第十九話 友情は今日も大切だ!⑭
「遅えよ、今まで何してたんだよ!」
「すまん、ここからかなり離れた場所に居てな。オマケに影を伝うことも出来ない」
レオンは俺をお姫様抱っこしたまま、フワリと地面に着地した。
そして俺を降ろすと、宙に浮いているヨハンに向き直りながら。
「だが、今宵も我は絶好調だ! 貴様一人、どうということはないわ!」
「おお、レオンの深夜テンションきた!」
そう、コイツは夜になるとシャドウが使えなくなる代わりに単純に強くなるのだ。
だが……。
「でもレオン、コイツあのリーンやレイナを一瞬で無力化した奴だし、今のお前でも勝てねえよ!」
「なにっ!? って本当ではないか! しかも他の騎士達まで……!」
今頃周りを見て今の状況を理解したレオンに、思わず身体がガクッとなってしまう。
今気付いたのかよ……まあ来たばっかりだしな。
「アイツはアダマス教団の幹部のヨハン! そんで、この戦いの敵軍の大将だ!」
「幹部か……しかし幹部とは言えこの場の騎士達を……あのリーンやレイナを無力化するとは……」
「コイツらの動きを押えるわ空中に浮くわ念動力使うわ……もうコイツの能力が全然分かんねえ……」
そんな俺の呟きに、ヨハンは少し得意げな顔をして。
「ああ、ちなみにそれだけじゃないよ」
「何?」
するとヨハンは右手をこちらに突き出す。
それに対して俺とレオンが身構えていると。
「ッ!? よ、避けろッ!」
「ちょわああああ!?」
なんと後ろから、アルベルトが斬りかかってきた。
「えっ、お前何やってんの!? 殺す気!?」
間一髪の所でコレを躱しそう捲し立てると、アルベルトは身体を小刻みに揺らしながら苦しそうに。
「か、身体が勝手に動くんだ……!」
「はあ!?」
まさか、コイツローズみたいな魔法も使えるのか!?
驚愕に目を見開いていると、周りからガチャガチャと鎧の音が聞こえてきた。
嫌な予感がして見渡してみると、そこには困惑した表情をした騎士達がこちらをグルリと囲っていた。
俺は乾いた笑いを漏らすと、死んだ眼をして呟き。
「コレは夢だと言って……」
「「「うわああああああああ!?」」」
それと同時に、一斉に騎士が襲いかかってきた!
「わああああああ! 一気に形勢逆転されたあああ!」
四方八方から来る斬撃に、俺は魔神眼を発動させ避けて避けて避けまくる。
その少し離れた所では、ジータがリムの前に立ち騎士達を相手にしていた。
「『ファイア・ボール』ッ!」
「うわあああ!? ジ、ジータ様! いくら我々が操られているとは言え、手加減してください!」
「リムちゃんを傷付ける奴は、どんな奴だろうとボクがボッコボコにしてやる!」
「ジータさん、気持ちはありがたいですけど落ち着いて下さい!」
「大丈夫、ボクは頗る落ち着いているさ!」
いや、どうみても落ち着いてない。眼が爛々だ。
まるで我が子を守る雌熊のような……。
なんてチラ見しながら思っていると、地面に手を突いているリーン、レイナ、エルゼの三人が視界の端に入った。
コイツらは催眠魔法に掛かってないのか!?
それともまだ身体が重くて動かないのか!?
「オイお前ら、大丈夫か!? まさかコイツらみたいに襲いかかってこないよな!?」
そう俺が叫ぶと、レイナが苦しそうな表情を浮かべてこちらを見てきた。
「それが、身体は軽くなったけど……私も身体が勝手に動きそうになっちゃってるんです……! だけど、何とかこのまま自分の身体を押さえ込んでいる状態で……!」
「何じゃそりゃ!?」
残りの二人も同じようで、本当に自分の身体を押さえ込むように地面に手を付けている。
何だ、中途半端に催眠魔法が掛かってるのか?
……だとしたら納得出来る。
先程から俺達が相手している騎士達。
これだけの数だ、普通は誰かに攻撃が当たっても不思議じゃない。
しかし騎士達の動きがどことなく固く躊躇いがあるおかげで、今の所全員攻撃は食らっていない。
やはり、そこまで完璧な催眠魔法ではないのかもしれない。
ならば、それを上回る催眠魔法を掛けてしまえばいい!
「ローズ! 一旦この騎士達を眠らせてくれ!」
「わ、分かったわ!」
俺の指示にローズは頷き飛翔すると、掌を下に居る騎士達にに翳し。
「『スリープ』!」
そう唱えた瞬間、アルベルトを含めた周りの騎士達は一斉に気を失い……!
「…………ッ」
「うわああああああああ!?」
倒れることなく、そのまま俺に斬りかかってきた。
しかも……!
「オイリョータ、さっきより此奴らの動きが俊敏になっていないか!?」
「何でだああああああああああ!?」
レオンの言う通り、俺達に斬りかかることに何の躊躇もなくなってしまった。
ヤバイ、どうしてだ!?
これだけの数の眠っている奴らを操るとか、コイツローズに匹敵するぐらいのポテンシャルなのか!?
「リョータちゃん!」
「ッ! 何だ!?」
アルベルトの攻撃が頬を掠め指で血を拭いながら聞き返すと、困惑したローズが言った。
「この人達、催眠魔法になんて掛かってないわよ!」
「はあ!?」
催眠魔法が掛かってない!?
じゃあコイツら一体どうやって動いてるんだ!?
ああもう、コイツの能力が何なのか全然分かんねえ……!
そう俺が顔を顰めていた時だった。
「リョータ後ろだ!」
「ッ!?」
そのレオンの声に、俺はバッと振り返る。
すぐ目の前には、先程の念動力と同じ力で吹き飛ばされた騎士達が。
「ゴッハッ!?」
身体全体に、吹き飛ばされた勢いと鎧の重さが合わさった衝撃が走る。
そして俺はそのまま後方に吹き飛び、地面を転げ回った。
「魔王様ッ!」
ハイデルの悲鳴に近い叫び声が、痛みで薄らボンヤリした頭に聞こえる。
畜生……身体が動かない……!
「はい一人目。あともう二人ぐらい欲しいな」
ヨハンは相変わらず場違いな程のほほんとした口調でそう言い、レオンに視線を向けた。
その瞬間、レオンの四方から同じように騎士達がタックルしてきた。
「があッ!?」
「レオンー!」
光がなければ影に逃げ込むことも出来ず、レオンは騎士達に押し潰されてしまった。
そして騎士達と折り重なるように倒れたレオンに、フィアが駆け寄ろうとする。
が、その前を騎士達が塞いだ。
「さてと後は……コイツでいいや」
辺りを見渡していたヨハンはそう呟くと、騎士の中でも一際軽装備な一人の騎士に手を翳し、空中に浮かせた。
それを横目で見ながら、俺は地面を這いずる。
クッソ……立たなくっちゃ……!
そう俺が歯を食いしばっていたとき、背中にある違和感を感じた。
何だ……?
背中に何か入ったような感触がああああああああああああああ!?
その瞬間、俺はグンッと身体を真上に引っ張られ、ヨハンとあの騎士同様空中に浮かび上がった。
続いて、レオンも同じようにヨハンの脇に浮かび上がる。
「うわっ、ちょっ!?」
空中をジタバタしながら、なかなかの高度に恐怖を感じていると、
「よし。目的も達成した事だし、オレはもう帰るね」
そうヨハンが下に居る連中に呼び掛け指パッチンすると、騎士達は糸の切れた操り人形のように地面に倒れた。
「ま、待ちなさい! リョータ達をどうするつもり!?」
身体が自由になり、やっと立ち上がれたリーンはヨハンを見上げながら叫ぶ。
それに対し、ヨハンはのんびりとした口調で返した。
「あー、本当はシェスカ達のお礼参りって言うのかな? それをしにきたんだけど、ついでに彼女たちには今から人質になってもらうよ」
人質だって?
成程、道理であと二人欲しいとか呟いて……って!?
「ひ、人質!? 俺達が!?」
「そーだよ。ホラ、暴れないで大人しくして」
「大人しく出来るかよ! オイ、レオンとそこのアンタ! 目え覚ませ!」
「……」
俺はそう叫びながら手を伸ばすが、レオンとその騎士は一向に目を覚ます気配が無い。
そんな俺を横目で見ながら、ヨハンはリーン達に。
「勇者様とそのお仲間さん達。ああ、あとついでにそこの魔族達。彼女たちの命が惜しかったら、大人しくしててよ? じゃあね」
「あっ、待って!」
「素直に逃がすわけないでしょ!」
ヨハンが軽く手を挙げ、クルリと背中を向け更に上昇するのと同時に、レイナとリーンが飛び出した。
「リョータ!」「魔王さん!」
そして同時に俺に手を伸ばす。
それに対し俺も、精一杯手を伸ばして二人の手を掴もうと――。
「しつこいなぁもう、学習能力無いの?」
「「……ッ!」」
その瞬間、ヨハンのため息交じりの声と共に二人が一瞬だけ固まり。
「「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ――!」」
俺とは反対の方角に勢い良く吹き飛んでいった。
そんなぁ……!
助けに来たのに、これじゃ本当に足手纏いじゃないか……!
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!」
そんな俺の苦痛の叫びは、夜の戦場の空を横切っていった。