第十九話 友情は今日も大切だ!⑪
「ゲッホゲホッ! ウエッホッ!」
「ケフッ、ケフッ!」
弓に結ばれてあった白い布に包まれていた球体から出てきたのは、咳き込んでしまうぐらい濃く大量の煙だった。
クッソ、何なんだよあのバカみたいな狙撃!?
あんな遠くからレイナの後頭部ピンポイントに照準合わせられるなんて!
俺が気付かなかったらヤバかったぞ!?
しかも煙玉まで用意しやがって!
「畜生、何も見えねえ!」
「エ、エアブラス、ゲホゲホッ!」
すぐ側からエルゼの声と、風魔法を放とうとするも咳き込んでしまったジータの声が聞こえる。
「レオン、リーン! ソイツら離すんじゃねえぞ!」
「ゲホッ、分かっている!」
レオンの返事を聞いて、俺は呼吸を整える。
……この煙の中で、まともに動けるのは俺だけか。
「ゲホッ! ンンッ……よし」
俺は袖で口元を塞ぎ、透視眼を発動する。
しかし未だに調整も出来てない段階で、更に煙という粒子を透視するのは困難。
そのため数メートル先しか見えないが、これでも十分だ。
俺はさっきの声を頼りに、レオンの元に向かった。
「レオン、さっきの魔法使いは……!」
「ああ、それならば問題ない。先程の煙で取り逃がしそうになったが、また取り押さえたからな」
「よし、それなら……ってええ!?」
そう、レオンは自信満々に言うが、俺は驚愕に目を見開いた。
「お前それ魔法使いじゃねえぞ!? ローブ着せられた土人形じゃねえか!」
「な、何ぃ!?」
そう、レオンが跨がっていたのは、形だけは精巧な作りの土人形だった。
つまりあの魔法使い、レオンが煙でビビった瞬間、魔法かなんかで土人形を作って逃げ出したって事か!
やりおる……!
ってそれよりも、逃げられちゃったよどうしよう!?
いや待て、例え逃げたとして、アイツも周りの連中と同じく視界が真っ白で動けないはず。
「リーン! リーンはどこだー!」
俺はあのお嬢様を取り押さえていたリーンに呼び掛ける。
同時に相手にお嬢様の居場所を教える事になってしまうが、コレしか方法がない。
「ここよ! 大丈夫、こっちは逃げられてないから!」
「クッ……!」
「そっちか!」
リーンの声が聞こえた瞬間、俺は全力で走る。
あの魔法使い、お嬢様を置いて逃げるような事はしないはず。
だったらあえてあのお嬢様の居場所を教えて、先に待ち伏せてやる。
視界の方はこっちに分がある。
そう考えを巡らせながら走っていると、リーンとお嬢様の姿が薄らボンヤリと見えてきた。
アソコかッ!
「リーン!」
「シェスカ様!」
リーンの元に駆け寄るのとほぼ同時に、魔法使いが俺のすぐ隣から飛び出してきた。
「「ってえええ!?」」
何でコイツこの煙の中こんな早く動けるの!?
ローブを脱ぎ捨て薄着になっている魔法使いも同じ事を思っているようで、俺と驚きの声が重なった。
が、すぐに表情を険しくすると、手に持っていた杖を地面に突き立てた。
「『グラウンド・クエイク』!」
するとリーンとお嬢様がいた地面が隆起した。
「な、何!?」
「ッ!」
「しまっ……!」
体勢を崩されたリーンの隙を突き、お嬢様が拘束を解いた。
「ミラ!」
「分かっています!」
魔法使いが自身の元に駆け寄ったお嬢様に頷くと、首に掛けられていたネックレスがキラリと光った。
そして魔法使いは詠唱を唱え出す。
テレポートで逃げる気なのだろう。
……それよりも、何だろうあのネックレス。
魔法使いの首に掛けられている鉄のアクセサリーが付いた無難なネックレスに、何故か気を取られてしまう。
いや、今はそんな事気にしてる場合じゃない。
「させるかよッ! っのわぁ!?」
そう俺が止めに入ろうとしたが、ヒュンという風切り音と共に、矢が俺の足下に突き刺さった。
その矢に気を取られている隙に、テレポートの詠唱が終わる。
クッソ、ここからじゃ間に合わない!
「残念でしたわね! それでは皆様、ご機嫌よ――ブハッ!」
「『テレポート!』」
高笑いをしていたお嬢様が奇声を上げると同時に、辺りがシンと静かになった。
「チッ……逃げられちまった」
俺はそう舌打ちすると、隆起した地面から落ちて尻餅をついていたリーンに左手を伸ばした。
「イテテ……」
「大丈夫か? ホラ」
「……ありがと。でもゴメン、逃げられちゃった」
「いくらお前でも、足下動かされちゃあな。気にすんな」
リーンはお嬢様を取り逃がしてしまった事に罪悪感を感じているようで、俺は軽い口調で言う。
「それよりも、最後にあのシェスカだっけ? が、何か変な声上げてなかった?」
「ああ、どうせ逃げられると思ったから、転移する瞬間足下に落ちてた瓦礫を投げたんだよ。ありゃあ顔面クリーンヒットだな」
「……」
俺のヤケクソ攻撃に、リーンが何とも言えない表情になる。
そして段々と煙が晴れていき、全員の居場所が分かるようになった。
「あの弓使いは……やっぱ逃げられたか」
矢が飛んできた方向を千里眼で確認するも、もうその場所には人影すらなかった。
「魔王さん、リーンちゃん! 無事ですか!?」
俺が深いため息を付くと、レイナがこちらに向かってくるのが見えた。
「おう、そっちは?」
「私は大丈夫です。ですがジータちゃんが……」
「ゲッホゲホ、ゴホッ!」
「お、おい、大丈夫かよ……」
「フィ、フィア、か、回復まほ……」
「さ、流石に回復魔法で咳は治らないです」
「そんなぁゲホゲホッ!」
煙を吸い込みすぎたのか、咳が止まらないジータをエルゼとフィアが支えていた。
コイツ、火事場だったら真っ先に死んでるな。
なんて思ってると、レイナがションボリしたように肩を落とす。
「ゴメンナサイ……取り逃がしちゃいました……」
「いや、あんな遠距離狙撃出来る奴が潜んでたら無理ねえよ。寧ろ、あの二人に加えて警戒する奴をもう一人把握出来ただけでも、十分な成果だろ」
確かにこの戦いが早く終わるのならば言いに越したことはないが、相手が強い以上無闇に攻めたりするのは逆効果だ。
「リョータよ、この気絶している者達はどうする?」
「抱えて運ぶっきゃねえだろ……と、それよりも」
気絶している兵士の上半身を起こしながら訊くレオンにそう応えると、俺は右掌を見ながら。
「フィア、右手どうにかしてくれない? えらいことになってて……」
ガチで肉が避けて骨が見えそうになっている掌を見て、フィアがギョッとした。
「ちょっ!? 何ですぐに言わないです!?」
「言い出すタイミングがなかなか見つからなかったんだよ!」
「――さてと、それじゃあ詳しく話を聞かせて貰おうか」
気絶したアルベルト達を抱えて拠点に戻った俺達に、開口一番にエルゼが訊いてきた。
「あー、何で俺達がここにいるんだって事だろ?」
「そーだよ、そもそもどうやってここに来たのさ?」
そのジータの問いに、リーンが代わりに応えた。
「コイツと私でアンタ達のとこの王様に頼んで、補給物資を運ぶ荷台に乗せて貰ったのよ」
「お、お父様に……?」
「ええ。アンタ達の事、心配してたみたいよ」
「そう、なんだ」
そうレイナが少し嬉しそうな顔をする中、先程からチラチラとレオンを見ているフィアに目が行く。
レオン自身も気付いているようで、居心地悪そうにゴホンと咳をした。
「フィアよ、我をチラチラ見るのではない。何か言いたいことがあるのか?」
「ふぁ!? い、いや、その……」
そう訊いてきたレオンに、挙動不審になっていたフィアだが、やがて俺達の顔色を窺うようにポツリと呟いた。
「その……怒ってないですか? 私達が黙っていたこと……」
「あ……」
それはレイナも同じようで、恐る恐る俺達を見てきた。
……最初は何で教えなかったんだと、一言文句言ってやりたいと思っていた。
だけど……。
「実はさ、俺とレオン、街を散歩してたら、たまたまお前らがアダマス教団と戦ってるって情報を交易商から聞いちまったんだ。そんで、騙して詳しい情報を聞き出して」
そう俺が語り出すと、四人は少しだけ不思議そうな顔をした。
「レオンとはちょっとだけ相談したけど、その後は誰にも相談しないでずっと一人で色々考えたんだ。助けにいくべきなのかとか、やっぱり気持ちを汲んで助けにいかない方がいいのかとか。でもリーンに言われたんだよ、たまには自分達を頼れって。んで思ったんだよ、自分だけで問題を抱え込むより、仲間を頼った方がいいってさ」
名前を出されたリーンは、そっぽを向いて頬をポリポリ掻く。
それを横目で見ながら、俺は苦笑した。
「だからお前らも俺達を頼ってくれよ。このままずっと秘密にしてるよりも、一緒に戦った方が気が楽だろ? それにこの前言ったじゃん、困ったことがあったらいつでも言ってくれってさ」
「魔王さん……」
「別に怒ってる訳じゃねえよ。ただ、友達を助けたかっただけだからよ」
「まあ、そういう事だ。だから気にするでない」
「そうね」
俺に続いて、レオンとリーンも賛同するように頷く。
しかし柄でもないことを言ってしまったせいか、語り終えた後もの凄く静かになった。
「……オイ、何か言ってくれよ」
「あっ、その……!」
俺が恥じているのを察しられないようぶっきらぼうに言うと、レイナが少し戸惑った後、どこか肩の荷が下りたような笑顔を見せた。
「ありがとうございます。あの、私達と一緒に戦ってくれますか?」
「勿論!」