第十九話 友情は今日も大切だ!⑫
さて、すっかり日も暮れてきた頃。
「魔王様ー! どこにいらっしゃるのですかー?」
「おっ、ハイデル達やっと来たか。ここだここー!」
ハイデルの声が聞こえ、俺は背伸びをしながら大きく手を振る。
すると、俺の姿を見つけたハイデルとローズとリムの三人がこちらに駆け寄って……。
そして止まった。
「よっ、お疲れさん。アイツらは無事にフォルガント王国に運べたか?」
「まあ、ちょっといざこざはあったけど、無事に王国の兵士に連行されていったわよ。……それよりも何してるの、リョータちゃん?」
「いや何って……」
そんなローズの質問に、俺は手に持っていたお玉を見せながら応えた。
「飯作ってるに決まってんじゃん」
「うんまあ、うん。そうなんだけどね……?」
どこか複雑な面持ちのローズに首を傾げると、俺はお玉で鍋の中で煮えているスープをすくう。
そして皿に移したスープを目の前に並んでいた騎士に渡した。
「はーい、熱いから気を付けてねー」
「ど、どうも……」
「おかわりもいっぱいあるから、ジャンジャン食ってねー」
なんて給食のおばちゃんみたいな台詞を言いながら、次の騎士のためにスープをすくう。
そんな俺を見て、リムが少しだけ笑いながらローズに話し掛けた。
「今更ですよローズさん。お兄ちゃんはああいう人です」
「……そうよね、今更よね」
まあ確かに、魔王が騎士に配給しているなんて、字面だけみたら凄い状態だ。
ローズがビビるのも無理ない。
しかし、俺はローズよりもハイデルがそういう反応をすると思っていたのだが。
などと思いながら俺がハイデルを見やると、何故か飯を食っている騎士達の中心で、胸を張っていた。
何か嫌な予感が……。
「この食事は、あの偉大なる魔王様が作られたものです! 皆、魔王様に感謝し、心して食すように――イダァ!」
「何でお前がドヤ顔して威張ってんだ! すいません、この悪魔ちょっと頭がアレでして! 気にしないで食べて食べて!」
俺がぶん投げたお玉が当たった後頭部を押えて蹲る中、声を張って謝りまくる。
そしてハイデルの元に向かうと、襟首を引っ掴んでズルズル引きずって行く。
「オラ、ハイデルも配給手伝えや!」
「ひ、酷い! 折角魔王様の素晴らしさをフォルガント王国の騎士達に広めようとしたのに!」
「ぶっちゃけ言ってキツいぞお前。あと、お前の行動自体が既に俺の顔に泥塗りたくってるからな?」
本当にコイツは外見と内面が噛み合わない奴だ。
そもそも、特に凄いことしてないくせにヨイショされまくる奴は敵を作るという事をいい加減学んで欲しい。
と、俺がゲンナリしていると、そう言えばとリムが辺りをキョロキョロ見渡す。
「リーンさんとレオンさんはどこに居るんですか?」
「ああ、リーンはアソコのデカいテントでレイナ達と作戦会議してる。レオンは散歩ついでに見回りだと」
「そうですか。でもお兄ちゃんはその作戦会議に入らないんですか? お兄ちゃんは地味に頭がいいですし、そういった方が向いてると思ってたんですけど……」
「ハハ、地味にってか」
なんて軽く笑いながら、俺は先程ハイデルにぶん投げたお玉とは別のお玉を取り出す。
「まあ、後で会議の内容は聞かせて貰うけど、今の所は一人で考えをまとめたいって思ってな。だから黙々と飯作りながら物思いに耽っていた訳」
「ある意味器用ですね……私、別のことを考えていると絶対包丁で指を切っちゃう自信があります」
と、変に感心しているリムを横目で見て、再びお玉で鍋の中をかき混ぜながら、俺は先程までの考えをまとめる。
まずここに来る道中、敵は補給物資を運ぶ馬車を襲撃した。
そして戦場に居たアダマス教徒の人数や戦力を踏まえて考えると、アダマス教団は戦って敵数を減らすのでは無く、ジックリと相手を弱らせる持久戦に持ち込もうとしている事が分かる。
元々向こうの人数はこちらより少ないからそうせざる得なかったのか、それとも何かの時間稼ぎという可能性も。
続いて、何と言っても挙げざる終えないのはあの三人。
レイピア使いのお嬢様シェスカ、その側近的な魔法使いのミラ、そしてスゴ腕弓使いの少女。
この三人の少女が敵側の主軸と見て間違いないだろう。
特にあの弓使い、百メートルも離れた場所から正確にレイナの後頭部を狙撃し、あの咳き込むほど濃い煙の中に居た味方をサポートしていた。
これは俺の推測なのだが、あの弓使いは何かしらの魔眼を持っている可能性がある。
逆にあの狙撃術の正体が魔眼じゃなかったら、ソイツはもう化け物だ。
そして最後に、これも俺の推測に過ぎないのだが……。
多分、敵側の大将はアイツらの誰かではない。
数日も勇者一行を相手に持ちこたえている敵の大将にしては、三人の内全員が些か弱く感じたのだ。
無論、何の根拠もない俺の直感であるが。
「あっ、ここに居たんだね。探したよ」
だとしたら、大将は言ったうどんな奴なのだろうか?
やはりアダマス教団の幹部なのだろうか?
「オーイ、ちょっと? ねえ?」
そうだとしたら、少なくともアイツらより強い奴なのだろう。
じゃあ、何で戦場に立たないんだ?
ううん……。
「ちょっと! 無視しないでくれ!」
「んだようるっせえなぁ! 今集中してるだろうが、邪魔すんな!」
「スープをかき混ぜるのにどれだけ集中力を注いでるんだ!?」
さっきからずっと後ろから声を掛けてくる奴にキレながら振り返ると、そこには顔を顰めた馴染みの顔が。
「何だ、アルベルトじゃねえか。てっきりナンパ野郎かと思った」
「この誇り高き騎士団に、ナンパなんて無粋な事をする人間はいないさ」
「いい例のお前が言うな」
「僕のレイナ様に対する想いはナンパなんて軽いものじゃない!」
やっぱりイタい奴だコイツは。
なんて思ってると、アルベルトは俺をマジマジと見だす。
「しかし、君があの魔王ツキシロリョータとはね……にわかにも信じられないよ」
「だろーな」
「まあそれはさておいて……ありがとう。君が助けに入らなかったら、僕は今頃この世に居なかったよ」
そんなアルベルトの口から発せられた素直な感謝の言葉に、思わず手が止まる。
出会ってばかりの頃は、絶対感謝なんてものとは無縁そうな奴だったのに。
「へっ。だけどお前、何ビビって気絶してるんだよ。クッソダサかったぞ」
「う、うるさいな! あの時はその……」
と、口元をまごつかせるアルベルトに、俺はポケットに入っていたとある物を取り出して見せた。
「ホラ、お前が気絶してるときの写真」
「なんだいそれ……ってなああああああああああ!?」
白目を剥いて気絶している写真を画面に出され、アルベルトは俺からスマホを取り上げようとした。
そう、スマホである。
実は今回初代の夢の事もあり、特に意味もないのだが持ってきていたのだ。
特に使いどころもないだろうが、念の為にと持ってきていたのだが、早速イタズラという形で役に立った。
「見ろよこの顔、チョー面白い!」
「止めろ、止めてくれ! それを絶対にレイナ様に見せるなよ!? というか何だいその魔道具!?」
「コイツはスマホって言ってな。この枠に映った映像や画像を一瞬で模写したり、遠くに居る奴と連絡取れたり、他にも色々な便利機能が付いてるんだぜ?」
「すまほ、ですか……全然聞いたことがありません」
そんな俺とアルベルトのやり取りを見ていたリムが、興味津々な様子で俺のスマホを覗き見る。
その横で、ハイデルが顎に手を当てて考え込んだ。
「しかし、そんな魔道具を一体どこで手に入れたのですか? 今聞いた情報だけでも、その魔道具はもの凄い価値がある物だと分かります」
「んー、丁度一年前ぐらいに親に買って貰ったんだよ」
「「「「買った!?」」」」
「おわあ、ビックリした!」
綺麗にハモった四人に俺が驚いていると、ハイデルがオロオロしながら語り出した。
「ま、魔道具は本来、貴族や大商人の身分でやっと買えるような高価な物が殆どです。私達が持っている転移版だけでも、一個で百万トアルもしますし……」
「えっ、そうなの!?」
あんな小っこい石版みたいな魔道具が、そんなにするなんて……!
ううん、もうちょいこの世界について勉強が必要だな……。
などと自分の知識力を反省していると、ローズが真剣な顔で言って来た。
「ちょっと待って? リョータちゃん、さっきそのすまほを親に買って貰ったって言ったわよね? じゃあ、リョータちゃんって実はもの凄い家柄の子なんじゃ……!」
「いや、フッツーの小市民だし、このスマホ七万ぐらいで買ったヤツだぜ。あと、俺の故郷では人工の八割以上は全員持ってた」
「何その意味が分からない国!?」
確かに、異世界人と日本の一般市民の生活にはもの凄い差異があるからな。
だからってそんな地球外生命体を見るような目で見てくるのは止めてほしい、ここ地球じゃないけどさ。
「ハイハイ、この話はもう終いだ。ホラ、お前らも飯食えよ」
俺はなるべく故郷の話を逸らしたいが為、そうパンパンと手を打った。
すると空腹を思い出したのか、リムが自分のお腹を撫でる。
「そうですね。もうお腹がペコペコです」
「そうだ、折角だから、デザートにここの騎士達の精気を吸い取って……」
「止めろマジで! ったく……」
そう俺がローズを諫めながら、スープを更に移そうとしたその時だった。
「ア、アルベルト団長!!」
拠点の奥から、一人の騎士がこちらに駆けてきた。
その切羽詰まった顔だけで、緊急事態だと言う事が分かる。
これはまさか……。
「どうした?」
そのアルベルトの問いに、息を切らせた騎士は真っ青な顔をして。
「敵襲! 敵襲です!」




