳴らした。
「面倒臭え……」
「ヒューズ、本人にはそのつもりはないだろうが、魔王殿の命令は聞かないといけない」
「忘れがちだけど、アイツ一応俺達の王様なんだよなぁ……」
普段たまにギルドで一緒に酒を飲みながら、エロい話で盛り上がる魔王のまの字も感じさせない少年。
あんなのでも、一応この国で一番偉い立場なのだ。
ヒューズはこの前一緒に飲んだときに、二杯目ですっかり溺て永遠とリムの愛らしさについてドヤ顔で語ってくるシスコン魔王のことを思い出す。
「ま、リョータの頼みだし仕方ねえか。それに、もし何もなかったらお詫びに奢ってくれるっていうしよ」
「確か、この前とある悪徳貴族から金をぶんどって懐が暖かいと自慢していたな」
クラインはそう言うが、リョータがその金を情報提供したフォルガントの商人に渡してしまい財布の中がスッカラカンだという事を知らない。
ちなみに、リョータはもし財布の中身が足りなかったら、リムに土下座してお小遣いを前借りして貰おうと思っている。
そんな会話を挟みながら、ヒューズがボンヤリと平原を眺めていたときだった。
「ん?」
「どうした?」
だらけた様に垂れた耳をピョコンと上げた仕草に、クラインが首を傾げる。
「いや、一瞬変な匂いがしたような気がしてよ」
ヒューズはそう言うと、城壁から身を乗り出して鼻を鳴らす。
ワーウルフの特徴は、見た目通り嗅覚が発達していることだ。
集中すれば一キロ先の匂いだって嗅ぎ分けられる。
自分から右手の方角にある魔の森の方角から吹いてきた風に乗った匂いに、ヒューズは違和感を感じたのだ。
しかし魔の森には多くのモンスターが生息するため、色んな匂いを感じる。
その為モンスターの匂いだろうと思っていたが、その匂いにはモンスター特有の獣臭さがない。
「この匂いは……人間か?」
「何?」
そう、ヒューズが呟いたその時だった。
「て、敵襲――! 敵襲だぁ――!!」
「「な、何ぃ!?」」
右手から聞こえて来た叫びにも近い声に二人は顔を見合わせると、武器を引っ掴んで声のした方へと走る。
そこには既に見張りをしていた冒険者達が集まっており、ヒューズとクラインはその間を縫うように前に出る。
そして同時に目を見開いた。
遠くに見える魔の森付近に何十もの松明が灯り、その灯りが明らかにこちらに向かってきていた。
「嘘だろ、本当に来やがった!」
「しかも夜の魔の森を抜けて!?」
「す、スゲえ数だぞ!」
と、口々に冒険者達が狼狽える中、クラインが大きく手を叩いた。
「お前達、落ち着け!」
その巨大な手から放たれた大迫力の音に冒険者達は一瞬静かになり、その隙にクラインは一冊のノートを片手に早口で指示を出す。
「敵とはまだ距離がある。その隙に担当の者は冒険者ギルドに向かい緊急警報を発令させ、その後住人と孤児院の子供達を魔王城へ避難させろ。そして残った者はここで迎え撃つぞ」
「「「お、おう!」」」
数人の冒険者達が大急ぎで城壁を駆け降りる中、ヒューズはクラインに近寄る。
「クライン、それってリョータが寄越したヤツか?」
「ああ。我々冒険者には籠城戦の知識は無いからな、我々が勝てるかはコレ次第だ」
クラインはリョータが徹夜で作り上げた籠城戦ガイドを捲りながら、遠くに居る敵を睨みつけた。
「魔王殿は我々が相手を殺さないことを望んでいる。しかしどうしようもない時は殺して構わない、それは自分達で決めて欲しいと言っていた」
それに対し、ヒューズは鼻を鳴らしながら。
「アイツらしいな。でもま、俺だって人なんざ殺したくねえ」
そう二人が頷き合っていると、後方から誰かが駆けてきた。
振り返ると、そこにはエマが呼吸を荒くして杖を構えていた。
「二人とも、敵襲って本当かい!?」
「あっ、おっせーぞエマ! どこ行ってたんだよ!」
「う、うるさい! そんな事より状況は!?」
「敵総数およそ百人弱。武器や装備には統一性はないが、全員素人ではなさそうだ」
「そんなことって何だよ! あっ、さてはテメエ便所行ってたな、最近便秘気味って聞いて――ンガァ!?」
「その情報どこから手に入れた!? 言いな!」
「二人とも何をしている、さっさと備えろ!」
そんなやりとりをしている三人の頭上に、戦いの開始を知らせるように、緊急警報の非常ベルがけたたましく鳴り響く。
一方、その音を聞いてアダマス教徒の集団は足を止めた。
「な、何だこの音!?」
「気付かれたのか!? それにしては早すぎる……!」
「み、見ろ! 城壁の上に大勢見張りが! あの格好は冒険者か!?」
バルファスト魔王国は人口が少なくその分侵入が容易い事は、前回ジークリンデが傀儡を送り込んだことで、アダマス教団に知られていた。
それなのに、城壁の上には大勢の見張りが。
まさか、自分達が攻めてくることを予想していたのだろうか。
「狼狽えるな!」
アダマス教徒が後退る中、凜とした声がその場に響いた。
するとその声である、全身鎧を身に纏った赤茶色でショートカットの髪をした女が前に出た。
アダマス教徒達は思わず背筋を伸ばす。
「どのみち我々が魔族共と戦うことに変わりはない。この速さは少々予想外だったがな」
「カ、カロリーナ様……」
カロリーナと呼ばれた女騎士は城壁を一睨みした後振り返る。
「なに、魔族如きに後れを取る我々ではない。それに連絡によれば、この国の主戦力はヨハン様の元に居るらしい。我々の勝利は確実だ」
カロリーナはそうアダマス教徒達に鼓舞すると、腰の鞘から剣を抜き天に掲げた。
「行くぞ、お前達! 我々の手で、魔族を滅ぼすのだ!」
「「「おおおおおおおッ!!」」」
各々の武器を構え、城壁に向かって行くアダマス教徒達を見送ると、カロリーナは首に下げていた十字架のネックレスを手に包み込んだ。
「ヨハン様、お任せ下さい。必ず貴方の期待に応えて見せます……」
遠くに居るヨハンに伝わるように静かに呟いたカロリーナは、バッと顔を上げて。
「そしてその暁には、私が貴方の妻に……!」
そうウットリとした顔で言ったのだった。
「――改めて伝えるけど、今回の作戦はバルファスト魔王国の陥落がメインだ」
ヨハンにより夜中にも関わらず屋敷の大広間に招集されたアダマス教徒達。
彼らが疲れ果ててゲッソリしている事などお構いなしに、ヨハンは壇上の上で語っていた。
「バルファスト魔王国は人口が少ないから、オレ達が全員で攻め込んでも余裕で勝てるだろう。だけど問題は、バルファスト魔王国はフォルガント王国と同盟を結んでいることだ。アラコンダの元に送り込んだ工作員の情報によると、勇者一行と魔王は本当に仲が良いらしい。もし攻めている途中で勇者一行の邪魔が入ったら、流石のオレでも手こずる」
と、長々と説明したヨハンは、そこでと指を立てた。
「丁度オレの屋敷の近くにあって邪魔だったソルトの町を襲って、勇者一行を誘き出した。その間、カロリーナ達が楽にバルファスト魔王国を陥落出来るようにね。しかも都合のいいことに、魔王を始めとした主戦力も食いついてきた」
「流石ですわ、ヨハン様!」
そう得意げに話すヨハンに、シェスカが目を輝かせた。
「そしてついさっき、カロリーナから戦闘が始まったと連絡が入った。ま、主戦力があの程度の強さなら、カロリーナの方もすぐに片が付くでしょ。だからオレ達も、今から総出で本陣に突っ込もうと思う」
「い、今からですか!?」
その言葉に、アダマス教徒達は一斉にどよめきだした。
「何? 不満?」
「い、いえ……ですが我々は先程戦いを終えここに戻ってきたばかりです。戦士達はかなり疲労しておりますし、日が昇ってからでもいいのではないかと……」
「はぁ?」
一人の男のアダマス教徒の弱々しい言葉に、ヨハンは何を言ってるんだと首を傾げた。
「疲労? 何それ、君達そんなに頑張った?」
「あの、それは……」
「言い訳すんな」
「ぐうッ!?」
男がオドオドしながらも何か言おうとしたその時、ヨハンが吐き捨てるように
すると男は膝をついて地面にへばりついた。
「シェスカ達を見習えよ。彼女たちは一番危険である勇者一行の相手をしてたんだ。それに対して君達は? たかが騎士如きにそんな弱音吐いて、恥ずかしくないの?」
「も、申し訳……!」
「あーもう、気分悪くなった」
苦しそうに歯を食いしばる男を見下ろしながら、隣に居るミラの頭を撫でるヨハン。
するとミラは人懐っこい猫のように目を細め、隣のシェスカとルチアがムスッとする。
「とにかく、今から出陣するから準備よろしく。それじゃ解散」
ヨハンの投げやりな言葉に、アダマス教徒達は何をいうでもなく、次々と
その顔には、落胆や疲れなどがあからさまに見えていた。
そして地面に縛り付けられていた男が大広間を出た辺りで……。
『……オイ、大丈夫か?』
『可能性の一つに過ぎないと思ってたけど……ああもう、バカだ俺……!』
……客室から脱出した後。
俺達は途中まで俺の隠密スキルで屋敷内を彷徨っていたが、その道中大広間に向かうあの男を見掛けた。
そして隙を突いてレオンのシャドウで男の影に入り込み、今に至るという訳だ。
『その可能性を踏まえても我々はここに来たのだ、今更後悔してもしょうがない』
『分かってる。だけどもうちょっと何か出来たかもしれないなって……』
レオンは俺の手を引いて男の影から近くの甲冑の影に移ると、そう慰めてくる。
だけど畜生、俺なりに対策は取ったつもりだけど、このままじゃバルファストが危ない。
それにヨハンが言っていたカロリーナって奴も気になる。
シェスカ達と同じヨハンのハーレム要員か、それとも別の幹部か。
とにかく一刻も早くこの事態を知らせなくてはいけないが、テレポートが使えるリムやジータとは分断されてしまっている。
『……アイツらを信じるしかねえか』
『ああ。バルファストの冒険者は普段あんなんだが、実力はかなり高い。ただでやられはしないだろう』
そうだよな、うん。
それに……。
『……ううん、まずは自分達の事を考えよう』
『それでどうするのだ?』
『まず俺達がやることは二つ。取り上げられた武器を取り返すこと。そして地下牢にいるセルシオさんを助け出すことだ』
俺の刀やらポシェットやらは全部倉庫室にある。
身体検査の際に俺らの武器を持っていった奴を、千里眼と透視眼を駆使し追跡したため、倉庫室の場所は分かる。
『と、その前にアイツらが外に出てからだな』
『ああ』
剣を鞘ごと手に持ちすぐ隣を走って行ったアダマス教徒を見て、俺はゴクリと生唾を飲んだ。
多分、今夜中にソルトの町、そしてバルファストの戦いに決着が付く。
どっちとも勝機は見えないが、絶対に勝たなくちゃいけない。
その為に、俺が何とかしなくては。