第三話 魔王の娘は今日も憂鬱だ!④
「畜生、あのクソガキ共ぜってえ許さねえ……」
「だ、大丈夫ですか? リョータさん」
あの子供達に襲われて、どうやら俺は気絶していたらしい。
そして騒ぎを聞きつけて来たリムが、苦悶の表情を浮かべて倒れていた俺を見つけて今に至る。
しかも、せっかく取り戻した財布もまた盗られてしまった。
「ったく、何だったんだアイツら……」
「はぁ……あの人達もいい加減にしてほしいです……」
路地をトボトボ歩きながらそう俺が呟くと、リムがため息交じりにそんなことを言った。
「ん? 何だリム、アイツらのこと知ってんのか?」
「はい。あの人達はこの街で屋台の果物や財布を盗んだり、家の壁に落書きするとかしてる悪い人達です」
「なあ、一応訊くけど、アイツらって浮浪児か?」
「いえ、実はこの街の孤児院の子なんです」
「孤児院ねえ……」
あの子達が孤児院の子なら、一体院長さんは何をしているのだろうか。
もしかしたら子供達を野放しにしているのか、もしくはアイツらのたちが悪すぎるのか。
そう考えていると、路地ので出口の方から何やら声が聞こえて来た。
「このっ、返せよ!」
あ、俺の財布スったガキの声だ!
「リョータさん!?」
俺はそれに気付いた瞬間、全力疾走で路地の出口に向かった。
そして、路地を抜けたと同時に、俺は叫んだ。
「見つけたぞクソガキ共! てめえらガキだからって容赦してもらえるとおもうなよ! さあ、今から一人ずつげんこつ食らわせ……て……?」
徐々に勢いが無くなり、拳を振り上げて固まる俺。
そんな俺の視界には、地面に正座させられている子供達、俺の財布を取り返そうと必死に抵抗する兄貴くん。
そして、そんな兄貴くんを抑え付けているリーンと、それを宥めるハイデルが映っていた。
「「「…………」」」
お互いの顔を見て固まる俺達。
ええ……? 何でリーンとハイデルがここに……?
「リョ、リョータ様? なぜここにおられるのですか? というか、何でそんなにボロボロなんですか?」
「……そこで正座してるガキ共の襲撃にあって……っておい! そんな目で見てくんな! しょうがねえだろここに居る全員に襲いかかられたんだから! 俺をレオンと一緒にすんじゃねえ!」
可哀想な目を向けてくるハイデルと、やっぱり鬼の形相で睨みつけてくるリーンの視線に思わず泣きたくなってしまうが、俺は今のこの状況を頭の中で整理する。
悪さをしている子供達を見かけたリーンが説教でもしたのだろうか。
そんで、兄貴くんから俺の財布を取り上げたときに俺が来たと。
まああくまで俺の予想だが、大方そんな感じだろう。
「……なあリーン、その財布俺のだから返してくれないか?」
「……」
俺がリーンにそう言うと、無言で俺に財布を投げてくる。
そこまで嫌ってきますかね……。
と、俺が深いため息をついていると、リーンの袖がちょいちょいと引かれる。
見ると、先程俺の股間を蹴り上げた女の子が不安そうに俺とリーンの顔を交互に見ていた。
男の股間蹴るのは良くないことだが、良い蹴りだったぜ!
なんて思ってると、その女の子がリーンに向けて。
「ママ、この人誰……?」
「ちょっ!?」
ママ……ママ……ママ……。
俺の頭の中でママというワードがエコーがかかったように繰り返される。
ママ? えっ? ママ? リーンが?
と、混乱している俺を見て、リーンは顔を真っ赤にして俺の胸ぐらを掴んでくる。
「ちょ、ちょっと! 今勘違いしてるでしょ!? 違うから、そうじゃなくて……」
「どうしてのママ?」
「喧嘩してるのママ?」
「喧嘩しちゃダメだよママ!」
そんなリーンに追い討ちとばかりに他の子供達がリーンのことをママと呼びまくる。
……なんてこったい。
「お前……マジかよ……ローズよりやべえんじゃねえの……?」
そう呟く俺に、リーンは更に顔を真っ赤にさせて。
「ち、違うって言ってんでしょうが! 私はまだ処……って、何言わせようとしてんのよ!」
「お前が勝手に自爆したんだろ!?」
処の次に女と言いかけたリーンは自分がとんでもないことを口走った事に気付き、恥ずかし紛れで俺のせいにしてくる。
「もうみんな家に帰りなさい! いい!? 次悪さしたら全員げんこつ落とすからね!」
先程俺が言っていた事とまったく同じ事をリーンが言うと、子供達は素直に頷きゾロゾロと歩いて行く。
それを後ろから眺めていたリーンは、深いため息をつくと。
「……ゴメン、やっぱり私このまま帰る」
「そう、ですか。ちょっと残念です」
「ゴメンね、落ち着いたらまた誘うから。ハイデルも、二人に伝えといてくれる?」
「承知いたしました」
リムの頭を軽く撫で、ハイデルにお願いすると、リーンは子供達の後を追いかけるように駆け……ていくかと思ったが、急に立ち止まった。
「……ねえ、アンタ」
「……何?」
そして俺の目を一瞬だけ見た後、視線を逸らし蚊の鳴くような声で。
「あの子達が迷惑掛けたわね……ゴメン」
「! 今お前……」
謝ったのか? そう訊こうとしたが、もうリーンは走っていた。
俺は中途半端に伸ばした手をそのまま後頭部に持っていき掻きながら、その姿を見送った。
――集合場所である噴水のある公園に着くと、俺は気になっていることをリムに訊いた。
「なあ、リーンってもしかして」
「はい、この街の孤児院の院長です」
なるほど、だからママって呼ばれてたんだな。
よくよく考えてみれば、リーンは俺と同い年ぐらいだし、その歳であの人数は絶対にあり得ない。
何かリーンに申し訳ないことしてしまった。
なんて思いながら頭を掻いていると、ハイデルが。
「と、とりあえず災難でしたね、リョータ様。一度魔王城に戻られたらどうでしょう? 私の転移版貸して差し上げますから、コレで……」
「いや、歩いて帰るわ。それに俺魔力量少ないから転移版使えないし……おい、だからその目は止めろって」
コイツにアイアンクローお見舞いしてやろうかと思いながらも、俺は魔王城に向けて足を一歩進めようとして……。
「……ならば、帰る前に少しお願いがありまして」
「何だ?」
「留置所に入れられているローズの元に行って貰えないでしょうか?」
「嫌だよ!? ハイデルが行って来いよ!」
「それはそうしたいんですが……今だ気絶しているレオンがギルドのベッドで寝かされていると連絡が入りまして……」
ああもう、何で四天王もこの国の連中もこんなんばっかなんだ……!
俺は溢れそうになった涙を堪えるため、上を向いた。
ああ、やはりだ。
やはりと言わざるを得ない。
――やはり俺の異世界転生はまちがっている。